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◇
「イズ」
月明かりがバーレントの頬を照らす。ベッドの上で組み敷かれた僕は、ただ彼を見つめた。
バーレントの目には熱が籠り、それが僕を射抜くようだった。
見つめられるだけで頬が染まる。まるで僕の全てを見透かしているみたいだ。
彼は多くを語らない。ただ、愛しげに、そして熱の帯びた目で僕を見つめる。
「んっ」
バーレントの乾いた唇が重なる。ゆっくりと舌が入りこみ、口内を支配した。頬に手を添えられ、逃げないように固定される。
────そんなことしなくても逃げないし、逃げられないのになぁ。
彼の手のひらにできた豆の跡を感じた。
バーレントの舌先が上顎を撫で、奥へと入り込む。無意識に跳ねた僕の体を押さえ込むように、バーレントが体重をかけた。
口内を甘く攻めながら押さえ込まれる。拒絶を許さないといいたげであるその行動に、僕は翻弄された。
「はっ、ん……んぅ」
何度も唾液を嚥下し、嚥下される。舌を絡め取られ、喉の奥まで侵食され、歯列を舐められる。徐々に呼吸が乱れ、頭の奥がぼんやりとしてきた。
────キスなんて、したことがなかった。
学生時代、片思いしていた相手がいた。名前はマーガレット。長い手足にさらりとした金髪。整った顔つきの彼女に、僕は惹かれていた。
彼女とキスをしたいなと思ったことがある。だけど、僕は彼女に話しかけたことすらなかった。僕はただ遠くからマーガレットを見つめ、恋焦がれるだけの木偶の坊であった。(のちに発覚したのだが、マーガレットにはアイスホッケーを嗜む高身長の彼氏がいた)
やがてこんな世界になり、なぜか僕は年上で大柄な男と山小屋のベッドの上でキスをしている。人生ってどう転ぶか分からない。
今ごろ、マーガレットやその彼氏は一体どうなっているのだろうか。酸欠で朦朧とした脳内で、どうでもいいことを考える。
「……イズ。何を考えてる?」
口が離れたかと思うと、額をコツンとすり寄せられた。バーレントが恨めしそうに僕を見ている。
「どうでもいいこと」
「そうか」
もう一度、バーレントが口付けをした。じゅっ、と唾液を吸われ、意図せず喘ぐ。彼も興奮したのか、頬を包む手の力を強めた。
────これだけでいいのかな。
下半身に当たる(不可抗力だ。きっとバーレントはわざと当てているわけじゃない)性器の硬さに、僕はふとそんなことを思う。
バーレントは、キス以上のことはしない。時々、僕の服の中に手を入れて愛撫をしたり、耳を舐めたり、首筋に吸い付いたりする程度で、そこから先へ進もうとしない。
最初、彼が「キスをしていいか」と覆い被さってきたあの日から、この形は変わっていない。
────苦しくないのかな。
一度だけ、処理をしようかと申し出たことがある。手でも口でも。なんなら、そういう行為だって僕は受け入れる覚悟があった。だって彼は僕を必死に守ってくれている存在だ。そのぐらい、恩返しとして当然だろう。
しかし、バーレントはそれを拒絶した。「無理をしなくていい」と言って、やんわり僕の手を退けた。
察するに、彼はこの生活で有り余るであろう性欲を僕にぶつけているだけだ。僕という対象しかいなくて、こうやって発散させているだけ。
────最後までしたいと思えるほどの魅力が、僕にはないのだろう。
けれど、僕は彼と過ごすこの時間だけでも満足だった。
バーレントは優しい。僕のような感染者にも分け隔てなく接してくれる。
今この時、いつ発症するかも分からないのに、彼は身を重ねてくれている。
────嬉しい。
僕は彼に見放されたら、すぐに殺される。言い訳も通用しないまま、あっという間に肉塊と化す。
そんな僕に触れてくれる。優しくしてくれる。だから僕は彼が好きだ。
「世界に二人きりになったみたいだ」
口を離したバーレントがまっすぐな瞳で僕を見つめながら、そう言った。月明かりに照らされたバーレントは、いつもより凛々しく見えた。
「……そうだね」
風の音さえ聞こえないほど静かな世界に、僕らは取り残されたようだった。
「アダムとイブだね」
「アダムとアダムだろ」
「あぁ、そうか」
バーレントが目を細めた。そのまま、額にキスを落とされる。
「イズ」
「どうしたの?」
「……ずっとそばにいてくれ」
真剣な声音でそう言われ、どう返して良いか分からなかった。彼が望むなら、僕はずっとそばにいる。当たり前の事柄である。
「当然だよ」
「……ありがとう」
そのまま、ぎゅうと抱きしめられる。筋肉質な体に抱きつかれ、骨が軋んだ。
「苦しいよ、死んじゃうよ」と笑いながら身を捩ったけれど、バーレントは力を緩めてくれなかった。
