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四話・たかしの正体
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1・その日の真夜中、サリアからたかしと冠された青年はベッドから起き上がった。自分の名前すら思い出せないというのは、不安なうえ、焦りも生み出す。だがそうしてみたところで問題が解決するわけではない。時間が解決してくれるはすだ、と呑気に思っていたがどうやらそれも違うらしい。自分は一体どこから来たのだろう。だが幸いなことに、この世界には自分が暮らしていける基盤があるのだ。居心地も悪くない。今はそれでいいと思った。自分が元々持っていたバッグは泥まみれで、今になるまで触る気になれなかったが、今ならばと、たかしはバッグに手を伸ばした。泥は乾き、砂に変化している。たかしはバッグを持って外に出た。ウインディルムの月は大きい。今日も煌々と大地を照らしている。たかしはバッグの中身を逆さまにして振った。中身はほぼ泥だったが、一枚の写真がパラリ、と足元に落ちる。それは白黒の写真だった。今ではフルカラーが当たり前だ。たかしはその写真の汚れを指で拭った。その写真を見て、彼は驚いた。
2·「ふああ」
次の日の早朝、あたしは欠伸が止まらなかった。昨日開店したばかりなのにこれじゃ気が思いやられる。
「サリアちゃん、大丈夫?今日は休んでいた方が」
「眠いだけだよ。大丈夫だって」
お姉ちゃんってば大げさだなぁ。
「おはよう、サリアちゃん、アリアちゃん」
たかしがやってきた。何かを持っている。
「二人に見せたくて」
たかしがあたしたちに見せてくれたのは一枚の写真だった。
「これ、サリアちゃんとアリアちゃん、だよね?」
確かにあたしたちによく似てるけど。
「でも白黒写真なんて」
「そうなんだよね…考えてみたんだけど俺は過去の世界からの召喚者なのかもしれない。二人のいた過去、多分、前世に俺が関わっていたのかも…」
果てしない話になってきたな。
「だとしたら王城に記録が残ってるかもしれないわね。でも…一般人に閲覧許可が出るかしら?」
お姉ちゃんが首を傾げている。
「もし許可が出たら、たかしのことが何か分かるかもしれないってこと?」
「そういうことになるわね…」
あたしたちはお互いを見つめ合った。
「たかしくん、どうしたい?」
「店が休みの時に城に行ってみるよ」
「それならあたしも行く」
たかしのこと、あたしも知りたいから。
「分かったわ。じゃあ今日もお店を頑張りましょう」
お姉ちゃんが笑った。今日もお客様が沢山来てくれた。コーヒーが美味しいと聞いたからというお客様が沢山いた。クチコミって大事よね。お姉ちゃんが調理をしている間、あたしはひたすら飲み物を淹れて運ぶ。飲み物とはいっても、うちはコーヒーかカフェオレしかない。それだけで勝負している。料理もそれに合わせて用意しているから尚更だ。今日は暑かったせいか、アイスコーヒーが沢山出た。そしてエッグバーグマフィンも。キッチンカーで食べて、美味しかったからという理由らしい。つまり、リピーターのお客様が結構いたってことになる。やっぱり宣伝って大事だなぁ。
ウチの店は材料が無くなり次第閉店する。今日もマフィンがもうすぐ終わる。待っているお客様ももうわずかだ。
「たかしくん、閉店作業始めて」
「分かった」
あたしもこのコーヒーを淹れたら食器の洗い物をしよう。たかしが店の外に置いてある黒板をしまいに向かった。
お姉ちゃんが明日の仕入れの支度を始めている。
「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしています!」
最後のお客様をあたしたちは見送った。今日も無事に終わらせることが出来た。あたしは洗い物を再開した。お姉ちゃんが言うには、休みは週に2回入れるとのことだった。新作メニューの試作や素材集めなんかもあるからそれがいいと思う。パンケーキをいつ出そうかとお姉ちゃんは迷っているようだ。日替わりメニューにという案も出ている。そして、あのとびきり美味しいナポリタン。ウインディルムの素材でお姉ちゃんはレシピを再現して作ってくれた。ただ、ここではトマトがものすごく希少なのだと言う。交易も安定しないそうだ。クエストで自力で探すしかないらしい。たかしの件が終わったらクエストに行こうと約束した。とにかく、次のお休みは明後日。明日も頑張ろう。
3·「暑いー」
今日もいい天気だ。あたしとたかしはウインディルムから出港した船に乗っている。そう、これから王城に行くのだ。お姉ちゃんはお留守番という名の素材探しにリンカさんと出掛けていった。同行したいのはやまやまだったけど、たかしが心配だしね!
