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本編
裏切り
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テラスへと行くと、真新しい白いテーブルクロスのかかった丸い机と、花の刺繍がしてあるクリーム色のサテン生地が張られた白い椅子が置いてありました。
いつの間に買ったのでしょう?
そんな気持ちを込めて旦那様の顔を見ました。
そうして見えたのは、旦那様の険しい顔。
脂汗をかいているようです。顔色も真っ青。
「旦那様? 顔色が悪うございますよ? 脂汗もかいていらっしゃいますし……。わたくしのことはよろしいですから、お部屋にお戻りになって休んではいかかですか? お茶など又すれば良いのです。」
スラスラと並べた言葉は、嘘。
又お茶なんてしてくれる訳がない。
部屋なんかに戻って欲しくない。
ずっと私のそばにいてほしい。
その感情を押し殺す。
旦那様がこんな状態のままお茶をしては、体調が悪くなってしまうかもしれない。
そうして責められるのは、私。
(何故旦那様の様子に気づけなかったのかしら。気が利かない奥様。私たちが困るのに……。私たちのことなんてこれっぽっちも考えていないんだわ。本当に嫌になっちゃう。だから旦那様に相手にされないのよ……。)
前に旦那様が熱を出した時に、侍女達が話していた。
あんな思いをもう2度としたくない。
だから、お願い。
でも、旦那様のはぎこちなく微笑まれて仰った。
「せっかく妻と過ごせる時間だ。時間を無駄にしたくない。今日は曇りだからそう見えるんだ。私は大丈夫だからお前は気にするな。」
旦那様が、これまでこのような言葉をかけて下さったことが、今まであっただろうか? 否、一度もない。
(どうしてこんなに優しくするの……?)
私は困惑しながらも感謝の気持ちを伝える。
「旦那様……。それほどまでにわたくしのことを考えて下さったのですか……?」
声が少し震えてしまった。
「ああ。当たり前だろう。さあ、早く席に着こう。今侍女を呼ぶ。」
そう言って旦那様は、私に椅子を引いて下さいました。
私はあの美しい椅子の座ります。
テラスからは屋敷の庭全体が見えました。
とても美しい庭が。
旦那様が、メイドを呼ぶベルを鳴らしました。
そうしてすぐにやってきた5人ほどのメイドは、ティーセットを並べ、私たちに紅茶を淹れて去って行きました。
その後に、私の専属侍女がお菓子を持ってきました。
それはそれは、明るい笑みを浮かべながら。
甘くて繊細な味がするマカロンやマフィン、ケーキなどのお菓子に、シェフがこだわって作った美味しいスコーン、軽食のサンドイッチ。皿の縁に金の装飾がされてある、大きな正方形のお皿に沢山の物が乗っています。
でも、何故でしょう。お皿に乗っているのは、甘いお菓子ばかり。
私の好きな、甘いお菓子ばかり。
旦那様の苦手な、とても甘いお菓子ばかり。
私のことを嫌っている使用人達が、このようなことをしてくれる訳がありません。
専属侍女がしてくれるにしても、ここまでのお菓子を揃えることはできない筈です。
旦那様の顔を見ると、不自然に笑って私のことを見つめてきました。
旦那様がこんなに優しいのは、何故?
そして私は、専属侍女の顔を見ました。
見えたのは、旦那様に熱い視線を送っている、私の知らない私の侍女……マーガレットでした。
前、耳にした噂。
ーーーーー旦那様とマーガレットが、恋仲だと言う事。
あれは、本当のことなのでしょうね。
嗚呼、そんなことなのか。
そういうことなのか。
だから、私の好きな甘いお菓子ばかりがあるのか。
旦那様のあの態度。
ーーーーー旦那様も、グル
私はなぜか使用人達に嫌われている。
使用人達がいないと私の生活は成り立たない。
だから、使用人達も一緒に団結をして、こんなことをしているのね。
甘いお菓子は私を殺すためにある。
庭師は沢山の薬を持っていたわね?
その中の何かが、仕込まれてる。
ティーセットにもお皿にも、フォークやナイフ、スプーンまで、銀で出来ている物はない。
全員グル。
ぜぇんぶ仕組まれているのねぇ。
大方マーガレットが旦那様に、一緒になりたいと迫ったのでしょうね。
随分と雑な殺し方だこと。
ねぇ、旦那様。
私を殺そうとしているのですね。
私の愛には応えずに、その何もできない娘を妻にするのですね。
貴方のためにやってきたことは、全て無駄だったのですね。
あんたなんて、愛さなければよかった。
「旦那様? お茶をしましょう。」
花の香りがする紅茶を飲む。
「あ、ああ、そうだな。」
旦那様も、紅茶を飲む。
旦那様の顔色は悪いまま。声も頼りない。
私を殺すのなら、もっとピンシャンなさい。
誰を殺すと思っているの?
