廸子さん。

黒谷

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昼河柚黄のお話。

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 目が覚めたら病室だった。
 女子高生の姿は、ベッドの脇にあった。
(平日だった)
 高校は昼で終わりだったのだろうか、などとぼんやり考えながら、ハッとして鞄からスマホをとる。
「……うわ」
 会社からの着信が数十件。
 逃げた、と思われたか、あるいは死んだ、と思われたか。少なくとも心配の電話ではないのは確かだ。
 僕の会社はいわゆるブラック企業というやつで、残業はもちろんのこと、休日という概念を有していない。
 上司はたびたび消えるし、同僚も忽然といなくなる。誰も彼も心配などしない。そんな余裕は、誰にもないのだ。
「……ん……」
 むくり、と女子高生が目をこすって起き上がった。
 やあ、と気まずそうに手をあげる僕に、嬉しそうな表情を浮かべる。
 いや、そればかりか涙さえ浮かべているではないか!
「え、あの、ごめ……」
「あ、違うよ! あたし、嬉しくて。……今度は、ちゃんと救えたから」
「……?」
 ほどなくして、医者も病室に入ってきた。
 僕を見るなり、ため息をつく。
「過労ですね。今の時代、貴方ぐらいの歳の方が一番多いんですよねえ。気を付けてくださいよ、貴方の人生なんですから」
「はあ……、すみません……ご迷惑をおかけしました」
 苦笑いを浮かべて、頭に手をやった。
 本当は仕事というよりも彼女のことだと思ったが、まあ、それも心労といううちに入るのだろう。
「会社の方に連絡を入れますので、社名と連絡先教えていただけますか」
「……それは……」
 できない、と思った。
 過労だなんて社長の耳にふれたならどんな目にあうかわからない。
 彼女さえもいない今、僕には、仕事しかない。
「あ、多分これです」
 戸惑う僕をよそに、女子高生はどこから取り出したのか、僕の名刺を医者に差し出した。
「ちょ、ちょっと!」
 慌てて奪い取ろうとするも一歩遅く届かない。
 医者はそれを受け取ると、すたすたと去っていく。
「ごめんね」
 僕が何か言う前に、女子高生は口を開いた。
「……でも、これでよかったと思うよ」
「…………」
「そんなになるまで働くなら、そこの会社である必要なんてないでしょ」
「……それは……」
 どうか、と考えるとわからない。
 女子高生は、手を差し出して、僕にいった。
「それでも、何もかも失ったとか、思うならさ」
 手首をまくる。
 彼女の手首には、ひどい切り傷のあとがついていた。
 リストカットだ。そう思った。
 ──つまり、この子は。

「あたしと一緒に、死んでみる?」

 けらけらと軽く明るく笑って、彼女は言う。
 僕の名前を、『彼女』のように呼んだ。

「柚黄くん」
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