デッキから海を見渡すと、この星が丸いことがよく分かる。船は全力で進んでいる。スクリューが立てる飛沫がここから見えた。
「もうすぐ着くみたいだね」
たかしの声音がいつもより固い。やっぱり緊張してるのかな?
「たかし、大丈夫だよ」
「うん、だといいんだけど」
しばらく景色を見ていたら、王城が見えてきた。
やっぱり大きい。古くから建っているラディア城だ。
補修と修復が繰り返されながら使われている由緒ある城だ。250年もの歴史があるらしい。すごく長い歴史だけど、王族の話はあまりされないな。城の中は博物館のようになっているらしい。
陸に上がると、まだ足元が揺れている気がしてしまう。船酔いは大きな船だからあまりしないけど、あたしに漁師は務まらないかもしれない。
ラディアの港から城下町へ向かう。
「なんか見覚えないの?」
「うーん」
たかしはキョロキョロしたけど、首を横に振った。
「分からないなぁ。とりあえず王城に…」
「エミリオ!!なんで…」
エルフのおじいさんがたかしを指差している。エミリオ?誰だろう?たかしもポカンとしていた。
「え、えーと俺のことをなにかご存知なんですか?」
「とにかくついてきなさい」
おじいさんが杖を付きながらよたよた歩いていく。あたしたちは後を付いていった。城下町にある一軒の家に入る。意外と広い。
「エミリオ、どこに行っていた?お前、ギルドの登録更新もせんで」
ギルドの登録更新?
「俺、記憶をなくしてて」
「そうか。雷神龍の攻撃はそれだけ強力だったか。お前さんですらそうなるとは…」
おじいさんがふー、と長くため息を吐いた。
「あの、雷神龍って?」
「うむ、ラディアを守っていたようじゃが最近までここで暴れ回っていた。今はウインディルムに向かっているようじゃ。」
「たかしはひとりで、その雷神龍を倒しに行ったってこと?」
あたしは声の震えを止められなかった。たかしは確かに強い。でもこうして記憶をなくしている。そして野垂れ死にしそうになっていた。
でもたかしは船でウインディルムに向かおうとしていた。つまり、襲い掛かってきた雷神龍を一度はラディアから追い払ったってことになる。それってすごいことだ。たかしのことだ。その雷神龍を追い詰めたんだろう。
「エミリオ、お主、たかしと呼ばれとるのか?」
「はあ…まぁ」
うぅむ、とおじいさんが唸る。
「まあそれはいい。それよりお嬢さん、あなたはエルフですかな?」
「はい」
たかしがあ、と声を上げる。あの白黒写真を取り出した。
「これ、彼女に似てると思うんだけど」
「やはりか」
なにがやはり、なんだろう?