「わたくし、旦那様に話したいことが沢山ございますの。」
もう、私は誰も怖くない。
「旦那様、私、前に可笑しな夢を見ましたのよ。」
ーーーとうにに気づいています。
「自分が殺される夢を。」
ーーー貴方の思惑などわかっているのです。
「なんでも、使用人達も加わって、みんなで私のことを殺そうとするのです。」
ーーー殺したいのなら、どうぞ?
「でも、夢でした。もし本当にあったとしても、わたくしは信じております。」
ーーー貴方に殺されるのなら本望です。
「貴方も、使用人達もわたくしを裏切らないだろうと。」
ーーー何度も裏切られたけれど、ね。
「旦那様? ますますお顔が青くなっていますわ。」
蒼ざめていく旦那様。
もっと堂々としても、いいんですのよ?
「大丈夫だ、気にしないでくれ。」
「え、ええ……。旦那様がそう言うのなら……。」
私は簡単に騙される女ではないのです。
お気の毒様。
「そうだ、この菓子を食べてみないか? シェフに作らせたんだ。 お前が好きそうだと思って、作らせた。」
旦那様が、ピンク色のマカロンを指差した。
まだ、私を殺そうとしている。
これに、毒が入っているのね。
「美味しそうですわね。」
苦味がなければいいけど。
「そうだろう。」
旦那様は、不自然な笑みをまだ貼り付けている。
「ええ。頂きますね。」
にっこりと笑う。何があっても、笑うの。
指でマカロンを摘んだ。
口に入れようとする前に、一言。
「旦那様?」
「なんだ?」
「わたくし、旦那様のことを愛していますわ。」
空気が、凍った。
旦那様が、動きを止めた。
私はマカロンを口に運ぶ。
旦那様が、私の目を見る。
私はマカロンを一口で頬張る。
苦くはなかった。
旦那様が目に困惑を浮かべる。
私は旦那様に、作り物の笑みを浮かべる。
旦那様が、席から立ち上がる。
私はマカロンを飲み込む。
旦那様が何かを叫ぶ。
私は呼吸ができなくなった。
旦那様が私に近づいた……気がした。
私は目が見えなくなる。
旦那様が、私の肩を抱いた。
私は、意識を失った。
愛しているから、騙されてあげる。
貴方の幸せを願っています。
いつの間に買ったのでしょう?
そんな気持ちを込めて旦那様の顔を見ました。
そうして見えたのは、旦那様の険しい顔。
脂汗をかいているようです。顔色も真っ青。
「旦那様? 顔色が悪うございますよ? 脂汗もかいていらっしゃいますし……。わたくしのことはよろしいですから、お部屋にお戻りになって休んではいかかですか? お茶など又すれば良いのです。」
スラスラと並べた言葉は、嘘。
又お茶なんてしてくれる訳がない。
部屋なんかに戻って欲しくない。
ずっと私のそばにいてほしい。
その感情を押し殺す。
旦那様がこんな状態のままお茶をしては、体調が悪くなってしまうかもしれない。
そうして責められるのは、私。
(何故旦那様の様子に気づけなかったのかしら。気が利かない奥様。私たちが困るのに……。私たちのことなんてこれっぽっちも考えていないんだわ。本当に嫌になっちゃう。だから旦那様に相手にされないのよ……。)
前に旦那様が熱を出した時に、侍女達が話していた。
あんな思いをもう2度としたくない。
だから、お願い。
でも、旦那様のはぎこちなく微笑まれて仰った。
「せっかく妻と過ごせる時間だ。時間を無駄にしたくない。今日は曇りだからそう見えるんだ。私は大丈夫だからお前は気にするな。」
旦那様が、これまでこのような言葉をかけて下さったことが、今まであっただろうか? 否、一度もない。
(どうしてこんなに優しくするの……?)
