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第七章「希望の基に。」
05
しおりを挟む目の前の男に、ひどく見覚えがあった。
それはこの『体』に宿った意識のものではない。自分自身のものだ。
手ひどく叩き起こされ、『別のモノ』に混入された意識でもそれは確かに覚えがあった。
──ああ。
お前は、そうやって。
何度でも、『俺』の前に立ちはだかる。
「ファイナル、目を、覚ましてほしい」
自分を創ったソレと同質の女。
それと並び、こちらを真っ直ぐに見つめる銀色の光。
永遠と『俺』を『それ』の名で呼び続ける、眩しい光。
「……お前は」
「!」
口を開くと、光は少し驚いた顔をしてこちらを見上げた。
足元にいる男も同様だ。この意識に混入したソレが、慌てたように体で暴れまわるのを感じる。
「お前は、なぜ、どうして、そこに」
「……?」
「共に眠ったはずだ。二度と目覚めぬように、お前は一層強く、『呪った』はずなのに」
きょとんとする。
それで理解した。
時分と同じで、それもまた、『内側』は起きていないのだと。
「何のことだかわからないけど──、ファイナルを返してくれ」
じ、と光はこちらを強く見つめる。
あの時と同じくらい眩しいのに、ああ、それでもまだ、内側は起きていない。
それがなんだかもどかしくて、自分の胸あたりをぎゅっとつかむ。
「……、この体の持ち主のことか」
「そうだ」
「それは出来ない相談だ。目覚めてしまった以上、俺はこの世界を終わらせる必要がある」
「いいや、そんな必要はない!」
光は、大きく吠えた。
「誰が作ったか知らない、そんなシステムはもう必要ない。君は君でいればいいし、ファイナルはファイナルで俺の隣にあればいい!」
「……」
す、と意識の外側から腕が動く。
光に向けたエネルギー砲を、それはいとも簡単に打ち消した。
一歩も退かない。譲らない。諦めない。
そういう頑固さが、より一層の懐かしさを駆り立てる。
「ハイゼット、チャンスよ。アナタの放った浄化魔法で、ゴルトの魔力片が弱まってるんだわ」
「うん! ここで、確実に決めるよ」
チャキ、と剣を構える音がする。
彼は自分の腕を見た。
元に戻そうと思ったが、言うことを聞かない。
意識に介入しているソレはそれなりに頑固のようだ。
「くそ! 何故だ。何故、本来の意識が、通常通り起動して……!」
「む」
ずる、と床から黒い影のようなものが、足をつかむ。
足から、中へと入り込もうとするそれを、彼はため息をついて見つめた。
「失せよ。邪魔だ」
「!」
押し返すように、彼は力を全身から放出した。
ドン、という音と共に、外壁がばらばらと崩れ落ちていく。
おかげさまで体の自由は聞くようになった。床は大部分が崩れ、下の階があらわになっている。
(あれは……ああ、いたいた)
光は、残った床の上にちゃんと立っていた。
女を傍に寄せ、意識へ介入してきた宿主をも魔力壁で防護してみせた。
そうして、さらに光の傍には存在が増える。
下の階にいたらしい『死』が、彼へと駆け寄っていった。
それもまた彼には少し覚えのあるものだ。
彼と似たような存在たちは一度に眠り、二度と共に起こることはないと誓ったものだが、もうすでに三人も揃い、それに付随する概念までそこに在る。
まるで奇跡のようだ、と思って、それから、自嘲気味に鼻を鳴らした。
だから、なんだというのだ。
私情は二度と交えないと決めた。
自分はシステムのように無情に、非情に、冷徹に、世界を終わりへと導くだけだ。
「消え失せよ、この世界に蔓延りし命よ。それぞれ、終わりへと導かれる時だ」
両手を広げる。
この身に宿った闇を広げるように放出を始めると、下からカッと光の束が飛んできた。