「エミリオの家はもともとは騎士の家系でな。昔は城仕えの騎士だったのじゃ。だが今から100年程前、ラディア城で何らかの内乱が起き、王族は滅ぼされた。今の城は形だけ。きっとお嬢さんはその王族の生まれ変わりなのだろうな」
「え?」
あたしはびっくりしてしまった。たかしのこともなんとなく分かったけど、まさかあたしたちまで関わっていたなんて。
「エミリオ、お嬢さんをしっかり守れよ。記憶が戻らなくてもいい。お前は楽しそうだ、よかった」
「ありがとうございます、また寄らせてもらいます」
たかしがおじいさんとがっちり握手した。
「あー、お腹空いた」
なんか色々ホッとしたら急にお腹が空いてきた。とりあえずエミリオは召喚者じゃなかったし転生者でもなかった。王城の記録を閲覧する手間も回避できそうだ。あとは、記憶が戻ればいいんだけど。
「どこかに食堂があった気が」
「たかしは・・・ううん、エミリオはやっぱりすごい人だったんだね!」
あたしが声を掛けると、エミリオは首を横に振る。
「雷神龍はまだいるみたいだからね。ウインディルムに来ているとなると、また暴れだすかもしれない」
「なんで暴れてるの?」
「なんだろう、小さい子みたいに癇癪を起こしてるのかな。分からないけど」
「それならお腹が空いてるのかも。今のあたしみたいに」
エミリオが笑う。
「サリアちゃんは優しいね」
「早く行くわよ、エミリオ」
照れくさかったから彼の顔が見られなかった。
「ひいい…なにこれえ」
エミリオの言っていた食堂に入ったら、安い値段でとんでもない量の定食が運ばれてきた。うちだって結構安いはずなのにそれを遥かに上回ってくる。ラディアは都心部だ。それくらいやらないと話題にならないのかも。
「おっきいエビー」
衣がカリカリだ。大きなエビフライにタルタルソースをたっぷり漬けてかぶり付くと、ザクリといい音が響き渡る。これに白飯!憎いね、大将!
「おいしー!」
「良かった」
エミリオがふわっと笑う。本当、忠犬っていう言葉がぴったりなんだよな。笑顔が可愛い。
「エミリオ、あんたの家族があんたの帰りを待っていたりする可能性はないの?」
不安になって思わず聞いていた。
「んー、まぁ大丈夫じゃない?何かあったらとっくに呼び出されてるよ」
エミリオはウインディルムのギルドに新規登録した。冒険者含むハンターはギルドの登録更新をしないと個人データがすぐさま破棄されてしまうからエミリオのことが分からなかったのだろう。
個人情報の大事さが昨今では謳われているから仕方ないけど、もう少し融通が効かないのかなって思ってしまうよね。
「エミリオは今のままでいいの?」
「まあ記憶が戻らなくても、俺は戦えるし食べていけるからいいかな」
エミリオはいつものようにのんびり言った。
「でも雷神龍はどうするの?」
「ちょっと様子を見ようと思う。なんで暴れているのか突き止めたいしね」
雷神龍はラディアを取り囲む雷神山に生息しているらしい。そこは古くから火山活動の激しい山だったと聞く。そこでなにかトラブルが起きたのでは、とエミリオは睨んだらしかった。雷神龍が暴れる原因ってなんだろう?考えても分からないなぁ。
「あたしも一緒に行くからね?」
エミリオが黙ってしまった。危ないとか思ってるんだろうな。
「絶対に行くから」
重ねて言ったら、エミリオが小さく頷く。まだ騙せそうとか思ってるな?
「連れてってくれなかったらエミリオのご飯からお肉を全部抜くからね?本当なんだから」
「わ、分かったよ!」
エミリオがようやく頷いてくれた。
「さて、これからどうしようか?」
エミリオの言葉にあたしは笑った。
「せっかくだから騎士の詰所に行ってみましょ。エミリオのこと、もっと分かると思うし」
さっき、おじいさんが言っていた。
エミリオの家系は代々騎士だったって。今の王城は確かに飾りかもしれない。でも今だって騎士はちゃんといるのだ。王城はラディアの真ん中にある…らしい。
あたしもラディアに来たのはこれが初めてなのだ。でも、なんでここで内乱?が起こったんだろう?王族がなにか悪いことをしたのかなあ?それって、なにかすごい秘密が隠れているのかな?それって知ったらまずいことなのかも。でも、ものすごく気になるなぁ。あたしは最後の一口を食べ終えた。エミリオはお茶を飲んでいる。
「ごちそうさまでした」
あたしたちは店を出て王城に向かった。お店、どこも賑わってるなぁ。歩いている人も沢山いるし、まさに都会に来たって感じがする。ヒト族の街と違って、色々な種族の人が交流しあっている感じがいいな。あたしたちはヒト族のなかではやっぱり珍しがられたし、それで小さなゴタゴタもあったからなぁ。しばらく歩くと詰所の建物が見えてきた。
厩舎も傍にある。あたしたちが近付くと、誰かが出てきた。
「なんや?ここに用か?」
エミリオくらい体格のいい男の人だ。西の方言を使っているから、ここに上京してきたのかな?
