糠味噌の唄

猫枕

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 「よ!」

 仕事帰りに駅へと向かう町子を待ち伏せしていたのは武藤明綺羅だった。

 「飯行こう飯!」

 「あの、ちょっと急には・・」   

 お客様ではあるし年上だし、あまり邪険に扱う訳にはいかないし。

 困った顔の町子に、

「なに、デート?」

「・・・そういうわけじゃないんですけど・・」

 連絡も無しに遅くなると心配かけるから・・・と吃り吃り言うと、

「え?町子ちゃん彼氏と暮らしてんの?
やるじゃん!」

 とニヤニヤしている。

「一緒に暮らしてるって訳じゃないんですけど、今日は唐揚げ作るって約束してるんです」

 「へぇ~。こっちの人?彼氏」

 「同郷です」

 聞かれたことには反射的に正直に答えてしまう。

  とたんに武藤の目が輝く。

 「じゃっさ、一緒に行こう町子ちゃんの住む町へ!で、三人でご飯たべようよ。
おじさんご馳走しちゃうから」

 さー行こう、さー行こうと武藤は強引に町子の肩を押しながら歩き始めた。
 武藤の車に乗るのを町子が頑なに拒否したので、二人は電車で行くことになった。

「先生のこと信用してないとかじゃないんです。
 付き合ってる人がいるのに男性と二人っきりで車に乗るというのがどうしても嫌なんです。すみません」

 「うぉ~っ!いーね、町子ちゃん古風!
 今日日きょうびの女なんてメッシー、アッシー、ミツグくん、くらいにしか男のこと思ってないヤツばっかよ」

「そんな化石みたいに言わないでくださいよ」


「電車、何線に乗るの?」

「池袋から東武東上線です」
  
 武藤は久しぶりに電車に乗るらしく、自動改札機に度肝を抜かれていた。

「いやいや切符が盗られたかと焦ったよ~。返して~なんつって」

 「お願いですからはしゃがないでくださいよ」

 町子が恥ずかしそうにすると、

「またまた、すっかり都会人気取り?」
  
 と笑っている。

 「あの切符切る人たちどうなっちゃったんだろうね?職人芸だったのにね」

  何が楽しいのか分からないが、武藤という人はいつも嬉しそうにしている。

 そうこうしているうちに町子のアパートに着いた。

 町子が武藤を連れて帰ると修司は驚き、当たり前だが少し不快そうな顔をした。

町子がどう説明しようかと、えっとえっと、と話があっちこっちとっ散らかっていると、

「初めまして武藤明綺羅です。

 『人生はミステリー!』」

 「あっ!都市伝説の人!」

「そう!」

 「・・・地方の風習とか調べてらして、修司にも話聞きたいんだって」

 「なんかゴメンね!唐揚げだったんでしょ?この辺で唐揚げの旨い店とかある?
 ぐぐーっと生ビールでどう?」

「いいっすね!」

  三人は修司行きつけの町中華『楊気楼』に行った。

「おっ!三角関係の修羅場かい?」

 北関東訛りの店主の軽口を笑いで流して乾杯をする。

 町子は未成年なのでウーロン茶。

 ビールの二人がいい感じに打ち解けてきたところで、

「そうそう町子ちゃん。前に言ってた戦前の事件のことなんだけど、真相は闇のままなんだけど、裏切り者への制裁だったんじゃないかって説もあるらしいよ」

 「制裁?」

「なになに?何の話?」

 武藤が修司に事件の概要を説明する。
 
 「へぇ~。気味悪いですね。それがK地区の人だったんですか。
 あそこの葬式独特ですもんね」

 「え?」

 武藤が食いついたが少々酔いの回った修司はヘラヘラ笑っている。

「君は葬式に出たことがあるのかい?」

「ボクの母ちゃんの」

 詳しく話を聞かせて欲しいと言う武藤に、

「中学生だったから、あんま詳しくは覚えてませんけど」

 と修司は話し始めた。

「だいたい葬式自体が初めてだったから、それがおかしいとも思わなかったんだけど、その後いわゆる普通の?葬式に出席?参列?ししてから、やっぱりあれは変わってるな~、とは思ったね。
 テレビドラマなんかの葬式とは全然違うもんね」

 「具体的には?」

 「一応坊さんが来て、お経上げるんだけど、遺体の後ろに幕が張ってあって、その後ろに人が隠れてて箱を坊さんの方に向けてんの」

「箱には何が入ってるの?」

「空っぽ。
 お経を吸い取って入れるんだって」

「なんで?」

「知らないよ。それで、坊さんが帰ったらもう一回皆でお祈りみたいのをするんだよね」

「言葉とか覚えてない?」

 「覚えてないです。ただ意味は全然わからない呪文みたいなカンジでしたよ」

 ほう、と武藤が息を吐く。

「いいな~。オレも参加したい」

「あ、あと、普通死んだら北枕にするとか言うでしょ?北枕にはしないって言ってた」

「ふ~ん。他には覚えてることある?」

 「う~ん。とにかく厄介者扱いだったから居心地悪かったからな。
 なんか汚い布みたいのをさ、ホントに5ミリ四方くらいに切って棺に入れて、それ持ってると天国に行けるらしいんだけどさ、それをうちの母ちゃんに使ってやるのがもったいない、とか言ってんの聞こえてきてムカついた」

「なんの布?」

「知らないけど、ボロボロの布を秘密の壺から出してきて、もったいないから小っちゃ~く切って死者に持たせてやるんだってさ。
 戦死した人の軍服が展示してあるの見たことあるんですけど、古くなった血が赤黒いっていうか茶色っぽいシミになってる、あんな感じ 」

 「・・・なんの布なんでしょうかね?」

 町子が不安そうな顔をする。

「・・・天国に行けるって言ったの?極楽浄土じゃなくて?」

「・・・どっちだったっけな?その辺はハッキリ覚えてないです」

 「隠れキリシタン・・・ってことは無い?」

 武藤が聞く。

「違うと思いますよ」

 修司が言うと町子が続ける。

「確かに県内に元隠れ里と認定されている土地は何ヵ所かあるんですけどK地区は入ってないですね。
 郷土の歴史で学んだんですけど、そういう所に伝わっているお祈りは、確かに不思議な言い回しなんですけどそれと分かる単語が所々混ざってるんですよ。アニマとかペルソナとか。
 あとマリア観音とか掛け軸とか」

 修司も側でウンウンと頷いている。

「今はむしろ観光資源にしようとしてる所もあって、隠れてなんかないですよ。
 『パライソ饅頭』とか売ってるし」

 修司が笑うと武藤も笑った。

「なかなか謎が深いな~」

「やってる本人達も分かってないような気がしますけどね」


 その後は武藤と修司はビールをお代わりして機嫌良く出来上がっていった。

 「芸能人と一緒に仕事したりするんですよね?誰が可愛いですか?」
 
 などと二人で盛り上がっている。


「先生~私、杏仁豆腐頼んでいいですかぁ?」 

 一人飲めない町子が置いてけぼりになった。




 
 




 

 




 
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