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五話・トマト栽培{絶品ナポリタンが食べたい!}
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1・「お帰りなさい。二人共」
家に帰ると女神が待っていた。お姉ちゃんは今日も可愛い。
「お姉ちゃん、クエストどうだったの?ケガしてない?」
あたしはお姉ちゃんに抱き着いていた。お姉ちゃんがあたしの頭を優しく撫でてくれる。
「リンカさん、ものすごく強いのよ。すごく助かっちゃった。見て」
お姉ちゃんが見せてくれたのは紛れもないトマトだ。真っ赤でつやつやしている。しかも大きい。
「今日は南の地域に行ってみたんだけど、そこで見つけたのよ。もしかしたらトマトの群生地がある可能性があるわ」
それってすごいことだ。トマトはこの辺りでは希少だと言われているのだから。
「二人は何か分かったの?」
「たかしはエミリオっていう名前だったの。ね」
あたしが振り返ってエミリオを見ると、エミリオは頷いた。
「まぁ、本当の名前が分かったのね!」
お姉ちゃんが嬉しそうに笑う。
「とりあえず、お夕飯にしましょうか。今日はパスタよー。もちろん麺から作ったの」
自家製パスタの手間、恐るべしだ。でもお姉ちゃんが楽しそうだからいいかな?いいよね?
クリーミーなカルボナーラソースがたっぷりかかったパスタは本当に美味しくて、あたしはぺろりと平らげてしまった。お昼、あんなに食べたのに全然関係なかった。食べている間、お姉ちゃんに今日あったことを話した。
「そう。ここに雷神龍が…」
「まだ姿を視認したわけじゃないからはっきりとは言えないけど」
エミリオが言った。
「警戒をしておいた方がいいわね。大丈夫、今度は私たちも加勢出来るわ。もう、エミリオくん一人に戦わせない」
「アリアちゃん…」
ありがとう、とエミリオはあたしたちに頭を下げた。
「なんでエミリオ一人で戦うことになったのかしら?騎士さん、あんなにいるのに」
あたしは憤りを覚えていた。そもそも、エミリオが一人で戦っていなければこんなことになっていないわけで。雷神龍のことだって、もっとスムーズに事が運んでいたような気がしないでもない。
「多分、エミリオくんだったから雷神龍も姿を現したのよ。もしかしたら雷神龍も自分を止めてほしいのかも」
お姉ちゃんが言った。雷神龍は自分の意思で暴れているわけじゃない?可能性はあらゆる方向で考えておくべきだ。理屈では分かってるけど。あたしはエミリオがくれた石をポケットの中でそっと握った。いつの間にかお守りみたいになっている。
「早くエミリオくんの記憶が戻るといいわね」
「うん」
あたしたちは頷いていた。そうそう、とお姉ちゃんがメニュー表を取り出す。あれ、なんか新しくなってる。
「今日作ってみたの。ついに明日からパンケーキが解禁です」
「わあぁ、すごい!」
今まで、「喫茶・モンスター」にはエッグバーグマフィンかシチュー、そしてサラダ、ドリンクのランチセット、またはコーヒーかカフェオレの二種類のドリンクのどちらかしかメニューがなかった。そこにパンケーキが加わるとなると随分違う。メインメニューが3種になるってすごいことだ。
「パンケーキもランチセットに加えるわ。これでどうなるかドキドキよね、それでね」
お姉ちゃんはあたしとエミリオにパンケーキの仕上げ、つまり調理補助をして欲しいと言ってきた。そんなのはお安い御用だ。それは生クリームをパンケーキの端にたっぷりのせる工程らしい。生クリーム、あたしも大好きだし、楽しそう。お姉ちゃんが言うには特注の生クリームらしい。相変わらず行動が素早い。
「はじめは上手くできなくて当たり前よ。ゆっくり慣れていって」
「はーい」
明日が楽しみになってきた。昼のまかないでパンケーキが食べられないかつい期待してしまう。
2・次の日になっている。あたしは裏の畑に水をやっていた。当然、収穫もする。この土地のエネルギーは凄まじいらしい。野菜たちがもりもりに育っている。今は夏だから尚更だろう。秋になる前に他の野菜を育て始めるのもありだなぁ。またクエストで新しい野菜の苗を採集しにいこう。
「サリアちゃん、野菜運ぼうか?」
エプロンを着けたエミリオがやって来た。もうすぐ開店時間か。
「お願い」
エミリオが野菜ののったザルを運んでくれる。いつも山盛りに収穫できるからザルがすごく重たくなる。
エミリオが力持ちでなによりだ。
店に戻ると、お姉ちゃんが最終チェックに入っていた。今日からパンケーキが始まるから、より念入りにしているんだろう。注文を受けて、どれくらいのスピードで提供できるかも大事だ。
あたしたちもがっちり協力しないとね。
開店時間5分前ともなると、お客様が行列を作っている。よし、今日も頑張ろう!
「まあ、今日はパンケーキがあるのね」
すっかり常連さんになったおばさまに問い掛けられて、あたしは笑って頷いた。
「それならパンケーキを頂こうかしら。いつもの甘いカフェオレもお願い」
「かしこまりました、いつもありがとうございます」
あたしはお姉ちゃんにオーダーを通した。正直お姉ちゃん一人じゃ調理をするのに難しいものがある。せめてもう一人いて欲しい。狩りが出来て、接客もできて、調理もできる人材。そんなちょうどいい子いるー?
