お姉様、ごめんなさい。でも……

やぎや

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ある女の懺悔 1

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 神父様、寛大な神さま、どうか私を許して頂きたいのです。
 私は哀れな少女を放っておきました。彼女が苦しんでいる事を知っても、自分の事が大切で、ずっと放っておきました。私が助けようと思えば助けられたのかもしれないのに、私はそんな事をしませんでした。
 権力を恐れていたのです。私に害が出ることが嫌だったのです。
 純粋だった少女が段々穢されていく事を知っていました。私は愚かな女なのです、神父様。周りの方々が彼女のことを誤解しても、自分の身が可愛くて真実を告げようとは思えなかったのです。
 それがこんなことになるだろうとは思っていなくて、ただ、彼女ならば大丈夫だろうと思っていました。本当は大丈夫なことではないと知っていましたけれど、周りの方々も何もされないんですもの。私は、私はその中で自分だけ彼女を守ろうとしても無駄だって思ったんです。


 女は両手を組んで、ボロボロと涙を流した。そして息継ぎをしてまた話し始める。

 
 私がお仕えしていたのは、高貴な御令嬢でした。本当に、女神のように美しい方です。芯の強い方に見えましたけれど、心の奥底はとても脆い方でした。いつもご自分を責めていましたけれど、外に出る時は堂々としていて、殿方に愛想を振りまいていました。その笑顔だった偽物ですけれど、誰も気がつかないのです。その方が本当に笑っているのだと信じていたのです。
 私は、知っていたんです。それが偽物だってことも、いつも夜に泣いていることも、全部知っていました。
 けれどもどうしようもないじゃないですか。私は平民ですから、できることなど何もありません。そうして、見捨てました。
 いじめやらそう言う類の中で、傍観者が悪いと言う方がいらっしゃいますね。本当にその通りでございます。何もしなかった。救い出そうともしなかったんですから。私はそれが出来たのに、それでも…………。


 女はわぁぁぁっと声を上げて泣き叫ぶ。組んでいた手を解いて、ハンカチを強く握りしめている。


 あの方は、世間一般では悪い方だと、そう言われていました。きっと今だってどうでしょう、あの方のことを、悪女だって、そういってます。でも、違うんです、違うのです、彼女は決してそのような方ではありません。周りの環境が彼女にそうなるよう強いたのです! いつだって、あの方は、美しい方はずっと泣いていました、顔を少しだけ歪ませて、ずっと、堪えていました……。


 女は鼻をすすった。


 あの方は、いつも劣等感を持っていました。……自分が娼婦の子供だからといって、それをいつも気にしていました。それでも、違ったんです、あの方だけは別格ですわ。……ええ! そうですとも、生まれの卑しさなどなくって、とても素晴らしい人だったのです……誰がなんと言おうと、この私の意見は決して変わりません。素晴らしいいとしか言えないのです、言葉にできないんです。あの方は自分をいつも犠牲にして、自分の身を削って生きてきて、それでも私を大切にして下さる方でしたから、私もあの方との思い出は自分だけが知っていたいのです。
 あの方は愚かです、愚かで、いつも一人で抱え込んでいたから……!


 嗚咽をして、また女は激しく泣く。


 彼女は我慢をしたんです。みんなのために。
 あの方には血の繋がりがないお姉様がいらっしゃって、あの方はお姉様をとても慕っていました。お二人は仲がよろしくって、それで、いつも一緒にお話なさっているような方々でした。その方がそのお姉様の従姉妹かもしれないのだと教えていただいたこともありましたけれど、その時の、あの方の嬉しそうな顔といったら…………!
 それでも、変わって……そう、大きく変わってしまったのです。私はお二人の関係が、信頼が、ガラガラと崩れていく様子を見ました。間近で見ていましたけれど、手遅れになるまで気がついていませんでした。

 ……その原因となったのは、その方のお父様でした。ああ、口にするのもおぞましい………その方を、無理やり……自分のものになさったのです。
 私は丁度実家に帰っていて、次の日の早朝に屋敷に戻りました。私は、旦那様……あの方のお父様が、休暇を取ったら、と声をかけてきたのを疑うべきだったのです。
 それを私は他のメイドから聞きました。それから、夜通しあの方のか細い叫び声が聞こえていたことも。それは時に泣き叫ぶようであったと言います。そして、あの方がご自分の部屋に誰も入れさせないのだと言うことも聞きました。
 お体も辛いでしょうに、といっているメイドは、あの方に同情しているようでありましたが、わたしにはそのことを面白がっているようにしか見えませんでした。
 ……あの方は、じっと、じっと耐えていたのです。ずっと、誰にも助けを求めることなどできずに。……それがどれほどのものだったのか、わたしにはわかりません。
 でも、あの時のお嬢様は! あの方は、狂ってしまいそうだった。私だけ、そうです、私だけが部屋に通して貰えたのです。もちろん誰にも知られないようのこっそりと。
 ……私は今でもずっと後悔しているのです。なぜ、私はあの時にあの方を助けなかったのかと。ああ、私はあの方を連れて田舎かどこかに行けばよかった。そうしたらあの方だって、きっとこんな事にはならなかったのに……。

