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九話・病院と告白

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1・ウインディルムには病院が一つしかない。しかも内科しかないのだ。でも先生がすごい人らしく、外科も担当できてしまう。そうじゃなきゃウインディルムの医師は務まらないのかもしれないな。マクベスさんに付き添って、診察室に入る。先生はあたしが思っていたより遥かに若くてイケメンだった。

「酷い怪我だね」

先生がマクベスさんの体を診て言う。昨日、あたしたちはマクベスさんから詳しい話を聴いていた。
マクベスさんは船でラディアを目指していたのだという。仲のいい騎士さんと飲みに行く約束をしていたのだそうだ。でもそこで急に拐われて、変な薬を飲まされた。マクベスさんはそこから意識がなくなったらしい。でも途中で、そう、龍の姿のままなんとか逃げ出した。でもすごく暴れてしまったとマクベスさんは言った。龍化するとどんなに温厚なヒトでも乱暴になるようだ。怖いな。
マクベスさんは先生にもあたしたちにしたように詳しく話した。先生も真剣に聞いてくれる。話が終わると、先生は唸った。

「どうも最近おかしいね」

そんな事を言う。

「何かあるんですか?」

あたしが尋ねると、彼は神妙な面立ちで頷いた。噂だけど、と前置きされる。

「竜人を狙っている組織があると聞いている。龍の生態系を調べるとかなんとかご立派な御託を並べてね。やってることは面白半分の実験だ」

「ひどい…」

「本当に酷い話だよ。よし、マクベスさん、傷口を縫うから横になって」

あたしは先生が傷口を縫っているところはさすがに怖くて見ていられなかった。

「よし、これで安静にしていてね。お風呂のときもこすらないように」

「はい」

マクベスさんが明らかに沈んでいる。もしかしたら傷口が痛いのかな?

「痛いの?」

思わず聞いたら、マクベスさんは首を横に振った。

「私は竜人です。強くなきゃいけないと常々言われているのに」

はい出た、竜人さん特有の強さに対するプライド。
ケインくんやケインくんのお父さんもそうだから、あたしはそれに、すっかり慣れてしまっている。

「マクベスさんはかなり抵抗したように思えます」

「え?」

ふふふ、あたし、もしかしたら名探偵になれるかも。

「マクベスさんがかなり抵抗したから傷付けられて無理やり薬を飲まされている!違いますか?」

あたしの言葉にマクベスさんが笑った。

「お嬢は本当に可愛らしいですね」

う、優しい笑顔だな。これだからイケメンは参っちまうぜ。マクベスさんはしばらくウインディルムのギルドで寝泊まりすることになった。一人でいるよりその方がずっと安心だからだ。竜人さんの単独行動が危ないと密かに噂が立っているとリンカさんにも聞いた。
やっぱりその組織とやらを根本から引っこ抜いてやりたいわよね。そうリンカさんに言ったら、危ないから駄目と割と本気で窘められた。あたしってやっぱり弱そうに見えるのかなぁ。しょんぼり。


✢✢✢

「そうだったんですか」

ケインくんと食器の片付けをしながらマクベスさんの話をしていた。段々喫茶店の仕事にも慣れてきたな。ながら作業が出来るようになってきている。
リンカさんから組織と関わるのは危ないから止められたという話をしたら、ケインくんが固まった。どうしたんだろう?ケインくんが拳を握りしめてわなわなしている。え、どうしたの?

「……サリアさんに、そんな危ないことは絶対にさせられませんよ!」

「あ、そうだよね。あたしが弱いから…」

「違います」

え?違うの?

