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第七章「希望の基に。」
06
しおりを挟むひどい痛みと苦しみに耐え抜いて目を開ける。
久しぶりの光だ。地上の光に目を焼かれてほどなくすると、ようやくのこと意識がハッキリとした。
腹の底から湧き上がってくるどす黒い感情を吐き出す。
ああ、こんなふうに目覚めるなどと屈辱だ。
誰かに強制的に起こされるなどと、こんなことはかつてなかった。
(この苦しみから解放されたい)
揺れる視界の中に、それを見た。
自分を揺り起こす原因となったそれだ。
閉じこもり、眠りについていた彼女を、──その『声』を真似て、呼び掛けた悪魔。
(許すものか!)
彼女は体に起こる衝動のままに、それに近寄った。
その体を八つ裂きにすれば。その魂を引き裂いてしまえば。
少しは、気が晴れるかと思った。
「待って!」
──だというのに。
目の前に飛び込んできたのは、彼女の心をもっと揺さぶるものだった。
「……おまえ、は……」
銀髪に銀の目。
彼とは少し違う姿。
だというのに、その優しい眼差しには面影がある。
「クウ……」
呻くように囁いた言葉に、それはぴく、と反応した。
「……貴方が、『始まり』……、父さんが、救えなかったひと……」
「ッ違う!」
吠えるように否定した。
救えなかった? いいや、いいや。
違う。救われた。十分に、救われたのだ!
「救われた! 私は、十分に幸せだった! だから二度と、起きるまいと、そう思ったのだ!」
「…………」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
その奥のものを殺したい。
けれど、その手前の彼には、そんな『姿』を見せたくない。
そんなジレンマが、より一層に身を焼く。焼き尽くす。
「くそ、くそ! ああ、憎い、憎い、憎い──憎い!」
身をよじる。
これまでに我慢してきた痛みが、一気に押し寄せてくるようだ。
耐え切れず、彼女はその腕を振り上げた。
手には先ほど拾った、容器の破片がある。
「だめだよ」
耳元で、優しい声がした。
はっと顔をあげる。
彼女の手を、彼が優しくつかんで止めていた。
そうしてその手から、破片をひょいと奪い取る。
「キミの手が怪我をする」
「……っ、う、うう、ううう……!」
ぐ、と力をかけると、彼はその胸で彼女を抱きしめた。
彼の体から、優しい光がきらきらと漏れ出した。
それは、彼女の腹の底にたまった黒いものを、奪い取っては体の外へと流しだしていく。
「……お前は、クウの子か」
諦めたように力を抜いた彼女の問いかけに、ハイゼットは、こくり、と頷いた。
「そうだよ。ごめんね、俺が、至らないばかりに、貴女に迷惑をかけた」
「似ているな。そういう笑い方も、そういう言い方も」
すり、と。
その温もりを確かめるように一度頬を寄せて、それから。
「こういう止め方も、全部」
こつん、と額をぶつけた。
あんなに火照っていたからだが、次第に鎮まっていく。
焼き付くようにあった憎悪の炎は、彼によってかき消されてしまったようだった。
「油断がすぎるな、帝王」
「!」
背後から聞こえた声に、ハイゼットはハッと振り返った。
気が付いたらしいゴルトが、その身を起き上がらせて、黒い刃を二人へ向けていた。
「先代とそっくりだ。まったく変わらないその間抜けさ──遺伝したことを恨むがいい!」
ハイゼットは、ぎりぎりのところでそれを避けた。
彼女と共に床を転がって距離をとる。
「ほらみろ馬鹿野郎! あんなもんかばうから!」
すぐにデスが駆け寄ってきた。
ファイナルの体は、かわりにアマテラスが抱き寄せている。
ハイゼットは、デスに彼女の体をそ、と差し出した。
「お願いしてもいい?」
「……お前が、やるつもりか?」
「うん。だって、帝王だからね」
問いかけに頷くと、ハイゼットは剣を構えて、一歩、ゴルトへと踏み出した。
ゴルトの周囲では、黒い影が暴走するように湧き出ていた。
形を成せてはいないものの、彼の体からそれが染み出るように溢れ出ている。
無数の黒い刃が彼の周りに溢れ出て、彼の武器となっていた。
「ゴルト。いい加減、諦めなさい」
ハイゼットの問いかけに、ゴルトは薄ら笑いを浮かべた。
青ざめた顔色から、それが『死力を尽くしている』状態なのはすぐにわかった。
『ハイゼット、無事?』
耳にはめたままの無線機から、ゼノンの声が流れ込んでくる。
『こちらは影が消えて、あるいはひいていくのを確認した。負傷者の救護と、それから、数人がそっちにあがっていってる』
「階段が崩れてるんだ。だから、もし上まであがってくるなら飛んできて。あと飛べないものは即時避難を。結構損傷がひどいから、城事態が崩れちゃうかも」
『ん、了解。それぞれに伝達するね』
ゼノンの声に応答してから、ゴルトをじ、と見つめた。
彼もまた、黒い刃をハイゼットに向けている。
「諦めるのはお前だ、帝王。終焉も始まりも諫めて、神気取りか? はは、傲慢も甚だしい!」
ゴルトは、その足元に広がる影の中から、ずるり、と一本の剣を取り出した。
