28 / 39
28
しおりを挟む「自殺した?」
「ええ。運河に飛び込んだらしいですよ」
グレアムは一瞬目が見えなくなったような感覚になった。
「・・・死んだのか?」
「さあ。でもこの季節ですからね。水も冷たいですし、知り合いがその場に出くわしたらしいんですよ。
引き上げられたご令嬢は蒼白で息をしているようには見えなかったって。
そのあと運ばれて行ったけど、あれはダメだったんじゃないかなって」
グレアムはスクリーバが何を言っているのかよく聞き取れてはいなかった。
ただ、相槌を打ちながら平静を装うのが精一杯だった。
「悪いスクリーバ。なんだか今日は疲れたからもう休む」
グレアムは動揺を気取られないように明るいトーンの声で言った。
「そうですよね。
やっとカトリーヌ様と婚約解消もできて肩の荷も降りたでしょう。
グレアム様にはもっと身分の高いご令嬢がお似合いだと常々思っていたんですよ。
今日はゆっくりお休みください」
グレアムはスクリーバのくどくどと長ったらしい挨拶を愛想笑いでやり過ごしてやっと一人になると、倒れ込むようにベッドに横になった。
思い出すのはセリーヌの柔らかいピンクブロンドのフワフワとした手触り。
いつも穏やかで他人を疑うことのない笑顔。
都合良く弄ばれているのに気づきもせずに、グレアムと結婚したい、と彼女は言った。
それが無理だと知るとグレアムを責めることなくあっさりと身を引いた。
『幸せになってね。私の王子様』
最後に会った時の、涙を流しながら笑う彼女の顔がありありと脳裡に浮かんでくる。
『オレはなんてことをしてしまったんだ』
涙が溢れてきた。
陸軍大臣の娘が自殺を図ったというスキャンダルは翌日の新聞で大々的に報じられた。
ただ、彼女は未だ意識不明ながらも一命は取り止めたということだった。
新聞には彼女が大臣の婚外子であることや、先日婚約者が決まっていたことなどが容赦なく書かれていた。
「よっぽど婚約が嫌だったのかな?
こんなことをされたのでは婚約相手もいい面の皮だな。
もちろん破談だろうけど、このご令嬢には二度とまともな縁談は来ないだろうし、一生家から出られないかも知れないね」
他人のことをとやかく言えた立場ではないと思うのだが、朝食の席で新聞を広げた父が好奇心むき出しで語るのをグレアムは緊張しながらも軽蔑の籠った気持ちで聞いていた。
まるでこんなスキャンダルに巻き込まれた大臣に比べれば我が家なんて平和なものだ、とでも言いた気な父に、
『そのご令嬢がそんな事件を起こしたのは私のせいなんですよ』
と言ったら、この人はどんな顔をするのだろう、と考えていた。
校門の前で馬車を降りたグレアムは、
「今日は友達と約束しているから迎えは要らない」
と告げ、そのまま学校には行かずにフォルティス・ティメンテス陸軍大臣の家に向かった。
新聞では昨日の段階ではセリーヌが一命をとりとめたことが報じられていたが、今も無事である保証はない。
緊張と恐怖がグレアムの運ぶ足を僅かに震わせる。
大臣は在宅していて、突然のフォルコンリー侯爵令息の訪問に驚きながらも面会を許可してくれた。
「今は人と会える状況じゃないので」
と対応に出た家令に、
「セリーヌ様のことでお話したいことが」
と伝えたからだ。
初めて対面した大臣は威厳のある老齢に差し掛かった恰幅の良い男だったが、憔悴しきっている様子だった。
目に入れても痛くないほどに愛する娘の命の危機に加えて、スキャンダラスな報道が彼の心を容赦なく抉っていた。
グレアムは自己紹介をすると直ぐに床に身を投げ出して額を床に擦り付けて赦しを乞うた。
「申し訳ありませんでした」
面食らった大臣だったが、グレアムの告白を聞くと激昂した。
軍人上がりの男の重いパンチが炸裂した。
男は泣きながら何度も何度もパンチを繰り出した。
「貴様、よくも、・・・よくも私の・・私の大事な宝物を!!」
男はボロボロと涙をこぼしながらグレアムを打った。
グレアムは痛みに耐えながら意識を失わないように気を張った。
せめて気を失うことなく、全ての痛みを受け止めようと思った。
グレアムはボッコボコの文字通り『半殺し』にされた。
ティメンテス家の馬車で運ばれてきたボロ雑巾のようなグレアムを見た母は絶叫したが、何故か息子は痛みに顔を歪めながら晴れやかな顔で微笑んでいた。
医者に絶対安静を言い渡されたグレアムは肋骨が折れた体でティメンテス邸に通った。
そして門の前で地面に頭を擦り付けてセリーヌへの面会を願った。
生来情に厚いティメンテス大臣はグレアムの熱意に根負けし、渋々セリーヌに面会することを許してくれた。
グレアムがそっとセリーヌの手を包みこんで、
「お願いだから目を覚まして、オレのお姫様」
と手のひらにキスをすると、セリーヌの目がうっすらと開いた。
ぼんやりとしたセリーヌは状況を理解できていなかったが、その虚ろな目がグレアムを捉え認識していくにつれ、ニコーっと可愛い笑顔に変わった。
グレアムはそんなセリーヌを見ていると泣けて泣けて仕方がなかった。
「ごめん、ごめん・・・」
泣きながら繰り返すグレアムをキョトンとした顔で見ているセリーヌ。
知らせを受けて駆けつけて来た大臣が、
「なんで目覚めて一番最初に会うのがワシじゃないんだ~」
と泣きながらセリーヌを抱きしめていた。
68
あなたにおすすめの小説
【完結】私の婚約者の、自称健康な幼なじみ。
❄️冬は つとめて
恋愛
「ルミナス、すまない。カノンが…… 」
「大丈夫ですの? カノン様は。」
「本当にすまない。ルミナス。」
ルミナスの婚約者のオスカー伯爵令息は、何時ものようにすまなそうな顔をして彼女に謝った。
「お兄様、ゴホッゴホッ! ルミナス様、ゴホッ! さあ、遊園地に行きましょ、ゴボッ!! 」
カノンは血を吐いた。
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~
水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。
婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。
5話で完結の短いお話です。
いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。
お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる