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本編
羨望
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「マーガレット。貴女がシャーロットの専属侍女として、公爵家へ行きなさい。」
大奥様がそう仰った。
シャーロット様は、17歳の誕生日にローゼン公爵様の元へ嫁ぐ。
連れて行ける侍女は1人だけ。それに、私が選ばれたのだ。
「ありがとうございます、大奥様。誠心誠意勤て参ります。」
「ええ。期待しているわ。」
大奥様の部屋を出た。
嬉しい。嬉しいくて、舞い踊りそうになる。
頰が紅潮してきているのがわかる。目が輝くのがわかる。感動で手が震えているのがわかる。
あの憧れのシャーロット様の面倒をこれからは私が全て、見ることが出来る。
今までは遠くで見たり、お着替えや御髪のセットをすることしかできなかったのに、専属侍女になるということはシャーロット様の全てを知ることが出来る。
なんて素敵な、なんて素晴らしいことなんだろう?
プラチナブロンドの御髪、いつも何かを考えているような深い緑の瞳、薔薇色の頰に長い睫毛。
着ている服は流行の最先端、細いウエストは砂時計のよう。
でも、女性らしさのある引き締まったお体。
それを見ていられるのは、私。
親友の様に仲良くなれるのではないかしら?
色々な事を相談してもらえるのではないかしら?
期待に胸が膨らむ。
そして、シャーロット様がご結婚をなさる時。
私はシャーロット様にシルクで出来ている、白い刺繍の入ったドレスを着せて、首には幾重にも真珠のネックレスを掛けさせた。
そのお姿は、女神の様。
なんて美しいのだろう。なんて神々しいのだろう。
私は小声で言った。
「シャーロット様、とても素敵です。」
シャーロット様は答えた。
「ありがとう。」
と、たった一言だけ。
私に目も合わせずに言った。
きっと緊張なさってるから私に優しくしてくれないのだ、と私は思った。
ご結婚なさったら旦那様と仲睦まじく過ごして、使用人の事も全て気遣って下さる素晴らしい女主人になるのよ。
そうやって信じていた。
でも、そんなに現実は甘くなかった。
シャーロット様は、儚くて今にも崩れ落ちてしまいそうな砂糖菓子みたいな方だった。
弱々しくて、くるくる回る美しい鳥の様だった。
綺麗な声で鳴く、籠の中にいるカナリアの様な方だった。
私に関心を持たず、用件だけ言う。
会話は必要最低限。
自分の世界に籠っていらっしゃる。
砂糖水に浸かり続けている様。
私が想像していた明るい女主人は?
使用人までを気遣ってくれる態度は?
私にしてくれる筈だった相談は?
全部私にしてくれない。
私は失望した。
彼女は私の思っている方ではなかった。
でもそのうちに、気づいた。
シャーロット様は旦那様に関心を持って欲しいから、他のことなど見えていないのだと。
女主人として頑張って仕事をしていたシャーロット様のやることなすこと全てが完璧だった。
完璧過ぎる程に。
旦那様に気づいて頂くために、完璧を追求していらっしゃった。
私達の仕事まで奪ってしまう様な、私達の存在価値まで無くしてしまいそうになるほど完璧。
私はシャーロット様は不器用なのだと思う。
なんでも完璧にこなしてしまうけれど、自分の欲しい物を素直に欲しいと言えないお方。
だから、私が知っていたと思い込んでいたシャーロット様は全て幻想だったのだ。
私が作り上げた、理想のシャーロット様。
私はそうしてシャーロット様への憧れを失った。
私はあの方の全てを知りたかった訳じゃない、永遠に神聖なものであり続けて欲しかったのだ。
だからこれ以上シャーロット様の理想像を壊さない為に、シャーロット様が使用人仲間に貶されているのも見て見ぬ振りをしようと思った。
裏で諫めて、シャーロット様の代わりに私が悪く言われてしまうのも嫌じゃない。
それに、そう言う困難を乗り越えたら私の理想のシャーロット様へなるのではないかしら?
