孤独な屋敷の主人について

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 以降、カルベルはピアノへ手を触れなくなった。以前までは懸命に鍵盤に指を置き、拙いながらに弾いていたのだが、今ではピアノが置かれた部屋にさえ立ち寄らなくなった。
 毎日、自室の窓際に腰を掛け、虚ろな瞳でどこか遠くを眺める生活が続いている。
 カルベル様、ピアノの練習は良いのですか? そう問いかけても、彼は表情筋を動かさないまま、ただ一言「もういいんだ」と返すだけだった。
 私はイズエが大嫌いだ。私を拉致し、村を焼くぞと脅しここまで連れてきた悪党。実の息子を軟禁し、挙げ句の果てに貶す男。そんな彼がこの世で一番嫌いだ。けれど、この時以上に彼を殺してしまいたいと思ったことはない。
 カルベルから「何かをする」喜びを奪う彼には、殺意しか芽生えない。
 もう一度、やってみましょう。イズエ王の言うことなんてお気になさらないで。そう説得しても、彼は首を横に振るだけだった。





「最悪の晩餐だった」

 屋敷に訪れて早々、フォールは私に吐き捨てるようにそう言った。屋敷の扉を閉め、項垂れた彼の背中を追う。フォールは応接間に置かれた椅子の上に腰を下ろし、深々と息を吐き出した。何か飲まれますか、と問いかけたが、首を横に振るのみであった。

「……本当に、最悪」

  手のひらで顔を覆い、黙り込んだ彼の隣に立ち静かにその頭部を見下ろした。カルベルより色の濃い茶髪がかすかに揺れる。

「……兄は俺の存在に気がついていた?」
「いいえ、その点は問題ないと思われます。ただ……」
「ただ?」

 フォールがこちらを見上げる。カルベルと同じ色をした瞳に私が映った。

「……ピアノを、辞められました」
「な────」

 彼は言葉に詰まった様子で固まり、唖然としていた。私は唇を噛み締め、黙る。彼の気持ちが痛いほど身に沁みた。
 フォールは立ち上がり、カルベルの居場所を聞いた。自室にいると答えると、足早に二階へ上がり彼の部屋へ向かう。その背中を、少し遅れて追った。いつもより性急な彼はズンズンと歩みを進める。自室の扉を開け放ち、窓辺で日向ぼっこをしているカルベルにまで近づいた。
 カルベルは物音に反応し、パッと顔を上げる。近くにいる人の気配で察したのか、私の名前を呼んだ。

「カルベル様、来客です」
「……あ、無口くん? いらっしゃい。っうわ!」

 瞬間、フォールがカルベルの腕を引っ張り部屋を抜け出した。歩みを進め、何処かへ向かう。王子、何処へ。そう言いかけた言葉を飲み込み、彼らの後を追う。カルベルは足を縺れさせながらも、必死でフォールの歩幅に追いつこうとしていた。
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