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◇
その後、僕は彼と共に生活するようになった。
僕を拾った男の名は、バーレント。この腐敗した世界に、孤独と共に生きていたらしい。元々、ここから数時間も離れた都市部の方に妹と二人で暮らしていたそうだ。
……彼女が────妹が今どこにいるのか、僕は聞かなかった。感染して、殺されてしまったのか。それとも、どこかで逸れてしまったのか。
彼も、話さなかった。妹がいたという情報を残しただけで、詳細は伝えなかった。
「すまない」
僕と彼が一緒に住まうようになってから、僕は首輪をつけられ鎖で行動を制限された。首輪をつける際、彼が小さく謝罪した。僕はバーレントの行動を咎めはしなかった。
「首輪をつけておこう。変異した場合、他人に被害を加える事が無いように」
バーレントの言葉に、僕は深く頷いた。
僕自身も、自分が他人へ被害を加えるぐらいなら、自死した方がマシであると考えているからだ。
────僕が変異した場合、バーレントは容赦なく脳天を撃ち抜くんだろうな。
彼の冷静な態度を見ていると、容易にその場面が想像できた。レミントンM870を構え、迷いなく発射するであろうバーレントに、僕は首輪を撫でながら苦笑いを漏らした。
僕が彼と共に暮らすようになってから、ほぼ監禁状態の日々が始まった。発症していないとはいえ感染者である僕に対して、正しい判断だと思う。
僕が行動できる距離は家の外にある物干し竿までだ。バーレントが住んでいた山小屋は高い丘の上にあり、周囲は草原で埋め尽くされている。遠くには山があり、ここがどれだけ人里離れた場所にあるかが窺える。
きっと人はおろかゾンビさえも、ここには辿り着けないだろう。
「じゃあ、行ってくる」
バーレントがリュックを背負い、ぶっきらぼうにそう言った。スニーカーの紐をきつく縛った彼に「行ってらっしゃい。気をつけてね、バーレント」と返す。バーレントは照れくさそうに鼻先を掻き、頷いた。
「……誰が来ても絶対に扉を開けるなよ」
家を出る時、必ず彼が言うセリフだ。バーレントは僕が変異しにくい体質だと理解している。
けれど、他人から見れば僕は変異しかけのゾンビもどきだ。見つかれば最後、僕は無事に処理される。
故に、彼の心配は過保護でもなんでもない。言葉通り「誰が来ても絶対に扉を開けてはいけない」のだ。
────でも時々、すっごい過保護になるよな、バーレントって。
オンボロの車に乗り、山道を下っていく場面を見届けた僕は部屋の中へ戻った。中は薄暗く、簡易的である。特に目立つ家具はないが、生活には困らないレベルだ。
ただ一つ目立つのは、部屋の隅にある大きめのベッド。大柄なバーレントと眠ると少し狭いが、僕は満足している。
僕は昨日着ていた衣類をバスケットへ放り込み、付近にある小川へ向かう。小川のふちに腰を下ろしても、首輪の鎖には余裕がある。
あそこまでは行ける、あそこは無理、など……いよいよ鎖で繋がれた生活に慣れてきたことに、僕は笑ってしまった。
ゾンビが蔓延る世界で、大柄な男に監禁されるだなんて。学生生活を送っていた頃からは想像できないなぁ、とバーレントの服を手洗いしながらぼんやりと思う。濁っていく美しい水を眺め、ため息を漏らした。
ふと、バーレントが去っていった山道へ視線を投げる。彼は毎日、下山して夕方には食料などを持って帰ってくる。そして、街が今どうなっているのかを語ってくれるのだ。
一度だけ「僕も連れていってほしい」と申し出た事がある。しかし、バーレントにやんわり断られてしまった。
「他の生存者に撃ち抜かれる事があれば、俺は正気を保てん」と悲しげに言われ、それ以上なにも言えなくなった。
「よいしょ」
洗い終えた衣類をバスケットに詰めて立ち上がる。見上げると、青空が広がっていた。
世界が混沌としているのに、嫌味なほど晴れた空────どこかチグハグな気持ちを孕ませた。
