ヴァルドとローゼの長い冬

はやしかわともえ

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5(本編完結)

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「よし、これで完了」
「ありがとう、ヴァルド」
ヴァルドが庭に干した洗濯物を取り込むのをローゼは猫のノーラを抱えて見守っていた。まだ寒いが、だんだん日差しは柔らかくなりつつある。春が少しずつ近づいてきているのだ。
「なぁぁ」
「ノーラ?どうしたんだい?」
急にノーラが鳴き出したのでローゼはそっと彼女の背中を撫でた。
「なあぁ」
ノーラは大きな猫である。ローゼの腕の中からぴょい、と力いっぱい跳んで走っていく。
「ノーラ!」
ローゼが呼び掛けると彼女はこちらを一瞬見たが、庭を出て行ってしまった。
「急にどうしたんだろう」
「うーん、ムラっ気のある子だからね。遊びに行ったんじゃないかな?」
ヴァルドが言う。
「最近外に行かなかったものね」
そうは言ったもののローゼは不安だった。ノーラが意を決したような眼差しをしていたからだ。
「ローゼ、洗濯物を畳んだらお茶にしようか?カップケーキを焼いたからね」
「ありがとう」
2人は屋敷内に戻った。

ノーラが姿を見せなくなり、既に数日が経過している。ヴァルドは心配いらないと言うが、ローゼは心配を抑えきれなかった。
(明日、探してみよう)
ノーラの温もりのないベッドほど味気ないものはない。それでも明日のためにとローゼはなんとか眠った。

「午後、ノーラを探しに行ってくるよ」
翌日、朝食を食べ終えてローゼがそう言うと、ヴァルドは頷いてくれた。
「そうだね。あの子は大きいからすぐ見つかるんじゃないかな」
「そう思いたいけれど」
「元々あの子は半野良だったから。だから名前もノーラだし」
「!」
ノーラの名前の由来にローゼはようやく合点がいった。
「俺もこのあたりの人にノーラを見ていないか聞いてみるね」
「ありがとう。でもノーラは僕を見て、また逃げないかな?」
ローゼの不安はそこにもあった。
「大丈夫。ノーラはローゼが迎えに来てくれるって思ってるから」
「……困ったお姫様だね」
「ふふ、本当にね」
ローゼはとにかく仕事をやっつけてしまおうと支度をした。ヴァルドはもう仕事に出ている。まずは動物たちの餌である野菜を包丁でひと口大に切り、準備をした。
バケツいっぱいの野菜を切り終えてローゼは両手に持った。はじめは一つ持つのもやっとだったので、ローゼも随分たくましくなった。
「クーフ、おいで」
「ウォン!」
犬のクーフが尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
彼とはいつも一緒のローゼである。クーフは頼れる相棒だ。
ローゼはバケツを手に、メリアとミリアの元に向かった。
「おはよう、2人とも。元気かい?」
ローゼが餌を持っていると分かれば、2頭は凄まじい勢いでやってくる。
ローゼが餌をやり寝床の掃除をしている間、クーフは囲いの外で座って待っていてくれた。
「さ、クーフ行こう」
「ウォン!」
ローゼは鶏小屋にやって来ている。丸々と太った鶏が産む玉子は栄養価も高く美味い。鶏が年老いて玉子を産めなくなったら首をはね食肉にする。農家では当たり前とされてきているが、首をはねる瞬間はさすがのローゼもハラハラした。命は循環している。ローゼは前よりも食事に感謝するようになった。
産まれたばかりの玉子を取り、小屋の掃除をする。
「クーフ、待たせたね」
「くぅん」
クーフを目一杯撫でてやり、おやつをあげた。最後はハヤテ号とゼロワン号のいる厩舎での仕事だ。空を見上げると太陽がもう真上にいる。
ローゼは歩調を速めた。
「ハヤテ、ゼロワン、調子はどうだい?」
2頭の馬が撫でてくれ、と鼻先を突き出してくる様はなんとも可愛らしい。ローゼはよしよし、といっぱい2頭を撫でてやった。
「お腹が空いているだろう?」
「ブルル」
ローゼは持ってきた野菜を餌入れに入れてやった。厩舎の掃除とブラッシングも欠かさない。
「ふう。とりあえず一区切りだね」
ローゼは額に滲んだ汗を腕で拭った。
「クーフ、君もお腹が空いているだろう?昼食にしよう」
「ウォン!」
クーフの餌入れにフードを盛ってやり、ローゼは待てを指示した。
「いいよ、お食べ」
クーフがガツガツ食べている横でローゼはゆっくりヴァルドが作ってくれたハムサンドを食べる。
ハムは厚切りで食べ甲斐があった。
「ん、美味しいね。さて」
ローゼは傍に置いてあった地図を近くに引き寄せた。それは、ここ一帯のものである。その地図にはいくつかマークが打たれている。どうやらノーラは何度もこの屋敷から脱走し、戻ってきているようだ。その度に発見された地点をヴァルドがマーキングしているらしい。どのマークも似たような場所に打ってあった。
「ヴァルドが言うにはこの傍にノーラの彼氏がいる、とのことだったけれど」
ノーラは猫のなかでも特別モテる猫らしい。気が付くと子猫を産み、ヴァルドに子猫たちの世話を任せるとのことだった。
「あの子はまた妊娠する気なのかい?とりあえず行ってみよう。クーフ、いいかい?」
「ウォン!」
ローゼとクーフは地図を頼りにノーラを探し回った。だが彼女の姿はどこにも見えない。
「今日は寒いから屋内にいるのかもしれないね」
クーフがこちらを見上げてくる。ローゼは何も言えず彼の頭を撫でていた。

