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一緒に転移してしまったんだから同じ家とか、近くに住まわせてくれてもいいはずなのに、僕らの家は徒歩で三十分ほど離れている。桐人は運動が大嫌いだから、ふたりで会うには僕が桐人の家に行くしかなかった。
オートバスという自動運転バスの公共交通機関はあるが、ちょうど僕たちの住んでいるところを繋ぐような路線はなく、タクシーを使うほどの金銭的余裕もない。ある程度生活資金は与えられているものの、数か月慣れるために生活したあとは、食い扶持を稼ぐためきちんと働かなければならないのだ。
「ふ、ふぅ……この距離歩くとすっごい汗かいちゃうな」
桐人と同じ大学で付き合っていたときは、家が近かったから半同棲の状態で怠惰な生活を送っていた。
彼氏の生活に流され、大学へ行く以外は家でダラダラと過ごし、たまにするセックス以外は運動もしない。食事もコンビニ飯ばかりで、夜中にカップラーメンなどもザラだった。
ここファリアスの季節は初夏。転移前の生活が如実に現れた体型は、少し歩くだけでもきつい。
それでもまだ見慣れない景色と、道行く人たちのカラフルな髪や目の色を眺めているだけで楽しかった。地球とまるっきり違うわけではないから不思議な感じ。
この世界は驚くほど技術が進んでいて、先進国に住んでいた僕たちが不自由さを感じることはなかった。僕たちの住む都市はフィンジアスといってかなり都会な方で、オートバスがあったりと、ところどころ近未来的だ。
唯一違うのがオメガバースの世界だということ、そして魔法があるということ。しかし魔法は現在一般的に使えるものでなく、何百年も前に衰退して科学技術へと入れ替わったらしい。
それでも古の魔法技術を研究する人たちは存在していて、その最たるものが“異世界転移”だ。
科学技術では決して再現できないもの。そして未だに制御できないため専門の施設で研究されている。
ふいにこの世界へと転移してしまう人は迷い人と呼ばれ年に一人はいるようで、可能ならそれを阻止したいようだ。今回は僕たちが二人まとめて来たが、人ひとりの人生を、良くも悪くも狂わせちゃうもんな……
毎年転移者が訪れるなら、あの事務的かつ効率的な受け入れ体制にも納得がいく。
僕たちはもともと家族や友人とは縁遠かったから元の世界に帰してほしいと訴えることもなかったけど、漏れなくメンタルケアクリニックも紹介された。転移魔法は制御できていないから当然、僕たちも帰れる希望はない。
読み書き然り、新しいことを学ぶのは純粋に楽しいと思える。僕は異世界転移に向いている人間だから選ばれて来たのかも?なんて思ったりもする。
アルファとオメガは約二割ずつ存在していて、残りの六割がベータらしい。オメガが二割もいるおかげかファンタジーにありがちな虐げられる性なんて認識はなく、そのサポートはかなり手厚い。
その中のひとつの説明を受けるため、僕は家で汗を流したあと、オメガ向けの専用施設があるという場所へ向かった。
施設に向かう途中、この世界で一番初めに馴染み深くなった場所を通った。異世界から人が転移してくる場所は決まっていて、そこに建てられたのが“異世界転移研究所”だ。
転移場所の部屋には、最初に出会ったゆるい雰囲気の男のように、いつ誰が来ても対応できるよう必ずひとりが詰めている。
この世界で生きていくための講習もここで受けた。バース性に準じた講師がつくのだが、桐人の講師だったアルファは、曰く「すげ~アルファっぽい男。見下されてむかついた」そうだ。
桐人の感想だけでは、実際にどんな人なのかはわからない。まだ僕はこの世界のアルファを見たことがないから、その人を見てみたい気持ちがあった。
まだ時間に余裕があるから、ちょっとだけ行ってみよう……!
単純な好奇心で、つい足を研究所の方へと向けた。
「おい、メグ」
「……え?」
エントランスの外から中を覗こうとしていると、後ろから声を掛けられた。その低い声は頭の芯をじんと痺れさせるような響きを伴っていたが、聞き覚えはない。
思わず周囲を見渡すけど、聞き間違えじゃなければ……僕の名前を呼んだ?
少し考えてから振り返ると、スラリとした長身の男が背後に立っていた。目を細めて、機嫌が悪そうに見下ろしてくる。
瞳は鮮やかなエメラルドグリーンで、僕の一番好きな色だから図らずもドキッとしてしまう。
この世界では珍しい黒髪は背中までまっすぐに伸びていた。黒髪だからといって僕のように地味ではなく、切れ長の目や高い鼻、口が完璧に配置された顔は涼やかでかっこいい。
「えーっと、誰ですか?」
「……やっぱり丸いな」
きっとこの人が桐人の講師だったアルファだ。僕の名前も知っているみたいだし……。ただちゃんと覚えられてはいなかったようだ。幼い頃両親が呼んでくれていた愛称で呼ばれるのは、わざとじゃなくても恥ずかしい。
なにか用があるのなら名乗ってほしいと思って尋ねたのに、返された言葉にぽかんと口を開けてしまった。そりゃこの美形と比べられたら酷い外見だろうけど……遠慮ないなこの人。
「そんなの、言われなくてもわかってます」
僕はむすっと言い返し、怒ったように踵を返した。桐人以外のアルファを見てみたいなんて思わなきゃよかった。おかげで、地味に傷ついた。
(もうっ。見たことないくらいイケメンだなんて、思わなきゃよかったー!!)