「嬢ちゃん、美人さんやな」
彼が屈んでニカッと笑った。あたしはびっくりして後ずさろうとしてよろめいた。エミリオが優しく抱きとめてくれる。わぁ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいかも。
「で、エミリオ?どしたん?記憶喪失って聞いたけど?」
なんだ、エミリオのことを知ってるんだ。
「えーと、俺のこととか色々知りたくて教えてもらいたいんだけど」
「嫌や」
「え?」
彼はまた笑う。
「残念ながら俺はお前が大嫌いだからな」
「っ…!!」
いい人じゃなかった!エミリオも困ったという顔をしている。
「ま、嬢ちゃんに免じて詰所には入れてやる。まぁお前は普通のハンターだからお前の情報はほぼないけどな」
「えーと、君の名前は?」
エミリオの言葉に彼が首を横に振る。
「本当に忘れてるんやな。俺はジューク。なあなあ、嬢ちゃんの名前は?」
「あたしはサリア」
「な、サリアちゃん、こいつじゃなくて俺とお茶しない?」
ジュークさん…ちゃらいな。イケメンだから多分モテるんだろうし。
「あ、結構です」
あたしはニッコリ笑って断った。ジュークさんが、明らかに落ち込んだ表情になる。え、そんなに?
「サリアちゃん、とりあえず中に入ろうか」
エミリオがジュークさん総スルーで話しかけてくる。こんな一面もあるんだな。あたしは頷いた。
詰所の中に入ると、騎士さんたちが慌ただしく働いている。
「あれ?エミリオ?」
丸い縁の眼鏡を掛けた男の人が、話しかけてきた。優しそうな感じだ。騎士の隊服を着ていない。ゆったりしたローブ姿だ。魔法使いさんかな?
「君は?」
「あぁ、やっぱり忘れてるんだね。僕はトーマス。
君とは結構親しいんだけど」
「そうか…ごめん」
エミリオが苦しげな表情を見せる。
「君がなかなか帰ってこなかったから捜索願いを出そうとしてたんだ。でもギルドの登録更新がされてなかったから君のデータが全部消えていて」
わぁ、思い切り個人情報保護による弊害が出ている。トーマスさんの話によると、エミリオは一ヶ月前にここを旅立ったらしい。他の人も心配して、エミリオの様子を見に来た。エミリオ、なかなか人気者みたいね。
「あの、ジュークさんは?」
お互いに自己紹介をしあったあと、トーマスさんが冷たいお茶を淹れてくれたので一口飲む。甘い!美味しい!
