とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第四章「東の戦争。」

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(わあ──)

 目の前で、突き上げるように上がった一筋の光は、まるで『ハナビ』のようだった。
 東魔界のはずれの方にあがった、あの光よりも温かく。
 清らかで、美しくて、儚くて──とても好ましい。
 張っていた緊張の糸がぷつんと崩れるのを感じていた。がく、と崩れた膝をギルドが支えてくれなければ、膝から崩れ落ちていたことだろう。


「綺麗だ……」


 その小さな呟きの先には、銀髪の彼の姿がある。
 閃光のすぐ前には彼がいて、その閃光の中には『彼女』の姿がある。
 まるで閃光に貫かれるような彼女の口からは、黒い何かがあふれ出ては、それがハラハラと消えていく。
 ほどなくしてそれも収まり、光は徐々に消えていった。


「お母様!」


 ゼノンがファイナルの腕から離れ、夜叉の元へ駆ける。
 ゆっくりと崩れ落ちていく彼女の身体を支えようとしたが、ままならず、床に共倒れになった。
 剣を腰の鞘に戻すと、少しよろめいた。


「大丈夫か」


 た、と駆けだしたファイナルがハイゼットの身体を支える。


「あはは、大丈夫。ちょっと、疲れただけだよ」

「それならいいが……」


 見たこともない魔法の連続使用だ。
 体への負担がないわけがない。


「みんな! お母様たちを医務室へ運ぶの手伝って! 僕は助手たち起こしてくるから!」


 と、ここでゼノンの声が飛んだ。
 デスが包帯の女を抱え上げながら、ひょい、とサタンも担ぎ上げる。


「夜叉の身体は俺が持とう」


 ハイゼットのそばから離れて、ファイナルがゼノンの方へ駆けだした。
 ずるずると引きずる夜叉の身体を、ゼノンから預かると御姫様抱っこをするように抱え上げた。


「はて。助手とは? 医者を呼ぶ、の間違いではないのか?」


 イーラが小首をかしげると、ハイゼットは自慢げにニタリ、と笑った。


「にひひ。ゼノンはねえ、あーんなに小さくても、『医者』なんだよ」

「ほう!」


 それは興味深い、とイーラは部屋から足早に出ていくゼノンを目で追った。
 幼くなった自分と大差ない体躯だが、『医者』ときた。
 医療の術は魔法であれそうでないものであれ、膨大な知識と正確な作業が必要だ。


「ギルド、私の護衛はいいから、あの娘を手伝ってやりなさい」

「え!」

「いいから。お前も医術は多少心得があるでしょう」

「で、ですが……」

「はやく」

「はい……」


 とても渋々、といったようにギルドはとぼとぼとゼノンを追いかけた。
 残されたイーラは、杖を床でこんこん、と叩く。


「で、我々の後ろでずっと気配を消していたそいつは、味方かね? 帝王」

「うわ」


 すっと床から氷の刃が飛び出して、彼の目の前を覆った。
 ──シャクスである。


「わわわ、すとっぷ、すとーっぷ! 味方だよ!」


 ハイゼットは慌てて立ち上がった。
 シャクスもまた怪我をしているのが確認できた。燕尾服はボロボロだ。
 少し罰が悪そうに笑うシャクスを、ハイゼットは抱きしめた。


「よかった、生きてたんだね! シャクス!」

「え、ええ。貴方も無事で何よりです」


 かしゃん。
 氷の刃が、床に落ちて砕けた。
 ふむ、とイーラが体をシャクスに向ける。
 その冷たい視線に射抜かれて、シャクスは困り顔を浮かべた。


「キミも怪我してるね。一緒に医務室にいこう。ほら、俺が肩を──」

「いや、そやつは私が運ぼう」


 とんとん、とイーラは再び杖で床を叩いた。
 するとまたあの夜叉を覆っていた雪がシャクスの身体を包み込み、そのままずるずると医務室の方へ進んでいった。


「帝王、エスコートをお願いできるかな?」

「! うん、どうぞ」


 ハイゼットはギルドの真似をして片膝をつくと、彼女が差し出した手を優しくとった。







***







 夜叉らが目を覚ましたのは、数日後のことだった。
 数日間びっちり眠りこけた彼らは、二人とも同時に目を覚ました。
 ほっとしたのもつかの間、ハイゼットを待っていたのは状況を理解できないサタンの怒号である。
 そうしてそれをなだめたのはくしくも夜叉だった。


