沈みゆく恋 ~ 触れ合えば逃げていく者へ ~

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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イラスト②

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 九条さんは僕の物足らない様子を見て、
「文芸部での彼女の様子は分からないけれど、それ以外でなら知っているわ」と切り出した。
 それ以外というのは部活以外のことだ。
「彼女の周りには・・」
「三崎さんの周りには?」僕は九条さんの言葉の続きを促した。
「いつも誰かがいたわ」
「それって、男子?」
 僕の問いに九条さんは首を振って、
「男女に関係なく、彼女は、いつも誰かといるのよ」
 大学の講義もそうかもしれない。三崎さんは友達の宮野めぐみと一緒に受けるか、僕と並んで講義を受けるか、いずれにしろ、三崎さんは誰かと一緒にいる。
 考えてみれば、美術館も僕と二人だった。
 そう言えば、宮野さんは三崎さんのことを「すごく寂しがり屋さんなんだから」と言っていた。
「それって、別に普通の事じゃないか」と僕は返した。寂しくて、どこに行くのも誰かと一緒なんてこと、いくらでもある。
「そうね、普通ね」
 九条さんはそう言って、「でも私には、普通ではないものを感じたわ」と続けた。
「三崎さんは誰かとつき合っていたの?」
「彼女は、誰かとつき合っているって話は聞いたことがないわ」
 三崎涼子は高校時代につき合っている人がいなかった。その言葉に少しホッとしている自分がいる。
 えっ、でもそうすると、僕が初めて交際した人になるのか?
 そして、僕と交わしたキスは初めてだったのか?
 いや、ありえない。そんなことありえない!

 そう言えば、三崎さんと高校の時の話をした時、
「文芸部では、色々とあったから」と言っていた。それ以上、文芸部については語りたくない。彼女の顔はそう語っていた。
 あの時、少しおかしいと思っていた。
 九条さんが知らない三崎さんがどこかにいるはずだ。

 僕の感情とは逆に冷静な九条さんは、ポツリと言った。
「私、文芸部にはあまり良い思い出がないの」
「えっ?」
「二年に上がった時、佐原くんていう男子部員が一人、自殺未遂をしているの」九条さんはそう言った。
「えっ」
「幸い発見が早くて、助かったから良かったようなものの、みんな、驚いたわよ」
 自ら命を絶とうとすることは、僕には考えらないし、その人の気持ちも分からない。
 それに、それ以前に三崎さんは退部している。
 三崎さんとは関係のない話だ。三崎さんだけではく、僕とも関係が無い。どうして九条さんはそんな話をするのだろう。
 僕が「その話は、三崎さんと何か関係があるのか?」と言いかけた時、
 九条さんは、こう言った。 
「佐原くんは、三崎さんとよく一緒にいた男子の内の一人よ」
「えっ、そうなんだ」
 同じ部員だから当たり前なのかもしれない。しかも佐原という男子が自殺したのは、三崎さんが退部してからのことだ。

 その佐原という男の話はあまり聞きたくないと思い、話を変えた。
「三崎さんと仲良くしている男子は大学では見かけないけど、宮野さんという子が三崎さんと仲が良いみたいだね」と僕が言うと、
「宮野めぐみさんは、三崎さんと同じ高校よ」と、九条さんは言った。
 二人とも神戸高校なのか。
 三崎涼子と親しい友人、しかも高校が同じ宮野めぐみだったら、三崎さんのことをよく知っているのだろうか?

 他の部員が入ってきたので、話はそれで終わった。九条さんはそれ以上は話したくないみたいだった。
 彼女とはまた三崎涼子について話すことがあるだろう、そう思っていた。

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