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夜になっている。厚い雲の隙間から月明かりがチラチラ覗いている。この荒廃した世界で、月が見えるなんて、珍しいこともあるもんだな。端末で自分の場所を探ってみると、間もなく宿に到着だ。よかった、予定通り進めたな。無事に宿に到着して、ハクを解き放つ。ルネがハクの言っていたことを教えてくれた。自分で自分のことは出来る、だから心配不要とのことだった。ハクは暴れ馬どころか、すごく優しい子だった。危なっかしい俺たちの面倒を見なければ…と彼女の母性が爆発したらしい。なるほどな。ハクはただの馬じゃない。俺より遥かに色々なことが分かるようだ。そしてそれはルネも同様だ。二人共優しいから俺と一緒に旅をしてくれている。二人に恥ずかしいところはみせられないよな。

「ショーゴ、お腹空いたね」

「ずっと移動だったしね」

宿屋のレストランの席に着いて、俺たちはそれぞれ料理を頼んだ。ここに来るまでどうやって来たかと聞かれて陸路で来たと言ったら物凄く驚かれた。

陸路には強力なモンスターがウロウロしていて、とても進めないらしい。でも俺たちが歩いていた時にはモンスターの姿なんて見当たらなかったけど。きっとラッキーだったんだろう。明日はもっと気を引き締めないとな。宿屋の部屋は2つ取るつもりだったけど、ルネが一緒に寝ると言って聞かなかったので、少し大きな部屋にしてもらった。
俺はそこで装備を外した。ふう、やっと休める。ベッドに横になると、ルネがしがみついてくる。可愛いな。

「ショーゴ、おやすみ」

「おやすみ」

ルネが寝息を立て始める。俺は明日のルートを端末で確認していた。どうやら明日は野宿になりそうだ。モンスター対策はどうにかしないとな。
今日はよく休んでおこう。俺も目を閉じた。

「早く!早くしろ!!」

「ショーゴ!!助けて!!」

ルネが叫んでいる。俺は慌てて起きあがった。男たちがルネを麻袋に入れて拐おうとしている。俺の装備もだ。ルネは必死に抵抗している。男たちの手に噛みついたり殴ったりバタバタしている。

「なにをやっているんだ…」

俺の声に相手は怖気づいたようだ。

「ひぃっ!逃げろ!!」

「待て」

俺はものすごく怒っていた。強盗の腕をぐっと掴む。いつもより何故だか力が漲っている。

「なにをやっているかと聞いている」

ぐぐと男の腕を捻じると強盗は悲鳴を上げた。バキという骨が軋む音。結局奴らは何も盗らずに逃げ出していった。

「旦那!!大丈夫ですかい?!」

宿屋の主人は顔を殴られたのか、痣で青くなっていた。ひどい奴らだな。

「御主人こそ、その怪我…」

「あっしは大丈夫でさぁ。不覚を取っちまいました」

へへと照れたように主人は笑った。

「ショーゴ、怖かったよ!」

ルネが抱き着いてくる。俺はルネを抱き締めた。よかった、無事で。装備はまだ盗られてもいい。でもルネは絶対に守る。俺は気になって外に出た。ハクがこちらに駆け寄ってくる。騒ぎを聞きつけたのだろう。俺は彼女の首元を撫でた。

「ハク、あいつらはどっちへ逃げた?」

「ブル…」

「南東の方だって言ってるよ」

ルネがすかさず翻訳してくれる。俺は端末を見た。南東は中央に向かうためにこれから通る。

「馬はいたか?」

ハクは首を振って否定を示した。馬に乗らずにここまで来られるということは、近くに集落があるのかもしれない。宿の人が知らないってことは、最近出来たばかりか?
俺の頭の中を色々な考えが巡る。

「ショーゴ、これからどうするの?」

俺はルネの頭を撫でた。月明かりが優しく俺たちを照らしている。

「とりあえず休もう。俺はまだヘトヘトだ」

「うん」

ハクが再び走っていく。ルネと俺は部屋に戻って休んだ。まだまだ長い道中、休める時に休まないとな。

✢✢✢
早朝、宿屋で朝飯を食べて俺たちは出発している。かなり遠回りをしながらだ。この辺りには高い木々が生えているし目隠しの効果が期待できる。そこで、端末が鳴り出した。当然我等がピンフィーネ団長である。

「ショーゴ、何故遠回りを?理由を話せ」

あぁ、やっぱりそのことか。ピンフィーネさんには正直に話しておいたほうがいいよな。俺は昨日の件について詳しく話した。

「何、賊だと?ショーゴ、絶対に無理をするなよ。今から近くの騎士をそちらへ派遣させる」

「よろしくお願いします」

俺たちは東に向かって進んでいる。昨日のことがあったからわざとだ。俺の考えどおり、南東に集落があるとしたら、ぐるっと後ろに回って裏側から攻めたほうが有利だからな。攻めるなら…だけど。道なき道を俺たちは進む。

「ぁ」

ルネには何か見えたらしい。龍は目もいいんだな。ハクにも視認できているようだ。

「何かあった?」

「うん、小さいけど家がいくつかあるよ…でも」

やっぱり集落か。ルネはなにか言いたそうにして口を噤んだ。どうしたんだろう?しばらく歩くと向こうからもくもくと黒い煙が出ている。な、なんだ?火事か?このまま周りの木に燃え移ったりしたら俺たちもやられちまう。