ひょいと避ける。放ったのはやはり、見覚えのある、あの光だ。
「……ああ、お前から消してほしいと。そういうことか」
「違う! ファイナルを返せって、言ってるの!」
「お前は先ほどからそればかりだな……。アレの意識など、もうこの体にはわずかに残っているか、あるいはないかだというのに」
彼がため息をついて、両腕を汲む。
もはや魔力片はこの体にはないようだ。
術者の意識が途切れたのだろう。床を這っていた影も反応がない。
「お前は魔界をすべる帝王なのだろう? だとしたら、私情よりも『大局』をみて行動すべきではないか? 先ほどからずっと手加減ばかりの攻撃だ。俺を殺す気でこないと、魔界などものの数分で塵に還るぞ」
「……どうあっても、ファイナルを返すつもりはないの?」
光が呟く。
彼が頷くと、それは続けて問いかける。
「魔界を、終わらせるつもりなの?」
またも彼が頷くと、光は、少し黙った。
そうして、それから。
勢いよく、飛び上がってきた。
手には変わらず、剣があり、その剣には彼の光が乗り移っているように見えた。
(くるか、ようやく)
彼は身構えた。
自由の利く体で、この光とやりあえば、何かがすっきりするかもしれない。そう思った。
「だったら! 俺は、ぶん殴ってでも──君を止めて! ファイナルを、取り返す!」
剣は、勢いよく、彼に向って振り下ろされる。
放たれた光線は勢いよく彼に迫ったが、彼はそれをひょいと避けた。
思わず、チッと舌打ちがこぼれた。強さは申し分ないが、まだ、加減をしている!
「大局を見れぬか、帝王!」
「うるさい! 俺は、一か百かは、選ばない主義なの!」
一度。二度。三度。連続で避けて見せると、今度はそれを読んでいたかのように彼自らが飛び込んできた。
「だって、一も百もどっちも『絶対』に欲しいから、ね!」
「な」
目の前に迫った銀色の光は。
「起きろおおおおおおっ、ファイナルぅ────っ!」
そんなふうに叫びながら、思い切り、彼の額に向かって、頭を振り下ろした。
ゴツンッ!
頭突きだ、と思った瞬間に、意識がふわっと浮いた。
目の前がチカチカとした。
真っ白になっていく目の前に、『にこっ』と笑う、──いつかの、彼女が見えた。
(ああ、『希望』……)
手を伸ばす。
落ちていくその手を、がし、とつかんで。
『彼女』は涙ながらに少しはにかんで、それでも自慢げに笑う。そうして、言う。
「えへへ。あたしの粘り勝ち、でしょ?」
これはいつかの記憶だ。
眠りにつく前の、とても古い記憶。
その再現が、衝撃によってなされたものだ。
そう理解はしたが、彼は、それでも、ふっと微笑んだ。
そうして、いつかいえなかった、言葉を言う。
「──ああ。お前の、勝ちだ」
***
「ハイゼット! ファイナル!」
真っ直ぐに床へ落ちてきた友人ら二人を、全力で受け止めたデスは外に落ちるギリギリで、なんとか踏みとどまった。
すぐに二人の顔を見る。どちらも目立った外傷はない。……おでこが少し、赤いことくらいだろうか。
「ほ……」
ずるずると、二人を抱えたまま、床へ崩れ落ちる。
終焉へハイゼットが向かっていったときには肝を冷やしたものだが、どうにかなったらしい。
もうファイナルから、その気配はまるで感じられない。
にわかには信じがたいが、『彼』はそのまま再び眠りについたようだった。
(よかった……)
ファイナルもハイゼットも、どちらも欠けなかった。
その事実が、彼には何より嬉しいことだった。
「ちょっと! 平気!?」
ばたばたと、アマテラスが駆け寄ってきた。
彼女の顔には、まだ少しの不安がある。
「おー、なんとかな」
片手をあげて返事をすると、アマテラスもほっと安堵したようだった。