小説のヒロインも、いつもそうだわ。
だから大丈夫だわ、シャーロット様なのだし。
冬の夜、私は悪夢を見て目が覚めた。
水を飲もうと思い、自分の部屋を出る。
階段を下り、水を飲もうと食堂へ向かう。
冷えた水を注ぎ、コップ一杯分飲み干した。
部屋に戻ろうとすると、ちょうど旦那様が帰っていらっしゃった様で、扉が開く音がした。
挨拶をしなければ。
「旦那様、お帰りなさいませ。」
私1人だけだけどそれは仕方がない。
旦那様は酔っていらっしゃった。
「ん? マーガレットじゃぁないか。ほら、おいで、旦那様がキスしてあげよう。」
腰を持って引き寄せられる。
駄目だと思っているのに、体が動かない。
旦那様のお顔が近づく。
拒否しなきゃ。
でも、何故か体が動かない。
唇が、重なった。
そのまま私は横抱きにされ、朝まで旦那様の寝室で過ごした。
私は初めから、美しい旦那様に少しばかりの好意を抱いていた。
だから、拒否できなかった。
朝起きると、旦那様の温もりがあった。
明るくおはよう、と言ってくれた。
だからかもしれない。
私はズルズルとその関係を続けた。
そうすると旦那様は私に愛の言葉をかけてくれる様になった。
君だけだよ、大好き、愛してる。
旦那様に他にも「快い人」がいる事は知ってたけど、少しだけその生ぬるい沼に居たかった。
だから、私も返すの。
私も旦那様だけです、ずっと離れないでね、好きです、愛しています。
どうしてなんだろう、そうやって言葉にしていくうちに、旦那様と離れたくないと思うようになった。
シャーロット様に、渡したくないとも思った。
いつしか私たちの関係に気づいた使用人仲間は私のことを応援してくれた。
私も、私はシャーロット様なんかに負けないだろうと思った。
幾ら姿が美しくても、仕事ができても、旦那様の腕の中で愛されているのは私。
それがゾクゾクしてくるほど快感で、シャーロット様が使用人仲間の噂を聞いて傷ついているのを見て笑うようになった。
小さくなっていくシャーロット様は、私の理想とあまりにもかけ離れていた。
だから、私が思い描いていた女主人に私がなるの。
美しく、気高い女主人。
そうなるには邪魔者は消さなきゃ。
ベッドの中で、旦那様に頼んでみましょう。
「旦那様、私は旦那様とこうやってコソコソ会うんじゃなくって、お近くにいて旦那様を支えていたいの。」
旦那様は私に提案した。
「俺の妾になるか?」
「いいえ、嫌なの。貴方に正妻がいるってだけでもう嫌。貴方に一番近い存在になりたいの。ねぇ、旦那様……。」
「俺もそうしたい気持ちは山々だ。だけどあいつは、一応は侯爵家の娘だろう? 離縁して一緒になる事は出来ないんだ……。」
眉を下げて、旦那様が言う。嫌よ、私はそんなのは嫌。
でも、それなら……。
「庭師に頼んで、お薬でも飲ませましょうよ……。誰かのものに貴方がなっているのが嫌なのよ。だから……ねぇ、お願い。」
そう言って旦那様に甘えれば、旦那様は直ぐにいいよ、と言ってくださった。
ああ、やっと私が女主人になれるのね!
嬉しさで体が震える。
何故か旦那様が、「死体の処理は私に任せてくれるか?」と仰ったけど、何が事情がお有りなのね。死体の処理なんて誰かに任せれば宜しいのに。
でも、旦那様がきっと上手く隠してくれるのよ!
ああ、全てが素晴らしい!
やったわ! これで全ては私のものになるのよ……!!