「ダーインスレイヴ! 奴の血を食らえ!」
真っ黒だった剣に、装飾が現れる。
黒と赤のコントラスト。その刀身には、赤い錆びが見える。
切っ先には彼の魔力が集っていった。
強大な負のエネルギーに、デスは思わず顔をしかめた。
ファイナルを抱えながら、アマテラスがハイゼットに向かって叫ぶ。
「ダーインスレイヴなんて、北欧神話の武器の魔剣じゃない! そんなもの、どうやってここに!」
「ははは。帝王が片付いたら、お前にも味合わせてやろう。天の国の者よ」
ゴルトはにい、と笑みをアマテラスに向けた。
「これはレプリカだが、俺の全力を込めた。ホンモノと寸分違わないはずだぞ」
「信じられない……、あんた、それ以上やったら本当に死ぬわよ! 例えここの全員を殺せたとしても、あんたも死ぬの!」
「構うものか。もはや、俺の悲願がかなわないのならば。全員、平等に『死ぬ』べきだ!」
ずずず、と空気が揺れ動くのを目にした。
青かった空に、陰りが見える。
赤と黒のコントラストが、ひっそりと戻ってこようとしている。
「はは、ははは! 全員、全員、死ぬがいい!」
まるで魔界の悪意をすべて吸い上げているかのようだった。
彼の振り上げた剣の切っ先には、すでに大きな球体のエネルギー体が出来上がっている。
それが爆発しても、城が崩れ大損害が出るだろう。
魔力壁で防ぎきれるかどうかも、定かではない。
──しかし、ハイゼットの顔には一切、焦りも不安も迷いも見られなかった。
その剣を、天へとかざす。
ハイゼットの持つ剣が、途端に光を帯びた。
まばゆい光をまとったあと、その剣は脱皮するように、その姿かたちをわずかに変貌させた。
「……帝王剣……」
呟いたのは、『始まり』だった。
剣の柄は竜の頭が装飾され、唾の部分には空色の宝石がはめ込まれている。
ハイゼットは、それをゴルトに向けた。
彼の体から溢れ出る光が、きらきらと、剣の切っ先へ集まっていく。
ダーインスレイヴに集う光とは真逆の光は、まるで、星の光を集めたようだった。
まるで命の輝きのように、それは、穏やかで──温かい。
「君は殺意に『命』を賭けるんだね」
銀の瞳が、ゴルトの瞳をまっすぐに射抜く。
「俺はね、違う。そんなものには、賭けれない。……だって」
そうして、ふっと。
太陽のように笑って、彼は、こう言った。
「大切なものは命を賭けて守る。──これ、常識だろ?」
***
集った黒い光が、あっという間に、光に飲み込まれるのを見た。
星の輝きのような、温かいそれは全く容赦のないものだった。
地を裂き命を食らう剣そのものを食らうように、光はそれを飲み込んだ。
──それで、悟る。
終わったのだと。
「……は……」
ため息が出た。
地に伏したまま動かないゴルトと、凛としてそこに立つ親友。いや、もはや帝王と呼ぶ以外にふさわしい言葉はない。
良い顔になった、と思った。
初めて会った時はもとより、記憶喪失になった時に出会ったときはどうなることかと思ったが。
「デ、デス! 勝った! 俺、勝ったよ!」
と思ったのもつかの間。
ハイゼットはすぐにいつもの表情に戻って、こちらへ手をぶんぶんと振った。
仕方なしに応じる。それでも、思わず口角は上がってしまった。
「はしゃぐのもいいが、下のメンツに勝利宣言してやれよ」
待ってんぞ、とデスは下の方を親指でさした。
たくさんの視線が、こちらを一直線に見つめているのがわかった。
「う、うん」
少しの緊張を浮かべて、ハイゼットはゆっくりとその淵に立った。
足が震える。
こんなところまで本当にきたのだと、実感がこみあげてきた。
ついでに疲れもだ。
こんなに魔力を消費したのは初めてかもしれない、とふらついた彼を支える影があった。
「ハイゼット」
ファイナルである。
その体の片側を、彼女自身も少しよろめきながら押し上げた。
やれやれ、とデスも立ち上がると、始まりを床に寝かせて、もう片側を押し上げた。
二人に支えられる形で、ハイゼットは剣を掲げる。
そうして、高らかに声を上げた。
「──ここに勝利を宣言する! 此度の戦いは、我々、『帝王』側の勝利である!」
ドッとしたの方から歓声があがる。
はじめにきいた鬨の声とはまた違って、喜びにあふれた声だった。
そうしてそれは、勝利宣言であると共に、『帝王』が帝王城に戻ったことを意味するものであった。
空が晴れる。
赤と黒のコントラストが、さめざめと晴れていって、魔界中へと広がっていった。
「ファイナル」
「うん?」
「デス」
「なんだよ」
ファイナルは辺りを嬉しそうに見つめて。
デスは、少し疲れたように辺りを見下ろして。
それぞれ返事をした二人を、ハイゼットはぎゅっと抱きしめた。
「今までずっと、たくさん、たくさんありがとう! これからも、ずうっと、よろしくね!」
ファイナルは「ああ」と少し照れたように返事をして、デスは少し呆れたように「はいはい」と返事をした。
陽の光が、ハイゼットたちに落ちる。
まばゆい光の中で、彼らはとても幸せそうに笑った。
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