「ハク!乗せてくれるか?」

「ブルル」

「僕も行くよ!」

ルネが龍の姿に戻る。俺はハクに飛び乗った。
全速力でハクを走らせる。ルネが飛びながら言った。

「やっぱりモンスターだよ、ショーゴ!人間を襲ってる!さっきもしかしてって思ったんだけど」

なるほどな。俺は騎乗から敵に切りかかった。なんだか、面倒なことに巻き込まれちまった。ルネがモンスターにかぶりつく。

「グギャッ」  

ボンと敵は黒い煙のようになって消滅する。なんなんだ?最後の一体を倒した。火はルネが傍にあった布で消し止めてくれた。あちらこちらに死体が倒れている。男がほとんどだったけど、女性もいた。子供がいなかったのはまだよかった。全部見て回ったけど、生きている人間は一人もいなかった。奥には宝物庫と思われる部屋があった。もしかして盗んだものかもしれない。ルネに見てもらったらその通りだと言われた。こんなに宝を貯め込んでどうするつもりだったんだろう?何かに使う予定だったのか?

「おーい!!」

馬に乗った騎士さんたちがこちらにやってくる。俺も彼らに手を振った。

「わぁ、こりゃ酷いですね」

「あ!こいつ国際手配されているやつ!」

「悪いことはできねえな」

どうやらこの集落は最近出来たばかりみたいだ。賊の集まりだったらしい。ここを新しい拠点にして、近くにある宿の客を食い物にしようと狙っていたらしい。それがたまたま俺たちだったみたいだ。ある意味不運だったのか?俺たちじゃない。賊たちがだ。

「ショーゴ殿、あとは我々が処理しますので!あとこれを!」

騎士さんの一人に渡されたのは立派な弓と矢筒だった。

「これ…」

俺が驚いていると、騎士さんが笑う。

「団長よりお預かりしたものです。ショーゴ殿なら上手く扱うと仰っていました」

「あ、ありがとう」

俺は弓と矢筒を背負った。恐ろしいほど軽いな。
そばで待っていてくれたルネとハクの元に戻ると、龍の姿だったルネにまた押し倒されてキスされた。ルネはあっという間に人間の姿に戻る。どうやらルネは俺とキスすることで変身に集中出来るらしい。ちょっと嬉しい。毎回押し倒されるのには慣れないけど。

「ショーゴ、その弓素敵だね!」

青い瞳をキラキラさせて、ルネは言った。
俺は戸惑いを隠せなかった。、それは、俺が小学生の頃から弓道を習っていたからだ。大学に入ってからはあまりやらなくなっていたけれど、体は覚えているものだ。矢を番えず、弓の弦を引き絞ってみる。ああ、変わらない感触だ。新しい武器がこうして俺の元にきたのだ。

「とりあえず先に進もう」

ルネをハクに乗せて、荷物も持ってもらった。周りの木々がだんだん低くなってきているな。向こうには高い山々が見える。そんな折だった。大きな龍が俺たちの前に立ち塞がってきたのだ。あまりの巨大さにびっくりした。でも龍からは殺意や敵意を感じない。ルネがハクから飛び降りた。

「ルネシア、ショーゴとは番になれたのですか?」

この声、聞き覚えがあるな。確かルネのお姉さんだ。

「まだだよ。僕はショーゴを龍の仕来たりに巻き込みたくない」

「あなたって子は」

「大体、母様のペンダントを失くしてる時点で僕に龍姫の役割を果たせないって証明してるようなものじゃないか!」

ルネがこんなに感情的になるのは見たことがない。

「ルネシア、加護は必ず元に戻します。あなたにも村に戻ってきて欲しい。皆そう思ってますよ」

「姉さん…」

龍は再び飛び去っていった。お姉さん、優しいな。

「姉さんもこうと決めたら梃子でも動かないんだから」

はああとルネがため息を吐いている。俺は笑ってしまった。ルネもそうだからだ。血は争えないのかもしれないな。しばらく歩くと木のない開けた場所に出た。日も暮れてきたし、そろそろ寝る準備をした方がいいかもしれない。俺は小学生の時に一度キャンプをしたことがあるだけだ。つまり素人である。

「火なら僕、熾せるよ」

乾いた木々を集めて、ルネがふう、と息を吐くと、もう火が付いてしまった。もしかして魔力?すごいな。さて、夕飯の支度をしようかな。食べないと元気出ないし。
ハクが持ってくれていた荷物の中から銅製の小さな鍋を取り出す。近くの川から水を汲んできて沸騰させる。いくら水が綺麗でも、生水は怖いもんな。団長がくれた栄養食を水に溶かすと熱いスープの出来上がりだ。ルネと代わりばんこにスープを飲んだ。そんなに驚くほど不味くない。ハクは近くに生えている草をむしゃむしゃ食べている。
テントを設営して、と。
中で端末を見ながらルートを確認する。うーん、今日は色々あったからあまり進めなかったな。

「ショーゴ、どう?」

ルネが不安そうな顔で尋ねてくる。

「大丈夫だからな。ほら、寝よう」

ルネの頭を撫でると、うんと頷いてルネは目を閉じた。俺も眠ろう。
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