お姉様、ごめんなさい。でも……

やぎや

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悪夢が続く エイミーside 6

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 直接的な描写はありませんが、少しだけ無理矢理描写があります。閲覧は自己責任でお願い致します。











 私は13になった時に穢れてしまった。
 禁忌を犯した。
 自分の為に、他の人の事なんてこれっぽっちも考えないで。
 私は身勝手で、救いようもない程愚かだった。
 この幸福を続けていたかったから。
 死んでしまいたくなるほど馬鹿だったから。

 どうか、愚かな私を罰して下さい、お義姉様。









*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~




 13になった日、私は別荘にいた。暑くてたまらない日だった。
 その日に、別荘の使用人達とお義姉様たちが私のことを盛大にお祝いしてくれて、お義姉様はブローチを、お母様は装丁の美しい本を、お父様はベルベットの、黒真珠がついたチョーカーをプレゼントしてくれた。
 どれも美しいものばかりで、暗い部屋でじっとしていたあの頃が夢のように思えてくる程だった。
 あの日々は私以外の誰かが過ごした時間であって、私の過ごした時間ではないのだと錯覚してしまった。その時まではれっきとしたアーヴィング伯爵の娘として過ごしていたのだから、私がそう錯覚してしまうのも無理はなかったと思うのだけど。
 その日に振る舞われた料理も私の好きな物ばかりで、滅多に手に入らない氷を使って作られたアイスクリームまでもが食卓に並んでいた。
 その祝い方はお義姉様の誕生日会よりも豪勢だったから、私は何かを疑うべきだった。そして、誰かの問うべきだった。これはどうしてなのか、と。
 そうすればきっと未来は変わっただろうに。
 お母様は気が狂わなかっただろうし、お父様だって私を道具扱いすることはなかっただろう。お義姉様だって、私を嫌わなかった筈だ。冷たい視線を向けることはなかった筈だ。使用人だって、私をふしだらな娘として扱うことはなかっただろう。
 でも、私は気づかなかった。娘としてその扱いを当然だと思っていた。そんな些細な違いなど分かるわけがなかった。だって、私は馬鹿だから。愚かだから。身の程知らずだから。
 
