とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第七章「希望の基に。」

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 ひどい痛みと苦しみに耐え抜いて目を開ける。
 久しぶりの光だ。地上の光に目を焼かれてほどなくすると、ようやくのこと意識がハッキリとした。
 腹の底から湧き上がってくるどす黒い感情を吐き出す。
 ああ、こんなふうに目覚めるなどと屈辱だ。
 誰かに強制的に起こされるなどと、こんなことはかつてなかった。

(この苦しみから解放されたい)

 揺れる視界の中に、それを見た。
 自分を揺り起こす原因となったそれだ。
 閉じこもり、眠りについていた彼女を、──その『声』を真似て、呼び掛けた悪魔。

(許すものか!)

 彼女は体に起こる衝動のままに、それに近寄った。
 その体を八つ裂きにすれば。その魂を引き裂いてしまえば。
 少しは、気が晴れるかと思った。


「待って!」


 ──だというのに。
 目の前に飛び込んできたのは、彼女の心をもっと揺さぶるものだった。


「……おまえ、は……」


 銀髪に銀の目。
 彼とは少し違う姿。
 だというのに、その優しい眼差しには面影がある。


「クウ……」


 呻くように囁いた言葉に、それはぴく、と反応した。


「……貴方が、『始まり』……、父さんが、救えなかったひと……」

「ッ違う!」


 吠えるように否定した。
 救えなかった? いいや、いいや。
 違う。救われた。十分に、救われたのだ!


「救われた! 私は、十分に幸せだった! だから二度と、起きるまいと、そう思ったのだ!」

「…………」


 ぎり、と奥歯を噛み締める。
 その奥のものを殺したい。
 けれど、その手前の彼には、そんな『姿』を見せたくない。
 そんなジレンマが、より一層に身を焼く。焼き尽くす。


「くそ、くそ! ああ、憎い、憎い、憎い──憎い!」


 身をよじる。
 これまでに我慢してきた痛みが、一気に押し寄せてくるようだ。
 耐え切れず、彼女はその腕を振り上げた。
 手には先ほど拾った、容器の破片がある。


「だめだよ」


 耳元で、優しい声がした。
 はっと顔をあげる。
 彼女の手を、彼が優しくつかんで止めていた。
 そうしてその手から、破片をひょいと奪い取る。


「キミの手が怪我をする」

「……っ、う、うう、ううう……!」


 ぐ、と力をかけると、彼はその胸で彼女を抱きしめた。
 彼の体から、優しい光がきらきらと漏れ出した。
 それは、彼女の腹の底にたまった黒いものを、奪い取っては体の外へと流しだしていく。


「……お前は、クウの子か」


 諦めたように力を抜いた彼女の問いかけに、ハイゼットは、こくり、と頷いた。


「そうだよ。ごめんね、俺が、至らないばかりに、貴女に迷惑をかけた」

「似ているな。そういう笑い方も、そういう言い方も」


 すり、と。
 その温もりを確かめるように一度頬を寄せて、それから。


「こういう止め方も、全部」


 こつん、と額をぶつけた。
 あんなに火照っていたからだが、次第に鎮まっていく。
 焼き付くようにあった憎悪の炎は、彼によってかき消されてしまったようだった。


「油断がすぎるな、帝王」

「!」


 背後から聞こえた声に、ハイゼットはハッと振り返った。
 気が付いたらしいゴルトが、その身を起き上がらせて、黒い刃を二人へ向けていた。


「先代とそっくりだ。まったく変わらないその間抜けさ──遺伝したことを恨むがいい!」


 ハイゼットは、ぎりぎりのところでそれを避けた。
 彼女と共に床を転がって距離をとる。


「ほらみろ馬鹿野郎! あんなもんかばうから!」


 すぐにデスが駆け寄ってきた。
 ファイナルの体は、かわりにアマテラスが抱き寄せている。
 ハイゼットは、デスに彼女の体をそ、と差し出した。


「お願いしてもいい?」

「……お前が、やるつもりか?」

「うん。だって、帝王だからね」


 問いかけに頷くと、ハイゼットは剣を構えて、一歩、ゴルトへと踏み出した。
 ゴルトの周囲では、黒い影が暴走するように湧き出ていた。
 形を成せてはいないものの、彼の体からそれが染み出るように溢れ出ている。
 無数の黒い刃が彼の周りに溢れ出て、彼の武器となっていた。


「ゴルト。いい加減、諦めなさい」


 ハイゼットの問いかけに、ゴルトは薄ら笑いを浮かべた。
 青ざめた顔色から、それが『死力を尽くしている』状態なのはすぐにわかった。


『ハイゼット、無事?』


 耳にはめたままの無線機から、ゼノンの声が流れ込んでくる。


『こちらは影が消えて、あるいはひいていくのを確認した。負傷者の救護と、それから、数人がそっちにあがっていってる』

「階段が崩れてるんだ。だから、もし上まであがってくるなら飛んできて。あと飛べないものは即時避難を。結構損傷がひどいから、城事態が崩れちゃうかも」

『ん、了解。それぞれに伝達するね』


 ゼノンの声に応答してから、ゴルトをじ、と見つめた。
 彼もまた、黒い刃をハイゼットに向けている。


「諦めるのはお前だ、帝王。終焉も始まりも諫めて、神気取りか? はは、傲慢も甚だしい!」


 ゴルトは、その足元に広がる影の中から、ずるり、と一本の剣を取り出した。


「ダーインスレイヴ! 奴の血を食らえ!」


 真っ黒だった剣に、装飾が現れる。
 黒と赤のコントラスト。その刀身には、赤い錆びが見える。
 切っ先には彼の魔力が集っていった。
 強大な負のエネルギーに、デスは思わず顔をしかめた。
 ファイナルを抱えながら、アマテラスがハイゼットに向かって叫ぶ。


