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ダリアとマーカスと山盛りの精霊

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「これはこれは奥様、長旅お疲れでごさいましょう。ようこそいらっしゃいました」

 領地の伯爵邸に到着すると、先触れがあったのかマーカスが既に玄関の前で出迎えてくれていた。

「お久しぶりねマーカス、出迎えありがとう。突然で申し訳ないけれど暫くの間お世話になるわ」

 自分の中から慌ててまた奥様モードを引っ張り出して優雅に微笑む。
 馬車での気兼ねない女子トークが楽し過ぎて、気持ちが平民時代に戻っていた。気を引き締めなければ。

「とんでもごさいません。どうぞごゆっくりお過ごし下さい」

 私とマーカスが挨拶を交わしている間に、御者から荷物を受け取ったマリーとダリアが私の後ろへと並んだ。
 2人ともしっかりとしたプロの侍女の顔に戻っている。
 流石だ。

「それでは、早速邸の中へご案内致しますね」

 マーカスがこちらにクルリと背を向けて歩きだすと、その背中にダリアの視線が鋭く突き刺さっている事に気が付いた。
 やはりこれは、偶然とか勘違いでは無さそうだ。

 マーカスに案内された当主夫人用の部屋は豪華絢爛で、中身庶民な私としては身の置き場に困る程だった。
 とりあえずソファーにひっそりと座って身体を休めていると、マリーは

「奥様のお疲れを癒す為に、美味しいカモミールティーを淹れてまいります!」

 と言って、張り切って部屋を出て行った。
 ダリアはこれまたテキパキと持って来たドレスをクローゼットに仕舞っている。

 2人とも働きものだなぁ。

 テキパキ動くダリアをぼんやり眺めていた私だが、やはりさっきのマーカスとダリアの様子がどうにも気にかかって仕方ない。

「ねぇダリア。少しいいかしら?」
「はい。何でしょうか奥様?」

 既にドレスを仕舞い終えて、アクセサリーの整理に取り掛かっていたダリアが手を止めて私の方を見る。

「あのね、私の気の所為だったら申し訳ないのだけど……もしかしてダリアとマーカスは、仕事上だけでなく個人的にお知り合いだったりするのかしら?」

 思い切って聞いてみると、ダリアは少し驚いた顔をして答える。

「マーカスさんと、ですか? もしかしてどなたかから何か聞いて……」
「あ! そういうんじゃないの。王都でマーカスを紹介された時と、さっき案内された時。ダリアのマーカスを見る目がちょっと他とは違う気がして」
「そうだったんですか。そんなに分かりやすく顔に出している様では、貴族として不十分てすね」

 自嘲気味に微笑むダリアに、慌てて私はフォローをする。私が人の顔色を過剰に伺う様になってしまっただけで、決してダリアが顔に出るタイプな訳では無いのだ。
 マリーはすぐ顔に出るけどね。そんなマリーが好きだけどね。

「……と言う事は、本当にマーカスとは何か仕事以上の繋がりがあるのかしら?」

 私がドキドキしながらそう尋ねると、ダリアは少し迷ってから観念したかの様に話し始めた。

「そうですね……少し長い話になるかと思いますが、よろしいですか?」

 私はコクコクと頷くとダリアにもソファーに座る様に促す。

「変な感じにお耳に入ってしまうと困るので先にお伝えしておくのですが、実は、私が伯爵家に行儀見習いに来たのは、父が私と伯爵様とのご縁を望んだからなのです」
「ええ!? そうだったの?」

 それでは余計私の事を快く思わなかったのでは……

「あ! 誤解なさらないで下さいね! 私本人にはその様な気持ち全っっっくございませんでしたから。伯爵様に懸想した事は一度たりともございません!!」
「あ、ううん、その辺は気にしなくていいの。私もそういうんじゃないから。あくまで政略結婚だし、恋愛的な意味での興味は1ミリも無いわ!」
「…………お2人共、伯爵様が聞いたら涙目ですよ……」

