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七話・店に着ていく服がない(ショッピングとジャンクフード)
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1・今日はお店がお休みだった。「喫茶・モンスター」を始めて、すでに三ヶ月が経とうとしている。ここ最近、ずっと密度の濃い時間を過ごしてきたなぁ。すごく貴重な体験をした、と思う。今日はお休みだし、引っ越しの片付けをいい加減に終わらせてしまおうということになった。エミリオとケインくんには、明日お店で使う素材を集めるため、採集クエストに出掛けてもらっている。あたしは自分の部屋に置いてあった荷物を片付けていた。あたしが持ってきたもののほとんどは、お気に入りの少女漫画やぬいぐるみだった。はじめから備え付けられていた棚にそれらをしまう。クローゼットにはお気に入りの服をハンガーにかけて並べた。よし、こんな感じかなぁ。
荷物の中から日記を見つけて、久しぶりに書いてみることにした。前まで何かがあったら書くようにしていたからいい機会だ。そういえば、今までなんとも思っていなかったけど、この店兼家は家具がもとから揃っている。あとからお姉ちゃんに聞いたけれど、この物件はかなり人気があったらしい。でも立地がウインディルムだった、というのがネックだった。お姉ちゃんはそれでも即決したらしいからすごいと思う。知らない場所で初めてのことをするってなかなか出来ないから。
あたしは最近あったことを箇条書きで日記に書いてみた。エミリオのことから始まって、喫茶・モンスターのことやキッチンカーの出店、湖社のことやケインくんとの出会い、ユミナさんと一緒にトリュフを探したこと。そしてなによりお姉ちゃんのことだ。ずっと楽しかった、今も楽しい。これがこれからもずっと続けばいいな。ううん、続けて見せる。
「サリアちゃーん、お茶にしましょー」
扉がノックされて、あたしは返事をした。時計を見ると、もう午後三時すぎだ。エミリオたちもクエストから帰ってきたのかな?
居間に向かうとみんながいた。お姉ちゃんが飲み物をテーブルに並べてくれている。コーヒーじゃない。ならなんだろう?
「二人共お帰りー」
「ただいま」
「ただいまです!」
あたしはエミリオの隣に座った。
「サリアちゃん、お片付けはどう?」
「うん、終わった」
「よかったわ。それでねみんなに相談があるの」
なんだろう?
お姉ちゃんが出してきたのはおしゃれな封筒だった。もしかして誰かの結婚式の招待状?でもそんな連絡来てないよね。
「この間のリゾートホテルで、ケインくんといっしょにお手伝いしたお店から料理を食べに来ないかってご招待頂いて」
それって確かコース料理の?
「え、そこって高いんじゃないの?」
あたしが思わず言うと、お姉ちゃんが笑う。
「それがね、そこ、今度二号店を出すらしくて試しにどうかって。一号店よりもカジュアルなお店なんですって」
「すごい…」
あたしは思わず呟いてしまった。だって二号店を出すっていう時点で、もう料理が美味しいことは確定しているわけで。
「みんなで行ってみましょうよ」
「きっと美味しいんでしょうね!」
「楽しみだなぁ」
ケインくんやエミリオも乗り気らしい。あたしだって行きたくないわけじゃない。きっとそういう場所に行けばなにか新しい着想だって得られるはずだ。でも。
「あたし、テーブルマナーなんて全然分からないんだけど」
あたしの言葉にケインくんが青ざめる。
「ぼ、僕も分かりません」
「俺も自信ない」
オロオロし始めたあたしたちを見て、お姉ちゃんが笑った。