「助けてもらって何て言い草でしょう。謝りなさい、サタン!」


 下手をしたら私も貴方も死んでいたのですよ、と涙ぐむ夜叉に彼は手も足も出なかった。
 ただずきずきと後遺症のように痛む肩を手の平で圧迫することしかできなかった。


「じゃあ、俺たちに協力してくれるの?」


 子供のように小首をかしげるハイゼットに、サタンは忌々しそうに頷いた。


「連中は私に刃を向けたのだ。当然だろう」

「やったー! これで二つクリアだー!」


 両手を突き上げて喜ぶハイゼットを、デスはため息をついて見つめた。
 どれほど覚醒を重ねても、おそらくこの楽天的かつあほっぽい動作や性格は変わらないのだろう。


「東も南もクリアか。残るは北になっちまったなあ」

「東西南北の魔王を味方につけて、どうするつもりなのだ? 帝王一人いれば、ゴルトなど打ち破れるだろうに」


 デスのつぶやきに、今度はサタンが小首を傾げていた。


「それじゃダメなんだ。魔界全土を引き連れて、俺はゴルトに引導を渡す」

「それはお前の自己満足ゆえか?」

「うーん、それもあるけど、その……お前のやり方は間違ってるんだって教えてあげたくて」


 サタンは茫然とした。
 たかがそんな理由で、とそう思った。
 殺してしまえばいい。イーラもサタンもいるならば、おそらくそれは余裕といえるだろう。


「あとは、誰も殺したくないんだ。みんな大事な俺の仲間だからね」

「仲間だと?」


 どんどんとサタンの顔色が悪くなっていく。
 デスはその光景を苦笑いで見つめた。
 面白かった。
 かつてのゴルトを見ているようだ。


「そうだよ。この魔界をおさめるのが『帝王』なら、つまりみーんな俺のものってことでしょう?」

「傲慢かつ強欲な考えだな……」

「そりゃ俺だって悪魔だし」


 けろりと言い放つハイゼットに、サタンは頭を抱えた。
 悪魔なら、仲間だとか、教えてあげるだとか、そういう生ぬるいことは言わないのだ。
 殺したくないだの、死なせたくないだの、守りたいだの。
 そんな言葉は、絶対に発さないはずである。


「大変すばらしい考えです……」

「夜叉!?」


 頭を抱えるサタンの隣では、夜叉が頬を赤らめていた。


「先代の帝王さまも素敵でしたが、やはり貴方は格別ですね。ハイゼット」

「え? へへ、そう、かな?」

「そうですとも! 私の古い友人である『修羅』が、ああなっていたにも関わらず殺さずに助けてくれるなんて──なんて奇跡でしょう」


 彼女の少し後ろで、『修羅』と呼称された彼女はふんと鼻を鳴らした。
 相変わらず体には包帯が巻かれている。違うのは、夜叉からもらった着物を身に着けていることか。


「夜叉様を無傷で助けたことは評価できるが」


 包帯の隙間から見える赤い目が、ハイゼットを鋭く睨みつけた。


「もう少し早く察知するべきだ。そうすればこのように血は流れなかったやもしれん」

「もう! 修羅、素直にお礼を言いなさい」


 夜叉の制止はきかず、修羅はすたすたと部屋から出ていった。
 その後ろ姿を苦笑いでハイゼットは見送ると、改めてサタンへと向き直った。


「じゃあ、改めて、サタン。よろしくね?」


 手を差し出す。
 その差し出された手を、サタンは。


「握手はしない」


 と、拒絶した。


「ええ! ひどい!」

「ええ、ひどすぎます!」


 即座にとんだのは非難の声である。
 主に当人と夜叉からのものだけで、ファイナルもデスもゼノンも、「だろうな」という表情を浮かべていた。
 イーラに至っては、用が済んだなら帰りたいのだが、という顔である。
 ギルドはすでにエスコートの準備すらしている。


「貴方!」

「しないものはしない」 


 つーん、と態度をしめすサタンに、夜叉は。


「~! 握手くらいなさい、魔王なのですから!」


 思い切り、その右手の平をフルスイングした。
 ぱーん! と高い音。
 それからドッという何かが壁に埋まる音。
 がらがらと壁が崩れる音に目を見開いた面々が見たのは、頬を赤く腫れあがらせて壁に埋まるサタンの姿だった。


「もうしりません! 知りませんからね!」

「お、お母様!? まって、お母様~!」


 飛び出していく夜叉を、ゼノンは慌てて追いかけた。
 そのすぐ後ろを、慌ててファイナルが飛び出していく。
 ハイゼットは、壁に埋まったサタンの手を取ると、「えへへ」と漏らしながら握手した。
 そうしてそのあと、


「待ってファイナル~!」


 と、ファイナルを追いかけていくのだった。
 残されたデスは、壁に埋まるサタンをじ、と見上げながら一言。


「せっかく命かけて奥さんかばったってのに、礼も言われてなきゃ拗ねるよなあ?」




 その後、意識を回復させたサタンが夜叉に追いつき、第二ラウンド勃発。
 握手のするしない、ハイゼットへの態度諸々や日頃の生活態度、目玉焼きにかけるものなどで夫婦喧嘩へと発展。
 せっかく回避した彼女の暴走状態、『激昂』は結局ハイゼットらが北魔界へ向かっている最中に起こり、サタンは体の骨をいくつか折る重傷となった。
 しかし直前に大暴れをかましたせいか城への被害は極めて少なく、また修羅が城に残ったこともあって部下などへ飛び火することはほとんどなかった。

 ──これがのちに伝わる、『東の戦争』。
 ただの大規模な夫婦喧嘩のことである。


 
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