日が沈む様をローゼは窓際でじっと眺めていた。すでに湯浴みは済ませ寝間着姿である。
「ローゼ」
名前を呼ばれ振り向くと、ヴァルドがカーディガンを羽織らせてくれた。
「寒いでしょ?暖炉の前においで」
そう言われて手を掴まれる。
「ノーラがどうしてるか考えていたんだ」
「ノーラは賢い子だよ。この時期に、暖かくて美味しいものが食べられる場所をよく知ってる」
「たくましい子なんだね」
「野良猫の必須スキルだしね。ローゼ、りんご食べない?」
「あぁ、もらおうかな」
ヴァルドはテキパキとお茶を淹れてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
フォークでリンゴを刺し、ローゼは一口囓った。
「ん、美味しいね。この品種って…」
「そう。最近品種改良したやつ。甘いでしょ?」
「あぁ。品種改良というものはすごいね」
囓る度にシャキシャキという音が響く。
「そういえばヴァルド?」
「どうしたの?」
「君は最近、獣人の姿になっていないようだけど」
「そう、最近ならなくて済んでるんだ。ローゼのお陰だと思う」
「ならいいのだけど」
ローゼはもう一切れりんごをフォークで刺した。
「あのね、ローゼ。今度そのりんごを国外に広めようって話になっていてね。1週間くらい留守にしなきゃいけなくて」
「すごいじゃないか。僕のことは気にしなくていいよ。家のことならなんとかなるからね」
ヴァルドにぎゅ、と抱き締められる。ローゼは彼にもたれかかっていた。フォークを取り上げられる。
「ヴァ…ん…」
いつの間にか口付けされている。
「ん…っふ…は…あ…ヴァルド…」
何度も味わうようにヴァルドにキスをされて、ローゼはくたり、と身体の力を抜いていた。
「好きだよ、ローゼ。愛してる」
「僕もだよ……っ?!」
するっとヴァルドの手が寝間着の中に入ってきてローゼは驚いた。普段から行為はしているが、ローゼはなかなか慣れない。
「可愛いね、ローゼ」
「っ!!?」
耳元で囁かれ、ローゼはぴくん、と震えた。
はむ、と耳たぶを咥えられる。
「んんっ!!」
「ローゼ、愛してるよ」
「ん!耳の傍で喋っちゃ…」
「気持ちいいね、ローゼ」
「やらぁっ!」