「大丈夫よ。本当にカジュアルなお店なんですって。コース料理っていう形式は同じみたいだけど、ドレスコードもないし」
「へえー」
お姉ちゃんを除く全員がハモった。でもそれなら大丈夫そうかも。お姉ちゃんが考えている。
「そうね。エミリオくんとケインくんはあまり服がないし、明日お店が終わったら買いに行きましょうか」
そう、エミリオとケインくんはお隣さんが心配して、くれた貰い物の服をずっと着回していた。お隣さんがナイス過ぎる。久しぶりのショッピング、楽しそう。あたしもそろそろ新しい服が欲しかったところだ。もうすぐ秋が巡ってくるわけだし。秋は短いからなぁ。冬にも着られる可愛い服があるといいな。
「どこに買いに行くの?」
「たまには実家に顔を出すのも悪くないわね」
ってことは、久しぶりにヒト族の街に帰るんだな。あそこならなんでも揃うもんね。明日が楽しみだ。
2・今日もお店には沢山のお客様が来てくれた。今まではウインディルムに住んでいるお客様が来てくれることがほとんどだったけれど、今では噂を聞きつけてわざわざウインディルムに泊まりがけでお店に来てくれるお客様もいる。これを聞いたら手は絶対に抜けないなって思った。手を抜いた瞬間から、お客様を裏切ることになってしまうんだ。それは絶対に許されない。
とにかく今は前を向いて丁寧な仕事を心がけていこう。毎日お客様と話していると、色々なヒトがいるなって驚きっぱなしだ。でもそれも楽しもうってみんなで毎回声を掛け合っている。深刻なクレームは今のところない。でもやっぱり小さいいざこざみたいなものは存在している。それは言い方だったりちょっとした気持ちのすれ違いだったりする。そんなことから、お客様の言葉をちゃんと聞こうってあたしは学んだ。
「ありがとうございました!またのご来店をお待ちしています!」
最後のお客様をあたしたちは見送った。今日もやりきったな。
「お疲れ様、サリアちゃん」
「お姉ちゃんも」
お客様がいないお店はなんだかがらんとして寂しそうだ。でも大丈夫。あたしたちがこれからピカピカにしてあげるから寂しくないよ。いつものように床をモップで拭いて台拭きで台を拭く。うん、綺麗になった。
エミリオは食器を拭いている。ケインくんは素材の確認だ。そろそろ彼に、調理にも挑戦してもらいたいとお姉ちゃんは思っているらしい。こうして色々なことが変化していくんだな。なんだか面白い。歴史ってこうやって作られてきたのかな。
✢✢✢
「着いたー!」
船に乗ってヒト族の街に着いたのは真夜中だった。
明日が休みで良かったなぁ。あたしたちは家に向かって歩いている。街灯があるから道が少し明るい。
「アリアさんとサリアさんのお家にお邪魔していいんですか?急なことなのに?」
「大丈夫よお」
ケインくんって本当にしっかり者だな。初めて会った時のナヨナヨした感じが今では全然ない。お客様の中に、明らかにケインくんのファンっていう女性もいるし、これは恋人が出来るのも時間の問題だ。ケインくんは優しいし可愛いから余計幸せになってほしい。
あたしたちは話しながら家まで歩いた。お、家が見えてきたな。
「え、大きいお家」
ケインくんが焦ったような声を出す。
「うちは家族が多いのよ。きっとみんなびっくりするわ」
お姉ちゃんがさっと説明してくれた。
インターホンを鳴らすとお母さんが出てくれた。
「お帰り、二人共」
「ただいま、お母さん」
中に入ると居間にウチの家族が全員集合していた。
「お姉ちゃんたちばっかり楽しそうでずるい!」
開口一番に口を開いたのは末の妹、カリアだった。すごく膨れているな。まだ中学生だし、今年高校受験だから塾で忙しいはずだ。
「カリアちゃんも高校生になったらバイトしに来てね」
「いいの?!」
お姉ちゃんがにっこり笑う。カリア嬉しそうだな。