私は困惑しながらも感謝の気持ちを伝える。
「旦那様……。それほどまでにわたくしのことを考えて下さったのですか……?」
声が少し震えてしまった。
「ああ。当たり前だろう。さあ、早く席に着こう。今侍女を呼ぶ。」
そう言って旦那様は、私に椅子を引いて下さいました。
私はあの美しい椅子の座ります。
テラスからは屋敷の庭全体が見えました。
とても美しい庭が。
旦那様が、メイドを呼ぶベルを鳴らしました。
そうしてすぐにやってきた5人ほどのメイドは、ティーセットを並べ、私たちに紅茶を淹れて去って行きました。
その後に、私の専属侍女がお菓子を持ってきました。
それはそれは、明るい笑みを浮かべながら。
甘くて繊細な味がするマカロンやマフィン、ケーキなどのお菓子に、シェフがこだわって作った美味しいスコーン、軽食のサンドイッチ。皿の縁に金の装飾がされてある、大きな正方形のお皿に沢山の物が乗っています。
でも、何故でしょう。お皿に乗っているのは、甘いお菓子ばかり。
私の好きな、甘いお菓子ばかり。
旦那様の苦手な、とても甘いお菓子ばかり。
私のことを嫌っている使用人達が、このようなことをしてくれる訳がありません。
専属侍女がしてくれるにしても、ここまでのお菓子を揃えることはできない筈です。
旦那様の顔を見ると、不自然に笑って私のことを見つめてきました。
旦那様がこんなに優しいのは、何故?
そして私は、専属侍女の顔を見ました。
見えたのは、旦那様に熱い視線を送っている、私の知らない私の侍女……マーガレットでした。
前、耳にした噂。
ーーーーー旦那様とマーガレットが、恋仲だと言う事。
あれは、本当のことなのでしょうね。
嗚呼、そんなことなのか。
そういうことなのか。
だから、私の好きな甘いお菓子ばかりがあるのか。
旦那様のあの態度。
ーーーーー旦那様も、グル
私はなぜか使用人達に嫌われている。
使用人達がいないと私の生活は成り立たない。
だから、使用人達も一緒に団結をして、こんなことをしているのね。
甘いお菓子は私を殺すためにある。
庭師は沢山の薬を持っていたわね?
その中の何かが、仕込まれてる。
ティーセットにもお皿にも、フォークやナイフ、スプーンまで、銀で出来ている物はない。
全員グル。
ぜぇんぶ仕組まれているのねぇ。
大方マーガレットが旦那様に、一緒になりたいと迫ったのでしょうね。
随分と雑な殺し方だこと。
ねぇ、旦那様。
私を殺そうとしているのですね。
私の愛には応えずに、その何もできない娘を妻にするのですね。
貴方のためにやってきたことは、全て無駄だったのですね。
あんたなんて、愛さなければよかった。
「旦那様? お茶をしましょう。」
花の香りがする紅茶を飲む。
「あ、ああ、そうだな。」
旦那様も、紅茶を飲む。
旦那様の顔色は悪いまま。声も頼りない。
私を殺すのなら、もっとピンシャンなさい。
誰を殺すと思っているの?
「わたくし、旦那様に話したいことが沢山ございますの。」
もう、私は誰も怖くない。
「旦那様、私、前に可笑しな夢を見ましたのよ。」
ーーーとうにに気づいています。
「自分が殺される夢を。」
ーーー貴方の思惑などわかっているのです。
「なんでも、使用人達も加わって、みんなで私のことを殺そうとするのです。」
ーーー殺したいのなら、どうぞ?
「でも、夢でした。もし本当にあったとしても、わたくしは信じております。」
ーーー貴方に殺されるのなら本望です。
「貴方も、使用人達もわたくしを裏切らないだろうと。」
ーーー何度も裏切られたけれど、ね。
「旦那様? ますますお顔が青くなっていますわ。」
蒼ざめていく旦那様。
もっと堂々としても、いいんですのよ?
「大丈夫だ、気にしないでくれ。」
「え、ええ……。旦那様がそう言うのなら……。」
私は簡単に騙される女ではないのです。
お気の毒様。
「そうだ、この菓子を食べてみないか? シェフに作らせたんだ。 お前が好きそうだと思って、作らせた。」
旦那様が、ピンク色のマカロンを指差した。
まだ、私を殺そうとしている。
これに、毒が入っているのね。
「美味しそうですわね。」
苦味がなければいいけど。
「そうだろう。」
旦那様は、不自然な笑みをまだ貼り付けている。
「ええ。頂きますね。」
にっこりと笑う。何があっても、笑うの。
指でマカロンを摘んだ。
口に入れようとする前に、一言。
「旦那様?」
「なんだ?」
「わたくし、旦那様のことを愛していますわ。」
空気が、凍った。
旦那様が、動きを止めた。
私はマカロンを口に運ぶ。
旦那様が、私の目を見る。
私はマカロンを一口で頬張る。
苦くはなかった。
旦那様が目に困惑を浮かべる。
私は旦那様に、作り物の笑みを浮かべる。
旦那様が、席から立ち上がる。
私はマカロンを飲み込む。
旦那様が何かを叫ぶ。
私は呼吸ができなくなった。
旦那様が私に近づいた……気がした。
私は目が見えなくなる。
旦那様が、私の肩を抱いた。
私は、意識を失った。
愛しているから、騙されてあげる。
貴方の幸せを願っています。
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