「ジュークはエミリオをライバル視してるからね」
はああとトーマスさんがため息を吐いている。
「ジュークさんは騎士なの?」
「うん、ラディア騎士団のなかではトップクラスの実力を誇るよ。でもエミリオの方が遥かに強いけど」
エミリオ、すごいハイスペックだった。いや、知ってたけど。
「ジュークとも仲良くしたいな」
エミリオがぼそっと言った。仲良くしたくないわけじゃないのか。でもジュークさんが素直に折れるとは思えないな。
「ねえエミリオ。雷神龍はウインディルム方面に行ったみたいだけど、君はどうするつもり?」
「うん、俺なりに探ってみようかと思っている。実は今、ウインディルムに家があるから」
「え?あの辺鄙な所に暮らしているの?」
トーマスさんが驚いている。まあ確かにウインディルムが辺鄙な場所であることに変わりない。
「エミリオ、気を付けてね」
トーマスさんが笑った。このままだとウインディルムで雷神龍と対峙せざるを得ないのか。でもこのまま放っておくのも怖いもんね。雷神龍が暴れている理由を突き止めたい。あたしたちは再び船でウインディルムに戻ったのだった。
2·「ふああ」
次の日の早朝、あたしは欠伸が止まらなかった。昨日開店したばかりなのにこれじゃ気が思いやられる。
「サリアちゃん、大丈夫?今日は休んでいた方が」
「眠いだけだよ。大丈夫だって」
お姉ちゃんってば大げさだなぁ。
「おはよう、サリアちゃん、アリアちゃん」
たかしがやってきた。何かを持っている。
「二人に見せたくて」
たかしがあたしたちに見せてくれたのは一枚の写真だった。
「これ、サリアちゃんとアリアちゃん、だよね?」
確かにあたしたちによく似てるけど。
「でも白黒写真なんて」
「そうなんだよね…考えてみたんだけど俺は過去の世界からの召喚者なのかもしれない。二人のいた過去、多分、前世に俺が関わっていたのかも…」
果てしない話になってきたな。
「だとしたら王城に記録が残ってるかもしれないわね。でも…一般人に閲覧許可が出るかしら?」
お姉ちゃんが首を傾げている。
「もし許可が出たら、たかしのことが何か分かるかもしれないってこと?」
「そういうことになるわね…」
あたしたちはお互いを見つめ合った。
「たかしくん、どうしたい?」
「店が休みの時に城に行ってみるよ」
「それならあたしも行く」
たかしのこと、あたしも知りたいから。
「分かったわ。じゃあ今日もお店を頑張りましょう」
お姉ちゃんが笑った。今日もお客様が沢山来てくれた。コーヒーが美味しいと聞いたからというお客様が沢山いた。クチコミって大事よね。お姉ちゃんが調理をしている間、あたしはひたすら飲み物を淹れて運ぶ。飲み物とはいっても、うちはコーヒーかカフェオレしかない。それだけで勝負している。料理もそれに合わせて用意しているから尚更だ。今日は暑かったせいか、アイスコーヒーが沢山出た。そしてエッグバーグマフィンも。キッチンカーで食べて、美味しかったからという理由らしい。つまり、リピーターのお客様が結構いたってことになる。やっぱり宣伝って大事だなぁ。
ウチの店は材料が無くなり次第閉店する。今日もマフィンがもうすぐ終わる。待っているお客様ももうわずかだ。
「たかしくん、閉店作業始めて」
「分かった」
あたしもこのコーヒーを淹れたら食器の洗い物をしよう。たかしが店の外に置いてある黒板をしまいに向かった。
お姉ちゃんが明日の仕入れの支度を始めている。
「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしています!」
最後のお客様をあたしたちは見送った。今日も無事に終わらせることが出来た。あたしは洗い物を再開した。お姉ちゃんが言うには、休みは週に2回入れるとのことだった。新作メニューの試作や素材集めなんかもあるからそれがいいと思う。パンケーキをいつ出そうかとお姉ちゃんは迷っているようだ。日替わりメニューにという案も出ている。そして、あのとびきり美味しいナポリタン。ウインディルムの素材でお姉ちゃんはレシピを再現して作ってくれた。ただ、ここではトマトがものすごく希少なのだと言う。交易も安定しないそうだ。クエストで自力で探すしかないらしい。たかしの件が終わったらクエストに行こうと約束した。とにかく、次のお休みは明後日。明日も頑張ろう。
3·「暑いー」
今日もいい天気だ。あたしとたかしはウインディルムから出港した船に乗っている。そう、これから王城に行くのだ。お姉ちゃんはお留守番という名の素材探しにリンカさんと出掛けていった。同行したいのはやまやまだったけど、たかしが心配だしね!