「急に決めるからびっくりしたよ」
あたしたち兄妹の一番上の兄が言う。名前はイラス。
サラリーマンをしている。普段は一人で暮らしている。あたしたちが帰ってくると聞いてわざわざ来てくれたらしい。
「お兄ちゃん、仕事どうなの?」
「んー、ぼちぼちかな?今度ウインディルムに出張が決まったから店に食べ行くわ」
「本当なの?兄さん」
お姉ちゃんの言葉にお兄ちゃんが笑う。
「なんか、ウインディルムのリゾートホテルでイベントやるんだって聞いてる。それの企画をウチがやるんだって」
なるほど、さすが営業職。お兄ちゃんはエミリオやケインくんに気が付いたようだ。お姉ちゃんが二人を紹介する。
「こっちがエミリオくんで、こっちがケインくん。二人共優秀な従業員よ」
エミリオもケインくんも照れたように笑って、自己紹介を始めた。お母さんがお茶を淹れてくれたみたいだ。そうだ、もう真夜中だったね!お父さんも途中で仕事から帰ってきたし、みんなに会えて良かったなぁ。久しぶりに帰ってきた家はホッとできた。よく眠れた気がするな。
2・お母さんの作るご飯を久しぶりに食べて、「母の味」偉大なりと一人で感動した。最近白米というものを食べる機会が減っていたから、すごく美味しく感じた。エミリオやケインくんも箸が進んだようだ。お姉ちゃんも沢山食べていた。
「行ってきまーす」
「夕飯食べてからウインディルムに帰るでしょう?」
「うん、早めに帰ってくるわ!」
お姉ちゃんが久しぶりにカレーライスが食べたいとお母さんに強請っていた。珍しい。お母さんの作るカレーライスは本当に美味しいからなぁ。
あたしたちの家からバスに乗ってしばらくするとショッピングモールがある。それがまた大きくて便利なのだ。あらゆる専門店が勢揃いしている。
「わぁ、さすが都会は違うなぁ」
ケインくんがショッピングモールを見て、目をキラキラさせている。エミリオもびっくりしたみたいだ。
中に入ると沢山のヒト。あたしたちはその中にある服屋を目指した。最近のお店はすごい。質が良くて安いことを目指している。
「今日のお買い物はお店の経費にするから安心してね」
「わぁ、いいんですか?」
「もちろん」
お姉ちゃん、さすが太っ腹!この潔さはなかなか持てるものじゃない。
「どれがいいんだろう?分からないな」
エミリオ、ファッションに疎い感じ?ケインくんも首を傾げているな。
「サリアちゃん、二人に服を見繕ってあげたら」
お姉ちゃんがそう言うなら仕方ないか。
「二人共、カジュアルなレストランなら少しラフな感じでもいいと思うの。そう、いわゆる抜け感よ!」
「ぬけかん…?」
「何かの缶詰ですか?」
あ、これは説明していると時間がいくらあっても足りないやつだ。あたしは白いシャツに紺色のジャケットとグレーのパンツをエミリオに、淡いピンク色のセットアップをケインくんに渡した。サイズもいいはずだ。
「着てみて」
二人が試着室に入るのを見送る。
「サリアちゃん、私の服も見て」
「はーい」
お姉ちゃんにはワイドパンツが可愛いと睨んだあたしはお姉ちゃんにチェック柄のワイドパンツに肩出しのニットを渡した。あたしは薄紫のワンピースを手に取った。よし、そろそろみんな試着出来た頃かな?試着室のあるフロアに向かうと、エミリオとケインくんがちょうど出てきた。うん、二人共いいじゃない。
「変じゃないですか?」
「可愛いよ、ケインくん」
あたしがそう言うと顔を赤くされる。うーん、さすが喫茶・モンスターのプリンセス。
「あんまりこういう服は着ないから慣れないな」
エミリオ、ソワソワしてるのウケる。でも体格がいいからこうゆう服も様になるな、悪くない。
「きつくない?」
改めて見るとエミリオはムキムキなんだなって分かった。ハンターだから当たり前といえば当たり前なんだけど。
