糠味噌の唄

猫枕

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 「黒刀 怜子こくとう さとこ
 知ってる?」

 「あ・・・」

 「それがオレのばあちゃん」

 「怜子さんという人は知らないけど、黒刀さんという家があることは知ってる」

「まだ55才くらいのはずなんだけどね」

 黒刀家はK地区の中でも異質な存在だった。

 母親と二人で暮らしているという男は、たしか名前を恭司きょうじと言った。

 働いている風でもなく、どうやって生計を立てているのか不明だが、着物を着流しにして色素の薄い長髪をなびかせてブラブラと地区内を歩き回る姿を見かけたことがある。

 修司の話から逆算すると、当時すでに40代後半だったことになるが、透き通るように白い肌に整った顔立ち。
 

 小学生の町子と目が合ったとき、フッと意味あり気に笑った顔が、ゾッとするくらい美しかった。

 怜子はその恭司の姉だ。

「前に武藤先生が言ってたでしょ?K村の三人の若者の事件」

 そう言って修司は水片のじいさんから聞き出したという話を始めた。

 農機具倉庫に押し込めて、羽交い締めにして、殺す、と脅しながら聞き出した話だそうだ。

「三人の中で唯一結婚して子供がいたのが黒刀 雄司だった。
 その子供ってのが、当時3才だった怜子、つまりオレのばあちゃんと弟の恭司0才だったんだって。

 で、夫を失くした二人の母親は村人の温情で生かせてもらってたってわけ。

 意味分かる?」

「・・・」

 あの、恭司の母親なら美しい女性だったろうと容易に想像がつく。

「で、美しく育った怜子に水片のじいさんが手を出した。
 
まあ、簡単に言えばそれだけの話」

「・・・・」

「母さんを生んだ時、怜子ばあちゃんはたったの15才だったってよ」

 修司は吐き捨てるように言った。





「おじいちゃんの家の近くで髪の長い着物姿の男の人を見た」

 小学生の頃、何気なく言った町子の言葉に母は過剰に反応した。

「あの人には絶対に近づいたらダメ!!」

 あまりの剣幕に町子がそれ以上彼について話題にすることはなかったが、彼の浮世離れした美しさは町子の心に強い印象を残していた。



 「K地区にいつも着物を着ている髪の長い男の人がいるよね?」

 中学の頃、友香子に聞いてみたことがある。

「ああ、あの人。恭司さんね」

 友香子はイヤらしい笑みを浮かべてクスクス笑った。

「あの人ねぇ。地区の奥さん達とエッチなことしてお金もらってんだよ」

 恭司のせいで何軒もの家がギクシャクとおかしくなったという。

 そして恭司には地区の外にも何人もパトロンがいて、お金持ちの未亡人から遺産をもらった、などという噂がまことしやかに流れている、ということだった。

「うちの母さんも、水片さんの真理おばちゃんも恭司さんと関係あるんだよ」

 ニヤニヤ笑う友香子の顔には侮蔑と怒りがこもっていた。

「大人って汚いよね」

 怒ったような悲しいような友香子の声が今でも耳に残っている。




「なんで手首を切ったんだ?って聞いたらさ、そういう決まりなんだってさ。

  死んだら棺の中でこうやって手を組むだろう?」

 そう言って修司はお祈りをする時みたいに手を組んで見せた。

「でもさ、罪人は神様に祈りを捧げて助けを乞えないように手首を切るんだってさ。


 だからオレはじいさんに言ってやったよ。

 なら、お前らは両手首切り落とさなくちゃな!って」


「・・・怜子さんは、どうなったの?」

「精神的におかしくなって、今も県北の療養所に入れられているらしい」

「・・・・」

「・・・でさ、そのばあちゃんの父親、黒刀 雄司を殺したのが水片のじいさんの父親だったんだってさ。

 つまりオレのばあちゃんは父親を殺したヤツの息子に孕まされてオレの母ちゃんを産んだってわけ。

 それで頭オカシクなっちゃったんだな。

 笑える」

「・・・ヒドイ」

「でさ、まだ水片の曾祖父ひーじーさんが生きてるってんで、会いに行ったの。
 
姥捨て山みたいな病院に入れられててさ、90近くて耄碌してたけど、

『黒刀の者は転びバテレンの子孫じゃ』

 って、バカにしたように言ったんだ。

 その場で絞め殺してやろうかと思ったよ」

 俯く修司の横顔は確かにどことなく恭司に似ている。


 町子は流れる長い髪を揺らしながらフラフラと歩く恭司の姿を思い浮かべた。

 どこか皮肉っぽい笑みを浮かべた彼の美しい目には何が映っていたのだろう。

 幼い恭司は母親が村の男達に慰みものにされるのを目にして育ったのだろうか。

 そして姉の苦しむ姿も。
 
 閉鎖された居心地の悪い土地に敢えて居座ることで住民に罪の意識を想起させ、その類い稀なる美貌で女達を魅了して不和を起こさせる。
 
 それが彼なりの復讐の方法だったのだろうか。


「オレさ、あそこにいたら いつかとんでもないこと仕出かしそうでさ。
 
 怖かった。

 だから、もうあんな所とは関係無い場所で新しい自分になって生きていきたかった。

 ・・・だけど、東京で町子と出会ったんだ」

 修司は、しょうがないよな、と小さく呟いた。

 

  



 

 




 
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