孤独な屋敷の主人について

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みずいらず

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「ねぇ、上手くなった?」

 鍵盤を弾きながら、彼がこちらを見上げる。軽やかな指先が、歌い出したくなるような愉快げな音楽を紡ぐ。俺は兄の肩を二回叩いた。それは、俺たちのコミュニケーションの取り方である。肩を叩いたり、手を叩いたり。そうやって、彼に意思を伝える。
 肩を叩かれた兄は目を弧にし、良かったぁと呟く。

「もっと上手になったら、弟に────フォールに聴かせてあげたいんだ」

 俺はいつか訪れるであろうその日を想像し、歓喜に声を漏らしそうになる。一度は父によって希望をねじ伏せられた兄だが、それでも謙虚に何かを成し遂げようとする姿は美しい。
 同時に、この美しい生き物を冒瀆したい欲に支配された。
 自分を「そういう対象」で見ている男が隣にいると知らずに軽やかに鍵盤を弾く彼が愛おしい。時折、こちらを見上げては緩やかに口角を上げる彼は、まるで絵画のようだ。
 彼の背後へ周り、体を屈めて首筋へ鼻を埋める。べろりとそこを舐め上げると、あっ、と短い声を漏らした。

「だめ、擽ったいよ、無口くん」

 ちゅっと薄い皮膚に吸い付く。白い肌には簡単に痕が出来る。
 父がこの屋敷を訪問するのは、いつ頃になるだろうか。この痕を見たら、どんな反応をするだろうか。変な疑惑をかけられ、レジューが叱られる場面を想像し、俺は痕をつけたい衝動を抑え傷ができない程度に噛み付く。

「んぅ、ん……! やめてっ」

 彼が身を捩る。鍵盤から離そうとした手へ、掌を重ねる。そのまま弾いてくれと促し、耳の裏へ舌を入れ込む。丹念に舐めながら、耳輪を喰んだ。あぅ、と甘い声を上げる兄は頬を染め、虚ろな目をしている。
 弟にこんなことをされていると気がついていない彼が哀れだ。同時に、そんな哀れな彼に欲情を駆り立てられる。
 服の中へ手を入れ込み、胸の突起を摩った。ひゃっ、と一際高い声が漏れ、鍵盤が激しい音を奏でる。それは部屋に響き、こだました。

「び、びっくりした。あっ、それ、っ……いやっ」

 耳の穴へ舌を捩じ込みながら、同時に乳首を弄る。兄は口の端から涎を垂らしながら、快感に耐えていた。
 だらしない表情に下半身が張る。それを薄い背中に押しつけると、彼がビクンと肩を揺らした。

「む、くち、くん……あぅ、あっ……!」

 ピアノの音はもう聞こえない。静かな部屋には、俺の呼吸音と彼の喘ぎ声だけが漂った。
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