「イズ」
月明かりがバーレントの頬を照らす。ベッドの上で組み敷かれた僕は、ただ彼を見つめた。
バーレントの目には熱が籠り、それが僕を射抜くようだった。
見つめられるだけで頬が染まる。まるで僕の全てを見透かしているみたいだ。
彼は多くを語らない。ただ、愛しげに、そして熱の帯びた目で僕を見つめる。
「んっ」
バーレントの乾いた唇が重なる。ゆっくりと舌が入りこみ、口内を支配した。頬に手を添えられ、逃げないように固定される。
────そんなことしなくても逃げないし、逃げられないのになぁ。
彼の手のひらにできた豆の跡を感じた。
バーレントの舌先が上顎を撫で、奥へと入り込む。無意識に跳ねた僕の体を押さえ込むように、バーレントが体重をかけた。
口内を甘く攻めながら押さえ込まれる。拒絶を許さないといいたげであるその行動に、僕は翻弄された。
「はっ、ん……んぅ」
何度も唾液を嚥下し、嚥下される。舌を絡め取られ、喉の奥まで侵食され、歯列を舐められる。徐々に呼吸が乱れ、頭の奥がぼんやりとしてきた。
────キスなんて、したことがなかった。
学生時代、片思いしていた相手がいた。名前はマーガレット。長い手足にさらりとした金髪。整った顔つきの彼女に、僕は惹かれていた。
彼女とキスをしたいなと思ったことがある。だけど、僕は彼女に話しかけたことすらなかった。僕はただ遠くからマーガレットを見つめ、恋焦がれるだけの木偶の坊であった。(のちに発覚したのだが、マーガレットにはアイスホッケーを嗜む高身長の彼氏がいた)
やがてこんな世界になり、なぜか僕は年上で大柄な男と山小屋のベッドの上でキスをしている。人生ってどう転ぶか分からない。
今ごろ、マーガレットやその彼氏は一体どうなっているのだろうか。酸欠で朦朧とした脳内で、どうでもいいことを考える。
「……イズ。何を考えてる?」
口が離れたかと思うと、額をコツンとすり寄せられた。バーレントが恨めしそうに僕を見ている。
「どうでもいいこと」
「そうか」
もう一度、バーレントが口付けをした。じゅっ、と唾液を吸われ、意図せず喘ぐ。彼も興奮したのか、頬を包む手の力を強めた。
────これだけでいいのかな。
下半身に当たる(不可抗力だ。きっとバーレントはわざと当てているわけじゃない)性器の硬さに、僕はふとそんなことを思う。
バーレントは、キス以上のことはしない。時々、僕の服の中に手を入れて愛撫をしたり、耳を舐めたり、首筋に吸い付いたりする程度で、そこから先へ進もうとしない。
最初、彼が「キスをしていいか」と覆い被さってきたあの日から、この形は変わっていない。
────苦しくないのかな。
一度だけ、処理をしようかと申し出たことがある。手でも口でも。なんなら、そういう行為だって僕は受け入れる覚悟があった。だって彼は僕を必死に守ってくれている存在だ。そのぐらい、恩返しとして当然だろう。
しかし、バーレントはそれを拒絶した。「無理をしなくていい」と言って、やんわり僕の手を退けた。
察するに、彼はこの生活で有り余るであろう性欲を僕にぶつけているだけだ。僕という対象しかいなくて、こうやって発散させているだけ。
────最後までしたいと思えるほどの魅力が、僕にはないのだろう。
けれど、僕は彼と過ごすこの時間だけでも満足だった。
バーレントは優しい。僕のような感染者にも分け隔てなく接してくれる。
今この時、いつ発症するかも分からないのに、彼は身を重ねてくれている。
────嬉しい。
僕は彼に見放されたら、すぐに殺される。言い訳も通用しないまま、あっという間に肉塊と化す。
そんな僕に触れてくれる。優しくしてくれる。だから僕は彼が好きだ。
「世界に二人きりになったみたいだ」
口を離したバーレントがまっすぐな瞳で僕を見つめながら、そう言った。月明かりに照らされたバーレントは、いつもより凛々しく見えた。
「……そうだね」
風の音さえ聞こえないほど静かな世界に、僕らは取り残されたようだった。
「アダムとイブだね」
「アダムとアダムだろ」
「あぁ、そうか」
バーレントが目を細めた。そのまま、額にキスを落とされる。
「イズ」
「どうしたの?」
「……ずっとそばにいてくれ」
真剣な声音でそう言われ、どう返して良いか分からなかった。彼が望むなら、僕はずっとそばにいる。当たり前の事柄である。
「当然だよ」
「……ありがとう」
そのまま、ぎゅうと抱きしめられる。筋肉質な体に抱きつかれ、骨が軋んだ。
「苦しいよ、死んじゃうよ」と笑いながら身を捩ったけれど、バーレントは力を緩めてくれなかった。
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