膝から崩れ落ちて、ずるずると座り込んでしまった。
それから、デスに倒れこむように抱き着いた。
「おい、いいのかよ」
「ん、いいのよ。たまにはね。誰も見てないでしょ?」
「……そうかよ」
頭上からは、きらきらと光が降り注いでいた。
ハイゼットが空に放った魔力が、この帝王城を中心に、青空を広げている。
かろうじて残った床に寝そべるゴルトには、もはや動く気配がない。
体はハイゼットが防御したが、その魔力片のたくさんを一度に吹き飛ばされたのだ。ダメージが大きいのだろう。
(まあ、そもそもかばうなっつーはなしだが)
凄まじい爆音に上を振り返った時には、すでにゴルトの体は魔力壁で守られていた。
ハイゼットが無意識にやったのか、意識的にやったのかはわからないが、まあ、なんというか、あいつらしい所業だ、とデスは思った。
「終わった、のかしら」
周囲には何もない。
地上からは歓声のようなざわめきが聞こえている。
おそらくは影が消えたせいで、『終わった』と思っているのだろう。
「さあな」
デスは、じ、とハイゼットを見た。
すやすやと眠っているその寝顔は、幼い頃からまるで変わらない。
だというのに、彼はついにここまできた。
目覚めた『終焉』をもう一度眠らせて、ファイナルを取り戻した。
(先代はとうに超えたんじゃねえのかね)
ふっと微笑んで、デスはポケットから煙草を取り出そうとして──止めた。
視線を、かろうじて残った床の、『容器』に向ける。
その瞬間だった。
バキリ。
容器の表面に無数のヒビが入り──割れる。
そうしてそこから、彼女が這い出てきた。
「……私を目覚めさせたのは、『どれ』だ……」
真っ赤な髪は、どす黒く変色し。
その体の手足の先には、ゴルトの魔力片と思われるものが付着している。
彼女は、炎のように燃え上がる目で、辺りを見渡した。
「……始まり……!」
アマテラスの呟きに、彼女は、こちらをギロリと睨みつけた。
咄嗟にデスは、眠りこける二人をかばうように抱きしめた。
(ここでお目覚めかよ……!)
まるで神話の再現だ。
終焉が眠った反動で、起きたように見える。
けれどそれにしては、様子が少し変だった。
デスがきいていた『彼女』は、もう少し冷静で穏やかな存在だったはずだ。
こんなに『憎悪』を身にまとうようなものではない。
「……いいや違う。お前たち、じゃない」
彼女はバッと視線を外すと、向こう側に倒れているゴルトに目線を向けた。
そうして、ぎり、と奥歯を噛み締めると、頭を抱えた。
ごお、と憎悪の炎に焼かれるように、彼女は身をよじる。
「お前だ……お前だ、お前だ、お前だ、お前だ……! 眠っていた私を、よくも、よくも……あの姿で、起こしてくれたな!」
声を荒げる彼女の体から、わっと何かが溢れ出た。
圧のようなものか、あるいは魔力か。
あまりに濃いそれは、彼女の存在を覆うように溢れ出していて、その姿を視認するのがやっとだ。
(ゴルトのやつ……、どんな目にあわせて起こしたんだ……?)
今のところ、彼女の興味関心はゴルトだ。
ゴルトさえ始末すれば、存外、眠りにつくかもしれない。
「ん……」
しかし、呆然と彼女を見守っていたデスの腕の中で、もぞもぞとハイゼットが動き出した。
そうして、そのぼやけた視界で、事態をぼう、と見ていたが、すぐにその腕の中から飛び出した。
デスは慌てて追いかけようとしたが、ファイナルがまだ腕の中で眠ったままである。
すぐには飛び出せない。
「待て、ハイゼット!」
制止は聞かなかった。
ずるずると動き、ゴルトへと距離をつめる彼女の下へ、ハイゼットは走っていった。
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