「すみませーん」
「はーい!」
今は考えている場合じゃない。あたしは慌ててオーダーを取りに向かった。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしています!」
最後のお客様を見送ったあたしたちは、文字通り屍と化していた。め、めちゃくちゃ忙しかった。あのお姉ちゃんですら疲れたっていう顔をしている。まだ体力に余裕があったエミリオが夕飯を買いに行ってくれた。
「大丈夫?サリアちゃん」
疲れた体をなんとか動かして、あたしは洗い物をしている。今日は早く寝たほうがよさそうだな、明日もあるんだし。お姉ちゃんにはもう休んでいてもらおう。
「やっぱり誰か新しいヒトを呼んだほうがいいのかしら」
んー、とお姉ちゃんが考えている。それは絶対にそうだと思う。
「ギルドに求人募集の広告を出してみるわ」
おぉ、お姉ちゃんも決意したらしい。どんなヒトが来てくれるんだろう。そもそも求人を出してすぐにヒトが来てくれるものなのかな?分からないけどやってみるしかないか。お姉ちゃんが求人募集の条件を考えている間、あたしは食器をふきんで拭いて棚に片付けた。よし、今日も作業完了。また明日も頑張ろう。
「ただいま」
ソローリ、とエミリオが静かに歩いてきた。なんか大きいものを抱えてる。お弁当ではない、それは間違いない。エミリオはそれをそっとソファに置いた。男の子?竜人さんかな?珍しい。じゃなくて!
「エミリオ…!まさかあんた、ヒト拐いしてきたの?!」
あたしが小声で問い詰めると、エミリオが慌てて首を横に振った。
「ち…違うよ。弁当を買いに行く途中で道端で泣いていて、話を聞いている間に寝ちゃって…それで」
エミリオも連れてこざるを得なかったらしい。まあ、そうよね。
「とりあえず起きるまで寝かせておきましょうか」
いつの間にかやって来たお姉ちゃんが笑って男の子の体に毛布をかけた。よく眠ってる。泣き疲れたのかな?顔には涙の痕が残っている。うーん、見た感じ、12歳くらい?もっと小さいのかな?分からない。竜人はエルフより更に長命だし成長速度も遅いからな。
「先にお夕飯食べましょうか」
「そうだった!お腹空いた!」
今日のお弁当はなんだろう?と思っていたら、色々なおかずが入った彩り重視のものだった。美味しすぎる。お姉ちゃんの作ったご飯も最強だけど、ここのお惣菜屋さん侮れない。
「ん…」
声がして、ふとソファの方を見たら、男の子が不思議そうにあたしたちを見つめていた。
「あ、起きたの?どこか痛むところはある?」
お姉ちゃんが優しく問いかけると、その子は顔を歪ませた。ひえ、泣いちゃうの?どうしたものやら。お姉ちゃんが男の子に近付いて頭を撫でた。
「悲しいのね、辛い時は泣いていいのよ?」
お姉ちゃん、優しい。さすが女神。男の子が泣き始めた。お姉ちゃんが頭を撫でてあげている。羨ましい。しばらく男の子は泣いてようやく泣き止んだ。ごしごしと目を手の甲で擦る。
「いっぱい泣いちゃってごめんなさい。僕のお父さんが居なくなっちゃったんだ」
それは緊急事態だ。
「どこに行ったのか全然分からないの?」
「分からない」
男の子がしょんぼりした顔で言う。
「あなたのお名前は?」
「僕はケイン。お父さんを探しに来たんだけど、持っていた荷物を全部盗まれちゃったんだ。それでどうしたらいいか分からなくなっちゃって」
それはあたしでも泣く。エミリオがここに連れてきてくれてよかった。
「ケインくん、ウチで働いてみない?」
お姉ちゃん、何言ってるのー?ケインくん、まだ子供じゃない!お姉ちゃんがいつもの超絶スマイルを放ってきた。
「ケインくんは戦えるでしょう?しかもすごく強いみたい」
「え?なんで?なんでそう思うの?」
ケインくんが困ってる。
「私、勘だけはいいのよね」
お姉ちゃん、あなたは美人のハイスペ女子ですよ?まあ自覚がないところが可愛いんだけどね。
「ぼ、僕は確かに戦えるよ。でも強いかどうかは」
「大丈夫、だって武器はあるんでしょう?」
ケインくんが服の袖から取り出したのは折りたたまれた太さ直径5センチ位の細い棒だった。これが武器?ケインくんが棒を軽くふると、棒が音を立てて伸びる。なるほど、折りたたまれてたんだ。
「ビリヤードのキューみたい」
あたしが思わずそう言うと、ケインくんが笑う。
「うん、そうだよ」
そうなんだ!どうやって戦うか興味が湧いてきた。
「僕、お父さんを見つけたい。ここで働かせてください」
「嬉しいわ、ケインくん」
お姉ちゃんが女神の笑顔を炸裂させる。ケインくん、お姉ちゃんを好きになったら火傷しちゃうからね!
ケインくんのことを聞いていたら、彼が15歳であることが分かった。え、やっぱちいさ…いや、伸び盛りだしこれからだよね。竜人だしね!
「アリアさん、サリアさん、エミリオさん、よろしくお願いします!」
こうしてあたしたちに仲間が増えたのだった。求人を出す前でよかったかもしれない。
2・次の日、ケインくんも含めた4人でお店を回している。ケインくんには主に食器の洗い物をやってもらうことにした。すごく助かる。
「ゴム手袋、やじゃない?」
あたしが尋ねると、ケインくんが笑って頷く。
「大丈夫です。ありがとうございます!」
ケインくんと話していると、めちゃくちゃいい子だなってなるな。今日も暑くてアイスコーヒーが出るわ出るわ。パンケーキもなかなか人気だな。お姉ちゃんがパンケーキを焼いている間、あたしは料理を盛り付けて、エミリオにパスした。合間に飲み物も淹れる。うん、忙しいけどあたしでも出来る。
「サリアちゃん、そろそろ」
お姉ちゃんが声を掛けてきた。どうやら素材が尽きそうになっているようだ。エミリオにも声を掛けて、閉店の準備を始める。今日もあっという間だったなあ。
閉店作業をして、店内の掃除をした。明日はお休み。素材集めにクエストいっくぞー!
