土人形のコリンズ男爵は愛しの大魔導師様を幸せにしたいのだけれど。

梅村香子

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番外編

千里の道も一滴から

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魔力を使う練習をするエリオットの話です。






「アーニー……。やっぱり、僕が使うのは怖いよ……」
「俺が一緒にいるし、少しずつ慣らしていけばいいよ」

ソファで並んで座っているアーノルドに優しく手を握られて、エリオットは困ったように眉尻を下げた。
兄弟の魔力が融合して数か月経ったが、未だに慣れることすらできずにいる。
莫大な魔力が体内に満ちているだけでも恐ろしいのに、水と風の両属性を使えるようにもなってしまった。
その感覚には戸惑うばかりで、力を発現させる加減も全く分からない。
昔から強い魔力に憧れていたものの、いざそれが使えるとなれば……なかなか気持ちが追いつかなかった。

「魔法学の勉強もいいけど、実際に魔力を使うのも大事だから」
「そうだけど……。アーニーの力がものすごく大きいから、上手く使いこなせる気がしなくて」
「俺の力じゃなくて、俺たちの力だよ」

そう言って、アーノルドはぎゅっと強くエリオットを抱きしめる。
兄弟の魔力は完全に溶け合い、もう二度と元に戻せないのだと教えられた。
莫大な力の共有は、非常に荷が重く感じるが、アーノルドは嬉しくて仕方がないようだった。

「俺、兄さんと色んな魔法を使ってみたい」
「僕と?」
「うん。二人で高位魔法を極めようよ。絶対に楽しいよ」

自身に魔力はないも同然で、呪文をとなえて魔法をり出すなんて、夢のまた夢のような話だった。

――そんな僕が、大魔導師のアーニーと一緒に高位魔法を――……

弟と魔力を共有しているとはいっても、今のエリオットは学校に通い始めた子供のようなものだ。
高位魔法を使うには、もっともっと魔法学を深く学んで、魔法使いとしての経験も沢山積まないといけない。
それは非常に大変な道のりで、おいそれと到達できるものではないだろう。
けれど、いつの日にか……アーノルドと二人で、水と風の魔力を自在に操れるようになったら……。

それこそ、夢のように心躍る日々に思えた。

「僕にできるかな……」
「できるよ。絶対にできる。時間はいっぱいあるから、俺と練習しよう」
「きっと何年もかかるよ。迷惑じゃない?」

温かい腕の中から顔を上げると、漆黒の瞳が優しくエリオットを見つめてくる。

「兄さんと魔法学を何年も積み重ねていけるのは、俺にとってご褒美だ」
「アーニー……」
「だから、さっそく感覚をつかんでいこうっ」
「え、えっ?」

勢いよく話が進んで、エリオットは目を丸くした。

「兄さん。体内の魔力に意識を集中してみて」
「う、うん……」

どうやら、感覚をつかむ練習が始まってしまったようだ。
何が何やら全く分からないのだけれど……。
エリオットは瞼を伏せると、莫大な魔力に意識を向けた。

「そうしたら、その魔力のはしを指でつまんで」
「……つまむの?」
「うん。頭の中で想像するんだ。ひとつまみでいいよ」
「や、やってみるね……。ひとつまみって、調味料みたいに?」
「そうそう。塩をつまむみたいに」

言われた通りに、渦巻く魔力の端っこを指でつまむ……想像をした。
これで合っているのだろうか。

「ちゃんとできてるかな……」
「大丈夫。次にそれを一滴の水に変えてみようか」
「みずっ?」

自分も水魔法を使えるようになったとは理解しているが、実際は一度も発動させたことはない。

「これも……想像すればいいの?」
「水になれって思うだけでいいから」
「……分かったよ」

エリオットは、つまんだ魔力を頭の中で水に変化させた。

「……変えたみた、けど……」
「じゃあ、これで最後。それを俺たちの前に出現させてみて」
「え、えっと……」
「頭の中にある水を目の前にって念じるんだ」
「こ、こうかな……?」

――指でつまんだ一滴の水を、僕たちの目の前に――……

「兄さん……上っ!」

念じている最中さいちゅうに、アーノルドが慌てた声で上を向いた。
何事かと視線を追うと、自分たちの頭上に酒樽一個分ぐらいの水が浮いていた。

――えっ!?!? これ……僕が出した水――!?!?

