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9 新生活

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 隣国に着くまでの一週間ほど、ジュスト殿下はサフィニアを抱きしめて眠る以外何もしなかった。

 愛妾とは主人の性的欲求を解消するのが主な役目であろうと認識していたサフィニアは肩透かしをくらったような気分になった。

 或いは、気にしない、と言ってはくれたが、本心では純潔でないサフィニアに嫌気がさしているのかも知れない。

 「夜のお相手はしなくてよろしいのでしょうか?」

 サフィニアの直接的な質問にジュスト殿下は飲んでいたコーヒーをブッ!と吹き出して咳き込んだ。

 「申し訳ありません!」

 慌てて背中を擦るサフィニアにやっと咳を静めた殿下が今度は目に涙を溜めて笑った。

 「君は本当に面白いね」

 サフィニアは笑われたことが心外だというように膨れっ面をして、更に殿下の笑いを誘った。

「君はとても理知的で論理的な話し方をするかと思えば、突然素っ頓狂すっとんきょうなことを言う」

「・・私、何かおかしなことを申しましたでしょうか・・」

 殿下はフッフッ・・とまだ笑いながら

「そのアンバランスなところが可愛いですね」

 と言った。

 殿下はサフィニアの隣に座り直すと肩を抱いてきた。

「こうやって触れると体が強張るのが伝わってきます。
 
 つらい思いをしたのですね」

 ジュスト殿下に優しく髪を撫でられてサフィニアの目から自然と涙が流れてきた。

 頬を伝う涙を殿下が吸いとってくれた。
 
 その優しく温かな感触にサフィニアの心は震えた。
 ニールとは嫌悪しか感じなかった肌の接触が初めて温かく心地良いものに感じられた。

 



 列車はウィーキヌスの王都セントルムの中央駅に到着した。

 愛妾という立場だから、どういう扱いなのかが良くわからなかったが、王太子自ら隣国まで出向いたせいか、サフィニアが恐縮するほどの人数の出迎えと護衛が待機していた。

 ジュスト殿下に伴われてサフィニアが列車のトラップを降りると、周囲からどよめきが巻き起こった。

 そこからは馬車に乗り換えてサフィニアの住まいとなる離宮に向かう。

 そこは王宮から馬車で小一時間離れた場所に位置するという。
 
 窓から見えるセントルムの街並みは広い道路が東西と南北に貫き、中央の広場を中心点として放射状に道が広がっていた。

「随分計画的に設計された都市なんですね」

 サフィニアが感心すると、

「先の戦争でこのセントルムは灰塵に帰したのです。
 その後の復興でこのような計画都市が造られました。
・・・いささか味気なさはありますがね」

「そうでしたか」

 サフィニアは歴史の教科書にそんなことが書いてあったな、と思い浮かべていた。

 王宮よりは遥かに小ぶりだと聞いていたが、到着した離宮は充分に広く立派な白亜の御殿だった。
 門を入ってからエントランス前の馬車回しに至るまでの道の両側には途切れることなく美しい花が咲き乱れていた。

 サフィニアが感嘆の声を上げると、ジュスト殿下は嬉しそうに、

「貴方に喜んでいただきたくて大急ぎで用意させました」

 と微笑むので、

『命令する方は簡単だろうけど、やらされる方は大変だっただろうな』

 と、そのせいで使用人たちの自分に対する心証が悪くなっているのではないかと心配になった。




  「急いで準備したので気に入らなければいくらでも改装させるから」

 とジュスト殿下が言うサフィニアの部屋は

『殿下の私に対するイメージってこんななんだ・・・』

といささか引いてしまうくらい少女趣味だったが、

『まあ、女の子なら一度はこんな部屋に憧れるわよね』

 と許容してしまう白とピンクを基調にしたメルヘンな内装だった。

 サフィニアには懸念していることがあった。
 
お世話をしてくれる侍女やメイドの方々のことだ。

 成り上がり男爵の娘で、愛妾にすぎない自分の世話をさせられる彼女達はおそらく自分よりずっと身分が高いのだろうから、自分の存在を快く思ってはいないのではないか。
 
 サフィニアは自分より遥かに身分の高いご令嬢達に蔑まれた学院での日々がフラッシュバックして、目眩がした。

 学院は数年我慢すれば卒業になるけど、ここではそういうわけにはいかない。

 ジュスト殿下が私に飽きてお役御免になる日まで、たとえ虐めに遭っても耐えていくしかないのだ。

 
「マルグリットと申します」

 そう言って人のさそうな笑みを湛えた50がらみのご婦人が丁寧にお辞儀をしてくれた。

「サフィニア様のお世話を仰せつかっております。他の者達もまとめる立場におりますので、何か不手際がございましたら何なりとお申し付けくださいましね」

 サフィニアも慌ててお辞儀をする。

「こちらこそお世話になります」

 マルグリットはコロコロ笑って、

「私はジュスト坊っちゃまの乳母だったんですよ。
 ですから、もしジュスト坊っちゃまに何か嫌な事をされたら私に言ってくださいましね。
 コテンパンにして差し上げますから」

 と言ってサフィニアの笑みを誘った。

 サフィニアが眉を下げて、

「あの、・・・私は隣国の男爵の娘で、皆様からお世話を受けられるような身分の者ではないので・・・」

 とおずおずと言うと、

「何をおっしゃるんですか。
 ジュスト坊っちゃまが愛する人なんですから堂々となさってくださいまし」

 とニコニコと笑った。

 マルグリットの表情に一切の含みは無く、サフィニアは新天地での生活は案外 平穏なものになるかも知れないと思った。
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