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第17話 最期のメッセージ
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苅谷さんの話が終わったところで、僕はコーヒーを一口飲んだ。先ほどまで湯気が立っていたホットコーヒーはすっかり冷めていた。
「あの日以来、私はギターを弾けなくなった。私に弾く資格なんてないんだ。私の認識が甘かった。まさか自殺するほど追い込まれてるとは思わなかったんだ。あと一日、あと一日早く、マシロのもとに行けてたら、マシロは自殺しなかった。私が、私がマシロを殺したんだ」
苅谷さんの手は激しく震えていた。ヒマリの方を見ると、彼女は真っ青な顔をしていた。
「違います。お姉ちゃんを殺したのは苅谷さんじゃありません。私です。ママを支えることに夢中で、気づかないうちにお姉ちゃんを追い詰めて、そのうえお姉ちゃんの苦しみに少しも気づかなかった、馬鹿な私がいけないんです」
俯く二人を見て、僕は怒りが湧いてきた。なぜ分からないんだ。僕は強く拳を握りしめた。
「そうだ。苅谷さんもヒマリも、大馬鹿者だ。マシロ先輩のことを、何にも分かってないじゃないか」
怒る僕を見てアカネが止めに入ろうとする。しかし僕は手でアカネを制した。
「ヒマリ、マシロ先輩の『最期のメッセージ』は何だ」
「お姉ちゃんは、私自身が『最後のメッセージ』だって……でも、どういう意味か……」
「そうだ。君自身が『最期のメッセージ』なんだ。マシロ先輩は遺書で言ってたじゃないか」
『それと、最後に一つだけ。貴女の名前、実は私が考えたのよ。向葵。向日葵みたいに太陽いっぱい浴びて元気に育ってほしいと思ってね。インドア趣味の貴女だけど、たまにはたくさん太陽を浴びてちょうだいね』
「苅谷さんの話だと、マシロ先輩は、スポットライトが私の太陽だと言っていた。マシロ先輩は、自分を責めてギターを弾かなくなった親友に、優等生の皮を被って本当の自分を出せないシャイな妹に、こう言ってるんだ」
『太陽を浴びろ』
「これが貴女たちに残した『最期のメッセージ』だったんだ」
静かな店内に、二人の泣き声が響いた。明日を必死に信じようとした少女の、伝わらない、届かない思いは、いま、夜明けを待つ二つの心に風を吹かせた。
「苅谷さん、太陽を浴びましょう。お姉ちゃんが大好きだった音楽を、お姉ちゃんの分までやりましょう。私たちが、私たちらしく生きることが、きっとお姉ちゃんが生きた意味になります」
苅谷さんは何度も頷いた。
「マシロ、私弾くよ。貴女のために。だから、ちゃんと聞いててね」
外を見るとすっかり暗くなっていた。夜空に一番星が光っていた。僕は冷めきったコーヒーを一口飲んだ。
こうして大阪旅行は幕を閉じた。
駅を降りるとヒマリが言った。
「家に帰る前に、ちょっと付き合ってもらっていいかな?」
僕たちはキャリーケースを引きながら白幡墓地に向かった。途中、閉店間際の花屋で、ヒマリは向日葵を買った。白幡墓地は闇夜の中に静かに佇んでいた。ヒマリはマシロ先輩の墓の花瓶に向日葵を刺した。僕たちは墓の前で手を合わせた。ヒマリは目をつぶりながら語り始めた。
「お姉ちゃん。苅谷さんに会ってきたよ。『最期のメッセージ』も、ちゃんと伝えてきた。私にも、ちゃんと伝わった。お姉ちゃん、私歌うよ。お姉ちゃんの分まで。だから、天国でちゃんと聞いててね。……いま、せっかくギターあるし、一曲歌おうかな。この曲、お姉ちゃん大好きだったもんね」
ヒマリは墓の前にギターを抱えて座った。
大好きなCDをかけて あの頃に帰ろう
まだ怖れも知らなかった 無邪気なあの頃に
恋人よ あなたのことを愛さない日はない
明日も百年後も 好きだよ 好きだよ
本当の心 本当の気持ち 本当の心 本当の気持ち
母さん あなたの輝きを僕は忘れないよ
父さん あなたの悲しみを僕は知りたいのです
友よ ただ君のための僕で在りたかったんだ
君のように美しく在りたかったんだ
本当の心 本当の気持ち 本当の心 本当の気持ち
弟よ 二人でじゃれた日々が懐かしいんだ
姉さん 会いたいよ いつでも思ってるよ
こんな儚い世界の中に信じた歌がある
こんな儚い世界の中に信じた人がいる