「サリアさんみたいな可愛い女の子にそんなことはさせられないって言ってるんです!!」

「………!」

ケインくんが初め何を言っているか理解出来なかったけどようやく分かった。顔がめちゃくちゃ熱い。

「サリアさん、お願いですから危ないことは絶対しないでくださいね!約束ですよ!」

「うん、約束する」

必死にコクコク頷いたら、やっとケインくんが笑ってくれた。

「そ、そういえばエミリオとお姉ちゃんは?」

片付けに一生懸命になっていたから、二人がいないことに、あたしは今更気が付いていた。

「はい、お二人は龍についての情報を探しつつクエストに行くって」

な、なんだと?エミリオがお姉ちゃんと二人きりでクエスト?あたしの心にどす黒い欲がたまる。

「さ、サリアさん?」

「あたしもお姉ちゃんとクエスト行きたかった!!」

詰まる所それしかない。

「は、はい。行けばいいと思いますよ」

ケインくんを困らせてしまった。よくないぞ、あたし。とりあえず食器の片付けは完了だ。これで明日もお店が開ける。あたしはヤカンに水を汲んだ。お姉ちゃんがおやつに、とパウンドケーキを買ってきてくれたのだ。

「先におやつにしましょ」

「はい」

パウンドケーキにはゴロゴロ、クルミと干し葡萄が入っていて美味しかった。リンカさんがくれたお茶がすさまじく合う。

「ただいま」

お姉ちゃんたちが帰って来る。エミリオもお姉ちゃんも泥まみれだ。一体何が?

「お姉ちゃん、エミリオ、それどうしたの?」

「うん、負けちゃった」

お姉ちゃんがニコニコしながら言う。え?負けちゃったってどういうこと?

「完敗だったね」

「逆に気持ちよかったわ」

なにそれ、なにがあったの?あたしが二人を見つめると、お姉ちゃんがあたしの頭を撫でた。

「とりあえず着替えてくるわね」
 
あたしは慌ててお茶を淹れるためにお湯を沸かしたのだった。

✢✢✢

「このケーキ美味いね」

「お茶ともぴったり」

お姉ちゃんとエミリオにお茶とパウンドケーキを用意した。二人は強いし、ウインディルムの地形にもすぐ慣れたらしい。どこでなにが効率よく採集できるかよく知っている。そんなクラスの二人が完敗?どうゆうこと? 

「お姉ちゃん、何があったの?」

「簡単に話すと龍に倒されちゃったの」

「えぇ?!」

最近、龍と遭遇し過ぎじゃない?まあ、この世界には神と呼ばれる龍もいるくらいだしな。

「東の地域に竜人のおじいさんが住んでるんだ」

エミリオの言葉に、ケインくんが笑った。

「ヤム師匠です。僕も前に鍛えてもらったことがあります」

そ、そんなすごい人がいるんだ。

「どうやってその人と知り合ったの?」

「実は、龍化している竜人さんにたまたま遭遇して…」

「ヤムさんはその龍化した竜人さんと戦っていたんだ。俺たちはそれに加勢した」

えーと、つまり?

「龍化した竜人さんは元に戻せたんだけど、龍の姿になったヤムおじいさまにその後ボコボコにされたのよね」

「うん、ひたすら修行だ!って叱られた」

「ヤム師匠、変わってないなぁ」

ケインくんが嬉しそうに笑って、でも、と顔を引き締めた。

「龍化した竜人さん、まだまだいそうですね」

「そうね、油断は出来ないわ」

エミリオもお姉ちゃんも色々な場所で情報を収集してきてくれたらしい。二人共ハイスペックなのは間違いないなぁ。

「らい…あっと?」

「そう、それが今回関わっている組織の名前みたいなの。昔から問題視されていて、度々名前を変えてきているみたい」

「ウインディルムにライアットはあるらしい。場所もなんとなくだけど特定した」

「そこのやつらを捕まえれば、この件は解決するの?」

「多分ね。でも私たちの出る幕じゃないわ」

お姉ちゃんが言うには、ラディアにある特殊部隊に通報する、ということらしい。それが一番安全だからだ。納得行かないなー。だって、ケインくんのお父様の言う竜人の家系図すら取り戻せていない。このまま有耶無耶にしちゃっていいの?
あたしには何も出来ないのかな。非力な自分に悔しくなる。もし、あたしがもっと強かったら、力があったら違ったのかな。

「サリアちゃん」

名前を呼ばれてあたしはお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんが優しく頭を撫でてくれる。お姉ちゃんにあたしの考えが分からないはずがないんだ。

「大丈夫よ、サリアちゃん。私たちにも出来ることは沢山あるの」

お姉ちゃんが言う。あたしたちに出来ること?戦い以外でってことなのかなぁ?