「お店、すごいですね!」
ケインくん、興奮してるなぁ。大きな青い瞳をキラキラさせている。
「洗い物をしてくれて助かったわぁ。そうそう、みんなに大事な話があるの。今、飲み物を淹れるわ」
「あたしも手伝う」
「ありがとう」
お姉ちゃんが淹れてくれたのは熱々のホットミルクだった。砂糖が入った甘いものだ。美味しいよね!
居住スペースでみんなソファーに座っている。
「話っていうのはみんなのお給金のことなの。みんなが一生懸命に働いてくれて本当に助かってるわ。ケインくんも、もちろんうちの大事な従業員さんよ」
お姉ちゃんがケインくんに向かって微笑むと、ケインくんが顔を赤くした。
「ここ数日、お店を開けてみて分かったけれど、うちは開店時間が短いわ。素材の流通をもう少し安定させたいし、外にテラス席を設けようかとも思うの。キッチンカーもなんだかんだお客様は来てくれたし、時々やってみてもいいかもしれない。それでね、お給金はしばらく固定額になるわ。ごめんなさいね」
お姉ちゃんが謝る理由なんて一つもない。
「それでね、明日は私たち四人でトマトを探そうと思うの」
「あ、南の地域だっけ?」
「そうよ。大好きなお店のナポリタンの味を引き継ぎたくて私は喫茶店を開いたの。美味しいトマトがなにより大事だわ」
お姉ちゃん、本気だ。あたしに出来ることは全力でしよう。
「お姉ちゃん、あたし頑張る」
「ありがとう、サリアちゃん」
「ナポリタン、俺も食べてみたいな」
「きっとすごく美味しいんですね!」
エミリオとケインくんが笑う。よし、こうなったら早く寝て早く出発だ!
3・「うぅう」
あたしは呻いていた。朝が弱い自覚はあったけど、ここまでとは。
「サリアちゃん、大丈夫?」
お姉ちゃんが声を掛けてくれた。嬉しい。
「大丈夫。いつものことだから」
「そうよね、サリアちゃん朝弱いものね。朝ごはん出来てるから食べて頂戴」
「はーい」
居間に向かうとエミリオとケインくんがご飯を食べていた。
「おはよ、サリアちゃん」
「おはようございます!」
「二人共おはよ。ふああ」
思わず大きなあくびが出た。あたしも椅子に座ってフォークを手に取る。これは…。
「パンケーキ!」
「うん、ふかふかで美味しいよ」
「甘くて最高です!」
あたしはシロップをたっぷりかけて食べ始めた。美味しくて目が覚める。朝からこれは贅沢だな。
「お姉ちゃん、天才。めちゃウマ」
「サリアさんがそう言うなら間違いないですね」
「本当だ」
エミリオとケインくんが二人で笑う。え、あたしってそんなに食に厳しいヒトみたいに思われてたの?
「今日のクエスト楽しみですね」
ケインくんがニコニコしながら言う。あの後彼のステイタスを見せてもらったら、めちゃくちゃ強かった。エミリオやお姉ちゃんだって桁違いに強いのにそれを遥かに凌ぐ。
「必要な材料は、トマトとピーマン、玉ねぎだっけ?」
エミリオが確認してくる。
「それとソーセージね。こう考えるとナポリタンスパゲッティを作るだけでも大変ね。ヒト族の街は何でも簡単に揃ったから…」
お姉ちゃんが鼻歌を歌いながらやって来た。手には段ボールを抱えている。なんだろう?
「見て見て!ソーセージを作る機械を買ったの!」
お姉ちゃん?!行動が素早すぎない?!
「あとはナポリタンに入れるお野菜だけよ!」
朝ごはんも食べて、出掛ける段になった。さあ、初めて行く場所だし気合いを入れなくちゃ。
南の地域に向かうまでは場所を記憶させた玉を使う。帰りもまた然り。
南の地域というだけあって、更に暑かった。拠点のアイテムBOXの中には暑さを緩和するものがあった。助かる。試しに飲んでみるとヨーグルト味で美味しい。
「じゃあ行きましょうか!」
あたしたちは拠点を出た。あらゆるアイテムがこのあたりにはゴロゴロしている。全ては拾いきれないな、さすがに。
「あれ?」
ケインくんが何かに気付く。彼は屈んで何かを拾った。
「これ、トマトじゃ?」
「本当ね。あら?」
不思議なことにトマトが道標のように落ちている。なんか怪しいなぁ。
「モンスターの餌なのかも」
エミリオが呟いた。お姉ちゃんも考えている。
「様子を探りましょうか」
あたしたちは頷いた。トマトを拾いながら道を進む。ここまで随分トマトを稼げたわね。
「ねえ、見て!」
咄嗟に岩陰にあたしたちは隠れた。向こう側にトマトが沢山生っている。それをもりもりと食べているのは真っ赤な龍だ。強そう。
「あれがトマトを独り占めにしてたのか」
「そうみたいね。話が通じる相手じゃなさそうだし、拳で語り合いましょうか」
エミリオもお姉ちゃんもやる気まんまんだな。
ケインくんも武器であるキューを展開している。
「いくぞ!」
エミリオの合図であたしたちは龍の前に飛び出した。
あくまで今回はトマトの苗の採集だ。あたしがその役を請け負うことになった。よし、やるぞ!お姉ちゃんとエミリオが斬撃を龍にひたすら加える。痛みで咆哮をあげる龍。この威圧感はホンモノだ。ケインくんが魔力の玉をキューで打つと、カキィンという快音が響く。その玉が勢い良く龍の頭にぶつかる。それだけで龍はよろめいた。さすが。
あたしは龍がいた足元を探った。苗があった!!
