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孤独な屋敷の主人について
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◇
「あっ、うっ」
甲高い声で我に返る。ドアの隙間から聞こえる主人の声が大きくなり、行為が終わりに向かっているのだと察した。
中を覗き込む。部屋の中心には大きなピアノと、その側に組み敷かれたカルベルと覆い被さるフォールが居た。窓から差し込む日差しが燦々と降り注ぎ、二人を照らしている。こちらに背を向けているフォールの肩に、カルベルのか細い足が掛かっていた。その爪先が痙攣したように震えている。
「うぅ、うーッ! あっ、あぅ゛……!」
フォールの腰が激しく動く。カーペットを握りしめるカルベルの真白い手が見えた。それに被せるように大きな手が重なる。ぎゅうと握りしめ、フォールの呼吸が荒くなった。
「っ……!」
「あっ、! ーッ!」
声も出さずに喘いだ主人が、やがて脱力したようにぴくりとも動かなくなった。フォールの汗ばんだ背中が緩やかにビクつく。そのまま二人は重なり、口付けを交わし合った。
「んっ、んぅ、はっ、は……ッ、無口くん……」
カルベルはフォールのことを無口くんと呼ぶ。理由は簡単だ。彼が一言も言葉を発さないからである。正体を知られてはいけないフォールにとって、バレなければ呼び名などどうでもいいのだろうが、しかし。無口くんと呼ばれるたびに、複雑そうな表情をするのは私の気のせいではない。
「いっぱい、これして……」
これ、とは口付けのことだろう。無自覚に弟へせがむ彼はとても滑稽だ。そして、悲しささえ感じる。
フォールは一瞬固まり、やがて彼の唇へ導かれるように体を倒した。唾液が交わるような艶かしい音が鼓膜を撫で、思わず眉を顰める。
「はっ、ん、ん……」
親から愛情を与えられずに育った彼が、血の繋がった兄弟に歪んだ愛情を注がれている。これは果たして、幸せなのか不幸せなのか。
……私にとって、どうでもいい問題である。
主人が幸せそうにしているのなら、それが正解だ。
長らく続く口付けをドアの隙間から眺めながら、やがて視線を逸らし、大きく息を吐き出す。まだ庭の掃き掃除が終わっていないから早めに切り上げてほしいと思いつつ、屋敷廊下の天井をぼんやりと見上げた。
「来週、父がここへ来る」
「え?」
カルベルが居る部屋とは別室に閉じ籠り、乱れた衣類を整えながらフォールがそう私へ言った。汗ばんだ頬を濡タオルで拭き、彼が大きく息を吐き出しながら椅子へ腰掛ける。
「早めに、君に伝えておかなければと思ってね。いつもギリギリに訪問を伝えられてドタバタしていただろう?」
確かに、イズエの訪問はいつも急だ。そのくせ、立派な料理が提供されないと臍を曲げる。故に、私は彼────いや、彼らの訪問があまり好きではない。
だからこそ、早めに教えてもらえて良かった。私はフォールに深々とお辞儀をして礼を言う。彼は気にしないでくれ、と軽く笑った。
「君にはいつも世話になっているから……ところで」
この屋敷には主人と我々以外に誰もいないと言うのに、フォールが声を顰める。その仕草が子供っぽくて笑いそうになってしまった。
「……兄はピアノの練習をしているのかい?」
「えぇ。どうも、あなた方に披露して驚かせたいようです」
なので、今度会った時には知らんぷりをしてあげてくださいね。私も子供のように声を顰めてみる。フォールが私の目を見て、頷いた。
今度の訪問が楽しみだなぁ。彼が頬を緩ませ、愉快げに笑う。その姿は実の兄を犯していた人間だとは思えないほど、穏やかだった。
「あっ、うっ」
甲高い声で我に返る。ドアの隙間から聞こえる主人の声が大きくなり、行為が終わりに向かっているのだと察した。
中を覗き込む。部屋の中心には大きなピアノと、その側に組み敷かれたカルベルと覆い被さるフォールが居た。窓から差し込む日差しが燦々と降り注ぎ、二人を照らしている。こちらに背を向けているフォールの肩に、カルベルのか細い足が掛かっていた。その爪先が痙攣したように震えている。
「うぅ、うーッ! あっ、あぅ゛……!」
フォールの腰が激しく動く。カーペットを握りしめるカルベルの真白い手が見えた。それに被せるように大きな手が重なる。ぎゅうと握りしめ、フォールの呼吸が荒くなった。
「っ……!」
「あっ、! ーッ!」
声も出さずに喘いだ主人が、やがて脱力したようにぴくりとも動かなくなった。フォールの汗ばんだ背中が緩やかにビクつく。そのまま二人は重なり、口付けを交わし合った。
「んっ、んぅ、はっ、は……ッ、無口くん……」
カルベルはフォールのことを無口くんと呼ぶ。理由は簡単だ。彼が一言も言葉を発さないからである。正体を知られてはいけないフォールにとって、バレなければ呼び名などどうでもいいのだろうが、しかし。無口くんと呼ばれるたびに、複雑そうな表情をするのは私の気のせいではない。
「いっぱい、これして……」
これ、とは口付けのことだろう。無自覚に弟へせがむ彼はとても滑稽だ。そして、悲しささえ感じる。
フォールは一瞬固まり、やがて彼の唇へ導かれるように体を倒した。唾液が交わるような艶かしい音が鼓膜を撫で、思わず眉を顰める。
「はっ、ん、ん……」
親から愛情を与えられずに育った彼が、血の繋がった兄弟に歪んだ愛情を注がれている。これは果たして、幸せなのか不幸せなのか。
……私にとって、どうでもいい問題である。
主人が幸せそうにしているのなら、それが正解だ。
長らく続く口付けをドアの隙間から眺めながら、やがて視線を逸らし、大きく息を吐き出す。まだ庭の掃き掃除が終わっていないから早めに切り上げてほしいと思いつつ、屋敷廊下の天井をぼんやりと見上げた。
「来週、父がここへ来る」
「え?」
カルベルが居る部屋とは別室に閉じ籠り、乱れた衣類を整えながらフォールがそう私へ言った。汗ばんだ頬を濡タオルで拭き、彼が大きく息を吐き出しながら椅子へ腰掛ける。
「早めに、君に伝えておかなければと思ってね。いつもギリギリに訪問を伝えられてドタバタしていただろう?」
確かに、イズエの訪問はいつも急だ。そのくせ、立派な料理が提供されないと臍を曲げる。故に、私は彼────いや、彼らの訪問があまり好きではない。
だからこそ、早めに教えてもらえて良かった。私はフォールに深々とお辞儀をして礼を言う。彼は気にしないでくれ、と軽く笑った。
「君にはいつも世話になっているから……ところで」
この屋敷には主人と我々以外に誰もいないと言うのに、フォールが声を顰める。その仕草が子供っぽくて笑いそうになってしまった。
「……兄はピアノの練習をしているのかい?」
「えぇ。どうも、あなた方に披露して驚かせたいようです」
なので、今度会った時には知らんぷりをしてあげてくださいね。私も子供のように声を顰めてみる。フォールが私の目を見て、頷いた。
今度の訪問が楽しみだなぁ。彼が頬を緩ませ、愉快げに笑う。その姿は実の兄を犯していた人間だとは思えないほど、穏やかだった。
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