糠味噌の唄

猫枕

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 空港まで送っていく間、町子と友香子の間にはぎこちない空気が流れていた。
 浜松町でモノレールに乗り換えると座席に座ることができた。

 「東京って、土地が無いっていう割にはビルの一個一個が大きいよね」

 友香子は頭をガラスに押し付けて、外を見たままでそんなことを言った。

「町子ちゃんはいいよね。あんな所出てこられて」

 話しかけられているのか、独り言なのか判別がつかない様子で友香子は呟いた。

『きっと他に何か知っているんだな』

 友香子の横顔を見つめながら、町子はそれを問い質す勇気が持てずにいた。

空港でお土産に『江戸バナナ』を渡すと、

「ありがとう。でも町子ちゃんバナナ嫌いじゃん」

「あ、うん。でもこのお菓子人気だから」

私がバナナが嫌いなこと、覚えてくれてたんだーと言うと、

「当たり前じゃん。友達だもん」

 と言った友香子の顔が少し泣きそうに見えた。

「絶対、絶対また会おうね」
  
 そう言って友香子は町子の両手をぎゅっと握って、振り返らずにゲートに消えて行った。




 
「まんまメノラーじゃん!」

 武藤は町子が箸袋に描いた『友香子のお宝』の絵を見て言った。

「メノラーって?」

「ヘブライ語で燭台・・・らしい。おれヘブライ語はわかんないけど」

「・・・まんまですね。

友香子が言うには大して価値のありそうな物でもなく・・・汚ったねぇー黒ずんだ蝋燭立て・・・らしいです」

「・・・歴史的に、というか宗教文化的に価値があるんじゃないかな。
 っていうか、メノラーってある種ユダヤ教の象徴みたいなもんらしいから充分『お宝』なんじゃないの?」

「K村の先祖は改宗ユダヤ商人が雇った日本人奴隷だって友香子が言ってました」

「へ~・・・ってかさ、そんな逸材が来てるのに、なんで町子ちゃん俺を呼んでくれないのっっ!」

「だって会わないから」

「調べれば俺のオフィスの番号分かるよね?ってか今すぐメモれ」

町子は急に声を落としてヒソヒソと耳打ちするように武藤に話した。

「だって、命狙われるかもって思ってたんですよ?」

 町子はグビっとウーロン茶を飲む。

「何年も会ってなかった友香子が突然泊めてって、・・・K地区から放たれた刺客・・・は言い過ぎかも知れないけど、偵察じゃないかと最初は疑ってたし、正直K地区のこと聞き出すのもヒヤヒヤものだったんですからね」

「わかった、わかったよ。
 ほら、もっと好きなもの頼んでよ」


 町子はハァーと溜め息を吐いて肩を落とした。

「そりゃあ大したことないと思ってましたよ。
 あんな辺境の寒村なんだから先祖が豪族とか歴史上の偉人とかあり得ないって。

 でも『平家の落人』なら可能性ないかな?とかロマンを夢見ていたわけですよ。
 
・・・それが、奴隷って~」

「・・・人間は平等だよ」

「つまんないことしか言えないんですね。
所詮T大出の先生とは生きる階層が違うんですから気休め言わないでください」

「俺だって大学じゃイロモノ扱いよ~。
 似非学者ってバカにされてるし肩身がせまいんだから」

 「変なテレビ出てるからですよ~」


 それから町子は友香子から仕入れた話を武藤にした。

「先生~身の安全は自己責任でね~」

 町子がヘラヘラ笑った。

「なるほどね。潜伏キリシタンだった奴隷と改宗ユダヤ教徒の二本の潮流が村の中にあって、共に秘密を共有しつつも反目し合う部分もあったのでは?と」

 「そういえば私が小さかった頃、今はもう死んじゃった曾祖父ひいじいちゃんが『いつか海の向こうから神様が来て、私たちを解放してくれる』って、そのまた曾祖父ひいじいちゃんに言われたって教えてくれたな。

曾祖父の曾祖父って江戸時代くらいかな?
 
バンバン弾圧されてる時代ではありますよね? 」

「いつか、禁教が解かれて海外から宣教師が来るって意味だったのかもね。
 日本に来たイエズス会の宣教師の中にも改宗した元ユダヤ教徒は何人もいたみたいだからね。
 そういう人達ってホントにユダヤ教を棄てて心の底からキリスト教を信奉していたのかどうか、今となったら知る由もないけど」

「アレ?」

 「どうした?」

「おかしくないですか?
 K地区は特殊な風習のある地域だけど、その信仰とか由来とかは不明ということになってるんですよ。
 実際K地区自体が潜伏キリシタンともなんとも認めてないし、外から認定されてもいない。
 誰に聞いても『よくわからない』って答えしか返ってこないんですよ。
 
 それなのに友香子はどうしてユダヤ人だの元潜伏キリシタンの奴隷だのって知ってるんでしょう?おかしくないですか?」

「・・・そうだね。・・・選ばれた人、ていうか、家?の者だけに代々知らされてきた?とか?」

「だったら、私に喋ったらヤバくないですか?」

「・・・でも、町子ちゃんの家も本来は知る側だったとしたら?・・・実働部隊だったんでしょ?」

町子はズンっと暗い顔をした。

「・・・それなんですけど・・・おそらく例の事件、私の曾祖父ひいじいちゃんあたりが関わってると思うんですよ・・・」 

 「・・・まあ・・・時代によって情勢も価値観とか倫理観も変わるからさ、一概に曾祖父ひいじーさんが悪とも言い切れないんじゃないの?

 やったかどうかも分かんないんだしさ。

 ・・・ウチのじいちゃんだって戦争で敵兵を殺してるけど、俺はそのことでじいちゃんを責める気にはならないな」 
 
 「・・・・」

「まあ、塩辛でも食えよ。旨いぞ」


「あ、そうそう。『翡翠堂』だけどさ、今は曾孫さんの代になって、ジェイドって名前の質屋を神戸でやってるんだってさ。
 今度、話を聞けることになったんだけど一緒に行かない?」

「神戸ですか・・・行ったことないです」

「美味しいお菓子のお店がいっぱいあるよ~ん」

「・・・いきなり行って失礼な質問するんじゃないでしょうね?っていうか、どうして話を聞けることになったんですか?」

「その若旦那が都市伝説好きでさ、俺のファンクラブの会員だってことが判明したのよ」

「・・・はあ」

「何その変人を見る目~」

「まあ、大昔のことだし、大した話しは聞けないだろうけど、向こうも旅行のつもりで遊びに来てって言ってるからさ。
 修司くんにも都合聞いといてよ」







 















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