念のため5つ採集する。この龍の餌場でもあるわけだし、あまり荒らしたくない。
あたしはみんなに撤退の合図を出した。よし、これで帰れ…。ズウウウンという音がして地面が揺れる。赤い龍が逃げ出していった。まさか、まさかだよね?
咆哮をあげているのは雷を背中に纏った龍だった。
「雷神龍!!」
「これが…」
「撤退しましょう!」
ケインくんの言葉に従った方が良さそうだ。あたしたちはその場から逃げ出したのだった。
✢✢✢
「トマト、早く出来るといいですね!」
「そうね」
ケインくんが嬉しそうに言う。あたしは畑に苗を植えている。トマト以外にもパプリカやズッキーニなんかも植えた。玉ねぎは交易で何とかなりそうだ。いっぱい作っている場所があるらしい。ケインくんはしゃがんで自ら草取りを始めた。偉い。
「水を持ってきたよ」
エミリオがバケツを手に持ってくる。お姉ちゃんはリンカさんの所だ。玉ねぎをなる早で欲しいって言いに行った。リンカさんも大変だな。
あたしたちは苗たちにたっぷり水をやって、店内に戻った。
「暑かったー」
店内は冷房が効いていて涼しいから天国だ。
「コーヒー飲みましょ。エミリオはブラック?ケインくんは?」
お姉ちゃんから店のものを使う許可は出ている。
「あ、僕はカフェオレがいいなぁ。甘くないと飲めなくて」
やっぱり可愛いし、あたしもその気持ちはよく分かる。アイスコーヒーは昨日の夜、仕込んで冷蔵庫で冷やしておいた。手間がかかるから夜のうちにやるのが習慣になりつつある。グラスにアイスコーヒーを注いでミルクを入れる。この作業にも慣れてきた。
「はい」
エミリオとケインくんの前に、グラスを置いた。
あたしも飲もう。
「うん、美味しい」
「はい、すごく!」
二人が褒めてくれて嬉しい。
「そうそう、あれが雷神龍なのね?」
あたしが言うとケインくんの顔が曇った。
「実はあの雷神龍は、僕のお父さんなんです。まさか龍化してたなんて」
「え?!」
ケインくんがうつ向く。
「沢山暴れたって聞いてます。色々な人に迷惑をかけて、僕は悲しい」
「なんでお父様は暴れているの?」
「多分、混乱してるんだと思います。大事な宝を奪われたから」
「誰に?」
きゅ、とケインくんが唇を噛む。
「龍を研究している組織があるんです。無理やり竜人を連れ去って勝手に色々実験しているみたいで。多分その人たちが関係してると思うんです」
そんな酷い話ある?
「それなら尚更急いだほうがいいね。ケインくんのお父さんの混乱を鎮めよう」
「どうやって?」
「これさ」
それは光を放つ玉だった。モンスターを怯ませる効果を持っている。
「俺はこれから行く。二人はどうする?」
「僕、行きたいです!」
「あたしも行くわ」
「あらあら、私は仲間はずれ?」
「アリアちゃん、君には伝令を頼みたい。雷神龍は本当に強いから、俺たちももしかしたら」
お姉ちゃんが頷く。
「分かったわ。気を付けてね」
あたしたちはフィールドに出た。雷神龍は南の地域から動いていないとギルドは確認したようだ。マップを頼りに雷神龍を目掛けて走っていく。
「いた…!」
悠々と雷神龍は水を飲んでいた。今なら仕掛けられる。エミリオが後ろから攻撃を入れる。うん、クリティカルで入ったな。あたしも弓矢で追撃する。
「お父さん!!僕だよ!分からないの!!」
ケインくんが叫びながら閃光玉を投げつける。それに雷神龍は怯んだ。
ケインくんが必死に訴えている。
段々雷神龍の体力が削られてきたようだ。先程より攻撃の手がゆるくなってきている。
「お父さん!!」
「け…いん」
光が龍を包んだ。眩しい、目を開けていられない。
気が付くと巨大な龍だったものが人の姿になっていた。
「お父さん!大丈夫?」
ケインくんが駆け寄る。
「あぁ。迷惑を掛けたね」
「仕方ないですよ。あなたはそうならざるを得なかったでしょうし」
エミリオがやってきて彼の体を観察した。
「君たちのお陰で。本当にありがとう」
「まだですよ」
エミリオが笑う。
「お宝がどこに行ったか俺が探りますよ」
「え?本当かい?」
「はい。俺は一度あなたを傷つけてしまっています。そのお詫びというか…」
「君みたいな腕の立つ人なら安心だ」
フッと笑って、ケインくんのお父様は気を失った。ずっと暴れていたんだ、無理もない。
✢✢✢
ケインくんは今日、病院に泊まることにしたらしい。
心配だものね。
「二人共お疲れ様。上手く連携出来たみたいね」
店に戻るとお姉ちゃんが待っていてくれた。嬉しい。
「さ、今日はもう休みましょ」
シャワーを浴びてベッドに潜ったらうとうとしてきた。ふと、ラディアのことを思い出す。おじいさんは言っていた。雷神龍はラディアに封印されていたって。つまり、ウインディルムにはまだ雷神龍がいる?あたしはそこまで考えて意識を失った。
家に帰ると女神が待っていた。お姉ちゃんは今日も可愛い。
「お姉ちゃん、クエストどうだったの?ケガしてない?」
あたしはお姉ちゃんに抱き着いていた。お姉ちゃんがあたしの頭を優しく撫でてくれる。
「リンカさん、ものすごく強いのよ。すごく助かっちゃった。見て」
お姉ちゃんが見せてくれたのは紛れもないトマトだ。真っ赤でつやつやしている。しかも大きい。
「今日は南の地域に行ってみたんだけど、そこで見つけたのよ。もしかしたらトマトの群生地がある可能性があるわ」
それってすごいことだ。トマトはこの辺りでは希少だと言われているのだから。
「二人は何か分かったの?」
「たかしはエミリオっていう名前だったの。ね」
あたしが振り返ってエミリオを見ると、エミリオは頷いた。
「まぁ、本当の名前が分かったのね!」
お姉ちゃんが嬉しそうに笑う。
「とりあえず、お夕飯にしましょうか。今日はパスタよー。もちろん麺から作ったの」
自家製パスタの手間、恐るべしだ。でもお姉ちゃんが楽しそうだからいいかな?いいよね?