 誕生日会が終わり、私は入浴をしていた。
 その日、使用人達は私の体を丁寧に洗い、花の香りのする香油を私の体にたっぷり塗り込んだ。髪には椿油を付け、いつもより長い時間ブラッシングをされた。その後、レースがふんだんに使われた新しい寝衣を私に着せ、挙げ句の果てにアクセサリーまでつけるように言った。私は特に何も考えずにお義姉様が去年にくれたイヤリングを手に取って、使用人に付けさせた。
 「こんな支度をして、今日は何かあるの?」
 私はそんな質問をしたような気がする。
 それに、使用人はどう答えたのか、私は覚えていない。その後に起こった事を前以て知っていたのだろうけど、誰も私を助けようともしなかったし、事前に話しておいてもくれなかった。
 いつもなら暖かいミルクを運んでくれる専属事情のソフィアもその日は私の部屋に入らなかった。
 メイドは私をベッドに入らせて、何本かの蝋燭に火を付けて下がった。
 私はこれも誕生日会の演出の一つだと思っていて、すぐに眠ってしまおうと布団の間に潜り込んだ。
 その時、いつもより丁寧にブラッシングされた髪の毛が肌に付いてきてナイトキャップを付けなかったことに気づいた。いつもはメイドがそこまでしてくれるのに、今日夜は忘れてしまったのだろうと頭の中で片付けて、私はナイトキャップが置いていないか、ベッドを出て蝋燭を手に持ち、化粧台へ向かった。しかし、そこには私のナイトキャップは置いていなかった。これだけのことにメイドを呼ぶのも申し訳ないので、明日の朝髪が絡まって大変なことになるだろうな、と思いながらもう一度ベッドに潜りこむ事にする。
 その時だった。
 鍵のかかっている部屋のドアが、静かに開いたのだ。
 私はもう少しで叫び出しそうになったけれど、部屋に入ってきた人物を見て咄嗟に口を押さえた。
 「……なんだ、お父様だったのね。びっくりしたわ、急に部屋に入って来るんですもの……。夕食の時に仰って下さったら良かったのに。私、もう少しで叫び出してしまうところだったわ。」
 「驚かせてすまないね。」
 そう言ったお父様は私に近づいてきて、ベッドの端に腰掛けた。そうして自然な動作で私の髪を一房手にとって、そっと唇を寄せた。
 「今日は楽しめたかい? 全部エイミーの為に用意をさせたんだよ。綺麗だっただろう? ああ、そうだ、今日プレゼントしたチョーカーを私に見せてくれないか? エイミーにぴったりの物をプレゼントしたかったから特注したんだよ。」
 お父様は笑いながらサイドテーブルに手を伸ばし、チョーカーの入った絹張りの箱を取った。
 「私が付けてあげよう。チョーカーに刺繍もさせたんだ。黒のベルベットに黒い糸で刺繍をしてあるから、じっくり見ないとわからないけれどね。」
 蝋燭の灯りだけだと見えないだろうから、また明日見せるよと言いながらお父様は私の首筋に手を置いた。首にかかっていた髪をそっと前に退かし、チョーカーを付ける。
 チョーカーについている黒真珠が首に当たり、真珠の冷たさが肌に伝わった。
 「自分でチョーカーを見ることがないの。お父様、手鏡を下さいませんか? 化粧台においてあると思うわ。」
 「仰せのままに、お姫様。」
 お父様はそうやってふざけながら、うやうやしいお辞儀をして直ぐに手鏡を取ってきてくれた。
 「これでよく見える? エイミーの肌は白いから、黒がよく映えるね。私の見立て通りだった。」
 機嫌良さそうにお父様が言った。首に手を当てて、私のうなじをじっと見てくる。私は手鏡越しに見えたお父様の表情が表現出来ない恐ろしさを持っているように感じて、少し怖くなった。
 私はお父様のその視線から逃れたくて口を開いた。
 「とっても素敵だわ。お父様、こんなに美しいチョーカーをありがとう。涙型の黒真珠が特に素敵。こんなに形の整っているもの、見つけるのが大変だったでしょう?」
 「少しだけね。でも、エイミーの為と思うと苦にならなかったよ。とても良く似合うよ。でも、この青が邪魔をしている。取ってあげよう。」
 お父様は私の耳たぶに触れて耳に付いているイヤリングを外し、サイドテーブルの上に置いた。
 そして、急に真面目そうな顔をすると、私の手を取りながら質問をしてきた。
 「エイミーはこの生活が好きかい? 満足している?」
 「ええ、それはもちろん。お父様も私に良くしてくださるし、不満なんてないわ。」
 「よかった。では、この暮らしを続けていきたいと思っている?」
 「当たり前だわ。本当に……前の生活にはもう戻れないわ。美味しい食事も、心地よいベッドも。私を引き取って下さったお父様には本当に感謝しているわ。ありがとう、お父様。私、お父様の娘になれて幸せよ。」
 「そうか。……それじゃあ、お父様のことも受け入れてくれるね?」
 「え?」
 お父様は私の首筋に顔を埋めた。
 私はお父様の背を叩いた。ふざけているようには見えないけれど、もしふざけているとすればやり過ぎだ。これは娘にするべき事ではない。
 「……っ。お父様? 何をなさるんです? お戯れが過ぎますわ。私、怒りま…「君は卑しい子供なんだよ。私が一言何かを言えば、すぐに追い出すことも出来る。賢いエイミーの事だから、私の言いたいことは分かるよね?」」
 私を追い出すと、お父様は言った。何も持たせずに、身一つですぐに追い出せるのだと。濡れ衣を着せればいいのだと。
 「でも、お父様…「町に立っている女の事を知っているよね? 若い娘が本当に一人でいきていけると思っているのかい? まともな仕事につけるとでも?」」
 そう言っているうちに、侍女に着せられた寝衣に手が伸びる。
 「私に任せていた方がいいとは思わないか?」
 確かにお父様の言っていることは事実だった。私が身一つで追い出されでもしたら、身体を売って生きていくしかないだろう。それに比べて、この暮らしは? 将来に不安を抱かなくてもいいし、このひと時さえ我慢すればまた元の生活に戻れる。たった数時間だけ、我慢すればいいのだ。
 「……はい、お父様。」
 私は肩の力を抜いた。
 「賢い考えだよ、エイミー。この寝衣もよく似合っている。今度また買ってきてあげようね? 可愛い私のエイミー………。美しい肌だね……」
 お父様は私の顎を少々強引に持ち上げて、私の唇に唇を重ねた。

