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第1章
④
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顔を上げると、つくよを抱き寄せたのはかの男――相楽だった。
相楽はつくよの肩をしっかりとつかんで、本木と対峙している。
どうして彼がここにいるのだろうか? 頭の中に浮かんだ疑問はねじ伏せた。
「キミのような若造が出る話じゃない。さっさと戻れ!」
年下の男にたしなめられたのが気に障ったのか、本木が唾を飛ばしながら吐き捨てた。
しかし、相楽はひるまない。むしろ、目を吊り上げ、怒りを見せる。
「若造とか、そういうの関係ないですよ。それに、俺があなたを敬う意味もない」
見せる怒りとは真逆で、声音はどこまでも冷たかった。場を凍てつかせるような言葉に、本木がたじろいだのがわかる。
「あなたのような年の取り方だけはしたくない。家の権力を自分のものだと思っているような勘違い男にはね」
相楽の言葉は刺々しい。対して、つくよの肩を抱いた手は優しかった。
とても同じ人物のものとは思えない。
「な、なにを……!」
「俺はあなたのような人間が大嫌いだ。そして、金輪際彼女にはちょっかいを出さないでほしい」
つくよを一瞥し、相楽が言葉をつむいでいく。
流されてしまいそうになった。が、相楽もつくよにとっては本木と同じ立場。つまり、患者でしかない。
まるで自分の恋人のように扱うのは筋が違う。
「相楽さん」
「今は黙ってて」
声をかけると、相楽に耳打ちされた。
(今は、とにかく本木さんを落ち着かせることのほうが大切だものね)
相楽には後で厳重注意をしておくとして。つくよは黙ることを心に決めた。
「だ、大体私はあの本木家の――」
顔を真っ赤にして、本木が相楽に詰め寄った。相楽はにっこりと笑う。
不気味な笑みだった。なぜならば彼の目元がまったく笑っていないのだ。
「本木さん、ですか。そういえば、政治家にも同じ苗字の人がいましたね」
「あ、あぁ、そうだ! 私の叔父は政治家だ!」
考え込むような素振りを見せた相楽に、本木が勝ち誇ったような表情を浮かべる。
もしかしたら、本木は目の前の男の正体を知らないのではないだろうか? いや、間違いなく知らないだろう。
つくよだって、相楽の正体を知ったのは病院に保管してある情報を見たためだ。
「だったら話が早い」
相楽が本木にぐっと顔を近づけた。意味のありそうに唇を歪める。
「俺の父か兄に話を通しましょう。あなたの甥っ子はこんなにも傲慢だと」
「……は?」
本木が目を瞬かせた。
「すみません、名乗るのが遅かったですね。俺は相楽と申します」
空いているほうの手を胸に当て、相楽が首をかしげた。
「さ、がら」
「俺の家は政治家をたくさん輩出しているんです。なので、伝手をたどればあっさりとあなたの叔父さんを見つけられる」
淡々と続いた相楽の言葉に対し、本木の顔から血の気が引いていく。
「ま、待て……」
「では、失礼いたします。本木さん」
わざとらしく名前を強く呼んで、相楽はつくよの肩を抱いたまま病室を出て行った。
扉が閉まる音がやたらと大きく響く。
(この人は、やはり異質な人だわ)
自身の斜め上にある顔を見上げ、つくよは心の中でつぶやいた。
しばらくして、相楽の視線がつくよに注がれる。見下ろした目はどこまでも優しい。
「大丈夫でしたか?」
声をかけられ、ハッとした。慌てて自身の肩を抱く腕からするりと抜け出す。
「助けていただいたことは、感謝いたします。ですが、こういうのは困ります」
相楽に向かって頭を下げると、彼は「いえ」という。
「たまたまあなたがあの部屋に連れ込まれるのを見てしまって。悪いとは思ったのですが、なにかあってはならないと」
「……はぁ」
「けど、本当に間に合ってよかった。高千穂さんになにかあったら、俺は気が気じゃない」