「私に任せて頂戴」

お姉ちゃんがパチリとウインクした。

2・その日の夜、あたしは居間でお茶を飲んでいた。リンカさんによれば、よく眠れるというお茶らしい。お姉ちゃんが珍しがって、あれやこれや試しているうちの一つだ。甘くて熱くて美味しい。
隣には本を読んでいるエミリオがいる。ローテーブルにはエミリオのマグカップが置かれていた。随分前に淹れたような。

「エミリオ、お茶淹れ直そうか?」

「え?あぁ、今飲むよ」

エミリオがお茶を一気に飲み干す。

「これ、本当に美味いお茶だね」

「うん、そうだね」

あたしは自分のマグカップとエミリオのマグカップを手に台所に向かった。ヤカンに水を入れる。

「ねえ、サリアちゃん」

エミリオが立ち上がってあたしを見ている。どうしたんだろう?

「これから、家系図を取り返しに行こうと思う」

「え?」

エミリオの言葉をあたしは上手く受け止められなかった。

「ど、どうゆうこと?」

「話を聞いているうちに分かってきたことなんだけど、ライアットは龍の交配の研究を特に重点的にしているらしいんだ」

龍の交配?あたしはゾッとした。普通、強いものと強いものが合わさると、もっと強くなる。家系図は向こうにある。つまり。

「急がないと取り返しのつかないことが起こりかねない」

エミリオの言葉は最もだ。でも、一人で行かせるわけにはいかない。だってエミリオは龍の攻撃で記憶を失っている。もしかしたら今度は命をも失うかもしれない。

「やだ、やだよ。エミリオ」

「サリアちゃん…俺は君が好きだよ。可愛くて優しくて、どんなことでも精一杯頑張る君が」

「エミリオ、お願い!行かないで!!」

エミリオの姿はもうなかった。あたしは慌ててお姉ちゃんとケインくんを呼びに行った。でもエミリオの痕跡はもうどこにもなかった。お姉ちゃんはすぐ通報してくれた。エミリオがいなかったら喫茶・モンスターだって立ち行かなくなる。そんなの絶対にいや。あたしたちの大事なお店、そして、大事な居場所だ。エミリオにとっては違ったの?

✢✢✢

「エミリオさん、大丈夫でしょうか…」

眠ろうにも眠れなくて、ソワソワしていたらすでに明け方になっていた。ケインくんも同じだったようだ。

「サリアちゃん、ケインくん。一時間でいいから眠りましょう」

お姉ちゃんの言う通りだ。あたしたちは自分の部屋に戻った。エミリオ、どうか無事でいて。あたしには願うことしか出来ないの?
ベッドに横になると、エミリオの笑顔を思い出す。あたしはずっとエミリオが好きだったんだ。今更気が付いた。どうすればいい?あたしには何も出来ないの?あたしは石を握って泣いた。
お願い、エミリオ。帰ってきてよ。あたしのことが好きなら置いて行かないでよ。
絶望に似たような気持ちがあたしの心を埋め尽くす。こんな暗い気持ち嫌だな。普段悩むことがないから余計だ。

「サリア…」

「誰?」

あたしは変な場所にいた。ここ何処?あたし、いつの間にか立ってるし。さっきまでベッドに横たわっていたはずだ。なんだか不思議なことが続くなぁ。あたしは辺りを窺った。

「サリア…」

「誰なの?」

あたしの名前を呼ぶ声は平板としている。まるで感情がないみたいに。あたしは目の前に大きな鏡があることに気が付いた。周りが暗くて分からなかった。声はそこからしていたらしい。

「あたしを呼んでるの?」

あたしが鏡を手で触ると向こう側からも手が現れる。もちろんあたしだ。いや…違う?

「あなた、誰?」

「私はラディア国王女。名は忘れました」

感情のない平板な表情で彼女は言う。自分の名前を忘れているなんて。

「サリア、あなたは行かなければいけない」

「どこに?」

「過去の世界に…」

「え…」

気が付くとあたしは下に落ちていた。このままじゃ死んじゃう。でもどうすることも出来ない。あたしはいつの間にか、気を失っていた。
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