クリーミーなカルボナーラソースがたっぷりかかったパスタは本当に美味しくて、あたしはぺろりと平らげてしまった。お昼、あんなに食べたのに全然関係なかった。食べている間、お姉ちゃんに今日あったことを話した。
「そう。ここに雷神龍が…」
「まだ姿を視認したわけじゃないからはっきりとは言えないけど」
エミリオが言った。
「警戒をしておいた方がいいわね。大丈夫、今度は私たちも加勢出来るわ。もう、エミリオくん一人に戦わせない」
「アリアちゃん…」
ありがとう、とエミリオはあたしたちに頭を下げた。
「なんでエミリオ一人で戦うことになったのかしら?騎士さん、あんなにいるのに」
あたしは憤りを覚えていた。そもそも、エミリオが一人で戦っていなければこんなことになっていないわけで。雷神龍のことだって、もっとスムーズに事が運んでいたような気がしないでもない。
「多分、エミリオくんだったから雷神龍も姿を現したのよ。もしかしたら雷神龍も自分を止めてほしいのかも」
お姉ちゃんが言った。雷神龍は自分の意思で暴れているわけじゃない?可能性はあらゆる方向で考えておくべきだ。理屈では分かってるけど。あたしはエミリオがくれた石をポケットの中でそっと握った。いつの間にかお守りみたいになっている。
「早くエミリオくんの記憶が戻るといいわね」
「うん」
あたしたちは頷いていた。そうそう、とお姉ちゃんがメニュー表を取り出す。あれ、なんか新しくなってる。
「今日作ってみたの。ついに明日からパンケーキが解禁です」
「わあぁ、すごい!」
今まで、「喫茶・モンスター」にはエッグバーグマフィンかシチュー、そしてサラダ、ドリンクのランチセット、またはコーヒーかカフェオレの二種類のドリンクのどちらかしかメニューがなかった。そこにパンケーキが加わるとなると随分違う。メインメニューが3種になるってすごいことだ。
「パンケーキもランチセットに加えるわ。これでどうなるかドキドキよね、それでね」
お姉ちゃんはあたしとエミリオにパンケーキの仕上げ、つまり調理補助をして欲しいと言ってきた。そんなのはお安い御用だ。それは生クリームをパンケーキの端にたっぷりのせる工程らしい。生クリーム、あたしも大好きだし、楽しそう。お姉ちゃんが言うには特注の生クリームらしい。相変わらず行動が素早い。
「はじめは上手くできなくて当たり前よ。ゆっくり慣れていって」
「はーい」
明日が楽しみになってきた。昼のまかないでパンケーキが食べられないかつい期待してしまう。
2・次の日になっている。あたしは裏の畑に水をやっていた。当然、収穫もする。この土地のエネルギーは凄まじいらしい。野菜たちがもりもりに育っている。今は夏だから尚更だろう。秋になる前に他の野菜を育て始めるのもありだなぁ。またクエストで新しい野菜の苗を採集しにいこう。
「サリアちゃん、野菜運ぼうか?」
エプロンを着けたエミリオがやって来た。もうすぐ開店時間か。
「お願い」
エミリオが野菜ののったザルを運んでくれる。いつも山盛りに収穫できるからザルがすごく重たくなる。
エミリオが力持ちでなによりだ。
店に戻ると、お姉ちゃんが最終チェックに入っていた。今日からパンケーキが始まるから、より念入りにしているんだろう。注文を受けて、どれくらいのスピードで提供できるかも大事だ。
あたしたちもがっちり協力しないとね。
開店時間5分前ともなると、お客様が行列を作っている。よし、今日も頑張ろう!
「まあ、今日はパンケーキがあるのね」
すっかり常連さんになったおばさまに問い掛けられて、あたしは笑って頷いた。
「それならパンケーキを頂こうかしら。いつもの甘いカフェオレもお願い」
「かしこまりました、いつもありがとうございます」
あたしはお姉ちゃんにオーダーを通した。正直お姉ちゃん一人じゃ調理をするのに難しいものがある。せめてもう一人いて欲しい。狩りが出来て、接客もできて、調理もできる人材。そんなちょうどいい子いるー?