「もうワンサイズ上げとこう」
あたしはエミリオからジャケットを預かって綺麗に畳んだ。服屋でバイトしたいなって思っていたこともあったけど、それはもうちょっとあとでもいいのかも。やりたいことがあるって大事だ。この気持ちは大事に温めておこう。あたしはワンサイズ上のジャケットをエミリオに渡して着てもらった。こっちのほうが素敵に見える。
「わぁ、エミリオさん、かっこいいです!」
「ありがとう」
これで二人の服は決まった。後はお姉ちゃんか。
試着室のカーテンが開く。もちろんそれはスペシャルクラスに可愛いお姉ちゃんだった。
「どう?」
「お姉ちゃん、可愛い!」
ケインくんとエミリオも頷いている。お姉ちゃんも決まり、残すところはあたしだけ。
先程選んだワンピースを片手にあたしは試着室に入った。袖がパフスリーブになっているし、じつはこのワンピース、スカート部分がキュロットになっているのだ。それもまた可愛い。
着てみるとサイズもちょうどいい。
「サリアちゃん、どう?」
外からお姉ちゃんが声を掛けてくれたからカーテンを開けた。
「可愛いわぁ」
「うん、可愛い」
「サリアさん、素敵です」
みんな、褒め過ぎじゃない?あ、可愛いのはあたしじゃなくてワンピースか。なるほど。
これでレストランに無事に行けそうだな。他にも下着やら靴下なんかの細々としたものを買った。
あー、お腹すいた!!それはあたしだけじゃないようで、お姉ちゃんがフロアの案内図をじっと凝視している。見ているのはもちろん、飲食店のフロアだ。
「私、ハンバーガーが無性に食べたい気分」
お姉ちゃんがポツっと言った。その気持ち分かるな。ジャンクフードは時として、人の心を鷲掴みにする。
体に悪いと分かっていても欲してしまう時があるんだよね。だってとにかく美味しいんだもん!
「僕もハンバーガー食べたいです。今まで食べたことないので」
「あら、いい経験になるわよ」
ケインくん、ジャンクフード初体験か。エミリオとあたしも賛成して、さっそく店に向かった。お昼時なだけあって、混んでいるなぁ。注文の列に並んで順番を待つ。
何が食べたいか決めているうちに順番が回ってきた。
このお店のバーガーって野菜が多くて、食べてもあまり罪悪感がない。でもしっかりお腹いっぱいになるという素敵さがある。オニオンリングとチキンナゲット、ポテトフライももちろん注文する。
だって美味しいんだもん。2回言ったのは大事なことだから。
「いただきまーす!」
とにかくハンバーガーが大きい。ケインくんの顔くらいある。
かぶりつくと挟まっているトマトから汁が溢れた。上手く食べるのには難易度が高いな。
「美味しいわぁ」
「うん、美味い」
「これがハンバーガーなんですね」
ケインくんのバーガーには、これでもかとチーズが挟まった状態でとろけている。うん、ビジュアルが既にテロリストだよね。はぐ、とケインくんがハンバーガーにかぶりついた。
「わああ、美味しいです。チーズがハンバーグとよく合うんですね」
みんな、もりもり食べたなぁ。ごちそうさまでした。こういうお店に来て、どうすれば接客がうまくいくのか、技術を盗むのも必要だ。接客には絶対の正解がない。だから色々なことを想定する必要がある。
3・家の前に来たらカレーのいい匂いがした。あれからハンバーガーやポテトフライ、チキンナゲットをたっぷり堪能したあたしたちは、本屋を見たり、安さが売りの外国産のお菓子が沢山置いてある店を見た。楽しかったー。もっと遊びたかったけど、今日はもうウインディルムに帰らなくちゃいけない。あたしたちは渋々ショッピングモールを後にした。でもお母さんのカレーライスが食べられるし、それはそれで嬉しい。明日からのお仕事頑張るぞ!