 いつの間にやらカモミールティーを持ったマリーが残念な物を見る目をして立っていた。
 私はマリーにも『座って座って』と目で促し、ダリアの話の続きを聞く。

「うちは子爵家ですが商会も持っていて、領地からの税金よりも商会からの収入が多い位、商人っ気のある家系なんです。ハミルトン伯爵家とも商売上の繋がりが強く、特に家令のマーカスさんとは深いお付き合いをさせて頂いていました。そこでうちの父がマーカスさんに、私を行儀見習いとして伯爵家に入れられないかと打診したんです」

 早速マリーが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、ウンウンと頷き先を促す。

「ですが、先程も申し上げた様に私には伯爵様への恋愛感情もありませんでしたし、伯爵様もあまりそういった事にご興味が無さそうでした。父にはもっとグイグイ行けと散々けしかけられて困ってしまって……」

 ダリアはその頃の事を思い出したのか、ほうっと溜息を付く。

「伯爵様は本当にお美しくて素敵な方だとは思いますが、何と言うかこう……私的には足りないのです……」

 あー分かる気がする。足りないよね、頼り甲斐とか。と思ってウンウン頷いていると、マリーには不満だったらしく

「えー? 何がですか!? 伯爵様、かっこいいと思うけどなぁ」

 と首を傾げている。

「お歳とか……お肉とか……」

 うんうん……って、んん!?

「こう……年月を経る事で深みを増す趣きと言いますか……」

 語っている内にダリアの瞳が潤み、なんだかウットリとして来た様な……

「酸いも甘いも噛み分けた経験から来る余裕……哀愁の漂う背中……ギラギラした若造とは違う、しっとりとした色気……そういった渋味成分が圧倒的に足りないのです!!」

 これは……まさか……

「ダリアさん……枯れ専?」

 マリィィィーー!!

 私には到底言えない事をサラリと言ってのけるよ、この子は!?

「どうしていいか分からず、途方に暮れている時に手を差し伸べてくれたのがマーカスさんだったんです!」

 あ、良かった聞こえてないわ。

 ダリアはマリーの失言(?)も聞こえないほど熱弁している。

「そうこうしている内にフェアファンビル公爵家から縁談の話が来て伯爵様は婚約。流石に父も諦めてくれました。ですから、奥様には感謝している位なのです。それならば子爵家へ戻って来いと言われはしたのですが、伯爵家でのお仕事は楽しいしお給料も良いしで辞めたくなくて。で、そのまま粘って働き続けているという訳です」
「成る程……という事はつまり、マーカスとの関係は……」
「狙ってます」
「そんな堂々と!?」
「今回の領地滞在に勝負かけてます」
「正直が過ぎる!!」

 私は驚きのあまり仰け反り、マリーはキャーキャーと騒ぐ。
 当事者のはずのダリアが何故か一番落ち着いていた。
 やはり覚悟を決めた女は違う。

 ーーそんなこんなで夜は更け。
 夕食前に紹介された使用人達もみんな感じの良さげな人達だったし、伯爵領での滞在は楽しいものになりそうだな、と感じながら私は窓の外を眺めていた。

 マリーは早速コックのベーカーに馬車で話した男爵領の郷土料理でもあるモチモチパンの説明をしていた。
 ベーカーも、『そいつは美味しそうだ!』とノリノリだったので、早い内に実際食べる事が出来そうだ。

「ふふっ楽しみだなー」

 窓を開けると王都と違い緑と風の匂いがするのが心地よい。
 空にも王都より遥かに多い星が輝いている。
 沢山の星……が…………

『アナーーーー!!』

 違う!これ精霊達だ!!

 視界を覆う程の大量の精霊達がドドドッと窓から部屋の中へと雪崩込んで来た。

「えええー!!?」
『○▼※△☆▲※◎★●! ○×※□◇#△!』
「ちょっと待って! 一度に喋らないでー!」

 こんなに沢山の精霊を一度に見たのは初めてだ。私が突然の事に目を白黒させていると、精霊達はキャッキャとはしゃぎながらいい笑顔で一斉にこう言った。

『『『クッキー!!!』』』


 こうして私は次の日、朝からマリーのレシピと奮闘しているベーカーの隣で大量のクッキーを焼く事になるのであった。
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