愛しい旦那様も、女主人の座も手に入れられる筈の私は、薔薇色の人生を歩む予定だった。
シャーロット様が、ああ言うまでは。
大奥様がそう仰った。
シャーロット様は、17歳の誕生日にローゼン公爵様の元へ嫁ぐ。
連れて行ける侍女は1人だけ。それに、私が選ばれたのだ。
「ありがとうございます、大奥様。誠心誠意勤て参ります。」
「ええ。期待しているわ。」
大奥様の部屋を出た。
嬉しい。嬉しいくて、舞い踊りそうになる。
頰が紅潮してきているのがわかる。目が輝くのがわかる。感動で手が震えているのがわかる。
あの憧れのシャーロット様の面倒をこれからは私が全て、見ることが出来る。
今までは遠くで見たり、お着替えや御髪のセットをすることしかできなかったのに、専属侍女になるということはシャーロット様の全てを知ることが出来る。
なんて素敵な、なんて素晴らしいことなんだろう?
プラチナブロンドの御髪、いつも何かを考えているような深い緑の瞳、薔薇色の頰に長い睫毛。
着ている服は流行の最先端、細いウエストは砂時計のよう。
でも、女性らしさのある引き締まったお体。
それを見ていられるのは、私。
親友の様に仲良くなれるのではないかしら?
色々な事を相談してもらえるのではないかしら?
期待に胸が膨らむ。
そして、シャーロット様がご結婚をなさる時。
私はシャーロット様にシルクで出来ている、白い刺繍の入ったドレスを着せて、首には幾重にも真珠のネックレスを掛けさせた。
そのお姿は、女神の様。
なんて美しいのだろう。なんて神々しいのだろう。
私は小声で言った。
「シャーロット様、とても素敵です。」
シャーロット様は答えた。
「ありがとう。」
と、たった一言だけ。
私に目も合わせずに言った。
きっと緊張なさってるから私に優しくしてくれないのだ、と私は思った。
ご結婚なさったら旦那様と仲睦まじく過ごして、使用人の事も全て気遣って下さる素晴らしい女主人になるのよ。
そうやって信じていた。
でも、そんなに現実は甘くなかった。
シャーロット様は、儚くて今にも崩れ落ちてしまいそうな砂糖菓子みたいな方だった。
弱々しくて、くるくる回る美しい鳥の様だった。
綺麗な声で鳴く、籠の中にいるカナリアの様な方だった。
私に関心を持たず、用件だけ言う。
会話は必要最低限。
自分の世界に籠っていらっしゃる。
砂糖水に浸かり続けている様。
私が想像していた明るい女主人は?
使用人までを気遣ってくれる態度は?
私にしてくれる筈だった相談は?
全部私にしてくれない。
私は失望した。
彼女は私の思っている方ではなかった。
でもそのうちに、気づいた。
シャーロット様は旦那様に関心を持って欲しいから、他のことなど見えていないのだと。
女主人として頑張って仕事をしていたシャーロット様のやることなすこと全てが完璧だった。
完璧過ぎる程に。
旦那様に気づいて頂くために、完璧を追求していらっしゃった。
私達の仕事まで奪ってしまう様な、私達の存在価値まで無くしてしまいそうになるほど完璧。
私はシャーロット様は不器用なのだと思う。
なんでも完璧にこなしてしまうけれど、自分の欲しい物を素直に欲しいと言えないお方。
だから、私が知っていたと思い込んでいたシャーロット様は全て幻想だったのだ。
私が作り上げた、理想のシャーロット様。
私はそうしてシャーロット様への憧れを失った。
私はあの方の全てを知りたかった訳じゃない、永遠に神聖なものであり続けて欲しかったのだ。
だからこれ以上シャーロット様の理想像を壊さない為に、シャーロット様が使用人仲間に貶されているのも見て見ぬ振りをしようと思った。
裏で諫めて、シャーロット様の代わりに私が悪く言われてしまうのも嫌じゃない。
それに、そう言う困難を乗り越えたら私の理想のシャーロット様へなるのではないかしら?