「ただいまー」
「お帰りなさい。カレーもう食べるでしょ?」
「うん、食べる。これ、みんなにお土産」
お姉ちゃん、しっかりしてるなぁ。知らないうちにお菓子を買っていたらしい。お母さんが熱々のカレーを盛り付けてくれた。美味しそう。一口頬張ると辛味が口に広がる。美味しいな。
「これこれ」
お姉ちゃん、満足したみたいだな。お母さん嬉しそう。食べ終えた後、ちゃんと片付けも完了させて、あたしたちはウインディルムに戻ったのだった。
荷物の中から日記を見つけて、久しぶりに書いてみることにした。前まで何かがあったら書くようにしていたからいい機会だ。そういえば、今までなんとも思っていなかったけど、この店兼家は家具がもとから揃っている。あとからお姉ちゃんに聞いたけれど、この物件はかなり人気があったらしい。でも立地がウインディルムだった、というのがネックだった。お姉ちゃんはそれでも即決したらしいからすごいと思う。知らない場所で初めてのことをするってなかなか出来ないから。
あたしは最近あったことを箇条書きで日記に書いてみた。エミリオのことから始まって、喫茶・モンスターのことやキッチンカーの出店、湖社のことやケインくんとの出会い、ユミナさんと一緒にトリュフを探したこと。そしてなによりお姉ちゃんのことだ。ずっと楽しかった、今も楽しい。これがこれからもずっと続けばいいな。ううん、続けて見せる。
「サリアちゃーん、お茶にしましょー」
扉がノックされて、あたしは返事をした。時計を見ると、もう午後三時すぎだ。エミリオたちもクエストから帰ってきたのかな?
居間に向かうとみんながいた。お姉ちゃんが飲み物をテーブルに並べてくれている。コーヒーじゃない。ならなんだろう?
「二人共お帰りー」
「ただいま」
「ただいまです!」
あたしはエミリオの隣に座った。
「サリアちゃん、お片付けはどう?」
「うん、終わった」
「よかったわ。それでねみんなに相談があるの」
なんだろう?
お姉ちゃんが出してきたのはおしゃれな封筒だった。もしかして誰かの結婚式の招待状?でもそんな連絡来てないよね。
「この間のリゾートホテルで、ケインくんといっしょにお手伝いしたお店から料理を食べに来ないかってご招待頂いて」
それって確かコース料理の?
「え、そこって高いんじゃないの?」
あたしが思わず言うと、お姉ちゃんが笑う。
「それがね、そこ、今度二号店を出すらしくて試しにどうかって。一号店よりもカジュアルなお店なんですって」
「すごい…」
あたしは思わず呟いてしまった。だって二号店を出すっていう時点で、もう料理が美味しいことは確定しているわけで。
「みんなで行ってみましょうよ」
「きっと美味しいんでしょうね!」
「楽しみだなぁ」
ケインくんやエミリオも乗り気らしい。あたしだって行きたくないわけじゃない。きっとそういう場所に行けばなにか新しい着想だって得られるはずだ。でも。
「あたし、テーブルマナーなんて全然分からないんだけど」
あたしの言葉にケインくんが青ざめる。
「ぼ、僕も分かりません」
「俺も自信ない」
オロオロし始めたあたしたちを見て、お姉ちゃんが笑った。
「大丈夫よ。本当にカジュアルなお店なんですって。コース料理っていう形式は同じみたいだけど、ドレスコードもないし」
「へえー」
お姉ちゃんを除く全員がハモった。でもそれなら大丈夫そうかも。お姉ちゃんが考えている。
「そうね。エミリオくんとケインくんはあまり服がないし、明日お店が終わったら買いに行きましょうか」
そう、エミリオとケインくんはお隣さんが心配して、くれた貰い物の服をずっと着回していた。お隣さんがナイス過ぎる。久しぶりのショッピング、楽しそう。あたしもそろそろ新しい服が欲しかったところだ。もうすぐ秋が巡ってくるわけだし。秋は短いからなぁ。冬にも着られる可愛い服があるといいな。