「すみませーん」
「はーい!」
今は考えている場合じゃない。あたしは慌ててオーダーを取りに向かった。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしています!」
最後のお客様を見送ったあたしたちは、文字通り屍と化していた。め、めちゃくちゃ忙しかった。あのお姉ちゃんですら疲れたっていう顔をしている。まだ体力に余裕があったエミリオが夕飯を買いに行ってくれた。
「大丈夫?サリアちゃん」
疲れた体をなんとか動かして、あたしは洗い物をしている。今日は早く寝たほうがよさそうだな、明日もあるんだし。お姉ちゃんにはもう休んでいてもらおう。
「やっぱり誰か新しいヒトを呼んだほうがいいのかしら」
んー、とお姉ちゃんが考えている。それは絶対にそうだと思う。
「ギルドに求人募集の広告を出してみるわ」
おぉ、お姉ちゃんも決意したらしい。どんなヒトが来てくれるんだろう。そもそも求人を出してすぐにヒトが来てくれるものなのかな?分からないけどやってみるしかないか。お姉ちゃんが求人募集の条件を考えている間、あたしは食器をふきんで拭いて棚に片付けた。よし、今日も作業完了。また明日も頑張ろう。
「ただいま」
ソローリ、とエミリオが静かに歩いてきた。なんか大きいものを抱えてる。お弁当ではない、それは間違いない。エミリオはそれをそっとソファに置いた。男の子?竜人さんかな?珍しい。じゃなくて!
「エミリオ…!まさかあんた、ヒト拐いしてきたの?!」
あたしが小声で問い詰めると、エミリオが慌てて首を横に振った。
「ち…違うよ。弁当を買いに行く途中で道端で泣いていて、話を聞いている間に寝ちゃって…それで」
エミリオも連れてこざるを得なかったらしい。まあ、そうよね。
「とりあえず起きるまで寝かせておきましょうか」
いつの間にかやって来たお姉ちゃんが笑って男の子の体に毛布をかけた。よく眠ってる。泣き疲れたのかな?顔には涙の痕が残っている。うーん、見た感じ、12歳くらい?もっと小さいのかな?分からない。竜人はエルフより更に長命だし成長速度も遅いからな。
「先にお夕飯食べましょうか」
「そうだった!お腹空いた!」
今日のお弁当はなんだろう?と思っていたら、色々なおかずが入った彩り重視のものだった。美味しすぎる。お姉ちゃんの作ったご飯も最強だけど、ここのお惣菜屋さん侮れない。
「ん…」
声がして、ふとソファの方を見たら、男の子が不思議そうにあたしたちを見つめていた。
「あ、起きたの?どこか痛むところはある?」
お姉ちゃんが優しく問いかけると、その子は顔を歪ませた。ひえ、泣いちゃうの?どうしたものやら。お姉ちゃんが男の子に近付いて頭を撫でた。
「悲しいのね、辛い時は泣いていいのよ?」
お姉ちゃん、優しい。さすが女神。男の子が泣き始めた。お姉ちゃんが頭を撫でてあげている。羨ましい。しばらく男の子は泣いてようやく泣き止んだ。ごしごしと目を手の甲で擦る。
「いっぱい泣いちゃってごめんなさい。僕のお父さんが居なくなっちゃったんだ」
それは緊急事態だ。
「どこに行ったのか全然分からないの?」
「分からない」
男の子がしょんぼりした顔で言う。
「あなたのお名前は?」
「僕はケイン。お父さんを探しに来たんだけど、持っていた荷物を全部盗まれちゃったんだ。それでどうしたらいいか分からなくなっちゃって」
それはあたしでも泣く。エミリオがここに連れてきてくれてよかった。
「ケインくん、ウチで働いてみない?」
お姉ちゃん、何言ってるのー?ケインくん、まだ子供じゃない!お姉ちゃんがいつもの超絶スマイルを放ってきた。
「ケインくんは戦えるでしょう?しかもすごく強いみたい」
「え?なんで?なんでそう思うの?」
ケインくんが困ってる。
「私、勘だけはいいのよね」
お姉ちゃん、あなたは美人のハイスペ女子ですよ?まあ自覚がないところが可愛いんだけどね。
「ぼ、僕は確かに戦えるよ。でも強いかどうかは」
「大丈夫、だって武器はあるんでしょう?」
ケインくんが服の袖から取り出したのは折りたたまれた太さ直径5センチ位の細い棒だった。これが武器?ケインくんが棒を軽くふると、棒が音を立てて伸びる。なるほど、折りたたまれてたんだ。
「ビリヤードのキューみたい」
あたしが思わずそう言うと、ケインくんが笑う。
「うん、そうだよ」
そうなんだ!どうやって戦うか興味が湧いてきた。
「僕、お父さんを見つけたい。ここで働かせてください」
「嬉しいわ、ケインくん」
お姉ちゃんが女神の笑顔を炸裂させる。ケインくん、お姉ちゃんを好きになったら火傷しちゃうからね!
ケインくんのことを聞いていたら、彼が15歳であることが分かった。え、やっぱちいさ…いや、伸び盛りだしこれからだよね。竜人だしね!
「アリアさん、サリアさん、エミリオさん、よろしくお願いします!」
こうしてあたしたちに仲間が増えたのだった。求人を出す前でよかったかもしれない。
2・次の日、ケインくんも含めた4人でお店を回している。ケインくんには主に食器の洗い物をやってもらうことにした。すごく助かる。
「ゴム手袋、やじゃない?」
あたしが尋ねると、ケインくんが笑って頷く。
「大丈夫です。ありがとうございます!」
ケインくんと話していると、めちゃくちゃいい子だなってなるな。今日も暑くてアイスコーヒーが出るわ出るわ。パンケーキもなかなか人気だな。お姉ちゃんがパンケーキを焼いている間、あたしは料理を盛り付けて、エミリオにパスした。合間に飲み物も淹れる。うん、忙しいけどあたしでも出来る。
「サリアちゃん、そろそろ」
お姉ちゃんが声を掛けてきた。どうやら素材が尽きそうになっているようだ。エミリオにも声を掛けて、閉店の準備を始める。今日もあっという間だったなあ。
閉店作業をして、店内の掃除をした。明日はお休み。素材集めにクエストいっくぞー!