小説のヒロインも、いつもそうだわ。
だから大丈夫だわ、シャーロット様なのだし。
冬の夜、私は悪夢を見て目が覚めた。
水を飲もうと思い、自分の部屋を出る。
階段を下り、水を飲もうと食堂へ向かう。
冷えた水を注ぎ、コップ一杯分飲み干した。
部屋に戻ろうとすると、ちょうど旦那様が帰っていらっしゃった様で、扉が開く音がした。
挨拶をしなければ。
「旦那様、お帰りなさいませ。」
私1人だけだけどそれは仕方がない。
旦那様は酔っていらっしゃった。
「ん? マーガレットじゃぁないか。ほら、おいで、旦那様がキスしてあげよう。」
腰を持って引き寄せられる。
駄目だと思っているのに、体が動かない。
旦那様のお顔が近づく。
拒否しなきゃ。
でも、何故か体が動かない。
唇が、重なった。
そのまま私は横抱きにされ、朝まで旦那様の寝室で過ごした。
私は初めから、美しい旦那様に少しばかりの好意を抱いていた。
だから、拒否できなかった。
朝起きると、旦那様の温もりがあった。
明るくおはよう、と言ってくれた。
だからかもしれない。
私はズルズルとその関係を続けた。
そうすると旦那様は私に愛の言葉をかけてくれる様になった。
君だけだよ、大好き、愛してる。
旦那様に他にも「快い人」がいる事は知ってたけど、少しだけその生ぬるい沼に居たかった。
だから、私も返すの。
私も旦那様だけです、ずっと離れないでね、好きです、愛しています。
どうしてなんだろう、そうやって言葉にしていくうちに、旦那様と離れたくないと思うようになった。
シャーロット様に、渡したくないとも思った。
いつしか私たちの関係に気づいた使用人仲間は私のことを応援してくれた。
私も、私はシャーロット様なんかに負けないだろうと思った。
幾ら姿が美しくても、仕事ができても、旦那様の腕の中で愛されているのは私。
それがゾクゾクしてくるほど快感で、シャーロット様が使用人仲間の噂を聞いて傷ついているのを見て笑うようになった。
小さくなっていくシャーロット様は、私の理想とあまりにもかけ離れていた。
だから、私が思い描いていた女主人に私がなるの。
美しく、気高い女主人。
そうなるには邪魔者は消さなきゃ。
ベッドの中で、旦那様に頼んでみましょう。
「旦那様、私は旦那様とこうやってコソコソ会うんじゃなくって、お近くにいて旦那様を支えていたいの。」
旦那様は私に提案した。
「俺の妾になるか?」
「いいえ、嫌なの。貴方に正妻がいるってだけでもう嫌。貴方に一番近い存在になりたいの。ねぇ、旦那様……。」
「俺もそうしたい気持ちは山々だ。だけどあいつは、一応は侯爵家の娘だろう? 離縁して一緒になる事は出来ないんだ……。」
眉を下げて、旦那様が言う。嫌よ、私はそんなのは嫌。
でも、それなら……。
「庭師に頼んで、お薬でも飲ませましょうよ……。誰かのものに貴方がなっているのが嫌なのよ。だから……ねぇ、お願い。」
そう言って旦那様に甘えれば、旦那様は直ぐにいいよ、と言ってくださった。
ああ、やっと私が女主人になれるのね!
嬉しさで体が震える。
何故か旦那様が、「死体の処理は私に任せてくれるか?」と仰ったけど、何が事情がお有りなのね。死体の処理なんて誰かに任せれば宜しいのに。
でも、旦那様がきっと上手く隠してくれるのよ!
ああ、全てが素晴らしい!
やったわ! これで全ては私のものになるのよ……!!
愛しい旦那様も、女主人の座も手に入れられる筈の私は、薔薇色の人生を歩む予定だった。
シャーロット様が、ああ言うまでは。
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