「どこに買いに行くの?」
「たまには実家に顔を出すのも悪くないわね」
ってことは、久しぶりにヒト族の街に帰るんだな。あそこならなんでも揃うもんね。明日が楽しみだ。
2・今日もお店には沢山のお客様が来てくれた。今まではウインディルムに住んでいるお客様が来てくれることがほとんどだったけれど、今では噂を聞きつけてわざわざウインディルムに泊まりがけでお店に来てくれるお客様もいる。これを聞いたら手は絶対に抜けないなって思った。手を抜いた瞬間から、お客様を裏切ることになってしまうんだ。それは絶対に許されない。
とにかく今は前を向いて丁寧な仕事を心がけていこう。毎日お客様と話していると、色々なヒトがいるなって驚きっぱなしだ。でもそれも楽しもうってみんなで毎回声を掛け合っている。深刻なクレームは今のところない。でもやっぱり小さいいざこざみたいなものは存在している。それは言い方だったりちょっとした気持ちのすれ違いだったりする。そんなことから、お客様の言葉をちゃんと聞こうってあたしは学んだ。
「ありがとうございました!またのご来店をお待ちしています!」
最後のお客様をあたしたちは見送った。今日もやりきったな。
「お疲れ様、サリアちゃん」
「お姉ちゃんも」
お客様がいないお店はなんだかがらんとして寂しそうだ。でも大丈夫。あたしたちがこれからピカピカにしてあげるから寂しくないよ。いつものように床をモップで拭いて台拭きで台を拭く。うん、綺麗になった。
エミリオは食器を拭いている。ケインくんは素材の確認だ。そろそろ彼に、調理にも挑戦してもらいたいとお姉ちゃんは思っているらしい。こうして色々なことが変化していくんだな。なんだか面白い。歴史ってこうやって作られてきたのかな。
✢✢✢
「着いたー!」
船に乗ってヒト族の街に着いたのは真夜中だった。
明日が休みで良かったなぁ。あたしたちは家に向かって歩いている。街灯があるから道が少し明るい。
「アリアさんとサリアさんのお家にお邪魔していいんですか?急なことなのに?」
「大丈夫よお」
ケインくんって本当にしっかり者だな。初めて会った時のナヨナヨした感じが今では全然ない。お客様の中に、明らかにケインくんのファンっていう女性もいるし、これは恋人が出来るのも時間の問題だ。ケインくんは優しいし可愛いから余計幸せになってほしい。
あたしたちは話しながら家まで歩いた。お、家が見えてきたな。
「え、大きいお家」
ケインくんが焦ったような声を出す。
「うちは家族が多いのよ。きっとみんなびっくりするわ」
お姉ちゃんがさっと説明してくれた。
インターホンを鳴らすとお母さんが出てくれた。
「お帰り、二人共」
「ただいま、お母さん」
中に入ると居間にウチの家族が全員集合していた。
「お姉ちゃんたちばっかり楽しそうでずるい!」
開口一番に口を開いたのは末の妹、カリアだった。すごく膨れているな。まだ中学生だし、今年高校受験だから塾で忙しいはずだ。
「カリアちゃんも高校生になったらバイトしに来てね」
「いいの?!」
お姉ちゃんがにっこり笑う。カリア嬉しそうだな。
「急に決めるからびっくりしたよ」
あたしたち兄妹の一番上の兄が言う。名前はイラス。
サラリーマンをしている。普段は一人で暮らしている。あたしたちが帰ってくると聞いてわざわざ来てくれたらしい。
「お兄ちゃん、仕事どうなの?」
「んー、ぼちぼちかな?今度ウインディルムに出張が決まったから店に食べ行くわ」
「本当なの?兄さん」
お姉ちゃんの言葉にお兄ちゃんが笑う。
「なんか、ウインディルムのリゾートホテルでイベントやるんだって聞いてる。それの企画をウチがやるんだって」
なるほど、さすが営業職。お兄ちゃんはエミリオやケインくんに気が付いたようだ。お姉ちゃんが二人を紹介する。
「こっちがエミリオくんで、こっちがケインくん。二人共優秀な従業員よ」
