軍人の寵愛、執着の檻~異質な軍人は孤高の看護婦を甘く堕とす~

扇 レンナ

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第1章

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 相楽は目を細めていた。

 人が好きそうな柔らかく優しい笑み。でも、つくよはそれだけではないと思った。

 彼に見つめられていると、悪寒が走るのだ。

 まるで――そうだ。

(自分への印象を操っているみたいな)

 相楽はどんな笑みを浮かべると、人にどんな印象を与えるかを熟知しているのだ。

 自分の表情や言動一つ一つによって、他者からの印象を意のままに操っている。

「――高千穂さん?」

 名前を呼ばれ、ハッとした。相楽はつくよを見下ろしている。

 無意識に手を握って、後ずさった。

「助けていただいて、ありがとうございました。それでは――」

 一刻も早く彼から離れたい。

 心に急かされるように移動しようとすると、手首をつかまれた。

 痛みを感じるほどに強い力でつかまれ、自然と表情が歪んだ。

「相楽さん!」

 声を荒げた。しかし、相楽は気にする様子もない。

 つくよの手首をつかみ、近くの壁に押し付ける。双眸がじっとつくよを見つめている。

「……あなたって、変な人ですよね」
「はい?」
「けど、そんなところが好ましくてたまらない。俺の心をこんなにもかき乱すのは、あなただけでしょうね」

 彼の言葉の意味がちっともわからない。

 眉間にしわを寄せると、相楽がくすくすと声を上げて笑った。

「あなたが俺のものになってくれたら、どれだけ幸せでしょうか」

 相楽の瞳が細くなる。

 もしかしたら、蛇に睨まれた蛙とはこんな気持ちなのかもしれない。

 頭の片隅で現実逃避のようなことを思いつつ、つくよは息を飲む。

「――なんて、言えたらいいんですけどね」

 相楽がパッと手を離す。

「順序をすっ飛ばすのは好きじゃない。もちろん、それが正しいときもあるでしょうが」

 彼が足を一歩引いた。

「折角会えたんですし、ゆっくり距離を縮めましょう。――ゆっくり、ね」

 最後ににこやかに笑って、相楽が廊下を歩いていく。

 彼の背中が見えなくなって、つくよは壁に背中を預けて崩れ落ちた。

(なに、あの人。異質なんてものじゃないわ)

 本木に触れられたときよりも、ずっと怖かった。それなのに――不快感がこみあげてこないのはどうしてなのだろうか。

「高千穂さん!」

 逆の廊下から、誰かが早足でやってくる。視線を向けると、そこにいたのは嘉子だった。

「だ、大丈夫でしたか……!?」

 今にも泣きそうな嘉子を安心させるように笑って、つくよは立ち上がる。

「大丈夫よ。石浜さんは心配しなくて大丈夫」

 彼女の肩を軽くたたくと、嘉子がくしゃっと顔を歪めた。

「患者さんにそんな顔は見せないほうがいいわ。わかっているわよね?」
「は、はぃ!」

 鼻水をすする嘉子に向かって肩をすくめつつ、つくよは移動する。

 ――心の奥底に、もやもやしたものを残しながら。
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