婚約者を悪役令嬢に取られてしまったけど、私には皇太子殿下からの寵愛があるので大丈夫です

婚約破棄してくれてありがとう

「スカーレット。今日この時よりお前はもう俺の婚約者ではない。金輪際俺にかかってくるなよ」
「そうよ、スカーレット。あなたはもうこの人の婚約者じゃないの。だからもう近寄ってこないでね」

　舞踏会の日に限ってどうしてこんなことをしてくるのだろうか、とスカーレットは頭を抱えずにはいられなかった。

（以前からアンジェリカがグレイのことを狙っていたのは知っていたけど、なんでよりにもよってこのタイミングなんだろう？）

　グレイはもちろんスカーレットの婚約者であり（だった人だけど）、アンジェリカは今グレイの真横にいてグレイに寄り添っているいかにも男が好みそうな泣きほくろのある女だ。
　そして。

「そして、今日この日をもってアンジェリカと婚約をする！」
「ねえ、グレイ。今日は私たちの結婚記念日でもあるんでしょ？　もっと盛大にやりましょうよ」

　アンジェリカはこの学園の中で大変な悪役令嬢として有名であった。
　気に入らない子を虐めたり、他人の彼氏を次々を奪ったりと問題を起こすことで有名な女の子だった。
　そして、数か月前からそのアンジェリカがスカーレットの婚約者であるグレイを狙っていると言うことが噂になっていたのだ。

「残念ね。スカーレット。あなたにこんないい男はもったいないから私が奪っちゃった」
「いえいえ、婚約破棄してくれてありがとうございます」
「ふん、むせび泣くなら今のうち……って、今なんて言った？」
「だから、婚約破棄してくれてありがとうって」
「は？　あなた悔しくないの？」

　アンジェリカはスカーレットから思ったような反応を取れなかったことを気にしているらしく、スカーレットの飄々とした表情が気に食わないみたいだ。

（きっと私のもっと悔しがっている表情を見たかったんでしょうね。だけど、私は申し訳ないけど、全然悔しくないわ。だって）


　その時、舞踏会の会場の大きなドアが開いた。

「なっ、皇太子殿下！」

　この場所にこの国の第一王子であり、次期国王と評される皇太子殿下がこの場所に現われたのだ。
　そして。

「ああ、良かった。スカーレット。君に会えてうれしいよ。ところでこの状況はなんだ？」

　一直線にスカーレットのもとに足を運んだ。
　それに一番驚愕しているのはアンジェリカである。どうして、スカーレットに皇太子殿下が話しかけるのかをまったく理解していない。

「ちょっと待ってください。どうして皇太子殿下がこんな女なんかにお近づきになるのですか？」

　その問いは明らかに皇太子殿下に発せられたものだったけど、皇太子殿下はそれを無視して、スカーレットに質問の問いを促す。

「はい。実は今私の婚約者が目の前で私に婚約破棄を突き付けて来て、そして、新しい女と婚約するといったんです」
「ほう。それは本当かな」

　その問いはこの場にいた全員にかけられたもので、すぐに全員が「はい」と嬉しそうに答えた。

（きっとみんなグレイが婚約破棄をして、悪役令嬢なんかに乗り換えたことに怒っているんだわ。特に女子生徒からの返事が多かったことを考えるとそれも妥当ね）

「ちょっとグレイ。皇太子殿下怒っているんじゃない？」

　アンジェリカは皇太子殿下が何らかの原因で起こっているのではないかと推測する。しかし、それは全く違うものだった。

「そうか。婚約破棄か。それは都合がよかったよ。ならば、スカーレット今から俺の婚約者とならないか？」

　その発言にこの場にいた全員が目を点した。

「私を婚約者に……？」
「ああ、ずっと前から君のことが好きだったんだ。だけど、君にはすでに婚約者がいた。いくら俺が皇太子でも他人の女に手を出すのは体裁が悪すぎる。だけど、もう婚約は破棄したんだろう？　ならば俺と婚約してくれ」

「これでもう問題はない」と言わんばかりに、皇太子はスカーレットにアプローチを掛ける。
　そして、スカーレットはそれに対して「はい」と返事をしようとしたその時だった。

「待ってください。皇太子さま。スカーレットみたいな女よりも私みたいな人の方が良いですよね」

　アンジェリカがなんと皇太子殿下にアプローチをかけ始めたのだ。

（あなたはグレイと婚約したんじゃないの？）

　どうして夫がいるのに、わざわざ他の男にそんなことをするのだろうか？　とスカーレットはアンジェリカのことをさげすむ。理解できなかった。

「無理だ。お前のような誰にもでも股を開くような下品な女とは付き合うことなんてできない。子供ができても誰の子供か分からないからな」
「なっ」
「大体、俺にはスカーレットでなければダメな理由があるというのにそれ以外の女を選ぶと思っているのか。赤ん坊のころから人生をやり直してこい」
「そんな」
「スカーレット。それで君は俺と婚約してくれるのか？」
「はい」

　即答する。当たり前だ。

「よかった。ではこんなところは抜け出して、違う場所に行こう」
「はい」

　舞踏会が終わった後、約束通り結婚したスカーレットと皇太子殿下その後子供をもうけて幸せな人生を歩んだ。

　グレイからは途中で「今までのことは全て謝るからよりを戻そう」と連絡が来たがスカーレットは当然のごとく無視する。
　いまさらよりを戻そうと言われてももう遅い。
　幸せな人生を掴んでいるのにそれを手放してグレイと結婚するなんてあり得ないことだった。
　そして、スカーレットたちはいつまでも幸せに暮らした