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秘密は柑橘の匂い
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「こんにちは、フォール。会いにきてくれたんだ」
俺の手を取った彼が、合わない視線を向け歯を見せる。細められた目元が愛しくて、無意識に口角が上がった。ふと、手のひらが汗ばんでいないか心配になる。けれど、カルベルは気にしていない様子だった。瑞々しい手が、力を込める。
無口くんとして、兄とは飽きるほど接触しているはずだった。しかし、弟として接触するとなると話は別だ。とてもいけないことをしている感覚に陥る。同時に、この手を引き寄せ、抱きしめたい衝動に駆られた。
「はい。ちょっと、お届け物を……」
「僕に?」
「えぇ……」
カルベルの手に、小瓶を握らせた。落とさないように彼の手を包み込みながら、表情を見つめる。
兄は指先で受け取った品が何であるかを探っていた。
「瓶? なんだろう?」
「これは、オイルです。手に塗ったりする……」
「へぇ、すごい。ありがとう、すごく嬉しいな」
屈託のない笑顔が驚くほど美しい。思わずパッと目を逸らし、顔を俯けた。きっと無口くんである自分だったら、口付けをしていただろう。
「ねぇ、手に垂らしてみてもいい?」
彼が小瓶を両手に包み、そう言った。どうやら、今ここで使用したいらしい。グイグイと彼に袖を引っ張られ、ベッドの縁に腰を下ろした。
軋むベッドの音を、まさか弟として聞く日が来るとは。脈が早くなり、頬が火照る。
「あの、えっと。その……」
口籠る自分が情けない。隣に座り、小瓶に巻かれたリボンを解くため悪戦苦闘している兄が、どうしたの? と聞き返す。
────兄の手に、オイルを塗りたい。
そのぐらいのスキンシップなら、変な違和感を持たれず、難なく接触できるはずだ。小賢しい真似であるが、しかし。弟として兄に触れたいと願う自分が自我を剥き出しにした。
「貸してください」
「はい」
兄から小瓶を受け取り、リボンを解く。蓋を外すと、中からふわりとシトラスの香りがした。わぁ、いい匂い。彼が少年のように笑う。どうやら気に入ってもらえたみたいだ。俺は内心、メロに感謝する。相手はきっと喜びますよ、と言っていた彼女が脳内に浮かんだ。
「……手を」
「うん?」
彼の手を取る。滑らかな皮膚に自分が触れるのは、神域を穢しているようで居た堪れない。
そのまろい肌にオイルを垂らした。ひゃ、と大袈裟に反応する彼が照れくさそうに肩を竦めた。
「ごめんね、お兄ちゃんなのに怖がりで」
「いえ、そんな」
そんなところも愛くるしいので気にしないでください。なんて口走ってしまえば、兄はどんな反応をするのだろうか。一歩踏み出してしまえば底が抜けるような橋を、時々俺は渡りそうになる。
「……こうやって、手に馴染ませるんです」
自身の手を、兄の手に重ねる。両手で揉み解すようにオイルを馴染ませ、指と指を絡めた。
滑りのあるオイルが、二人の皮膚に染み渡る。
心臓がうるさいほど高鳴っている。全身に汗が滲み、呼吸が乱れる。
────弟としてこんなに兄と触れ合うことが出来るなんて。
無口くんとして触れているわけではない。彼の弟として、触れ合っている。その事実は下品な言い方をすれば勃起するほど俺の興奮を招いた。
当の兄は気持ちよさそうに目を細めている。気持ちいいね、こういうの。ひとりごちながら肩を小さく揺らし笑うカルベルとは真逆に、異常なまでの欲を孕んでいる自分が情けなくなった。
パッと手を離し、ゴホンと咳払いをする。
「……こうやって使うと、良いです」
「ありがとう。あ、ねぇねぇ」
カルベルが俺の手を握る。目を見開く間もなく、彼が自分の鼻先へ手を近づけた。
「同じ匂いだ。なんだか嬉しい」
屈託のない笑顔でそう言う兄を力の限り抱きしめたくなり、唇を噛み締める。細い体に腕を絡めたいし、艶やかな唇にかぶりつきたい。首筋を舐めて歯を立てて、淫猥な声を聞きたい。
そんな考えがぐるぐると巡り、耐えられなくなった。ふと、手を伸ばし兄の首筋へ指先を這わせる。カルベルの体がビクンと揺れた。
「……手以外にも、使えますよ」
オイルのついた手で撫でる。彼の白い肌を無骨な指が這う。無様なほどに惨めな念いを滲ませたまま、カルベルを見つめる。
「わぁ、すごく気持ちいい」
目を伏せた彼は、不埒な視線を送る弟の存在を認識していない。彼の中で、俺は「とても良い」弟なのだろう。首筋を這う指先にうっとりとした兄は、道化に騙される無垢な子供のようだ。
兄は、今にも爆ぜそうな気持ちを抱いた弟の存在に気がついていない。こんなにも心臓を高鳴らせ、口内に唾液を滲ませている俺は、目の前に野兎を捉えた狼同然だ。
「フォールは、本当に優しいね」
目が開き、青藤色の瞳がこちらを見つめた。搗ち合う視線を逸らせないまま、俺は唇を舐める。
優しい? 俺は、優しいのだろうか。こんな尾篭な気持ちを孕んだ人間が?