近くにある物干し竿に衣類をかける。今までこんなこと母に任せっきりでやった事がなかった。
「お母さん……」
思わず涙が溢れそうになった。両親や友人たちと過ごした日々が浮かんでは消える。やがて、バーレントの顔が浮かんだ。
「バーレント……」
バーレントの顔が浮かんだ途端に、気持ちが落ち着いた。
今、僕の味方はバーレントだけだ。彼の存在が、僕を支えている。
「よし!」
気合いを入れ直し、頬を叩く。彼の着ている服の皺を伸ばし、綺麗に干した。
バーレントのためにできることはなんでもしたい。それしか、今の僕にはできない。
空になったバスケットを抱え、家へ戻る。移動するたびに鎖がチャリチャリと音を奏でた。
山小屋へ入り、ちりとりとほうきを手に取った。床を綺麗にして、ベッドを整え、窓を拭いた。部屋の隅に置かれた彼の愛用している武器をなるべく動かさないように、丁寧に掃除する。
「綺麗にしてくれて、ありがとう」と控えめな笑顔で感謝してくれるバーレントを想像し、口元が緩む。彼が喜んでくれると、嬉しい。なんでもしてあげたいし、捧げたい。
────バーレント、早く帰ってこないかな。
綺麗に整えられたベッドに寝そべり、頬ずりをする。
バーレントと暮らすようになって、僕は徐々に彼に惹かれた。この閉鎖的、かつ異常な環境下で、僕らは恋に落ちていた。
……いや、正確には僕だけが恋をしているのだろう。
きっと、慈悲深いバーレントのことだ。感染しかけている僕に気を遣い、惹かれているようにみせてくれているのだ。
────優しいな。
ベッドから起き上がり、片隅に山積みにされた本を手に取る。窓から差し込む太陽光を頼りに文字の羅列へ目を通した。
これは僕のためにバーレントが持ち帰ってきてくれた書籍たちだ。ファンタジーやSF、ミステリーやホラーなどジャンルは多種多様だ。
しかし、事実は小説より奇なりとはその通りである。小説の中で繰り広げられる世界より、現実は残酷だ。
僕は本から視線を逸らし、窓の外を見る。
眩暈がするほど、外は晴れていた。
その後、僕は彼と共に生活するようになった。
僕を拾った男の名は、バーレント。この腐敗した世界に、孤独と共に生きていたらしい。元々、ここから数時間も離れた都市部の方に妹と二人で暮らしていたそうだ。
……彼女が────妹が今どこにいるのか、僕は聞かなかった。感染して、殺されてしまったのか。それとも、どこかで逸れてしまったのか。
彼も、話さなかった。妹がいたという情報を残しただけで、詳細は伝えなかった。
「すまない」
僕と彼が一緒に住まうようになってから、僕は首輪をつけられ鎖で行動を制限された。首輪をつける際、彼が小さく謝罪した。僕はバーレントの行動を咎めはしなかった。
「首輪をつけておこう。変異した場合、他人に被害を加える事が無いように」
バーレントの言葉に、僕は深く頷いた。
僕自身も、自分が他人へ被害を加えるぐらいなら、自死した方がマシであると考えているからだ。
────僕が変異した場合、バーレントは容赦なく脳天を撃ち抜くんだろうな。
彼の冷静な態度を見ていると、容易にその場面が想像できた。レミントンM870を構え、迷いなく発射するであろうバーレントに、僕は首輪を撫でながら苦笑いを漏らした。
僕が彼と共に暮らすようになってから、ほぼ監禁状態の日々が始まった。発症していないとはいえ感染者である僕に対して、正しい判断だと思う。
僕が行動できる距離は家の外にある物干し竿までだ。バーレントが住んでいた山小屋は高い丘の上にあり、周囲は草原で埋め尽くされている。遠くには山があり、ここがどれだけ人里離れた場所にあるかが窺える。
きっと人はおろかゾンビさえも、ここには辿り着けないだろう。
「じゃあ、行ってくる」
バーレントがリュックを背負い、ぶっきらぼうにそう言った。スニーカーの紐をきつく縛った彼に「行ってらっしゃい。気をつけてね、バーレント」と返す。バーレントは照れくさそうに鼻先を掻き、頷いた。
「……誰が来ても絶対に扉を開けるなよ」
