幽霊令嬢

猫枕

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 学校ではセレネの幽霊の話で持ちきりだった。

「パトリシアはショックで寝込んで、
しばらくは学校を休むそうよ」

「幽霊なんているわけないじゃない」

「神経をやられただけよ。
 あの人セレネと仲良かったクセにイジメてたから今回のことには責任を感じてるんじゃなくて?」

 そんな話が伝わってくる。

 一方イジメの主犯カサンドラとその母親は、さすがは伯爵家を乗っ取る勢いで本来の正統な跡継ぎであるセレネを虐げてきただけのことはあり、図々しく平然としていた。


「次はパトリシアの片割れのナタリーかな?ナタリーも小学校までは仲良しだったんだよ」

 鏡の前でセレネがゼファーにお伺いを立てる。


「う~ん。それもいいけど、敢えて別の角度で攻めてみるのもいいかもな」

「どゆこと?どゆこと?」

「二人ほぼ同じ立場で、同じ様にセレネと仲良かったのに裏切った。

 なのに、一方にだけ恨みがましい格好で現れたとなると・・・」

「ナルト?」

「なんで私だけ?!

 不公平だってばヨ!!」

「なるほど~。二人の間になんとな~く亀裂が生じるってわけですね?」



 
 セレネは授業中に現れた。

 階段教室の一番後ろ。全員が前を向いて問題を解くのに必死になっている小テストの間に壁の前に立ってやったのだ。

 裾が引き千切れた汚れた白いドレスに乱れた長い髪。
 青白い顔半分には血が流れていて胸の辺りまで赤く染まっている。

 ふと顔を上げた教師がセレネを認める。

 その瞬間セレネの目がカッと見開く。

 広い教室中に教師の悲鳴が轟く。


「出たーーーーーーー!!!」

 何事かと周囲が騒然とした頃にはセレネは姿を消している。

 ただ一人教師が、サマラス伯爵令嬢が・・・・とパニックを起こし、その心理的な揺らぎが神経の細いご令嬢達に伝染していって、泣き叫ぶご令嬢達で収拾がつかない状態になっていった。

 気丈に振る舞うご令嬢達や泣いているご令嬢達を宥める令息達も皆一様に顔を青くしている。


 「出たーーーー!!だって~」

 実際に言うヤツ初めて見たわ、と鏡の前で笑うセレネとゼファー。

「あの人、元担任なんですよ。
 イジメに遭ってること相談したんだけど、明らかに迷惑そうな顔をして、

『気の所為じゃありませんか?』

『貴女の方からの歩み寄りが足りないんじゃないですか?』

『もっと強くならないと』

 とか言われたよ」

「じゃ、ちょくちょくダメージくらわして、

『もっと強くならないと~』

 って枕元で囁いてやるか」

 二人は鏡の前にピクニックよろしく床に座って菓子をボリボリ食べながらの周囲の反応を鑑賞していた。

 「さすが王宮からくすねてきた菓子は旨いな」

「タダってのが格別ですよね」

 ヒャッヒャッと下品な笑い声を立てて二人は次の作戦を立てる。

「なんか~、父が急にセンチメンタルモードに突入したらしくって私の部屋、そのままにしてあるんですよ。
 ちょっと行って物取って来るとかできます?」

「いいよ」

 さっさとセレネの部屋を失くそうとした継母をセレネの父は叱責し、部屋はそのまま残すと鍵を取り付け、彼の許可無く入室できないようにしたのだ。

 「私の持ち物と言っても、碌な物はないんですけど、ペンとかハンカチとか記名してある教科書とか、私のだって分かる物をあの人達の鞄に入れるのはどうかな?と思って」

「自ら形見分けしてやるのか?」

「物が無くなるのも困りますけど、覚えの無い物が自分の鞄とか机の中から出てくるって恐怖じゃないですか?」

「確かに!気味悪いよな」

 二人は名案、名案、とハイタッチをかましてからセレネの部屋に飛んだ。

 
「なんか、こう、物悲しい部屋だな」

 セレネの部屋を見回してゼファーが呟いた。

「物悲しいって、乙女の部屋を形容する言葉なんですか?」

「いや、これでも気を使って表現をマイルドにしてんのよ」

「まあ、有り体に言えば惨め、言葉を選ぶなら質素?いいですよ、気なんて使わなくて」

 ゼファーは勝手にクローゼットを開けて、

「酷いな~」

 とか言っている。

 ひとしきり物色した二人は、またすぐに森の我が家に帰って行った。

 そして二人が去ったサマラス伯爵邸では、開かずの間から誰かが歩き回るような音がした、とか、人の話し声を聞いた、とかいう噂が使用人の間で広まり、それはやがてカサンドラ母娘の耳にも入ることになった。



 翌日の学校ではちょっとした事件が起こった。

 昼食後に午後の授業の準備をしようとしたカサンドラの取り巻きの一人、いつもセレネにぶつかって転ばずなどの物理攻撃を仕掛けてきたご令嬢が、筆箱の中から見慣れないペンを見つけた。

 不思議に思って取り出してみると、ボディーにセレネの文字が彫ってある。
 午前中は確かにそんな物はなかった。

 ヒイッ!と叫んだ彼女はすぐに顔を赤くして、

「誰がこんなイタズラしたのよ?!」

 と怒鳴った。

 ご令嬢はペンを投げ捨てた。


 「ひでぇことするよな~」

 鏡の前で呟いたゼファーは次の瞬間には消えていた。

 姿を消したまま教室に移動し、ペンを拾い上げると戻って来た。

 たくさんの生徒の目の前で床に転がったセレネのペンが忽然と消えた。


 一瞬の沈黙の後、絶叫が響き渡った。



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