柑橘の匂いが二人の間を漂う。兄は静かに微笑んでいた。
俺の手を取った彼が、合わない視線を向け歯を見せる。細められた目元が愛しくて、無意識に口角が上がった。ふと、手のひらが汗ばんでいないか心配になる。けれど、カルベルは気にしていない様子だった。瑞々しい手が、力を込める。
無口くんとして、兄とは飽きるほど接触しているはずだった。しかし、弟として接触するとなると話は別だ。とてもいけないことをしている感覚に陥る。同時に、この手を引き寄せ、抱きしめたい衝動に駆られた。
「はい。ちょっと、お届け物を……」
「僕に?」
「えぇ……」
カルベルの手に、小瓶を握らせた。落とさないように彼の手を包み込みながら、表情を見つめる。
兄は指先で受け取った品が何であるかを探っていた。
「瓶? なんだろう?」
「これは、オイルです。手に塗ったりする……」
「へぇ、すごい。ありがとう、すごく嬉しいな」
屈託のない笑顔が驚くほど美しい。思わずパッと目を逸らし、顔を俯けた。きっと無口くんである自分だったら、口付けをしていただろう。
「ねぇ、手に垂らしてみてもいい?」
彼が小瓶を両手に包み、そう言った。どうやら、今ここで使用したいらしい。グイグイと彼に袖を引っ張られ、ベッドの縁に腰を下ろした。
軋むベッドの音を、まさか弟として聞く日が来るとは。脈が早くなり、頬が火照る。
「あの、えっと。その……」
口籠る自分が情けない。隣に座り、小瓶に巻かれたリボンを解くため悪戦苦闘している兄が、どうしたの? と聞き返す。
────兄の手に、オイルを塗りたい。
そのぐらいのスキンシップなら、変な違和感を持たれず、難なく接触できるはずだ。小賢しい真似であるが、しかし。弟として兄に触れたいと願う自分が自我を剥き出しにした。
「貸してください」
「はい」
兄から小瓶を受け取り、リボンを解く。蓋を外すと、中からふわりとシトラスの香りがした。わぁ、いい匂い。彼が少年のように笑う。どうやら気に入ってもらえたみたいだ。俺は内心、メロに感謝する。相手はきっと喜びますよ、と言っていた彼女が脳内に浮かんだ。
「……手を」
「うん?」
彼の手を取る。滑らかな皮膚に自分が触れるのは、神域を穢しているようで居た堪れない。
そのまろい肌にオイルを垂らした。ひゃ、と大袈裟に反応する彼が照れくさそうに肩を竦めた。
「ごめんね、お兄ちゃんなのに怖がりで」
「いえ、そんな」
そんなところも愛くるしいので気にしないでください。なんて口走ってしまえば、兄はどんな反応をするのだろうか。一歩踏み出してしまえば底が抜けるような橋を、時々俺は渡りそうになる。
「……こうやって、手に馴染ませるんです」
自身の手を、兄の手に重ねる。両手で揉み解すようにオイルを馴染ませ、指と指を絡めた。
滑りのあるオイルが、二人の皮膚に染み渡る。
心臓がうるさいほど高鳴っている。全身に汗が滲み、呼吸が乱れる。
────弟としてこんなに兄と触れ合うことが出来るなんて。
無口くんとして触れているわけではない。彼の弟として、触れ合っている。その事実は下品な言い方をすれば勃起するほど俺の興奮を招いた。
当の兄は気持ちよさそうに目を細めている。気持ちいいね、こういうの。ひとりごちながら肩を小さく揺らし笑うカルベルとは真逆に、異常なまでの欲を孕んでいる自分が情けなくなった。
パッと手を離し、ゴホンと咳払いをする。
「……こうやって使うと、良いです」
「ありがとう。あ、ねぇねぇ」
カルベルが俺の手を握る。目を見開く間もなく、彼が自分の鼻先へ手を近づけた。
「同じ匂いだ。なんだか嬉しい」
屈託のない笑顔でそう言う兄を力の限り抱きしめたくなり、唇を噛み締める。細い体に腕を絡めたいし、艶やかな唇にかぶりつきたい。首筋を舐めて歯を立てて、淫猥な声を聞きたい。
そんな考えがぐるぐると巡り、耐えられなくなった。ふと、手を伸ばし兄の首筋へ指先を這わせる。カルベルの体がビクンと揺れた。
「……手以外にも、使えますよ」
オイルのついた手で撫でる。彼の白い肌を無骨な指が這う。無様なほどに惨めな念いを滲ませたまま、カルベルを見つめる。
「わぁ、すごく気持ちいい」
目を伏せた彼は、不埒な視線を送る弟の存在を認識していない。彼の中で、俺は「とても良い」弟なのだろう。首筋を這う指先にうっとりとした兄は、道化に騙される無垢な子供のようだ。
兄は、今にも爆ぜそうな気持ちを抱いた弟の存在に気がついていない。こんなにも心臓を高鳴らせ、口内に唾液を滲ませている俺は、目の前に野兎を捉えた狼同然だ。
「フォールは、本当に優しいね」
目が開き、青藤色の瞳がこちらを見つめた。搗ち合う視線を逸らせないまま、俺は唇を舐める。
優しい? 俺は、優しいのだろうか。こんな尾篭な気持ちを孕んだ人間が?
柑橘の匂いが二人の間を漂う。兄は静かに微笑んでいた。
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