エミリオもケインくんも照れたように笑って、自己紹介を始めた。お母さんがお茶を淹れてくれたみたいだ。そうだ、もう真夜中だったね!お父さんも途中で仕事から帰ってきたし、みんなに会えて良かったなぁ。久しぶりに帰ってきた家はホッとできた。よく眠れた気がするな。
2・お母さんの作るご飯を久しぶりに食べて、「母の味」偉大なりと一人で感動した。最近白米というものを食べる機会が減っていたから、すごく美味しく感じた。エミリオやケインくんも箸が進んだようだ。お姉ちゃんも沢山食べていた。
「行ってきまーす」
「夕飯食べてからウインディルムに帰るでしょう?」
「うん、早めに帰ってくるわ!」
お姉ちゃんが久しぶりにカレーライスが食べたいとお母さんに強請っていた。珍しい。お母さんの作るカレーライスは本当に美味しいからなぁ。
あたしたちの家からバスに乗ってしばらくするとショッピングモールがある。それがまた大きくて便利なのだ。あらゆる専門店が勢揃いしている。
「わぁ、さすが都会は違うなぁ」
ケインくんがショッピングモールを見て、目をキラキラさせている。エミリオもびっくりしたみたいだ。
中に入ると沢山のヒト。あたしたちはその中にある服屋を目指した。最近のお店はすごい。質が良くて安いことを目指している。
「今日のお買い物はお店の経費にするから安心してね」
「わぁ、いいんですか?」
「もちろん」
お姉ちゃん、さすが太っ腹!この潔さはなかなか持てるものじゃない。
「どれがいいんだろう?分からないな」
エミリオ、ファッションに疎い感じ?ケインくんも首を傾げているな。
「サリアちゃん、二人に服を見繕ってあげたら」
お姉ちゃんがそう言うなら仕方ないか。
「二人共、カジュアルなレストランなら少しラフな感じでもいいと思うの。そう、いわゆる抜け感よ!」
「ぬけかん…?」
「何かの缶詰ですか?」
あ、これは説明していると時間がいくらあっても足りないやつだ。あたしは白いシャツに紺色のジャケットとグレーのパンツをエミリオに、淡いピンク色のセットアップをケインくんに渡した。サイズもいいはずだ。
「着てみて」
二人が試着室に入るのを見送る。
「サリアちゃん、私の服も見て」
「はーい」
お姉ちゃんにはワイドパンツが可愛いと睨んだあたしはお姉ちゃんにチェック柄のワイドパンツに肩出しのニットを渡した。あたしは薄紫のワンピースを手に取った。よし、そろそろみんな試着出来た頃かな?試着室のあるフロアに向かうと、エミリオとケインくんがちょうど出てきた。うん、二人共いいじゃない。
「変じゃないですか?」
「可愛いよ、ケインくん」
あたしがそう言うと顔を赤くされる。うーん、さすが喫茶・モンスターのプリンセス。
「あんまりこういう服は着ないから慣れないな」
エミリオ、ソワソワしてるのウケる。でも体格がいいからこうゆう服も様になるな、悪くない。
「きつくない?」
改めて見るとエミリオはムキムキなんだなって分かった。ハンターだから当たり前といえば当たり前なんだけど。
「もうワンサイズ上げとこう」
あたしはエミリオからジャケットを預かって綺麗に畳んだ。服屋でバイトしたいなって思っていたこともあったけど、それはもうちょっとあとでもいいのかも。やりたいことがあるって大事だ。この気持ちは大事に温めておこう。あたしはワンサイズ上のジャケットをエミリオに渡して着てもらった。こっちのほうが素敵に見える。
「わぁ、エミリオさん、かっこいいです!」
「ありがとう」
これで二人の服は決まった。後はお姉ちゃんか。
試着室のカーテンが開く。もちろんそれはスペシャルクラスに可愛いお姉ちゃんだった。
「どう?」
「お姉ちゃん、可愛い!」
ケインくんとエミリオも頷いている。お姉ちゃんも決まり、残すところはあたしだけ。