デッキから海を見渡すと、この星が丸いことがよく分かる。船は全力で進んでいる。スクリューが立てる飛沫がここから見えた。
「もうすぐ着くみたいだね」
たかしの声音がいつもより固い。やっぱり緊張してるのかな?
「たかし、大丈夫だよ」
「うん、だといいんだけど」
しばらく景色を見ていたら、王城が見えてきた。
やっぱり大きい。古くから建っているラディア城だ。
補修と修復が繰り返されながら使われている由緒ある城だ。250年もの歴史があるらしい。すごく長い歴史だけど、王族の話はあまりされないな。城の中は博物館のようになっているらしい。
陸に上がると、まだ足元が揺れている気がしてしまう。船酔いは大きな船だからあまりしないけど、あたしに漁師は務まらないかもしれない。
ラディアの港から城下町へ向かう。
「なんか見覚えないの?」
「うーん」
たかしはキョロキョロしたけど、首を横に振った。
「分からないなぁ。とりあえず王城に…」
「エミリオ!!なんで…」
エルフのおじいさんがたかしを指差している。エミリオ?誰だろう?たかしもポカンとしていた。
「え、えーと俺のことをなにかご存知なんですか?」
「とにかくついてきなさい」
おじいさんが杖を付きながらよたよた歩いていく。あたしたちは後を付いていった。城下町にある一軒の家に入る。意外と広い。
「エミリオ、どこに行っていた?お前、ギルドの登録更新もせんで」
ギルドの登録更新?
「俺、記憶をなくしてて」
「そうか。雷神龍の攻撃はそれだけ強力だったか。お前さんですらそうなるとは…」
おじいさんがふー、と長くため息を吐いた。
「あの、雷神龍って?」
「うむ、ラディアを守っていたようじゃが最近までここで暴れ回っていた。今はウインディルムに向かっているようじゃ。」
「たかしはひとりで、その雷神龍を倒しに行ったってこと?」
あたしは声の震えを止められなかった。たかしは確かに強い。でもこうして記憶をなくしている。そして野垂れ死にしそうになっていた。
でもたかしは船でウインディルムに向かおうとしていた。つまり、襲い掛かってきた雷神龍を一度はラディアから追い払ったってことになる。それってすごいことだ。たかしのことだ。その雷神龍を追い詰めたんだろう。
「エミリオ、お主、たかしと呼ばれとるのか?」
「はあ…まぁ」
うぅむ、とおじいさんが唸る。
「まあそれはいい。それよりお嬢さん、あなたはエルフですかな?」
「はい」
たかしがあ、と声を上げる。あの白黒写真を取り出した。
「これ、彼女に似てると思うんだけど」
「やはりか」
なにがやはり、なんだろう?
「エミリオの家はもともとは騎士の家系でな。昔は城仕えの騎士だったのじゃ。だが今から100年程前、ラディア城で何らかの内乱が起き、王族は滅ぼされた。今の城は形だけ。きっとお嬢さんはその王族の生まれ変わりなのだろうな」
「え?」
あたしはびっくりしてしまった。たかしのこともなんとなく分かったけど、まさかあたしたちまで関わっていたなんて。
「エミリオ、お嬢さんをしっかり守れよ。記憶が戻らなくてもいい。お前は楽しそうだ、よかった」
「ありがとうございます、また寄らせてもらいます」
たかしがおじいさんとがっちり握手した。
「あー、お腹空いた」
なんか色々ホッとしたら急にお腹が空いてきた。とりあえずエミリオは召喚者じゃなかったし転生者でもなかった。王城の記録を閲覧する手間も回避できそうだ。あとは、記憶が戻ればいいんだけど。
「どこかに食堂があった気が」
「たかしは・・・ううん、エミリオはやっぱりすごい人だったんだね!」
あたしが声を掛けると、エミリオは首を横に振る。
「雷神龍はまだいるみたいだからね。ウインディルムに来ているとなると、また暴れだすかもしれない」
「なんで暴れてるの?」
「なんだろう、小さい子みたいに癇癪を起こしてるのかな。分からないけど」
「それならお腹が空いてるのかも。今のあたしみたいに」
エミリオが笑う。
「サリアちゃんは優しいね」
「早く行くわよ、エミリオ」
照れくさかったから彼の顔が見られなかった。
「ひいい…なにこれえ」
エミリオの言っていた食堂に入ったら、安い値段でとんでもない量の定食が運ばれてきた。うちだって結構安いはずなのにそれを遥かに上回ってくる。ラディアは都心部だ。それくらいやらないと話題にならないのかも。
「おっきいエビー」
衣がカリカリだ。大きなエビフライにタルタルソースをたっぷり漬けてかぶり付くと、ザクリといい音が響き渡る。これに白飯!憎いね、大将!