「ど、どうしようっ……こんなにっ」

頭上にある大量の水に驚いて、思考が飛んでしまう。

「あっ、力を解放したらだめだ!」
「っ……!?」

弟の制止も空しく、焦ったエリオットは、発現させた力を頭上で解放してしまった。
その瞬間、大量の水が派手な音をたてて兄弟にふりかかった。
頭のてっぺんからつま先まで。
もれなくびしょ濡れで、ソファも床も水浸しだ。

「…………」
「…………」

濡れて束になった前髪の隙間から、静かに兄弟で見つめ合う。
そして数秒後、二人して弾けたように笑った。

「兄さんのひとつまみ、多すぎっ……!」
「ご、ごめんねっ。ちゃんと一滴の水を想像したつもりで……っ」

想定外の水量な上に、出現させる場所も違っていた。
何もかもが失敗で、弟まで巻き込んでずぶ濡れだ。
けれど、笑いがこみ上げてきて止まらない。
濡れた体で軽く抱き合いながら、アーノルドとお腹が痛くなるほど笑ってしまった。

「アーニー。僕にはまだ難しいみたい」
「慣れるまで繰り返せばいいよ」
「またずぶ濡れになるかもしれないよ?」

弟に迷惑をかけまくる様子が目に浮かぶようだけど……。

「なってもいいよ。兄さんと一緒に濡れるのは楽しいからっ」

水遊びではしゃぐ子供みたいに、アーノルドは嬉しそうに言った。





アーノルドはエリオットの失敗を阻止できましたが、あえて見守っています。
エリオットの練習のためと、兄弟でわちゃわちゃするのが好きだからです。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

あこ
2024.12.08 あこ

幸せそうな兄弟を見ることが出来て良かったです。
ぽっちゃり王子に出会ってから、アルファにある作品はすべて読んています。どれも素敵なお話でした。
番外編や続編も楽しみにしています。

2024.12.08 梅村香子

あこさん、コメントありがとうございます!
私も幸せな二人を書けて、喜びいっぱいです♪
拙作を全て読んでもらえているなんて……!!
言葉にできないぐらい、本当に嬉しいですっ。
コリンズ兄弟もぽっちゃり王子も、まだまだ話を書いていく予定なので、これからもよろしくお願いしますね♡

解除
小澤りかこ
2024.11.21 小澤りかこ

二人のラブラブぶりに、止まりかけの心臓復活(#^.^#)

よかった❗本当によかったぁd=(^o^)=b

2024.11.22 梅村香子

コメントありがとうございます~!復活して一安心ですっ♡
やっと二人が結ばれました……!私も本当に嬉しくて♪
テンポの悪い連載で、お待たせしてしまって申し訳なかったですっ。
次はエピローグ的なお話となっておりますので、最後までコリンズ兄弟をよろしくお願いしますね!

解除
小澤りかこ
2024.09.16 小澤りかこ

私の老いぼれな心臓が持たなくなりそうなので、早く二人を‼️幸せにしてあげて下さい(..)

2024.09.16 梅村香子

小澤さん、コメントありがとうございます!
クライマックス直前で連載が遅くなってしまって申し訳ないです~!
ほんと、詰めが甘くて((+_+))
小澤さんの大切な心臓のためにも、やる気もりもりで書いていきますね♪
私も、幸せな二人を早く見たくて……♡♡悲しい思いをした分、めちゃくちゃ幸せになってもらおうと意気込んでおりますので、どうぞ最後までお付き合いくださいね!

解除

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