オートバスという自動運転バスの公共交通機関はあるが、ちょうど僕たちの住んでいるところを繋ぐような路線はなく、タクシーを使うほどの金銭的余裕もない。ある程度生活資金は与えられているものの、数か月慣れるために生活したあとは、食い扶持を稼ぐためきちんと働かなければならないのだ。
「ふ、ふぅ……この距離歩くとすっごい汗かいちゃうな」
桐人と同じ大学で付き合っていたときは、家が近かったから半同棲の状態で怠惰な生活を送っていた。
彼氏の生活に流され、大学へ行く以外は家でダラダラと過ごし、たまにするセックス以外は運動もしない。食事もコンビニ飯ばかりで、夜中にカップラーメンなどもザラだった。
ここファリアスの季節は初夏。転移前の生活が如実に現れた体型は、少し歩くだけでもきつい。
それでもまだ見慣れない景色と、道行く人たちのカラフルな髪や目の色を眺めているだけで楽しかった。地球とまるっきり違うわけではないから不思議な感じ。
この世界は驚くほど技術が進んでいて、先進国に住んでいた僕たちが不自由さを感じることはなかった。僕たちの住む都市はフィンジアスといってかなり都会な方で、オートバスがあったりと、ところどころ近未来的だ。
唯一違うのがオメガバースの世界だということ、そして魔法があるということ。しかし魔法は現在一般的に使えるものでなく、何百年も前に衰退して科学技術へと入れ替わったらしい。
それでも古の魔法技術を研究する人たちは存在していて、その最たるものが“異世界転移”だ。
科学技術では決して再現できないもの。そして未だに制御できないため専門の施設で研究されている。
ふいにこの世界へと転移してしまう人は迷い人と呼ばれ年に一人はいるようで、可能ならそれを阻止したいようだ。今回は僕たちが二人まとめて来たが、人ひとりの人生を、良くも悪くも狂わせちゃうもんな……
毎年転移者が訪れるなら、あの事務的かつ効率的な受け入れ体制にも納得がいく。
僕たちはもともと家族や友人とは縁遠かったから元の世界に帰してほしいと訴えることもなかったけど、漏れなくメンタルケアクリニックも紹介された。転移魔法は制御できていないから当然、僕たちも帰れる希望はない。
読み書き然り、新しいことを学ぶのは純粋に楽しいと思える。僕は異世界転移に向いている人間だから選ばれて来たのかも?なんて思ったりもする。
アルファとオメガは約二割ずつ存在していて、残りの六割がベータらしい。オメガが二割もいるおかげかファンタジーにありがちな虐げられる性なんて認識はなく、そのサポートはかなり手厚い。
その中のひとつの説明を受けるため、僕は家で汗を流したあと、オメガ向けの専用施設があるという場所へ向かった。
施設に向かう途中、この世界で一番初めに馴染み深くなった場所を通った。異世界から人が転移してくる場所は決まっていて、そこに建てられたのが“異世界転移研究所”だ。
転移場所の部屋には、最初に出会ったゆるい雰囲気の男のように、いつ誰が来ても対応できるよう必ずひとりが詰めている。
この世界で生きていくための講習もここで受けた。バース性に準じた講師がつくのだが、桐人の講師だったアルファは、曰く「すげ~アルファっぽい男。見下されてむかついた」そうだ。
桐人の感想だけでは、実際にどんな人なのかはわからない。まだ僕はこの世界のアルファを見たことがないから、その人を見てみたい気持ちがあった。
まだ時間に余裕があるから、ちょっとだけ行ってみよう……!
単純な好奇心で、つい足を研究所の方へと向けた。
「おい、メグ」
「……え?」
エントランスの外から中を覗こうとしていると、後ろから声を掛けられた。その低い声は頭の芯をじんと痺れさせるような響きを伴っていたが、聞き覚えはない。
思わず周囲を見渡すけど、聞き間違えじゃなければ……僕の名前を呼んだ?
少し考えてから振り返ると、スラリとした長身の男が背後に立っていた。目を細めて、機嫌が悪そうに見下ろしてくる。
瞳は鮮やかなエメラルドグリーンで、僕の一番好きな色だから図らずもドキッとしてしまう。
この世界では珍しい黒髪は背中までまっすぐに伸びていた。黒髪だからといって僕のように地味ではなく、切れ長の目や高い鼻、口が完璧に配置された顔は涼やかでかっこいい。
「えーっと、誰ですか?」
「……やっぱり丸いな」
きっとこの人が桐人の講師だったアルファだ。僕の名前も知っているみたいだし……。ただちゃんと覚えられてはいなかったようだ。幼い頃両親が呼んでくれていた愛称で呼ばれるのは、わざとじゃなくても恥ずかしい。
なにか用があるのなら名乗ってほしいと思って尋ねたのに、返された言葉にぽかんと口を開けてしまった。そりゃこの美形と比べられたら酷い外見だろうけど……遠慮ないなこの人。
「そんなの、言われなくてもわかってます」
僕はむすっと言い返し、怒ったように踵を返した。桐人以外のアルファを見てみたいなんて思わなきゃよかった。おかげで、地味に傷ついた。
(もうっ。見たことないくらいイケメンだなんて、思わなきゃよかったー!!)
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