先程選んだワンピースを片手にあたしは試着室に入った。袖がパフスリーブになっているし、じつはこのワンピース、スカート部分がキュロットになっているのだ。それもまた可愛い。
着てみるとサイズもちょうどいい。
「サリアちゃん、どう?」
外からお姉ちゃんが声を掛けてくれたからカーテンを開けた。
「可愛いわぁ」
「うん、可愛い」
「サリアさん、素敵です」
みんな、褒め過ぎじゃない?あ、可愛いのはあたしじゃなくてワンピースか。なるほど。
これでレストランに無事に行けそうだな。他にも下着やら靴下なんかの細々としたものを買った。
あー、お腹すいた!!それはあたしだけじゃないようで、お姉ちゃんがフロアの案内図をじっと凝視している。見ているのはもちろん、飲食店のフロアだ。
「私、ハンバーガーが無性に食べたい気分」
お姉ちゃんがポツっと言った。その気持ち分かるな。ジャンクフードは時として、人の心を鷲掴みにする。
体に悪いと分かっていても欲してしまう時があるんだよね。だってとにかく美味しいんだもん!
「僕もハンバーガー食べたいです。今まで食べたことないので」
「あら、いい経験になるわよ」
ケインくん、ジャンクフード初体験か。エミリオとあたしも賛成して、さっそく店に向かった。お昼時なだけあって、混んでいるなぁ。注文の列に並んで順番を待つ。
何が食べたいか決めているうちに順番が回ってきた。
このお店のバーガーって野菜が多くて、食べてもあまり罪悪感がない。でもしっかりお腹いっぱいになるという素敵さがある。オニオンリングとチキンナゲット、ポテトフライももちろん注文する。
だって美味しいんだもん。2回言ったのは大事なことだから。
「いただきまーす!」
とにかくハンバーガーが大きい。ケインくんの顔くらいある。
かぶりつくと挟まっているトマトから汁が溢れた。上手く食べるのには難易度が高いな。
「美味しいわぁ」
「うん、美味い」
「これがハンバーガーなんですね」
ケインくんのバーガーには、これでもかとチーズが挟まった状態でとろけている。うん、ビジュアルが既にテロリストだよね。はぐ、とケインくんがハンバーガーにかぶりついた。
「わああ、美味しいです。チーズがハンバーグとよく合うんですね」
みんな、もりもり食べたなぁ。ごちそうさまでした。こういうお店に来て、どうすれば接客がうまくいくのか、技術を盗むのも必要だ。接客には絶対の正解がない。だから色々なことを想定する必要がある。
3・家の前に来たらカレーのいい匂いがした。あれからハンバーガーやポテトフライ、チキンナゲットをたっぷり堪能したあたしたちは、本屋を見たり、安さが売りの外国産のお菓子が沢山置いてある店を見た。楽しかったー。もっと遊びたかったけど、今日はもうウインディルムに帰らなくちゃいけない。あたしたちは渋々ショッピングモールを後にした。でもお母さんのカレーライスが食べられるし、それはそれで嬉しい。明日からのお仕事頑張るぞ!
「ただいまー」
「お帰りなさい。カレーもう食べるでしょ?」
「うん、食べる。これ、みんなにお土産」
お姉ちゃん、しっかりしてるなぁ。知らないうちにお菓子を買っていたらしい。お母さんが熱々のカレーを盛り付けてくれた。美味しそう。一口頬張ると辛味が口に広がる。美味しいな。
「これこれ」
お姉ちゃん、満足したみたいだな。お母さん嬉しそう。食べ終えた後、ちゃんと片付けも完了させて、あたしたちはウインディルムに戻ったのだった。
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(小説家になろう様にも投稿しています)
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紬あおい
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