「ん…ヴァルド」
「起きた?ローゼ」
ローゼはもぞ、とヴァルドの方に寝返りを打った。毎度行為の後は下半身が重だるくなる。
「腰、痛い?ごめんね」
「大丈夫さ。性行為をしても僕は何も生み出せないけれど」
ヴァルドに優しく抱き寄せられていた。
「ローゼがここにいてくれれば十分だよ」
「そうなのかい?」
「うん」
ヴァルドはそのまま眠ったようだった。ローゼも眠ろうと目を閉じる。ヴァルドの寝息がローゼには心地よかった。

ローゼは次の日からもノーラを探し回った。ヴァルドも近隣に聞いてくれ、ノーラが無事であるということが分かった。それだけでも随分違う。クーフと共にノーラのいそうな場所を探す。
「ノーラ!どこだい!」
「なあぁ」
ローゼはハッとなった。ノーラの鳴き声だ。
「クーフ、行くよ」
「ウォン!」
ローゼとクーフは走り出した。建ち並ぶ民家の小路に入る。
「なあぁ」
「ノーラ!!」
そこには足で耳をかいているノーラがいた。いつもと変わらず、マイペースなノーラにローゼはほっと息を吐いた。
「君って子は」
「なあぁ」
ローゼがノーラに近付くとぴょんとローゼに向かって飛び付いてくる。ローゼは慌てて抱きなおした。
「勝手に出掛けて何をしていたんだい?」
「なぁぁ」
ふと、ローゼは気が付いた。黒い猫がいる。
「君がノーラの彼氏かい?」
「にー」
どうやらそうらしい。
「ノーラがお世話になったね」
黒猫はくるっと踵を返して行ってしまった。
「なああ」
「ノーラ、お腹が空いたんだね。クーフ、帰ろう」
「ウォン!」
ローゼたちは屋敷に戻った。

「良かった、ノーラが見つかって」
夜、仕事から戻ってきたヴァルドがノーラを撫でている。
「なぁあ」
ノーラは構わず大欠伸だ。
「あれ?ノーラ、前より大きくなってない?」
「僕もそう思っていた所さ」
「俺たちの知らない所で、いい暮らしをしていたんだね」
「お姫様だものね」
2人は笑い合った。
「そうそう、出掛ける日程が決まったよ」
「いつだい?」
「うん、急なんだけど明後日から1週間。ローゼ、大丈夫?」
「承知したよ。上手く行くといいね」
「うん」

あっという間にヴァルドが出掛ける日が来た。
「ローゼ、困ったことがあったら裏手の家の奥さんに声を掛けてね」
「あぁ、分かったよ」
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
2人は口づけを交わした。ヴァルドが歩いていくのを、ローゼは見えなくなるまで見守った。

