旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや

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本編

全ては奥様の為に 1

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  ※人によっては気分を害してしまう描写(解体など)や不快な表現がございますので、そういった物が苦手な方などは気をつけてください(作者も気持ち悪いなと思いながら書いていました)。

 ※また、少し宗教的な話が出てきますが、実際の団体を比喩している訳ではなく、これらは全て作者の想像です。決して宗教団体のことを悪く言っているわけではございませんので、ご了承ください。











 ああ、なんて事だ。

 お前はなんてことをしてくれたんだ、マーガレット。
 お前は奥様の代わり・・・・・・に生贄になって貰うはずだったのに。

 だが、あの恐ろしい旦那様の命令は無視することができない。

 そう思って私はシェフに指示をした。
 旦那様が獲物を捕まえる、いつもの・・・・をマカロンに混ぜておくように、と。













 先代の公爵様の代から仕えております、執事のジェームズと申します。

 旦那様は、幼少の頃から変わっているお方でした。
 神話に感銘を受けたのか、やたらと女神や神について話し、崇め讃えていたのです。
 それがまともな信仰心ならよろしいのですが、禁術や生贄を使って神に祈りを捧げるという危険思想を持っていらっしゃいました。
 その思想を持ち続けることは危ないとお考えになった先代の公爵様が何人もの家庭教師や精神科医をお屋敷に呼び寄せましたが、旦那様はそうした時にだけ“まとも”な少年へとなり、その方々をお屋敷から追い出してしまわれました。


  ですが、12になった旦那様はまるで人が変わってしまったかのように、一時期の夢中になっていた神への信仰心など忘れ、昆虫採集や動物について興味を持たれました。
 やっとのことで年齢にふさわしい行動を取るようになってくれたことで、私と先代の公爵様は心の底から安心致しました。

 私たちは、安心し過ぎてしまったのでしょう。

 12歳……それは大人にうまい嘘をつけるようになる年齢だと、後から気づきました。
 後から気づいても早くに気づいていても、結果はきっと変わっていなかったと思いますが。
 
  私たちは、旦那様があれほどまでおぞましく、残酷なことをなさっているとはかけらも思っていなかったのです。



 暫くして、私は旦那様の部屋に呼ばれました。
 なんでも、「面白い物があるから見てほしい」そうです。
 
 無邪気な旦那様の言動に、私は思わず笑みをこぼしました。

 ノックをして、部屋に入ります。
 旦那様は机でピンセットを持って、何かをしているようです。

 「ほら、ジェームズ見てよ」

 そう言われたので、机の上に視線を落としました。

 そこには見るのもおぞましい、弱々しく変わり果てた昆虫の姿がありました。

  そうなのです、旦那様は昆虫を拾ってきては半分の胴体をもぎ取ったり、足を潰してしまい、半分死にかけた昆虫が苦しみながら死ぬのを笑いながら見ていらっしゃったのです。

 私はすぐに目を背け、旦那様に困惑の表情を向けました。
 あなた様は何をしていらっしゃるのですか。そう聞きたかったのですが、何故かと聞いてしまえば全てが壊れてしまう気がして、私の身に何かが起きてしまうのではないかと思ってしまって、私は口を閉ざしました。

 ですがそんな私のことなど気にもせず、旦那様は昆虫の体を痛めつけていました。
 その表情に罪悪感などなく、心の底から楽しんでいるように、グレーがかった緑の目をキラキラさせて気持ちの悪い昆虫の様子を見ていました。

 あの方は命を躊躇いなく潰し、殺しかけ、それをゲームとして楽しんでいたのです。

 その対象は、昆虫に留まりませんでした。
 ある時は兎を捕まえてきてホルマリン漬けにしたり。
 またある時は動物が生きている状態のままで皮を剥いでしまわれたり。

 その様子を見て、やはり旦那様は笑うのです。
 天使のように美しく、興奮した顔をしながら。

 そうしている内に旦那様の部屋の奥にある隠し部屋には、そんなもので一杯になっていきました。
 先代の公爵様も私もその存在について知っていましたが、この方のすることが自分達に向いてくることを恐れ、何も言うことができませんでした。

 ですが、私もそれを放っておいた訳では無いのです。
 一度旦那様に進言を致しました。
 「生き物が可愛そうです、もうそのようなことはお辞めになってください」と。

 そう言った瞬間、旦那様は態度をコロリと変えました。私の目を見て、気持ち悪いほど優美な笑みを浮かべたのです。その目は私を射抜くように見て、目だけは笑っていませんでしたが。

 私はあの旦那様の表情は、一生忘れないでしょう。


 旦那様は私の喉元に、机の上に置いてあった鋭い小刀を向けて言ったのです。
 「俺の趣味についてとやかく言うんじゃない。お前は俺の楽しみを奪うつもりなのか? 」

 そう言った後に、机の上の血だまりの上に転がっている、無残な姿になった小鳥を指差して私を脅したのです。
 「お前をこれのようにする事も出来る。皮を削いで髪を抜いて目玉をくり抜いて……。
 死体だって、肉を削いで家畜にやり、骨を砕いて土に混ぜればバレないんだ。お前如きが居なくなったって私は誰にも知られないように処理が出来る。」

 その目は本気でした。私を本当に殺そうとなさっている目でした。
 殺気が伝わってきて、身震いしてしまうほど恐ろしい旦那様の姿でした。
  

 私も執事といえど、自分のことは大切です。
 私には家族が居りますので、そんなに軽々と自分の命を扱うことができないのです。

 それが、公爵家を守る為だとしても。


 私には、できません。
 




 ですから、その時から私は旦那様の指示に従うようになってしまったのです。




 
 
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