「ダーインスレイヴなんて、北欧神話の武器の魔剣じゃない! そんなもの、どうやってここに!」

「ははは。帝王が片付いたら、お前にも味合わせてやろう。天の国の者よ」


 ゴルトはにい、と笑みをアマテラスに向けた。


「これはレプリカだが、俺の全力を込めた。ホンモノと寸分違わないはずだぞ」

「信じられない……、あんた、それ以上やったら本当に死ぬわよ! 例えここの全員を殺せたとしても、あんたも死ぬの!」

「構うものか。もはや、俺の悲願がかなわないのならば。全員、平等に『死ぬ』べきだ!」


 ずずず、と空気が揺れ動くのを目にした。
 青かった空に、陰りが見える。
 赤と黒のコントラストが、ひっそりと戻ってこようとしている。


「はは、ははは! 全員、全員、死ぬがいい!」


 まるで魔界の悪意をすべて吸い上げているかのようだった。
 彼の振り上げた剣の切っ先には、すでに大きな球体のエネルギー体が出来上がっている。
 それが爆発しても、城が崩れ大損害が出るだろう。
 魔力壁で防ぎきれるかどうかも、定かではない。
 ──しかし、ハイゼットの顔には一切、焦りも不安も迷いも見られなかった。
 その剣を、天へとかざす。
 ハイゼットの持つ剣が、途端に光を帯びた。
 まばゆい光をまとったあと、その剣は脱皮するように、その姿かたちをわずかに変貌させた。


「……帝王剣……」


 呟いたのは、『始まり』だった。
 剣の柄は竜の頭が装飾され、唾の部分には空色の宝石がはめ込まれている。
 ハイゼットは、それをゴルトに向けた。
 彼の体から溢れ出る光が、きらきらと、剣の切っ先へ集まっていく。
 ダーインスレイヴに集う光とは真逆の光は、まるで、星の光を集めたようだった。
 まるで命の輝きのように、それは、穏やかで──温かい。


「君は殺意に『命』を賭けるんだね」


 銀の瞳が、ゴルトの瞳をまっすぐに射抜く。


「俺はね、違う。そんなものには、賭けれない。……だって」


 そうして、ふっと。
 太陽のように笑って、彼は、こう言った。


「大切なものは命を賭けて守る。──これ、常識だろ?」







***







 集った黒い光が、あっという間に、光に飲み込まれるのを見た。
 星の輝きのような、温かいそれは全く容赦のないものだった。
 地を裂き命を食らう剣そのものを食らうように、光はそれを飲み込んだ。
 ──それで、悟る。
 終わったのだと。


「……は……」


 ため息が出た。
 地に伏したまま動かないゴルトと、凛としてそこに立つ親友。いや、もはや帝王と呼ぶ以外にふさわしい言葉はない。
 良い顔になった、と思った。
 初めて会った時はもとより、記憶喪失になった時に出会ったときはどうなることかと思ったが。


「デ、デス! 勝った! 俺、勝ったよ!」


 と思ったのもつかの間。
 ハイゼットはすぐにいつもの表情に戻って、こちらへ手をぶんぶんと振った。
 仕方なしに応じる。それでも、思わず口角は上がってしまった。


「はしゃぐのもいいが、下のメンツに勝利宣言してやれよ」


 待ってんぞ、とデスは下の方を親指でさした。
 たくさんの視線が、こちらを一直線に見つめているのがわかった。


「う、うん」


 少しの緊張を浮かべて、ハイゼットはゆっくりとその淵に立った。
 足が震える。
 こんなところまで本当にきたのだと、実感がこみあげてきた。
 ついでに疲れもだ。
 こんなに魔力を消費したのは初めてかもしれない、とふらついた彼を支える影があった。


「ハイゼット」


 ファイナルである。
 その体の片側を、彼女自身も少しよろめきながら押し上げた。
 やれやれ、とデスも立ち上がると、始まりを床に寝かせて、もう片側を押し上げた。
 二人に支えられる形で、ハイゼットは剣を掲げる。
 そうして、高らかに声を上げた。


「──ここに勝利を宣言する! 此度の戦いは、我々、『帝王』側の勝利である!」


 ドッとしたの方から歓声があがる。
 はじめにきいた鬨の声とはまた違って、喜びにあふれた声だった。
 そうしてそれは、勝利宣言であると共に、『帝王』が帝王城に戻ったことを意味するものであった。
 空が晴れる。
 赤と黒のコントラストが、さめざめと晴れていって、魔界中へと広がっていった。


「ファイナル」

「うん?」

「デス」

「なんだよ」


 ファイナルは辺りを嬉しそうに見つめて。
 デスは、少し疲れたように辺りを見下ろして。
 それぞれ返事をした二人を、ハイゼットはぎゅっと抱きしめた。


「今までずっと、たくさん、たくさんありがとう! これからも、ずうっと、よろしくね!」


 ファイナルは「ああ」と少し照れたように返事をして、デスは少し呆れたように「はいはい」と返事をした。
 陽の光が、ハイゼットたちに落ちる。
 まばゆい光の中で、彼らはとても幸せそうに笑った。


 
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