夜になっている。午後から急に曇りだし、今は雷鳴が轟いていた。強い雨が降っている。
「ローゼ・クラシアはいるか!!ヴァルド殿下をたぶらかした魔族である疑いがかけられている!一緒に来てもらうぞ!!」
バタンと入り口のドアが蹴破られる。クーフが吠えたが男たちは構わなかった。
ローゼは両手を縛られ馬車に投げ込まれた。雨の中を馬車は走り、王城に着いた。
ローゼは手足を拘束され、王城の地下牢に入れられてしまった。他には誰もいない。ローゼは悔しくて思わず泣いてしまった。
「う…っ…ヴァルド…」
先程とのあまりの落差にローゼはしゃくりあげた。
このまま自分は何も出来ず処刑されてしまうのだろうか。そしたらヴァルドはどうするのだろう。そんな気持ちが頭の中をぐるぐる巡る。
(僕はまだ死にたくない)
だが逃げる術もなかった。地下牢の床は冷たく湿っている。気温も低いのでずっとここにいたら、処刑されずともいずれは死んでしまうだろう。
(どうすればいい?)
考えたが分からなかった。自分は、ただあの屋敷でヴァルドと暮らせたらよかったのだ。
「あなたがローゼね?」
カツカツ、と誰かが近寄ってくる。ローゼは身構えた。近寄ってきたのは女性だ。身なりからして王族である。
「あなたのせいでヴァルドは男爵にまで落ちぶれた。あの子が王になっていれば全て私の思うままだったのに」
ローゼは彼女の顔を見て血の気が引いた。確か彼女はヴァルドの叔母だ。唯一、城でヴァルドを気にかけてくれたのだとヴァルドが以前うれしそうに話していた。
「あ、あなたはヴァルドを操ろうとして優しくしたのか?」
「あんなヒトモドキ、当然でしょう?半獣人だなんて穢らわしい」
「っ…!!」
ローゼは苦痛に似た衝撃を受けた。自分のことならまだよかった。だが、ヴァルドを馬鹿にされることだけは許せなかった。
「ヴァルドを馬鹿にするな!あなたに彼の何が分かるんだ!」
「あらやだ。罪人のくせに口ごたえしてくるなんて。あんたをヴァルドの前で殺すわ。楽しみね」
「くっ…」
ローゼは悔しくて唇を噛んだ。切れたのか鉄の味がする。
「ヴァルド…」
ローゼの意識はここで途切れている。

何日間経ったかもう分からない。ローゼの身体はすっかり弱っていた。日の光も浴びれず、限られた粗食しか与えられない。
「出ろ」
ローゼにはもう、逆らう意思もなかった。首に繋がれた縄を引かれ、ローゼは歩く。
(僕も…ここまでか)
自虐的な思いのままローゼは歩いた。
「待て!!ローゼ!!!」
ローゼはその声にハッとなった。ヴァルドだ。しかも獣人化している。ヴァルドはローゼを取り囲んでいた兵士をあっさり倒し、ローゼを後ろに庇った。
「あんた、何を考えている?父さんはどうされたのだ?」
「兄さんなら病床に臥せっているわよ」
「なんだって?」
「ねえ、ヴァルド。もう一度よく考え直してよ。あなたが王となって私を幸せにしてくれたらそれでいいの」
「…王政で好き勝手するということか?叔母様、俺はあなたを信じていたのに」
「うるさいわね!逆らうならあんたも殺してやろうか!!」
彼女の瞳はもう正常を宿していなかった。
「叔母様…」
ヴァルドが歯を食いしばる。
「突撃!!」
槍を持った兵士たちが侵入してくる。そしてヴァルドの叔母を取り囲んだ。槍を一斉に彼女に向ける。
「な、なによ、あんたたち!」
「叔母様、父様に毒を盛りましたね?」
やって来たのはヴァルドの腹違いの弟であるコニーだった。まだ11歳という若さながら聡明な彼である。
「兄様、お久しぶりです。ローゼ様を連れてお帰りください」
「あぁ、任せたよ」
ローゼは信じられなかった。ヴァルドがこうして自分を抱えてくれている。
「ヴァ…ルド…」
声は掠れて思うようには出なかった。
「もう大丈夫だよ、ローゼ。辛い思いをさせたね」
ローゼはヴァルドの肩に顔を埋めた。涙が止まらなかった。

「ローゼ、体を拭くね」
「あぁ…」
縄を解いてもらい、ローゼは湿った服も脱がされている。居間は暖炉の火で暖かい。動物たちも皆無事だった。
ヴァルドが汚れたローゼの身体を丹念に拭いてくれる。
「お風呂の準備をしたからよく温まって」
「ありがとう」
いつの間にかヴァルドの獣人化が解けている。ローゼはヴァルドに抱き着いていた。
「ヴァルド、僕は君の邪魔をしてしまったね」
「俺の邪魔をしたのはローゼじゃなくて、叔母様。ローゼは何も悪くないんだよ」
「ヴァルド…」
「大丈夫。俺たちはずっと一緒だよ。愛してる」

おわり

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