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第三章キモヤロウ暴走編

暴走5:キモヤロウ、先祖からの誓いを破るか破らないか考える

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 テスターとの戦いが終わり、レーゼが帰って来ると、ニクちゃんはレーゼに魔王退治について尋ねた。

「天狗様、今回のスキル試用期間が終わったら、どれぐらい経ったら全人類にスキルが行き渡りますか?」
「うーん、神様が大きな決定をする時は大体数十年かけるッス」

 それは、スキルシステムに完全移行するまでの数十年は、ずっと魔王のタープだと言う事を意味する。

「天狗様、聖女が来る予定だった今、魔王が動こうとしてるのは間違い無いんですよね?」
「そっスね」
「その魔王、ニクちゃんが倒しても構わないでしょうか?」
「問題無いッス。スキルを手にした者が魔王に勝利できたなら、聖女が不要となった何よりもの実証データになるッス」

 天狗(天使)からのオッケーを貰ったが、これはまだ第一段階をクリアしたに過ぎない。魔王を倒すには、まだまだ条件が残っている。

 まず、ピスタチオまでの航路と仲間を確保。島に辿り着くだけなら泳いで行けばよい。しかし、ニクちゃんも人間。出来る事と出来ぬ事がある。タイマンなら魔王に勝てる自信があるが、魔術的な防壁や罠で足留めされたら詰む可能性は大。

 よって、魔術知識に自信ニキな仲間と長期戦に備えた荷物持ちとそれらを運ぶ船が必須。アイテムボックス?あれは、十日毎にしか使えないからダメだ。

 しかし、一番の理由は他にある。そう、ニクちゃん自身が魔王に挑む事を決意出来るかだ。

「魔王、倒せるなら倒したいですけどねー。ホーガン流の継承者は自ら魔王軍に戦いに行ってはならないですからねー」
「それ、何度も聞いたッスけど、具体的にはどうしてそんな決まりあるんスか?」
「あ、言ってませんでしたね。ちょっと長い話になりますがいいですか?」

 と、言うわけでレーゼと読者に向けてのホーガン流の掟が出来るまでの話が始まった。

「今から千年前の聖女召喚の時、聖女に巻き込まれてこっち側に来た男がいました。彼の名はクロウ・ホーガン、後の初代ホーガンです」


■ ■ ■

「ここは、どこですか?右を見てもマッチョ、左を見てもマッチョ」

 召喚された聖女は混乱していた。いきなり知らない場所にワープし、マッチョ二名と隣り合わせになっていたのだ。ラノベの概念すら無い時代の彼女が異世界転生に気付けるはずもない。しかし、マッチョに声を掛ける勇気も無い。どうしたものかと考えていると、マッチョの片方が説明を始めた。

「君達、突然呼び出してすまないのだ。この世界の人間を魔王から救う為に地球人が必要になったのだ。それが君。聖女というやつなのだ」
「私は聖女。なら、貴方は?」
「僕は天使ジェニファーなのだ。神様により聖女を助ける為に生み出されたのだ」
「じゃあ、あちらのマッチョさんは?」
「無関係なマッチョなのだ。聖女召喚のエラーで一緒に召喚されたと思うのだ」

 無関係なマッチョは聖女に向かって筋肉をピクピクさせながら笑顔を向ける。そして、自らの手で自身の着ていたシャツを掴みビリビリと破きながら自己紹介を始めた。

「拙者はミナゴロシ・クロウ・ホーガン・ヨシトケだ」
「えっ?」
「拙者はズットモト・クロウ・ホーガン・ナベツネだ」
「さっきと名前違いますよね?」

 エラーで来たマッチョは言語翻訳機能がバグっていて、自分の名前を正しく言えなかった。十回以上名前を聞いたが、毎回違う名前になってしまうので、この男のフルネームは誰にも分からなかった。ただ、クロウ・ホーガンの部分はほぼ毎回確定していたので、人々からはクロウ・ホーガンと呼ばれる様になった。

「ホーガンさん、君は聖女と違って戦う力を持ってないから大人しくしているのだ。魔王倒したら、聖女と一緒に帰れるから」
「義によって助太刀いたすーっ!」
「え?君も戦うのだ?僕は聖女以外は守ってやれないけど、いいの?」
「ナンバーワーン!」
「なら勝手にするのだ。死んでも知らないのだ」

 初代ホーガンは天使の忠告も聞かず、魔物に突撃を繰り返していた。神から力を得てない人間が勝てるのはギリギリゴブリンぐらいまでというのはこの時代も同じ。なので、あっさり死ぬものと誰もが思っていた。

 しかし、初代ホーガンはニクちゃんのご先祖。無駄に強かった。

「ホーガンスペシャル!」

 変則コブラツイストで、ホブゴブリンを撃破する初代ホーガン。

「ホーガンボンバー!」

 丸太みたいな腕から繰り出したラリアットで、ミノタウロスの首を跳ね飛ばす初代ホーガン。

 何の力も得てないマッチョが、聖女とおんなじぐらい強かった。人類にとっては嬉しい誤算だが、聖女を通して神を崇めて貰いたいジェニファーには都合が悪かった。人々の興味が聖女と初代ホーガンでトントンになった頃、ジェニファーは初代ホーガンに頭を下げてこれ以上目立つ事が無い様にお願いした。

「ホーガンさん、話があるのだ」
「ンー?」

 ドヤ顔で聞き耳を立てる仕草をする初代ホーガンに、ジェニファーは契約書を突き付けた。

「君が強いのは十分伝わったし、何度も聖女を救ってくれて感謝してるのだ」
「そう!世界最強はこのクロウ・ホーガン!」
「でも、聖女が最後をビシッと締めないとダメなのだ。君は元の世界で英雄だったかも知れないけど、この世の主役は彼女。だから、これにサインして魔王戦は留守番していて欲しいのだ」

 ジェニファーが用意した契約書は、ホーガンが魔王の本拠地であるピスタチオに上陸する事を禁じるという内容だった。ゴネられるだろうと思われたが、初代ホーガンは意外にもあっさりこれに一発サインする。

「あ、さ、サインしてくれるのだ!?魔王との戦い楽しみにしてたのに!?」
「うむ。実は拙者は異世界転生前にも戦場で活躍しすぎて怒られた事がある。だから、今日からはこのインゲンで全てが終わるまで待つことにしよう。今まで正直スマンカッタ」

 どうやら、初代ホーガンは身内から活躍しすぎなのを指摘され、ひと悶着あった様だ。その時の事が相当辛かったのか、ジェニファーが契約書を出してからは目に見えて元気が無くなっていった。少し可哀想な気もしたが、お互い納得の上で契約したのだ。気持ちを切り変えてジェニファーは聖女に指示を出し、魔王討伐に向かわせる。

 そして、長く厳しい戦いの末に、この時代の魔王を倒した聖女は元の世界へと帰り、初代ホーガンはインゲンに道場を設立し、いつの間にか作った現地妻と共に新たな人生を歩み出した。

「何でお前だけ元の世界に戻ってないのだ!?」
「拙者に聞かれても困る。強いていうなら、家庭を持った事でござるかな?」

 こうして、ホーガンの名と血は受け継がれていき、異世界転生者がこちら側で結婚したら帰れなくなるという仮説もこの時生まれたのだった。
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