「お店、すごいですね!」
ケインくん、興奮してるなぁ。大きな青い瞳をキラキラさせている。
「洗い物をしてくれて助かったわぁ。そうそう、みんなに大事な話があるの。今、飲み物を淹れるわ」
「あたしも手伝う」
「ありがとう」
お姉ちゃんが淹れてくれたのは熱々のホットミルクだった。砂糖が入った甘いものだ。美味しいよね!
居住スペースでみんなソファーに座っている。
「話っていうのはみんなのお給金のことなの。みんなが一生懸命に働いてくれて本当に助かってるわ。ケインくんも、もちろんうちの大事な従業員さんよ」
お姉ちゃんがケインくんに向かって微笑むと、ケインくんが顔を赤くした。
「ここ数日、お店を開けてみて分かったけれど、うちは開店時間が短いわ。素材の流通をもう少し安定させたいし、外にテラス席を設けようかとも思うの。キッチンカーもなんだかんだお客様は来てくれたし、時々やってみてもいいかもしれない。それでね、お給金はしばらく固定額になるわ。ごめんなさいね」
お姉ちゃんが謝る理由なんて一つもない。
「それでね、明日は私たち四人でトマトを探そうと思うの」
「あ、南の地域だっけ?」
「そうよ。大好きなお店のナポリタンの味を引き継ぎたくて私は喫茶店を開いたの。美味しいトマトがなにより大事だわ」
お姉ちゃん、本気だ。あたしに出来ることは全力でしよう。
「お姉ちゃん、あたし頑張る」
「ありがとう、サリアちゃん」
「ナポリタン、俺も食べてみたいな」
「きっとすごく美味しいんですね!」
エミリオとケインくんが笑う。よし、こうなったら早く寝て早く出発だ!
3・「うぅう」
あたしは呻いていた。朝が弱い自覚はあったけど、ここまでとは。
「サリアちゃん、大丈夫?」
お姉ちゃんが声を掛けてくれた。嬉しい。
「大丈夫。いつものことだから」
「そうよね、サリアちゃん朝弱いものね。朝ごはん出来てるから食べて頂戴」
「はーい」
居間に向かうとエミリオとケインくんがご飯を食べていた。
「おはよ、サリアちゃん」
「おはようございます!」
「二人共おはよ。ふああ」
思わず大きなあくびが出た。あたしも椅子に座ってフォークを手に取る。これは…。
「パンケーキ!」
「うん、ふかふかで美味しいよ」
「甘くて最高です!」
あたしはシロップをたっぷりかけて食べ始めた。美味しくて目が覚める。朝からこれは贅沢だな。
「お姉ちゃん、天才。めちゃウマ」
「サリアさんがそう言うなら間違いないですね」
「本当だ」
エミリオとケインくんが二人で笑う。え、あたしってそんなに食に厳しいヒトみたいに思われてたの?
「今日のクエスト楽しみですね」
ケインくんがニコニコしながら言う。あの後彼のステイタスを見せてもらったら、めちゃくちゃ強かった。エミリオやお姉ちゃんだって桁違いに強いのにそれを遥かに凌ぐ。
「必要な材料は、トマトとピーマン、玉ねぎだっけ?」
エミリオが確認してくる。
「それとソーセージね。こう考えるとナポリタンスパゲッティを作るだけでも大変ね。ヒト族の街は何でも簡単に揃ったから…」
お姉ちゃんが鼻歌を歌いながらやって来た。手には段ボールを抱えている。なんだろう?
「見て見て!ソーセージを作る機械を買ったの!」
お姉ちゃん?!行動が素早すぎない?!
「あとはナポリタンに入れるお野菜だけよ!」
朝ごはんも食べて、出掛ける段になった。さあ、初めて行く場所だし気合いを入れなくちゃ。
南の地域に向かうまでは場所を記憶させた玉を使う。帰りもまた然り。
南の地域というだけあって、更に暑かった。拠点のアイテムBOXの中には暑さを緩和するものがあった。助かる。試しに飲んでみるとヨーグルト味で美味しい。
「じゃあ行きましょうか!」
あたしたちは拠点を出た。あらゆるアイテムがこのあたりにはゴロゴロしている。全ては拾いきれないな、さすがに。
「あれ?」
ケインくんが何かに気付く。彼は屈んで何かを拾った。
「これ、トマトじゃ?」
「本当ね。あら?」
不思議なことにトマトが道標のように落ちている。なんか怪しいなぁ。
「モンスターの餌なのかも」
エミリオが呟いた。お姉ちゃんも考えている。
「様子を探りましょうか」
あたしたちは頷いた。トマトを拾いながら道を進む。ここまで随分トマトを稼げたわね。
「ねえ、見て!」
咄嗟に岩陰にあたしたちは隠れた。向こう側にトマトが沢山生っている。それをもりもりと食べているのは真っ赤な龍だ。強そう。
「あれがトマトを独り占めにしてたのか」
「そうみたいね。話が通じる相手じゃなさそうだし、拳で語り合いましょうか」
エミリオもお姉ちゃんもやる気まんまんだな。
ケインくんも武器であるキューを展開している。
「いくぞ!」
エミリオの合図であたしたちは龍の前に飛び出した。
あくまで今回はトマトの苗の採集だ。あたしがその役を請け負うことになった。よし、やるぞ!お姉ちゃんとエミリオが斬撃を龍にひたすら加える。痛みで咆哮をあげる龍。この威圧感はホンモノだ。ケインくんが魔力の玉をキューで打つと、カキィンという快音が響く。その玉が勢い良く龍の頭にぶつかる。それだけで龍はよろめいた。さすが。
あたしは龍がいた足元を探った。苗があった!!
