沈みゆく恋 ~ 触れ合えば逃げていく者へ ~

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

文字の大きさ
31 / 40

イラスト①

しおりを挟む
◆イラスト

 九条さんは「三崎さんとつき合う」とかではなく「一緒にいること」と言った。
「どうしてなんだ?」
 訊かずにはいられない。
 僕の問いに九条さんはこう答えた。
「たぶん、傷つくのは、北原くんだと思うから」
「僕が傷つく? 一体どうして?」
 僕が訊ねると九条さんは、
「どうしてもなのっ」と言葉を投げ出すように言った。
 九条さんの声は冷静さを欠いている。ひょっとすると、三崎さんに嫉妬しているのかもしれない。
「そんなことを言われても、全然分からないじゃないか!」僕も感情的になりそうだ。
 九条さんが黙っているので、
「どうして、そんなことを九条さんに言われなくちゃいけないんだ。僕の勝手じゃないか!」と続けて言った。
 それに、もう後戻りはできない。キスだってしたんだ!
 九条さんがしゅんとしてしまうと、言い過ぎだった気がして、今度は僕が黙った。

 数秒後、九条さんは口を開いた。
「私ね、三崎さんと同じ高校だったの」
「えっ、そうなんだ」
 九条さんは、三崎涼子と同じ神戸高校なのか。
 それは知らなかった。
「もしかして、九条さんも高校で文芸部に入っていたの?」僕は訊いた。
 三崎さんは高校時代に文芸部に入っていたということだし、九条さんは現在、大学の文芸部だ。九条さんが高校の時、三崎さんと同じ部にいたとしても何ら不思議ではない。

「九条さんも、ってどういうこと?」
「だって、三崎さんは文芸部に入っていた、って言っていたから」
 僕がそう言うと、九条さんは「はあっ」と深い溜息をついて、
「三崎さん、そんなことを北原くんに言っているのね」と言った。
「えっ、違うのか?」
 何かが崩れていく・・そんな気がした。
「あのね、北原くん」九条さんは一呼吸ついて、「例えば、今日、北原くんがこの部を辞めても、文芸部に入っていた、っていうことになるわよね」と言った。
「それはそうだけど」
「三崎さんが、クラブに入っていたのは確かよ。でもそれは数か月だけのこと」
 九条さんはそう言った。
 三崎涼子が文芸部に入部していたのは、僅か数か月間だけだった。
「それ、本当なのか?」
「ちなみに私は、一年生の時から卒業するまで、ずっと文芸部に属していたわ」
 普通はそうかもしれないが、
 三崎さんは決して嘘をついたわけではない。入部期間が短かっただけのことだ。
 何かあって辞めたただけのことだろう。
「何か」・・それは何だろう?

「でも、三崎さんは、イラストを描いていて、部員が出した詩集の表紙も担当したって言っていたよ」
 確かにそう言っていた。短期間の在籍でそんな事にまでなるものだろうか。
「イラスト?」九条さんは怪訝な表情をとった。
「イラストだよ」僕は繰り返し言った。
 すると九条さんは、「ああ、あのことね」と言って、
「三崎さん、北原くんに、そんなことまで言っているの?」と訊いた。
「どういう意味だ?」
 また声を上げそうになった
「北原くん、三崎さんのイラストとか見たことあるの?」
「いや、まだない。今度見せてくれるって、言っていたけど」
「私、あの人の描く絵、嫌いだわ」
 吐き捨てるように言った。普段の九条さんからは想像でもできない言い方だった。
 何もそんな言い方をしなくてもいいと思うが、
 九条さんは、「北原くん、小説も詩集も、文学なのよ」と言った。
「それはそうだけど」
「そして、文芸部員の発刊する詩集も、それなりに文学なの」
 そう九条さんは前置きした上で、
「あれは、詩集に添付するようなイラストではなかったわ」と過去を振り返るように言った後、
「彼女は文学のことなんて分かっていないのよ」と断定するように言った。
「でも、それは見る人によるんじゃないか?」
 僕が反論に、九条さんは「それはイラストを見てから言ってちょうだい」と返された。

 このままでは九条さんとの只の喧嘩になる、と思い、僕は会話の流れを変えることにした。
 本当のことが知りたい、そう思ったのだ。九条さんは何かを知っている。九条さんの言葉を否定ばかりしていてはダメだ。
 九条さんは僕の気を鎮めようと思ったのか、日本茶を出してくれた。
 僕は給湯室に常備している安い日本茶を飲みながら、
「九条さん・・」と小さく呼んだ。
「何?」九条さんは湯呑から顔を上げた。
「三崎さんって、部内ではどんな人だったの?」
 僕の質問に九条さんは、
「うーん、どんな人って言われてもねえ」と考えた後、「部内では目立たない人だったから」と言った。
 それでは何も分からない。僕は三崎さんのことを知りたい。僕の知らない三崎さんを知りたいんだ。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...