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昼河柚黄のお話。
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「すまない、他に好きな人ができた。別れてくれ」
そう、彼女は僕に告げると去っていった。
僕には他に詳しいことを尋ねる暇もなかった。
(初恋だった)
──と思う。
小さい頃のことはよく覚えていないが、少なくとも彼女は僕にとって世界の全てだった。
そうして、彼女にとっても僕がそうであれば──と思っていたが、そんなことはなかったようだ。
僕はしばし立ちすくんだあと、空を仰いだ。
綺麗な青空がそこにあって、目の前をひらひらと桜の葉が泳いでいった。
(ああ、そうか。もう春なのか)
仕事が忙しくて、忙しくて、忙しくて、彼女に構う暇はおろか僕は季節すら消失していたのだと悟る。
いまこうして彼女に出会えたのも外回り中の偶然で、会う約束だってしていなかった。
いつかは慣れる。
そうしたら、余裕ができる。
それまでにはお金だってたくさん貯まるだろう。
昇進して、偉くなって、彼女も頑張ったねと誉めてくれるかもしれない。
貯めたお金で、彼女に何をしてあげよう。
そんなことを思って日々を過ごしてきた。
「……待っててくれる、保証なんてなかったのに」
もう終わったあとで、『もっと話せばよかった』などと、とても普遍的でいつでも出来たことが思い浮かんだ。
メールをすればよかった。
電話をかければよかった。
少しだけでも、会いに行けばよかった。
「わっ」
「ちょっとお兄さん、道の真ん中で突っ立ってたら邪魔なんですけど!」
どん。と背中を小突かれて振り向いたらそこに女子高生が立っていた。
今時珍しいブラックセーラー服。
案の定春に包まれつつある世界では妙に異質に映る。
「……何? あたしに何か用事でもあんの?」
女子高生は今時っぽい栗毛色を指先で弄んで、僕を睨み付ける。
「あっ、それともー、女子高生が好きとか? 変態さん? チカンってやつ? お巡りさん、呼ぶ?」
「ち、違う! そんなんじゃ……」
「あはははははは、ジョーダンなのに真に受けてカーワーイーイー」
失恋したてで傷心中の僕に、この仕打ちはかなり痛かった。
いつか、自分の高校時代に受けたトラウマが甦る。
(う、うう、ううう)
だらだらと冷や汗が噴き出してきた。
あの時、助けてくれたのは彼女だったけど、もういない。別れてくれ。そう言って去ってしまった。
だめだ。耐えられない。足が震えてきた。
がくん、と膝を地面にたててうずくまる。
「……ちょっと、ほんとに大丈夫? 救急車呼ぼうか? 具合悪いの?」
そんな僕をみて、女子高生はようやくのこと真顔に変わる。
自分もしゃがんで、僕の顔を覗き込んだ。
「……救急車呼ぶからね!」
立てもしない。
声もあげられない。
そんな僕をみて、女子高生は手早く自分のスマホを操作して耳に当てる。
慣れた様子で、彼女は場所や容態を伝えると、僕の背中をさすり始めた。
──さっきまでのからかうような態度はない。
ああ、まるで。
「……いつこ……」
「へ?」
思わず口から、彼女の名が漏れる。
好きだった。
本当に好きだった。
愛していた。
「ちょっと、あたしはふみ……ちょっと、ねえってば!」
ぐらり。
体が傾いて、視界が闇に落ちる。
しばらくの間女子高生の声が聞こえていた気がしたが、ほどなくして、それも聞こえなくなった。
そう、彼女は僕に告げると去っていった。
僕には他に詳しいことを尋ねる暇もなかった。
(初恋だった)
──と思う。
小さい頃のことはよく覚えていないが、少なくとも彼女は僕にとって世界の全てだった。
そうして、彼女にとっても僕がそうであれば──と思っていたが、そんなことはなかったようだ。
僕はしばし立ちすくんだあと、空を仰いだ。
綺麗な青空がそこにあって、目の前をひらひらと桜の葉が泳いでいった。
(ああ、そうか。もう春なのか)
仕事が忙しくて、忙しくて、忙しくて、彼女に構う暇はおろか僕は季節すら消失していたのだと悟る。
いまこうして彼女に出会えたのも外回り中の偶然で、会う約束だってしていなかった。
いつかは慣れる。
そうしたら、余裕ができる。
それまでにはお金だってたくさん貯まるだろう。
昇進して、偉くなって、彼女も頑張ったねと誉めてくれるかもしれない。
貯めたお金で、彼女に何をしてあげよう。
そんなことを思って日々を過ごしてきた。
「……待っててくれる、保証なんてなかったのに」
もう終わったあとで、『もっと話せばよかった』などと、とても普遍的でいつでも出来たことが思い浮かんだ。
メールをすればよかった。
電話をかければよかった。
少しだけでも、会いに行けばよかった。
「わっ」
「ちょっとお兄さん、道の真ん中で突っ立ってたら邪魔なんですけど!」
どん。と背中を小突かれて振り向いたらそこに女子高生が立っていた。
今時珍しいブラックセーラー服。
案の定春に包まれつつある世界では妙に異質に映る。
「……何? あたしに何か用事でもあんの?」
女子高生は今時っぽい栗毛色を指先で弄んで、僕を睨み付ける。
「あっ、それともー、女子高生が好きとか? 変態さん? チカンってやつ? お巡りさん、呼ぶ?」
「ち、違う! そんなんじゃ……」
「あはははははは、ジョーダンなのに真に受けてカーワーイーイー」
失恋したてで傷心中の僕に、この仕打ちはかなり痛かった。
いつか、自分の高校時代に受けたトラウマが甦る。
(う、うう、ううう)
だらだらと冷や汗が噴き出してきた。
あの時、助けてくれたのは彼女だったけど、もういない。別れてくれ。そう言って去ってしまった。
だめだ。耐えられない。足が震えてきた。
がくん、と膝を地面にたててうずくまる。
「……ちょっと、ほんとに大丈夫? 救急車呼ぼうか? 具合悪いの?」
そんな僕をみて、女子高生はようやくのこと真顔に変わる。
自分もしゃがんで、僕の顔を覗き込んだ。
「……救急車呼ぶからね!」
立てもしない。
声もあげられない。
そんな僕をみて、女子高生は手早く自分のスマホを操作して耳に当てる。
慣れた様子で、彼女は場所や容態を伝えると、僕の背中をさすり始めた。
──さっきまでのからかうような態度はない。
ああ、まるで。
「……いつこ……」
「へ?」
思わず口から、彼女の名が漏れる。
好きだった。
本当に好きだった。
愛していた。
「ちょっと、あたしはふみ……ちょっと、ねえってば!」
ぐらり。
体が傾いて、視界が闇に落ちる。
しばらくの間女子高生の声が聞こえていた気がしたが、ほどなくして、それも聞こえなくなった。
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