暗闇の中で、黄金の向日葵が燦々と輝いていた。見上げると、夜空には色鮮やかな星々が煌めいていた。ある星は赤く、またある星は青く。爽やかな草の匂いがした。青々とした葉が夜風に乗って宙を舞う。色鮮やかな闇夜を真っ白な満月が優しく、温かく照らしていた。
「あの日以来、私はギターを弾けなくなった。私に弾く資格なんてないんだ。私の認識が甘かった。まさか自殺するほど追い込まれてるとは思わなかったんだ。あと一日、あと一日早く、マシロのもとに行けてたら、マシロは自殺しなかった。私が、私がマシロを殺したんだ」
苅谷さんの手は激しく震えていた。ヒマリの方を見ると、彼女は真っ青な顔をしていた。
「違います。お姉ちゃんを殺したのは苅谷さんじゃありません。私です。ママを支えることに夢中で、気づかないうちにお姉ちゃんを追い詰めて、そのうえお姉ちゃんの苦しみに少しも気づかなかった、馬鹿な私がいけないんです」
俯く二人を見て、僕は怒りが湧いてきた。なぜ分からないんだ。僕は強く拳を握りしめた。
「そうだ。苅谷さんもヒマリも、大馬鹿者だ。マシロ先輩のことを、何にも分かってないじゃないか」
怒る僕を見てアカネが止めに入ろうとする。しかし僕は手でアカネを制した。
「ヒマリ、マシロ先輩の『最期のメッセージ』は何だ」
「お姉ちゃんは、私自身が『最後のメッセージ』だって……でも、どういう意味か……」
「そうだ。君自身が『最期のメッセージ』なんだ。マシロ先輩は遺書で言ってたじゃないか」
『それと、最後に一つだけ。貴女の名前、実は私が考えたのよ。向葵。向日葵みたいに太陽いっぱい浴びて元気に育ってほしいと思ってね。インドア趣味の貴女だけど、たまにはたくさん太陽を浴びてちょうだいね』
「苅谷さんの話だと、マシロ先輩は、スポットライトが私の太陽だと言っていた。マシロ先輩は、自分を責めてギターを弾かなくなった親友に、優等生の皮を被って本当の自分を出せないシャイな妹に、こう言ってるんだ」
『太陽を浴びろ』
「これが貴女たちに残した『最期のメッセージ』だったんだ」
静かな店内に、二人の泣き声が響いた。明日を必死に信じようとした少女の、伝わらない、届かない思いは、いま、夜明けを待つ二つの心に風を吹かせた。
「苅谷さん、太陽を浴びましょう。お姉ちゃんが大好きだった音楽を、お姉ちゃんの分までやりましょう。私たちが、私たちらしく生きることが、きっとお姉ちゃんが生きた意味になります」
苅谷さんは何度も頷いた。
「マシロ、私弾くよ。貴女のために。だから、ちゃんと聞いててね」
外を見るとすっかり暗くなっていた。夜空に一番星が光っていた。僕は冷めきったコーヒーを一口飲んだ。
こうして大阪旅行は幕を閉じた。
駅を降りるとヒマリが言った。
「家に帰る前に、ちょっと付き合ってもらっていいかな?」
僕たちはキャリーケースを引きながら白幡墓地に向かった。途中、閉店間際の花屋で、ヒマリは向日葵を買った。白幡墓地は闇夜の中に静かに佇んでいた。ヒマリはマシロ先輩の墓の花瓶に向日葵を刺した。僕たちは墓の前で手を合わせた。ヒマリは目をつぶりながら語り始めた。
「お姉ちゃん。苅谷さんに会ってきたよ。『最期のメッセージ』も、ちゃんと伝えてきた。私にも、ちゃんと伝わった。お姉ちゃん、私歌うよ。お姉ちゃんの分まで。だから、天国でちゃんと聞いててね。……いま、せっかくギターあるし、一曲歌おうかな。この曲、お姉ちゃん大好きだったもんね」
ヒマリは墓の前にギターを抱えて座った。
大好きなCDをかけて あの頃に帰ろう
まだ怖れも知らなかった 無邪気なあの頃に
恋人よ あなたのことを愛さない日はない
明日も百年後も 好きだよ 好きだよ
本当の心 本当の気持ち 本当の心 本当の気持ち
母さん あなたの輝きを僕は忘れないよ
父さん あなたの悲しみを僕は知りたいのです
友よ ただ君のための僕で在りたかったんだ
君のように美しく在りたかったんだ
本当の心 本当の気持ち 本当の心 本当の気持ち
弟よ 二人でじゃれた日々が懐かしいんだ
姉さん 会いたいよ いつでも思ってるよ
こんな儚い世界の中に信じた歌がある
こんな儚い世界の中に信じた人がいる
暗闇の中で、黄金の向日葵が燦々と輝いていた。見上げると、夜空には色鮮やかな星々が煌めいていた。ある星は赤く、またある星は青く。爽やかな草の匂いがした。青々とした葉が夜風に乗って宙を舞う。色鮮やかな闇夜を真っ白な満月が優しく、温かく照らしていた。
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