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第2章
パトリスからの呼び出し 1
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それからの日々も、特に変わりはなかった。合同任務が行われるらしいという噂はあるものの、誰も詳しい内情などは知らないようだ。
(ブレント様に、もう一度真正面から会えたら……)
なんてひそかに思って、その考えを振り払う。そりゃそうだ。だって、任務とは仕事である。こんな、邪な感情を抱いて行っていいものではない。そういう意味では、任務に選抜されないのは、ある意味ありがたいのかもしれない。
そんなとき、ふと視界の端にブレントが映った。だからこそ、近くにある壁に身を隠す。……なんていうか、会いたいのに真正面から会うのは恥ずかしくてたまらないのだ。
合わせ、今は休憩時間だったこともあり、身を隠すのを咎められることもない。
「……あんたねぇ」
近くにいた先輩騎士が、呆れたような視線を向けてくる。彼女もまた、アリスがブレントに気持ちをほんの少し寄せていることを、知っていた。というか、多分『ガーデン』に所属している女騎士たちはみな知っているだろう。
だって、分かりやすすぎるから。
視線だけで、ブレントを追う。すると、彼は『ガーデン』の団長が使う執務室に入っていった。……どうやら、パトリスに用事があるらしい。
(……なんていうか、団長とブレント様って、よくお話されているわよね?)
ふと、そんな考えが思い浮かぶ。ブレントとパトリスは、度々話している。ブレントも、女騎士と話すときは仏頂面なのに、パトリスにだけは何処か気を許しているようで……。
「……団長とブレント様、そういう仲なのかな……」
自然と、口からそんな声が零れた。
口に出すとなんだか虚しくて、悲しい。嫉妬する権利もないというのに、パトリスに嫉妬してしまいそうで。
自分のその醜さに、嫌気がさしてしまう。
じぃっと視線を下に向けていれば、後ろから肩をたたかれた。ハッとして視線をそちらに向ければ、そこには先ほどとは別の先輩騎士がいた。彼女は「アリス」と声をかけてくる。
「団長が呼んでるよ」
「……え」
けれど、その言葉は意外なもので。アリスが、目を瞬かせる。
(だ、団長に呼ばれるようなこと、してないけれど……?)
そう思って、身を震わせる。
その様子を見たためか、先輩騎士はニコニコと笑っていた。
「団長、怒らせると怖いよ? ……もう、男の騎士でも怯むくらい」
「ひぇっ!」
まるで脅しのような言葉に、口から情けない声が漏れた。
(怒らせると怖い? もしかして、私、なにかやらかしたんじゃあ……!)
自分では精一杯やっているつもりだった。が、所詮「つもり」は「つもり」だ。相手からすれば、自分の必死さはまだまだ生温かったのかも……。
なんて思うと、自然と目尻に涙が溜まる。それを見たためだろうか。先輩騎士は、気まずそうに頬を掻いた。
「ごめんごめん、脅しちゃったね。別に団長怒ってないから」
「……本当、ですか?」
「うん、それに基本的に団長は相当なことがないと怒らないし。ま、だから怒ったら怖いっていうことでもあるんだけれど……」
最後のほうの小さな言葉は、聞かなかったフリをした。
「まぁ、行ってきな。用件は知らないけれど、多分そんな重要なことじゃないと……うん、思うから」
「言い切ってください!」
彼女のもどかしい言葉を聞いて、アリスの口は自然とそう言葉を叫んだ。
……瞬間、先輩騎士は笑った。
「そうそう。そういう風に、自分の気持ちを言葉にするの」
彼女がアリスの肩をポンっとたたいて、にっこりとした笑みを浮かべる。
「あんたはきちんとやってるよ。……だから、大丈夫」
それは一種の励ましだったのだろう。それに気が付いて、アリスは目を見開いた。
「臆病で人見知りであがり症だけれど、必死なところは評価できるんだから」
「……う」
けれど、自分のダメなところをそう並べられるとなんだか情けない。……気落ちしてしまいそうだ。
「ま、こんなところで話すよりも、団長のところに行ったほうがいいよ。……じゃ、あたしはこれで」
片手を挙げて、ひらひらと振りながら先輩騎士が場を立ち去る。
アリスは、パトリスがいるであろう執務室を見つめる。……そして、気が付いた。
(い、今、ブレント様も、あのお部屋の中にっ……!)
それすなわち、ブレントと対面することになるのでは……?
その可能性に気が付くと、アリスの頬に熱が溜まっていく。手が自然と前髪を直す。
(ブレント様、私のこと覚えてくださっているかな……?)