 それほどまでにあの方はお可哀想だったのです。
 私はなんと言っていいかわかりませんでした。あの高貴な方が、あの方が、あの方では無くなりそうで……消えてしまいそうでした。シーツにくるまって、じっとしていらっしゃったけれども、その頰には涙の跡がいくつもありました。目は赤く腫れぼったくなって、肩には青アザがありました。
 私は何を言っていいのかわからなかったものですから、本当に愚かな質問をしました。無体を働かれたのか、大丈夫ですか、と聞いたのですから。
 あの方は無理をして笑いました。今にも崩れてしまいそうな笑みを浮かべて、私に大丈夫だと告げるのです。その声は乾ききっていて、いくらか掠れていました。
 本当に、本当にお労しい姿でございました。
 世の中の人々は、あんな姿を見た後もあの方を悪女だと罵れるのでしょうか?
 あの光景を見たなら誰もが言うでしょう、彼女は被害者であったと。気の毒な少女であったと言うでしょう。
 あの方は嫌だと言ってはいけない立場に置かれていました。
 考えても見てください、あんな幼い少女にできることなどあったでしょうか? お屋敷から出て行くにしても、すぐに死んでしまうでしょう。

 私がその時できることと言ったら、その方の望みを叶えてあげることだけでした。あの方は湯船に浸かりたいと仰ったので、私はすぐにご用意をしたのです。暖かい湯をバスタブに溜めて、すぐにあの方をお呼びしました。
 あの方はそっとベッドから抜け出そうとして、体を起こし、ゆっくりと歩いてこられました。その時に、パキリ、と音がしたのです。その方は急いで足を上げて、すぐに口元を手で覆いました。
 「なんて事……!! ああ、どうしましょう、私、お姉様が下さったイヤリングを……!」
 すぐにその方の足元に目を向けると、サファイアのイヤリングがございました。それはあの方のお義姉様が誕生日に下さったものだそうで、あの方の宝物でございました。あの方は元々青白かった顔をもっと青白くさせて、どうしよう、とぶつぶつと言い続けます。
 あの方はイヤリングを踏んでしまったのです。そのせいで、華奢なイヤリングの金具部分が壊れてしまっていました。
 私はパニック状態に陥っているあの方を落ち着かせ、イヤリングをテーブルに置いて浴室に案内しました。
 湯船に浸かるあの方は、何を考えているのか分からない表情で、部屋の壁を見つめ続けました。私はあの方の髪と体を洗って、ただただそういった仕事を淡々とこなしていました。何も話そうとも思えませんでしたし、話してしまったらいけないような気がしたんです。一言でも言葉を発してしまったら、あの方はまた無理をして笑うでしょうから。あの方は、とっても繊細な方ですもの。
 
 ですから、私もあの方も気づくことができませんでした。他の誰かが部屋に入ってきたことなど、水音でかき消されてしまって、何も聞こえなかったんです。

 部屋に入ってきたのは、あの方の義理のお姉様とお母様でございました。後から同僚に聞いたのです。
 そして、奥様……義理のお母様はベッドのシーツを、義理のお姉様はテーブルの上にあった壊れたイヤリングを見つけてしまったのでございます。
 私はあの方のお世話をすることに必死でしたから、誰も部屋に入ってくることはないだろうと油断しておりました。
 私とあの方が部屋に備えつけてある浴室から出てきた時には、もうそのお二人は部屋を去った後でした。
 それでもあの方はテーブルの上に置いてあるはずのイヤリングがなくなったことに気がついて、半狂乱になって私に縋り付いて聞くのです。
 「ねぇ、誰かがここに入ったの、きっとそうよ、私の、ああ、私のイヤリングは? 大切なお姉様に頂いたの。私の一番の宝物なのよ、ねぇ、どこに置いたの? どうしてここにないの?」
 あの方の手が私の腕を強く握りしめて、地べたに座り込んで言うのでございます。その力を、今も忘れたことはございません。大の男が出すような力でした。私の腕に痣ができて、数日間は消えなかったほどですから。……それがあの方の苦しみだったのです。
 

 女は目を伏せた。まだ若く見える女は、もう泣きも喚きもしなかった。ただ落ち着いた様子で、何も写していない無機質な視線を神父に向けているだけであった。
 それが神父の不安感を煽り立てた。
 外は目を開けているのか閉じているのか分からないほどの闇に包まれ、神父と女はロウソク一本のぼんやりとしたあかりだけを頼りに話をしている。
 明らかに“訳あり”といった様子の女が話をしているのだから、神父が不安に思うことも、当然といってしまえば当然のことだ。

 
 そして、数秒の沈黙の後に女はまた話し始めた。
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