家を出る時、必ず彼が言うセリフだ。バーレントは僕が変異しにくい体質だと理解している。
けれど、他人から見れば僕は変異しかけのゾンビもどきだ。見つかれば最後、僕は無事に処理される。
故に、彼の心配は過保護でもなんでもない。言葉通り「誰が来ても絶対に扉を開けてはいけない」のだ。
────でも時々、すっごい過保護になるよな、バーレントって。
オンボロの車に乗り、山道を下っていく場面を見届けた僕は部屋の中へ戻った。中は薄暗く、簡易的である。特に目立つ家具はないが、生活には困らないレベルだ。
ただ一つ目立つのは、部屋の隅にある大きめのベッド。大柄なバーレントと眠ると少し狭いが、僕は満足している。
僕は昨日着ていた衣類をバスケットへ放り込み、付近にある小川へ向かう。小川のふちに腰を下ろしても、首輪の鎖には余裕がある。
あそこまでは行ける、あそこは無理、など……いよいよ鎖で繋がれた生活に慣れてきたことに、僕は笑ってしまった。
ゾンビが蔓延る世界で、大柄な男に監禁されるだなんて。学生生活を送っていた頃からは想像できないなぁ、とバーレントの服を手洗いしながらぼんやりと思う。濁っていく美しい水を眺め、ため息を漏らした。
ふと、バーレントが去っていった山道へ視線を投げる。彼は毎日、下山して夕方には食料などを持って帰ってくる。そして、街が今どうなっているのかを語ってくれるのだ。
一度だけ「僕も連れていってほしい」と申し出た事がある。しかし、バーレントにやんわり断られてしまった。
「他の生存者に撃ち抜かれる事があれば、俺は正気を保てん」と悲しげに言われ、それ以上なにも言えなくなった。
「よいしょ」
洗い終えた衣類をバスケットに詰めて立ち上がる。見上げると、青空が広がっていた。
世界が混沌としているのに、嫌味なほど晴れた空────どこかチグハグな気持ちを孕ませた。
近くにある物干し竿に衣類をかける。今までこんなこと母に任せっきりでやった事がなかった。
「お母さん……」
思わず涙が溢れそうになった。両親や友人たちと過ごした日々が浮かんでは消える。やがて、バーレントの顔が浮かんだ。
「バーレント……」
バーレントの顔が浮かんだ途端に、気持ちが落ち着いた。
今、僕の味方はバーレントだけだ。彼の存在が、僕を支えている。
「よし!」
気合いを入れ直し、頬を叩く。彼の着ている服の皺を伸ばし、綺麗に干した。
バーレントのためにできることはなんでもしたい。それしか、今の僕にはできない。
空になったバスケットを抱え、家へ戻る。移動するたびに鎖がチャリチャリと音を奏でた。
山小屋へ入り、ちりとりとほうきを手に取った。床を綺麗にして、ベッドを整え、窓を拭いた。部屋の隅に置かれた彼の愛用している武器をなるべく動かさないように、丁寧に掃除する。
「綺麗にしてくれて、ありがとう」と控えめな笑顔で感謝してくれるバーレントを想像し、口元が緩む。彼が喜んでくれると、嬉しい。なんでもしてあげたいし、捧げたい。
────バーレント、早く帰ってこないかな。
綺麗に整えられたベッドに寝そべり、頬ずりをする。
バーレントと暮らすようになって、僕は徐々に彼に惹かれた。この閉鎖的、かつ異常な環境下で、僕らは恋に落ちていた。
……いや、正確には僕だけが恋をしているのだろう。
きっと、慈悲深いバーレントのことだ。感染しかけている僕に気を遣い、惹かれているようにみせてくれているのだ。
────優しいな。
ベッドから起き上がり、片隅に山積みにされた本を手に取る。窓から差し込む太陽光を頼りに文字の羅列へ目を通した。
これは僕のためにバーレントが持ち帰ってきてくれた書籍たちだ。ファンタジーやSF、ミステリーやホラーなどジャンルは多種多様だ。
しかし、事実は小説より奇なりとはその通りである。小説の中で繰り広げられる世界より、現実は残酷だ。
僕は本から視線を逸らし、窓の外を見る。
眩暈がするほど、外は晴れていた。
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