彼の手がつくよの手をつかんだ。そのとき、背筋にうすら寒いものが走る。微かに目を見開いて、相楽を見上げる。
相楽はつくよの肩をしっかりとつかんで、本木と対峙している。
どうして彼がここにいるのだろうか? 頭の中に浮かんだ疑問はねじ伏せた。
「キミのような若造が出る話じゃない。さっさと戻れ!」
年下の男にたしなめられたのが気に障ったのか、本木が唾を飛ばしながら吐き捨てた。
しかし、相楽はひるまない。むしろ、目を吊り上げ、怒りを見せる。
「若造とか、そういうの関係ないですよ。それに、俺があなたを敬う意味もない」
見せる怒りとは真逆で、声音はどこまでも冷たかった。場を凍てつかせるような言葉に、本木がたじろいだのがわかる。
「あなたのような年の取り方だけはしたくない。家の権力を自分のものだと思っているような勘違い男にはね」
相楽の言葉は刺々しい。対して、つくよの肩を抱いた手は優しかった。
とても同じ人物のものとは思えない。
「な、なにを……!」
「俺はあなたのような人間が大嫌いだ。そして、金輪際彼女にはちょっかいを出さないでほしい」
つくよを一瞥し、相楽が言葉をつむいでいく。
流されてしまいそうになった。が、相楽もつくよにとっては本木と同じ立場。つまり、患者でしかない。
まるで自分の恋人のように扱うのは筋が違う。
「相楽さん」
「今は黙ってて」
声をかけると、相楽に耳打ちされた。
(今は、とにかく本木さんを落ち着かせることのほうが大切だものね)
相楽には後で厳重注意をしておくとして。つくよは黙ることを心に決めた。
「だ、大体私はあの本木家の――」
顔を真っ赤にして、本木が相楽に詰め寄った。相楽はにっこりと笑う。
不気味な笑みだった。なぜならば彼の目元がまったく笑っていないのだ。
「本木さん、ですか。そういえば、政治家にも同じ苗字の人がいましたね」
「あ、あぁ、そうだ! 私の叔父は政治家だ!」
考え込むような素振りを見せた相楽に、本木が勝ち誇ったような表情を浮かべる。
もしかしたら、本木は目の前の男の正体を知らないのではないだろうか? いや、間違いなく知らないだろう。
つくよだって、相楽の正体を知ったのは病院に保管してある情報を見たためだ。
「だったら話が早い」
相楽が本木にぐっと顔を近づけた。意味のありそうに唇を歪める。
「俺の父か兄に話を通しましょう。あなたの甥っ子はこんなにも傲慢だと」
「……は?」
本木が目を瞬かせた。
「すみません、名乗るのが遅かったですね。俺は相楽と申します」
空いているほうの手を胸に当て、相楽が首をかしげた。
「さ、がら」
「俺の家は政治家をたくさん輩出しているんです。なので、伝手をたどればあっさりとあなたの叔父さんを見つけられる」
淡々と続いた相楽の言葉に対し、本木の顔から血の気が引いていく。
「ま、待て……」
「では、失礼いたします。本木さん」
わざとらしく名前を強く呼んで、相楽はつくよの肩を抱いたまま病室を出て行った。
扉が閉まる音がやたらと大きく響く。
(この人は、やはり異質な人だわ)
自身の斜め上にある顔を見上げ、つくよは心の中でつぶやいた。
しばらくして、相楽の視線がつくよに注がれる。見下ろした目はどこまでも優しい。
「大丈夫でしたか?」
声をかけられ、ハッとした。慌てて自身の肩を抱く腕からするりと抜け出す。
「助けていただいたことは、感謝いたします。ですが、こういうのは困ります」
相楽に向かって頭を下げると、彼は「いえ」という。
「たまたまあなたがあの部屋に連れ込まれるのを見てしまって。悪いとは思ったのですが、なにかあってはならないと」
「……はぁ」
「けど、本当に間に合ってよかった。高千穂さんになにかあったら、俺は気が気じゃない」
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