「おいしー!」
「良かった」
エミリオがふわっと笑う。本当、忠犬っていう言葉がぴったりなんだよな。笑顔が可愛い。
「エミリオ、あんたの家族があんたの帰りを待っていたりする可能性はないの?」
不安になって思わず聞いていた。
「んー、まぁ大丈夫じゃない?何かあったらとっくに呼び出されてるよ」
エミリオはウインディルムのギルドに新規登録した。冒険者含むハンターはギルドの登録更新をしないと個人データがすぐさま破棄されてしまうからエミリオのことが分からなかったのだろう。
個人情報の大事さが昨今では謳われているから仕方ないけど、もう少し融通が効かないのかなって思ってしまうよね。
「エミリオは今のままでいいの?」
「まあ記憶が戻らなくても、俺は戦えるし食べていけるからいいかな」
エミリオはいつものようにのんびり言った。
「でも雷神龍はどうするの?」
「ちょっと様子を見ようと思う。なんで暴れているのか突き止めたいしね」
雷神龍はラディアを取り囲む雷神山に生息しているらしい。そこは古くから火山活動の激しい山だったと聞く。そこでなにかトラブルが起きたのでは、とエミリオは睨んだらしかった。雷神龍が暴れる原因ってなんだろう?考えても分からないなぁ。
「あたしも一緒に行くからね?」
エミリオが黙ってしまった。危ないとか思ってるんだろうな。
「絶対に行くから」
重ねて言ったら、エミリオが小さく頷く。まだ騙せそうとか思ってるな?
「連れてってくれなかったらエミリオのご飯からお肉を全部抜くからね?本当なんだから」
「わ、分かったよ!」
エミリオがようやく頷いてくれた。
「さて、これからどうしようか?」
エミリオの言葉にあたしは笑った。
「せっかくだから騎士の詰所に行ってみましょ。エミリオのこと、もっと分かると思うし」
さっき、おじいさんが言っていた。
エミリオの家系は代々騎士だったって。今の王城は確かに飾りかもしれない。でも今だって騎士はちゃんといるのだ。王城はラディアの真ん中にある…らしい。
あたしもラディアに来たのはこれが初めてなのだ。でも、なんでここで内乱?が起こったんだろう?王族がなにか悪いことをしたのかなあ?それって、なにかすごい秘密が隠れているのかな?それって知ったらまずいことなのかも。でも、ものすごく気になるなぁ。あたしは最後の一口を食べ終えた。エミリオはお茶を飲んでいる。
「ごちそうさまでした」
あたしたちは店を出て王城に向かった。お店、どこも賑わってるなぁ。歩いている人も沢山いるし、まさに都会に来たって感じがする。ヒト族の街と違って、色々な種族の人が交流しあっている感じがいいな。あたしたちはヒト族のなかではやっぱり珍しがられたし、それで小さなゴタゴタもあったからなぁ。しばらく歩くと詰所の建物が見えてきた。
厩舎も傍にある。あたしたちが近付くと、誰かが出てきた。
「なんや?ここに用か?」
エミリオくらい体格のいい男の人だ。西の方言を使っているから、ここに上京してきたのかな?