覚えてくれていたら恥ずかしいし、覚えてくれていなかったら悲しい。
まぁ、とにかく。恋する乙女の情緒は不安定すぎるのだ。それを、アリスは身をもって知った。
(ブレント様に、もう一度真正面から会えたら……)
なんてひそかに思って、その考えを振り払う。そりゃそうだ。だって、任務とは仕事である。こんな、邪な感情を抱いて行っていいものではない。そういう意味では、任務に選抜されないのは、ある意味ありがたいのかもしれない。
そんなとき、ふと視界の端にブレントが映った。だからこそ、近くにある壁に身を隠す。……なんていうか、会いたいのに真正面から会うのは恥ずかしくてたまらないのだ。
合わせ、今は休憩時間だったこともあり、身を隠すのを咎められることもない。
「……あんたねぇ」
近くにいた先輩騎士が、呆れたような視線を向けてくる。彼女もまた、アリスがブレントに気持ちをほんの少し寄せていることを、知っていた。というか、多分『ガーデン』に所属している女騎士たちはみな知っているだろう。
だって、分かりやすすぎるから。
視線だけで、ブレントを追う。すると、彼は『ガーデン』の団長が使う執務室に入っていった。……どうやら、パトリスに用事があるらしい。
(……なんていうか、団長とブレント様って、よくお話されているわよね?)
ふと、そんな考えが思い浮かぶ。ブレントとパトリスは、度々話している。ブレントも、女騎士と話すときは仏頂面なのに、パトリスにだけは何処か気を許しているようで……。
「……団長とブレント様、そういう仲なのかな……」
自然と、口からそんな声が零れた。
口に出すとなんだか虚しくて、悲しい。嫉妬する権利もないというのに、パトリスに嫉妬してしまいそうで。
自分のその醜さに、嫌気がさしてしまう。
じぃっと視線を下に向けていれば、後ろから肩をたたかれた。ハッとして視線をそちらに向ければ、そこには先ほどとは別の先輩騎士がいた。彼女は「アリス」と声をかけてくる。
「団長が呼んでるよ」
「……え」
けれど、その言葉は意外なもので。アリスが、目を瞬かせる。
(だ、団長に呼ばれるようなこと、してないけれど……?)
そう思って、身を震わせる。
その様子を見たためか、先輩騎士はニコニコと笑っていた。
「団長、怒らせると怖いよ? ……もう、男の騎士でも怯むくらい」
「ひぇっ!」
まるで脅しのような言葉に、口から情けない声が漏れた。
(怒らせると怖い? もしかして、私、なにかやらかしたんじゃあ……!)
自分では精一杯やっているつもりだった。が、所詮「つもり」は「つもり」だ。相手からすれば、自分の必死さはまだまだ生温かったのかも……。
なんて思うと、自然と目尻に涙が溜まる。それを見たためだろうか。先輩騎士は、気まずそうに頬を掻いた。
「ごめんごめん、脅しちゃったね。別に団長怒ってないから」
「……本当、ですか?」
「うん、それに基本的に団長は相当なことがないと怒らないし。ま、だから怒ったら怖いっていうことでもあるんだけれど……」
最後のほうの小さな言葉は、聞かなかったフリをした。
「まぁ、行ってきな。用件は知らないけれど、多分そんな重要なことじゃないと……うん、思うから」
「言い切ってください!」
彼女のもどかしい言葉を聞いて、アリスの口は自然とそう言葉を叫んだ。
……瞬間、先輩騎士は笑った。
「そうそう。そういう風に、自分の気持ちを言葉にするの」
彼女がアリスの肩をポンっとたたいて、にっこりとした笑みを浮かべる。
「あんたはきちんとやってるよ。……だから、大丈夫」
それは一種の励ましだったのだろう。それに気が付いて、アリスは目を見開いた。
「臆病で人見知りであがり症だけれど、必死なところは評価できるんだから」
「……う」
けれど、自分のダメなところをそう並べられるとなんだか情けない。……気落ちしてしまいそうだ。
「ま、こんなところで話すよりも、団長のところに行ったほうがいいよ。……じゃ、あたしはこれで」
片手を挙げて、ひらひらと振りながら先輩騎士が場を立ち去る。
アリスは、パトリスがいるであろう執務室を見つめる。……そして、気が付いた。
(い、今、ブレント様も、あのお部屋の中にっ……!)
それすなわち、ブレントと対面することになるのでは……?
その可能性に気が付くと、アリスの頬に熱が溜まっていく。手が自然と前髪を直す。
(ブレント様、私のこと覚えてくださっているかな……?)
覚えてくれていたら恥ずかしいし、覚えてくれていなかったら悲しい。
まぁ、とにかく。恋する乙女の情緒は不安定すぎるのだ。それを、アリスは身をもって知った。
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