ぼくの回路をつないで――ディランの献身

まめ

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 いつもと変わらぬ朝がきた。
 目覚めるたびに思う。今日こそぼくの体は動くんじゃないかって。
 ……んんっ。四肢に力を入れてみるが、空を切るように手応えすらない。
 今日もぼくの期待は裏切られたわけだ……
 
 ぼくは唯一動くまぶたをぱちりと開けた。カーテンから外の光が漏れる。光の中で小さなほこりがきらきら踊っていた。綺麗だ。――ぼくはまだ自分が小さく、美しい子どもだった頃を思い出していた。

 ◇
 
 ぼく――ノア・クグロフとディラン・アフガルド、サフィール・マレットは、低位貴族の家に生まれ、母同士の交流で仲良くなった幼馴染みだ。
 小さな頃から三人で共に過ごし、遊び疲れては獣の子のように絡まりあって眠り、おやつの時間はいつもふざけて取り合いをした。その気安さは、大人になっても続くものだと思っていた。三人でずっとなかよくいたい。そう願っていた。

 十二歳の時、ぼくとディーは婚約することになった。
 異性との結婚が一般的とはいえ、教会で祝福を受けさえすれば、同性でも受胎することができる。
 このときぼくは初めて、ディーに"恋愛対象として好かれている"ことを意識した。

「親から婚約の話を聞いてびっくりちゃった。ぼくはノアのことが好きだから、うれしかったよ。よろしくね」

「……うん、よろしく」

 おずおずと差し出されたディーの手を、ぼくは取らなかった。
  
 淡い金髪に水色の瞳のぼくは、光に透けるような透明感を持つ美しい子どもだった。白い肌に薔薇色の頬を上気させて笑えば、大人たちは見惚れて菓子をくれたし、少年たちは、ちょっと照れながら摘んだ花をくれた。サフィール――サフはいつも自慢気にぼくを連れ歩いた。ディラン――ディーはその後ろを数歩遅れてついてきた。
 
 サフは、ゆるくカーブを描く銀髪に少したれ目の碧眼で、その甘い容姿は少女たちの憧れだった。体の成長が早く、同世代の少年が並ぶと頭一つ抜きん出て見える。しなやかに伸びた肢体は、彼の動作をより洗練されたものに見せた。口も達者で、サフの周りには笑い声が絶えなかった。

 ディーは、真っ直ぐな黒髪と暗い赤色の瞳を持つ、静かな少年だった。中肉中背で顔立ちは整ってはいるが、長く伸びた前髪がそれを隠していた。
 ぼくたち三人の中で唯一の聞き役であったディーは、口数が少ないまま成長してしまった。
 ぼくは幼年時代をディーと共に過ごしていたから、彼が真面目な心優しい少年だと知っている。
 しかし、成長するにつれ、周りに人気のあるサフの方が輝いて見えていた。ディーの真面目さも優しさも、ただつまらなく色褪せてみえた。
 
 ディーが魔術師を目指すために、一人魔法学校に行くことになったとき、ぼくは自由になった気がした。
 ぼくとサフは同じ学園に通い、理想のカップルとして、輝かしい学生時代を送った。ぼくたちが一緒に歩けば、みんなが振り返る。人の視線が気持ちよかった。

「ねえ、サフはぼくのことが好き?」

「ああ、ノアのことが大好きだ」

「でも、ぼくはディーと婚約してるんだよ。どうすればいいかな?」

「どうしようね?」

 未来についてサフに問えば、当たり障りのない返事しか返ってこない。それでもぼくは、お互いが好きであればどうにかなると思っていた。
 
 ディーは何も言わなかった。毎年ぼくの誕生日には贈り物と食事の誘いがあったが、ぼくは毎回断りを入れて行かなかった。

 成人になった二十歳の誕生日は、断りの連絡すらしなかった。
 その日ぼくは成人祝に真っ昼間からサフと酒を飲んだ。酔いに任せて初めて体を交わした後、浮かれて路上に踊り出て――馬車に轢かれた。

 冷たい石畳の上に横たわりながら、ぼくは夕闇に染まる空を見ていた。自分の頭から熱いものが流れていくのを感じた。
 時間の進み方がすごくゆっくりに感じた――
 
 ――ぼくの怪我の状態を目にしたサフが、酷い顔で背を向けて立ち去るのが見えた。
 次第に自分を取り囲むたくさんの顔、顔、顔。その中にディーの顔が飛び込んできた。
 彼の赤い瞳が、驚愕でいっぱいに見開かれるのが見えた。
 ディーは腕に抱えていた大きな花束を放り出した。石畳に落ちた花束は跳ね返り、真っ赤な薔薇の花びらが辺りに撒き散らされた。あの花束――きっとぼくの成人を祝うつもりだったんだ……
 ぼくがそんなことを考えている間も、ディーは魔法の詠唱を途切れることなく続け、最後に天に向かって高く叫ぶと両手から魔法の光を放った。
 ぶわり。球状になった光の中に、ぼくは包まれた。背が丸まり、自分のはだけた胸元が目に入った。
 つい先ほど、サフがつけた情事の跡が、赤い花びらみたいに白い胸一面に散らばっていた。
 魔法に巻き込まれた薔薇の花びら、頭から流れた血の球、たくさんの赤がふわふわとぼくの周りを漂っていた。
 このキスマーク、ディーに見られてないといいな。意識を失う前に思ったのは、そんなことだった。
     
「大人になってもずっとなかよしだよ」

 結局のところ、幼いぼくの願いを裏切ったのは、ぼくだったのだ。


 

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