念のため5つ採集する。この龍の餌場でもあるわけだし、あまり荒らしたくない。
あたしはみんなに撤退の合図を出した。よし、これで帰れ…。ズウウウンという音がして地面が揺れる。赤い龍が逃げ出していった。まさか、まさかだよね?
咆哮をあげているのは雷を背中に纏った龍だった。
「雷神龍!!」
「これが…」
「撤退しましょう!」
ケインくんの言葉に従った方が良さそうだ。あたしたちはその場から逃げ出したのだった。
✢✢✢
「トマト、早く出来るといいですね!」
「そうね」
ケインくんが嬉しそうに言う。あたしは畑に苗を植えている。トマト以外にもパプリカやズッキーニなんかも植えた。玉ねぎは交易で何とかなりそうだ。いっぱい作っている場所があるらしい。ケインくんはしゃがんで自ら草取りを始めた。偉い。
「水を持ってきたよ」
エミリオがバケツを手に持ってくる。お姉ちゃんはリンカさんの所だ。玉ねぎをなる早で欲しいって言いに行った。リンカさんも大変だな。
あたしたちは苗たちにたっぷり水をやって、店内に戻った。
「暑かったー」
店内は冷房が効いていて涼しいから天国だ。
「コーヒー飲みましょ。エミリオはブラック?ケインくんは?」
お姉ちゃんから店のものを使う許可は出ている。
「あ、僕はカフェオレがいいなぁ。甘くないと飲めなくて」
やっぱり可愛いし、あたしもその気持ちはよく分かる。アイスコーヒーは昨日の夜、仕込んで冷蔵庫で冷やしておいた。手間がかかるから夜のうちにやるのが習慣になりつつある。グラスにアイスコーヒーを注いでミルクを入れる。この作業にも慣れてきた。
「はい」
エミリオとケインくんの前に、グラスを置いた。
あたしも飲もう。
「うん、美味しい」
「はい、すごく!」
二人が褒めてくれて嬉しい。
「そうそう、あれが雷神龍なのね?」
あたしが言うとケインくんの顔が曇った。
「実はあの雷神龍は、僕のお父さんなんです。まさか龍化してたなんて」
「え?!」
ケインくんがうつ向く。
「沢山暴れたって聞いてます。色々な人に迷惑をかけて、僕は悲しい」
「なんでお父様は暴れているの?」
「多分、混乱してるんだと思います。大事な宝を奪われたから」
「誰に?」
きゅ、とケインくんが唇を噛む。
「龍を研究している組織があるんです。無理やり竜人を連れ去って勝手に色々実験しているみたいで。多分その人たちが関係してると思うんです」
そんな酷い話ある?
「それなら尚更急いだほうがいいね。ケインくんのお父さんの混乱を鎮めよう」
「どうやって?」
「これさ」
それは光を放つ玉だった。モンスターを怯ませる効果を持っている。
「俺はこれから行く。二人はどうする?」
「僕、行きたいです!」
「あたしも行くわ」
「あらあら、私は仲間はずれ?」
「アリアちゃん、君には伝令を頼みたい。雷神龍は本当に強いから、俺たちももしかしたら」
お姉ちゃんが頷く。
「分かったわ。気を付けてね」
あたしたちはフィールドに出た。雷神龍は南の地域から動いていないとギルドは確認したようだ。マップを頼りに雷神龍を目掛けて走っていく。
「いた…!」
悠々と雷神龍は水を飲んでいた。今なら仕掛けられる。エミリオが後ろから攻撃を入れる。うん、クリティカルで入ったな。あたしも弓矢で追撃する。
「お父さん!!僕だよ!分からないの!!」
ケインくんが叫びながら閃光玉を投げつける。それに雷神龍は怯んだ。
ケインくんが必死に訴えている。
段々雷神龍の体力が削られてきたようだ。先程より攻撃の手がゆるくなってきている。
「お父さん!!」
「け…いん」
光が龍を包んだ。眩しい、目を開けていられない。
気が付くと巨大な龍だったものが人の姿になっていた。
「お父さん!大丈夫?」
ケインくんが駆け寄る。
「あぁ。迷惑を掛けたね」
「仕方ないですよ。あなたはそうならざるを得なかったでしょうし」
エミリオがやってきて彼の体を観察した。
「君たちのお陰で。本当にありがとう」
「まだですよ」
エミリオが笑う。
「お宝がどこに行ったか俺が探りますよ」
「え?本当かい?」
「はい。俺は一度あなたを傷つけてしまっています。そのお詫びというか…」
「君みたいな腕の立つ人なら安心だ」
フッと笑って、ケインくんのお父様は気を失った。ずっと暴れていたんだ、無理もない。
✢✢✢
ケインくんは今日、病院に泊まることにしたらしい。
心配だものね。
「二人共お疲れ様。上手く連携出来たみたいね」
店に戻るとお姉ちゃんが待っていてくれた。嬉しい。
「さ、今日はもう休みましょ」
シャワーを浴びてベッドに潜ったらうとうとしてきた。ふと、ラディアのことを思い出す。おじいさんは言っていた。雷神龍はラディアに封印されていたって。つまり、ウインディルムにはまだ雷神龍がいる?あたしはそこまで考えて意識を失った。
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