幽霊令嬢

猫枕

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  男は馬を走らせた。

 鬱蒼とした森の中を速度を落とすことなく駆け抜けていく。

 男が馬を走らせると木々が黙礼して道を開けるように邪魔な枝が引っ込み、岩だらけのゴツゴツした道も馬が通る時だけは整備された街道の道のように平らになるのだった。

 疾走する馬の背にいながらセレネは不思議と恐怖は感じなかった。
 後ろからしっかりと抱き止めてくれている男の力強い腕に心地よい安心感を得た。
 ただし、なんか汗臭い。


 どうやら男は馬を森の奥に向かって走らせているようである。

『どこに連れて行かれるのだろう?』

 セレネが少々不安になってきた時、男は馬を止めた。

「アベルト!」

 男が叫ぶと目の前を覆い尽くしていたイバラの蔓がサーッと引いて、空間が現れた。

 森の中は迫りくる闇に包まれようとしていて、目を凝らさなければ物の判別も難しいほどであったのに、イバラの壁中はまるで昼間である。

 驚くセレネをそのままに男は平然と馬を進める。

 色とりどりの花が咲き乱れる先には白い石造りの立派な邸宅が聳え建っていた。

 邸の入り口近くに馬を止めると中から使用人らしき男が出てきた。

「主、お帰りなさいませ」

 ひらりと馬から舞い降りた男はセレネを軽々と降ろす。

 「馬を頼む」

 そう言うとセレネの手を引いて邸の中に入った。

 「まあまあ、女性をお連れになってお戻りとは!
 主、とうとうお嫁さんを見つけられたのですか?」

 ニコニコと高い声で近づいてきた女はこの家のメイド頭といったところだろうか。


「あ、あの、私はセレネと申します」

 セレネがお辞儀をすると、見るからに人好きのする中年の女はニコニコと、

「私はコリーと申します。主のお世話をさせていただいております」

 とお辞儀を返して、

「主、臭いです。お風呂に入ってください」

 と鼻をつまんだ。



 セレネは部屋に案内されてお風呂に入れてもらい、こざっぱりしたドレスに着替えさせられた。
 誰の衣装か知らないが、あつらえたようにサイズもデザインもセレネにぴったりだった。

 

「さあさ、お腹がすいたでしょう。

 主がお待ちですよ」

 
 案内された食堂では既に男が席についていた。

 「え?あれ?さっきの馬の人は?」

「俺だよ俺」

 風呂でサッパリしたせいか髪も整えられ髭も剃られて、さっきまでとはまるで別人である。

 森で会った時は旅人かなんかだと思っていたが、この邸といい男の風貌といい、きっとそれなりの身分の人物に違いない。

 
「あ、あの、まだ自己紹介をしておりませんでした。
 私はセレネ・サマラスと申します」

「ほう、カルロ・サマラス伯爵のご親戚かな?」

「父をご存知で?」

「あの男も腑抜けたもんだな。先妻のダフネが亡くなってからは酷いもんだ」

 「私の母をご存知なのですか?」

「ああ。素晴らしい女性だった」

  母のことを思い出してくれる人なんていないと思っていた。
 継母は父の前でも母の悪口を平気で言い、父はそれを止めようともしなかった。

 じんわりと心が温かくなる。

「あ、あの。母をご存知とは、あなた様はどなたなのでしょうか?お名前を伺っても宜しいでしょうか」

「あー俺?俺はゼファー。
 ゼファー・コンスタントプロス。

 ゼファーって呼んでね」

「・・・ゼファー・・・コンスタントプロス・・・

 変態王弟?!」

 「ひっでぇー!!

 変態じゃなくて、変人!」

「似たようなものじゃないですか」

「全然違うだろ!」

「なんか、稀代の魔法使いとかって…」

「大魔法使いな!」

「・・・なんか、30歳までドーテーだと魔法使いになるって・・・」

「ちげーし!」

「大魔法使い・・・プッ。筋金入りのドーテー…」

「おい!聞こえてるゾ。

 まだ30歳じゃねーし!24歳だし!」

「なんでこんな森の奥に居るんですか?」

「まあ、色々あってな。人のいない所に行きたかったんだよ」

「魔法使いの王弟は嫌われ者って聞いたことあります・・・・私と一緒ですね・・・・」

「なんかオマエちょくちょく腹立つな。
 学校で嫌われてそうだな」

 セレネはドーンと落こんだ顔をして俯いた。

「悪かったよ!落ち込むなよ!」

「いつもあそこで用を足すんですか?」

「いつもってわけじゃないけど、

 あの川の水って、流れて行って王都の奴らの飲み水になるんだぜ?
フフフ…ザマーミロ!」

「・・・そういうことするから嫌われるんですよ」

「ほっとけ」

 ゼファーはとにかく飯を食おうとセレネに着席を促し、卓上には次々と料理が運ばれてきた。

 山奥だというのに海でしか採れないエビやら貝やらも並んでおり、ゼファーが魔法使いだと知る前のセレネだったら、それらの食材をいかにして調達したのか不思議に思うところだった。

「この牡蠣のコキール絶品です!」

「それは兄貴の好物でな、さすが宮廷料理人だけあって腕は確かだろう?」

「宮廷料理人?」

「料理が出来た頃合いを見計らって厨房に瞬間移動して、美味そうなものだけ取ってくるの。
 作るヒマも省けて大助かり~」

「え?…コレって王様の…?」

「ちょっと後ろ向いて振り返ったら、さっき出来上がった料理が消えてるわけよ。
 もう、あのキツネに抓まれたような顔ときたら…」

 ゼファーはヒーヒー笑っている。

「兄貴の食事中に、ちょっと視線を外した隙に持って来るようにしたりさ。
 もう、あの顔見たら腹が捩れるぅ~」

 ゼファーは手鏡のようなものを覗くと、


「おっ!」

 と一言発して一瞬で消えて、またすぐ戻ってきた。

「ほら、チョコレートムースだぞ、食え」

「コレ誰の?」

「兄貴の息子、第一王子のデザート。
 まー可愛くないクソガキなんだ」

 セレネはちょっと迷ってからチョコレートムースを匙で掬った。

 滑らかな舌触りの濃厚なチョコレートが喉をすべり落ちていった。

 セレネは美味しく戴いた。

 






 
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