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⑳
しおりを挟むその日も授業が終わるとサッと席を立ったローレンシアが教室を出て行こうとするのをレギーナは鞄も持たずに追いかけた。
階段を駆け降りてエントランス近くで何度もローレンシアの名前を呼ぶ。
「待ってローレンシア!私が間違ってた!
話を聞いて!!」
ローレンシアの足が止まってゆっくりと振り返る。
「疑ったりしてゴメン!!
だから、だからもう一回ちゃんと話をしよう」
入学初日に集まったあの公園の芝生で6人の少女が輪になって座った。
レギーナはウルリッヒとのことを一通り皆に話して聞かせた。
「ウルリッヒを許せとは言わないわ。
ただ、彼が後悔して謝りたいと思っていることだけは伝えておくわね」
ローレンシアは何も答えなかった。
「私も、今はこうして憤っているけれど、もし私もカタリナに通っていたらウルリッヒと同じようにローレンシアを虐める側にいたんじゃないかなって、考えると怖くなる」
「私もそうかも知れません。
私も強い奴に脅されたらきっと逆らえなかったと思います」
ドーラが言って、他の皆も頷いた。
「私達、たとえアードルフから脅されたって絶対にローレンシアを虐めたりしないって、ここで誓ったのに、あなたを孤独にしてごめんなさい」
アラベラが泣きそうな顔をした。
「あなた達は私を虐めたりしてないじゃない」
ローレンシアが微笑んで皆で仲直りの握手をした。
「大富豪の娘ってことを隠したかったのはなんとなく分かるわ」
レギーナが言った。
「それにあのクソ野郎と近い親戚だって言いたくなかった気持ちも分かる」
みんながウンウンと頷く。
「でもさ、何でわざわざ貧乏臭い格好したり弁当持って来なかったりしたのか、そこのところはよく分かんないのよ」
「・・・正直、自分でもよく分かんない」
ローレンシアはすまなそうに下を向いて小さな声で言った。
「・・・ベルクホーフに恥を掻かせてやりたい気持ちもあったと思う、けど、それだけじゃない気がする。
何かって言われればよく分かんないんだけど」
「私、ちょっと分かるかも知れない」
さっきから落ち着かない感じでブラウスのボタンをいじっていたアガーテが遠慮がちに言った。
「私も、虐めで転校したことあるんだ。
私はほんの3ヶ月で我慢できなくて学校行けなくなっちゃったから、ローレンシアとは比べ物にならないんだけどね」
皆がローレンシアの受けてきた6年以上にのぼる苦しみに思いを馳せながらアガーテに注目する。
「なんだろうな、一方ではあんな奴等に負けるもんかって、私は良い学校に行ってエリートになって見返してやるんだ!って気持ちもあるんだけどさ、反対に『アンタらのせいで私はこんなに惨めな目にあってんだ』って気持ちもあったんだよね」
ローレンシアがフフと笑って見せる。
「あーそうなのかもね。『ほらほら見てみなよ。私はこんなに可哀想なことになってるよ。嬉しいでしょう?』みたいな気持ちもあるかも。現在進行形で」
「他人を傷つけたという『己が罪深さを目の当たりにさせてやりたい』的な?」
「そうそう。なんていうかさ、虐められると脳に傷がつくらしいの。
もう、マトモな人間でいられなくなるわけ。
そうすると『可哀想を楽しむ』くらいやらないとやってられないんだよね。
だから、ほら、見てご覧よ。あんたらがしでかした事はこういう事なんだよ、アンタが不幸にしたんだよ、
『どうだ嬉しいだろう?』
みたいなね。
まあ、奴らの心には一切響かないんだろうけど」
ローレンシアのおどけた言い方が一層皆の胸を締め付けた。
「でもさ、昼休みとか一人で居なくなるんじゃなくて相談してほしかったよね」
とレギーナ。
「ごめん。・・・信じてもらえるって思えなくって。
なんか私って、幼少期からマトモな人間関係築いてこれなかったからさ、何か一言いわれただけで、
『ああ、もう終わりなんだな』
って、そこで切っちゃう癖があるんだよね」
「仕方ないですよ。7年近くも信用できる人が側に一人もいなかったんですから」
ドーラが低い声で神妙に言う。
「でもさ、これからは違うよ。
ちゃんと思ってること言ってさ。
私達、これからはいっぱい喧嘩もしよう」
皆が喧嘩はしたくないなあ~とか笑いながら言う。
「アンタさ、今までの弁当分おごりなさいよ!ビスマルクサンドイッチ!」
レギーナがふざける。
「そうだよ。大富豪の娘!」
とアガーテ。
「大富豪からは捨てられたからお金ありません!」
とローレンシアが笑う。
皆でゾロゾロと駅前のスタンドに行ってサンドイッチと紅茶を買った。
ローレンシアのおごりだ。
少女達はそれを手に公園に引き返してもう一度芝生に座って日が落ちるまでピクニックをした。
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