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青野夜子のお話。
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しばらくの沈黙の後、口を開いたのは女子高生だった。
「なあんだ。そうだったんですねえ」
少しがっかりするようなそんな声で、彼女は言った。
それからまた私の手をとって、今度は横に並ぶ。
「しにたくはないけど、らくになりたくて、自由になりたい。そういうことだったんですね」
早くここから降りたかったけれど、女子高生に手をとられてはそれもままならない。
私は少しの不安と恐怖を抱えながら、なんとか、頷く。
そのあとの言葉をききたくないと思った。
どんなふうに罵倒されたかわかったものじゃなかった。
今の今まで優しかっただけに、この子がどんなふうに変貌するか、怖かった。
ぎゅ。
目を瞑る。
「それじゃ、こうしましょ」
けれども投げかけられた言葉は罵倒ではなかった。
恐る恐る目を開いて、女子高生を振り返る。
「お姉さんの願いは私が叶えて差し上げます。だから、私の願いをお姉さんが叶えてください」
「願い、って、どんな」
「うふふ」
女子高生が、わらう。
そうして、少しはにかむように。
こう、言った。
「お腹が空いたんです」
彼女の人差し指が、彼女の柔らかそうな唇にぷに、と触れる。
「私のお腹を満たしてくれるなら、私、なんだってして差し上げます」
ようやくのこと、私は少し胸をなでおろした。
ほっとした。
お腹が減った、という。
お腹を満たしてほしい、という。
生物としてある種当然の欲求を口にされて、「なんだ、そんなことか」と思った。
(お金はある)
とても長い時間、この会社に拘束されていたのだ。
それに見合うかどうかは定かではないにしろ、お金はあった。
女子高生がどれほど大食らいだったとしても、おごってあげることはできると思った。
「本当に、私を自由に、らくに……死なないままで、してくれるの?」
「ええ。お約束しますよ」
にこにこと、女子高生が頷く。
私にはもう何もなかった。
お金の他には、この身以外に、何も。
何もなかったのだ。
だからすがる相手なんていうのも、目の前の彼女しか──『廸子さん』しか、なかったのだ。
「たった一言、私に願いを告げてください。それだけでお姉さんは自由に、らくになれます」
私は、もう一度下を見た。
眼下に広がる真っ暗闇が、やはり怖かった。
あれに飲み込まれてしまったら、もう二度とどこにもいけないと思った。
ぎゅ。
私は、女子高生の手を握り返した。
「──お願いします、廸子さん。私を自由に、らくに。この会社から、解放してください」
風が強く吹いた。
女子高生が、いや、廸子さんは目を輝かせた。
わっと遥か高い空の雲が流れて、屋上に月光が差し込んだ。
(眩しい)
ふと、屋上の地面が目に入る。
私の影の隣には。
彼女の影はなかった。
「え」
ぐらり。
体が、傾く。
(や、やだ──)
すがろうとした先に、ビルのふちに、廸子さんの姿はない。
私の手の先。
彼女は、私を導くように、先に空の中にいた。
「う、そ」
今度は凄まじい風圧も、衝撃も、何もなかった。
まるで魔法のように。
まるで天使のように。
まるで幽霊のように。
彼女はふわふわと浮いていて、私もふわふわと浮いていた。
「と、飛んでる!」
思わず喉の奥から言葉が出た。
眼前に広がっていた暗闇なんてもう気にもならない。
視界を反転させればいいのだ。
たったそれだけで、星の海を飛んでいるような気持ちになれる。
「知りませんでした?」
つないだ手の先で、廸子さんがにたり、といたずらっぽく笑った。
「実はひとって、飛べるんです」
「なあんだ。そうだったんですねえ」
少しがっかりするようなそんな声で、彼女は言った。
それからまた私の手をとって、今度は横に並ぶ。
「しにたくはないけど、らくになりたくて、自由になりたい。そういうことだったんですね」
早くここから降りたかったけれど、女子高生に手をとられてはそれもままならない。
私は少しの不安と恐怖を抱えながら、なんとか、頷く。
そのあとの言葉をききたくないと思った。
どんなふうに罵倒されたかわかったものじゃなかった。
今の今まで優しかっただけに、この子がどんなふうに変貌するか、怖かった。
ぎゅ。
目を瞑る。
「それじゃ、こうしましょ」
けれども投げかけられた言葉は罵倒ではなかった。
恐る恐る目を開いて、女子高生を振り返る。
「お姉さんの願いは私が叶えて差し上げます。だから、私の願いをお姉さんが叶えてください」
「願い、って、どんな」
「うふふ」
女子高生が、わらう。
そうして、少しはにかむように。
こう、言った。
「お腹が空いたんです」
彼女の人差し指が、彼女の柔らかそうな唇にぷに、と触れる。
「私のお腹を満たしてくれるなら、私、なんだってして差し上げます」
ようやくのこと、私は少し胸をなでおろした。
ほっとした。
お腹が減った、という。
お腹を満たしてほしい、という。
生物としてある種当然の欲求を口にされて、「なんだ、そんなことか」と思った。
(お金はある)
とても長い時間、この会社に拘束されていたのだ。
それに見合うかどうかは定かではないにしろ、お金はあった。
女子高生がどれほど大食らいだったとしても、おごってあげることはできると思った。
「本当に、私を自由に、らくに……死なないままで、してくれるの?」
「ええ。お約束しますよ」
にこにこと、女子高生が頷く。
私にはもう何もなかった。
お金の他には、この身以外に、何も。
何もなかったのだ。
だからすがる相手なんていうのも、目の前の彼女しか──『廸子さん』しか、なかったのだ。
「たった一言、私に願いを告げてください。それだけでお姉さんは自由に、らくになれます」
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あれに飲み込まれてしまったら、もう二度とどこにもいけないと思った。
ぎゅ。
私は、女子高生の手を握り返した。
「──お願いします、廸子さん。私を自由に、らくに。この会社から、解放してください」
風が強く吹いた。
女子高生が、いや、廸子さんは目を輝かせた。
わっと遥か高い空の雲が流れて、屋上に月光が差し込んだ。
(眩しい)
ふと、屋上の地面が目に入る。
私の影の隣には。
彼女の影はなかった。
「え」
ぐらり。
体が、傾く。
(や、やだ──)
すがろうとした先に、ビルのふちに、廸子さんの姿はない。
私の手の先。
彼女は、私を導くように、先に空の中にいた。
「う、そ」
今度は凄まじい風圧も、衝撃も、何もなかった。
まるで魔法のように。
まるで天使のように。
まるで幽霊のように。
彼女はふわふわと浮いていて、私もふわふわと浮いていた。
「と、飛んでる!」
思わず喉の奥から言葉が出た。
眼前に広がっていた暗闇なんてもう気にもならない。
視界を反転させればいいのだ。
たったそれだけで、星の海を飛んでいるような気持ちになれる。
「知りませんでした?」
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