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しおりを挟むヒースがユージンの下で働き始めて3年が経った。
ユージンはヒースの他人の懐にスッと入り込む天賦の才能は商人として大きな武器になると、そのまま商会で働くように引き留めたが、ヒースは独立を希望した。
「すべて揃ってる安全な所からじゃなくて、ゼロから自分で勝負したいんです」
そう言ったヒースはスタンパ国で見つけた最新式の印刷機械を輸入して印刷業を始めることにした。
「もう一回聞くけど、今までみたいなお金持ちの生活はできないよ。
それでもいい?」
カトリーヌは黙って頷いた。
「ボクと結婚してください」
ヒースがカトリーヌの瞳を見つめて言った。
「喜んで」
カトリーヌは嬉しくて泣いた。
ヒースの家に行って、いよいよ結婚する、と報告するとヒースの両親と二人の弟たちも喜んでくれた。
「じゃ、ボクたちは今からアパートを探しに行くから」
ヒースがそう言うと
「え?兄ちゃんたちここに住むんじゃないの~?なんで~?」
と弟達が残念がった。
カトリーヌもそのつもりだったので、アパート借りるの?とか驚いている。
「父ちゃんと母ちゃんにキースとニールまでいる家じゃ落ち着いてラブラブできねぇじゃないかよぉ」
相変わらず明け透けなヒースに赤面してしまうカトリーヌだった。
ソアルーサー家に挨拶に行った時、ヒースはカトリーヌの父に反対されるのではないかと緊張していたが、特に問題は無かった。
ロバートはヒースと一緒の仕事を通して彼の人間性には信頼を置いていたが、本心ではもう少し商会にとって利のある人物、身分が高いとか資産があるとか社会的に影響力を持つ者とかと娘の結婚を期待していた。
しかし妻と息子が絶対賛成、他の男はダメの姿勢を崩さないので、半ば諦めの賛成だった。
しかしヒースが敢えてソアルーサー商会から抜けて独立を選ぶと、みどころのある男なのでは?と期待を持つようになった。
なにしろロバートに近づいて来るのは大抵楽して甘い蜜を吸おうと彼の財力に集ろうとする輩だったからだ。
そして、さっきカトリーヌとヒースの会話を立ち聞きしてしまったことが、彼の気持ちを変化させる決定打になった。
「いいか。オマエは実家から何にも貰ってくんなよ!
皿の一枚タオル一本から全てボクが稼いだお金で揃えていくんだからね」
「うん、わかった」
「いいか、パンツ一丁で嫁に来い!」
ロバートは父と二人で作り上げたソアルーサー商会がまだずっと小さかった頃のことを思い出した。
食料品や燃料の卸売業から始まって、材木、建築資材と商売の間口を広げていった、夢と野心に溢れていた若い頃を懐かしく思い出した。
「ボクたち二人で幸せになりますから、お嬢さんと結婚させてください」
「宜しく頼むよ」
ロバートは心から微笑んだ。
ヒースとカトリーヌの結婚式はヒースの教区の教会で挙げられ、教会の庭で披露パーティーが開かれた。
国有数の富豪の娘のものとは思えない質素だが温かいアットホームな式とパーティーだった。
キャサリンやヴィッラーニ先生をはじめとして学院時代の友達も沢山来てくれた。
皆が口々に、おめでとう、と祝福の言葉を掛けて花やプレゼントの包みを渡してくれる。
ありがとう!とニコニコ顔でプレゼントを受け取っていたヒースの顔が曇る。
「なんだよ。まだなんか文句あんのかよ?」
グレアムが立っていた。
「オレにもお祝いくらい言わせてくれ」
グレアムは大きな花束を差し出した。
筋肉が引き締まって精悍な顔つきになったグレアムは更にイケメンになっていて、周囲の女性達から注目を浴びていた。
「・・・ありがとう。
それで今、お前は上手くやれてんのか?」
「もうすぐ子供が生まれる」
「そうか、幸せなんだな。
今日は食べ物だけは気合い入れて旨いもん用意してるんだ。
お前も楽しんでいってくれよ」
「ああ、ありがとう。
でも、今日はこれで失礼させてもらうよ。
君達の幸せを祈る」
「カトリーヌには会わないのか?」
カトリーヌはキャサリンと盛り上がっている。
「やっぱりオレの方が良いって惚れ直されたら困るからな」
グレアムはヒヒッと悪戯っぽく笑った。
「言ってろよバカ」
パーティーも終わって、新居に着いた。
部屋は一つにリビングとダイニングがあるだけの小さな部屋だ。
家具も少なくてガランとしている。
「少しずつ色んな物を揃えていこうな」
「うん」
二人の顔は希望に満ちていた。
いよいよ夜を迎え、カトリーヌは緊張の面持ちでベッドに腰かけてヒースがくるのを待っていた。
するとシャワーを済ませたヒースが入ってきて、いきなり海に入る前の人みたいな体操を始めた。
「え?なにしてんの?」
「なにって、準備体操だけど。
体ほぐしとかないとケガするだろ?」
「・・ケガって・・・何するつもりよ」
「だってボク経験無いからどうしようって相談したら、ヴィッラーニ先生がこれで勉強しろってくれたんだけどさぁ」
そういって部屋に入ってくる時に小脇に抱えてきた本を見せる。
「カーマ・・・・スートラ?
愛の秘儀・・・教則本?」
「ほら、見て見て」
そこにはバリエーション豊かな体位が図解されていた。
「これなんか、どこがどうなってんのか分かんないよね?」
「・・・まさか、こんなアクロバティックなことするつもりじゃないよね?!」
「え?皆こうやってんじゃないの?」
「・・・」
ヴィッラーニ許すまじ・・・。
『今度会ったら覚えとけよ』
カトリーヌは拳を固く握りしめた。
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