「嬢ちゃん、美人さんやな」
彼が屈んでニカッと笑った。あたしはびっくりして後ずさろうとしてよろめいた。エミリオが優しく抱きとめてくれる。わぁ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいかも。
「で、エミリオ?どしたん?記憶喪失って聞いたけど?」
なんだ、エミリオのことを知ってるんだ。
「えーと、俺のこととか色々知りたくて教えてもらいたいんだけど」
「嫌や」
「え?」
彼はまた笑う。
「残念ながら俺はお前が大嫌いだからな」
「っ…!!」
いい人じゃなかった!エミリオも困ったという顔をしている。
「ま、嬢ちゃんに免じて詰所には入れてやる。まぁお前は普通のハンターだからお前の情報はほぼないけどな」
「えーと、君の名前は?」
エミリオの言葉に彼が首を横に振る。
「本当に忘れてるんやな。俺はジューク。なあなあ、嬢ちゃんの名前は?」
「あたしはサリア」
「な、サリアちゃん、こいつじゃなくて俺とお茶しない?」
ジュークさん…ちゃらいな。イケメンだから多分モテるんだろうし。
「あ、結構です」
あたしはニッコリ笑って断った。ジュークさんが、明らかに落ち込んだ表情になる。え、そんなに?
「サリアちゃん、とりあえず中に入ろうか」
エミリオがジュークさん総スルーで話しかけてくる。こんな一面もあるんだな。あたしは頷いた。
詰所の中に入ると、騎士さんたちが慌ただしく働いている。
「あれ?エミリオ?」
丸い縁の眼鏡を掛けた男の人が、話しかけてきた。優しそうな感じだ。騎士の隊服を着ていない。ゆったりしたローブ姿だ。魔法使いさんかな?
「君は?」
「あぁ、やっぱり忘れてるんだね。僕はトーマス。
君とは結構親しいんだけど」
「そうか…ごめん」
エミリオが苦しげな表情を見せる。
「君がなかなか帰ってこなかったから捜索願いを出そうとしてたんだ。でもギルドの登録更新がされてなかったから君のデータが全部消えていて」
わぁ、思い切り個人情報保護による弊害が出ている。トーマスさんの話によると、エミリオは一ヶ月前にここを旅立ったらしい。他の人も心配して、エミリオの様子を見に来た。エミリオ、なかなか人気者みたいね。
「あの、ジュークさんは?」
お互いに自己紹介をしあったあと、トーマスさんが冷たいお茶を淹れてくれたので一口飲む。甘い!美味しい!
「ジュークはエミリオをライバル視してるからね」
はああとトーマスさんがため息を吐いている。
「ジュークさんは騎士なの?」
「うん、ラディア騎士団のなかではトップクラスの実力を誇るよ。でもエミリオの方が遥かに強いけど」
エミリオ、すごいハイスペックだった。いや、知ってたけど。
「ジュークとも仲良くしたいな」
エミリオがぼそっと言った。仲良くしたくないわけじゃないのか。でもジュークさんが素直に折れるとは思えないな。
「ねえエミリオ。雷神龍はウインディルム方面に行ったみたいだけど、君はどうするつもり?」
「うん、俺なりに探ってみようかと思っている。実は今、ウインディルムに家があるから」
「え?あの辺鄙な所に暮らしているの?」
トーマスさんが驚いている。まあ確かにウインディルムが辺鄙な場所であることに変わりない。
「エミリオ、気を付けてね」
トーマスさんが笑った。このままだとウインディルムで雷神龍と対峙せざるを得ないのか。でもこのまま放っておくのも怖いもんね。雷神龍が暴れている理由を突き止めたい。あたしたちは再び船でウインディルムに戻ったのだった。
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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