 お父様は、私の肌を乱暴に弄った。ずっと、ずっと。
 私は我慢すること以外の術を知らなかったから、ただ耐え続けた。
 ずっと、お義姉様の事だけを考えて。笑ってくれたお義姉様だけのことを考えて。
 部屋の壁を見てみれば壁紙はお義姉様とお揃いのもので、お義姉様と同じ物を持っていても、私とお義姉様には大きな差があるという事を嫌でも実感させられた。思わず渇いた笑いまで込み上げてきてしまう。自分は無様な姿を晒しているけれど、今頃お義姉様は深い眠りについているのだろう。
 もう何も見たくなくて、私は静かに目を閉じた。

 明け方になると、お父様は満足そうな顔をして出て行った。
 私に青い薬を飲ませた後「は何かプレゼントを持ってくるね」と言って。
 私はそれに返事をする気力も、その返事を考える力も残っていなくて、ただベッドの上でうずくまっていた。
 また次もあるんだ、と呑気に考えたりもした。
 このお陰でまだ娘のままなのだ。いつかはこの鎖から逃れられるのだし、平民だったら一生買えないようなものも買える。有り難く思うべきなのだろう。
 娼婦と言ってもいいくらいの扱いだけれど、それでも私はこの生活を続けたかった。お姉様と笑い合いたかった。ただ、幸せになりたかった。
 「幸せには犠牲が必要なのです」そう言ったのは、誰だっただろうか。家庭教師かもしれないし、舞踏会で会った誰かが言っていたのかもしれない。
 私が今までこんな暮らしをできたのは、お父様がいたから。お父様が元々こうしようと思っていたから。そういうカラクリがあったから、卑しい生まれの私でも貴族の真似事ができた。何もおかしな事ではない。
 でも、やっぱり惨めだった。母が死ぬ前までの生活にはもう戻らないだろうと思っていたのに、結局やっていることは同じなのだから。蛙の子は蛙であって、卑しいものは卑しいもののままだ。道端の石ころが宝石に変わることなどないように、私もお義姉様と同じ人間にはなれない。
 私はそれでも、ニセモノのままでも偽物の状態でお義姉様と近い人間になりたかった。私がこの生活を手放せば、もう2度と同じ生活をすることは出来ないと知っていた。

 愚かな選択をしたけれど、それによって全てぐちゃぐちゃになってしまったけれど、未だにこの事を後悔していない。いや、後悔していないと言えば嘘になってしまうけれど、後悔をしてはいけないような気がする。
 謝りたいとは思うし、もし私のせいで嫌な思いをした人が私に土下座をしろと言えば黙って従うだろう。
 けれども今の私では、謝る事など出来ない。許してもらえるとは思っていないなら、言葉だけの謝罪など要らないだろう。
 どう思われても、私は構わない。それは仕方ないことなのだ。

 それでも、お義姉様にもう一度話しかけてもらえるのならば、私に笑いかけて貰いたい。もう一度だけ、お義姉様の笑顔が見たい。そうして、私を殺してくれればいい。お義姉様に殺されるのならば、私は幸せだろう。
 こう思ってしまう事も、罪なのだろうか。
 馬鹿な私には分からない。
 考えることに疲れてしまった。
 
 
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