沈みゆく恋 ~ 触れ合えば逃げていく者へ ~

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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長山エリ子②

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 三崎さんの僕を見るその表情は、僕の反応を見て、楽しんでいるように見えた。
「私が、テニス部なんて、入ったりしたら、北原くんは困るでしょ?」
 返事に困る僕を覗き込む彼女の雰囲気は、小悪魔的な感じさえした。
 三崎涼子という女性の何かが開花しかけている。そう思った。

 三崎涼子との関係が深くなると、彼女の趣味嗜好も多く分かってきた。
 彼女が高校時代、文芸部に属していたこと、西洋絵画が好きということや、小説が海外文学ばかり読むこと以外にも、色々と知るようになった。
 イラストを描いてるせいか、漫画も好きらしい。
 だが、漫画にも選り好みがあった。綺麗な漫画が好きなのだ。綺麗とはある種の少女漫画のような煌びやかなタッチの漫画ではなく、シンプルで丁寧な漫画が好きなのだ。
 丁寧な漫画であれば、少年漫画のアクションものも読む。

 他にも、三崎涼子は、機械類とか好きだった。家でもラジオとか分解して組み立てたりすることもあったらしい。
 更には車や二輪車にも興味を示した。自分で運転することではなく、その稼働部の構造や、コックピットとかに関心があるようだった。

 確かに、目の前を大型バイクが通ると、彼女の目は吸い寄せられるようにバイクに向かって、
「ハンドルのグリップにあるのは、ブレーキなの? それともクラッチ?」と言った。
 二輪の免許を持っていない僕に答えられるはずもない。「ブレーキじゃないかな」と自信なさげに言った。
 そう言いながら、バイクに跨る学生を羨ましく思った。
 バイクに乗っている人なら、彼女の疑問にすぐ答えられるはずだ。
「これはクラッチだよ。こっちがブレーキ」と。
 すると彼女は他の部位にも興味を示す。
「これは何なの?」
 三崎さんは大型二輪のコックピットに目を走らせる。その目は好奇心に輝いている。
 それは僕の見たことのない三崎涼子という女の子の目だった。
 彼女がバイクに近づくと、男の体に触れそうになる。

 そこまで想像を膨らませるとハッと我に返った。架空の男に嫉妬してどうするんだ。
 そう思いながらも、僕はこう思っていた。
 ・・僕には三崎涼子を喜ばせるものが何一つない。
 何が僕と彼女を繋いでいるのだろうか。
 彼女が僕といる理由は何だろう?
 何かあるとすれば僕の書いた詩くらいだ。けれど、それすら詩集になるほどの量なない。
 それなのに、彼女はこんな僕と同じ時間を過ごしてくれる。
 一緒に講義を受け、図書館で椅子を並べ勉強をする。学食に行ったり、お茶を飲んだりする。 
 火曜日と金曜日の度に、
「また夜の九時に会いましょう」と言って別れ、
 夜になると二人きりの時間を迎える。
 彼女が家庭教師をしているマンションから家まで送る。
 そして、いつものように、手を繋ぎ、途中の公園で抱き合い、キスを交わす。
 彼女はそれが分かっていて、僕の行為を迎え入れる。
「家の人が心配するから早く帰らないと」と僕が言うと、「そうだね」と僕の両腕から離れる。決して「時間なら、まだいいよ」とは言わない。
 そして、「また明日ね」と彼女は手を振る。

 何かがおかしい・・僕たちの関係はいったい何だろう。
 そう思っていても、不安より、三崎涼子のような高嶺の花と同じ時間を過ごすことができる満足感の方が勝っていた。

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