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美しい街

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 マーカスに連れられて来た街はとても美しい街だった。
 馬車から眺めるだけでなく、実際に自分の足で歩いてみるとそれが一層よく分かる。

 綺麗に整備された石畳の道に、デザイン性にも優れたお洒落な建物。
 ゴミも一つも落ちていない。
 お店も沢山あるし、出店の様な物もある。

 私とマリーはワクワクしながら街の中を歩いた。
 すぐ後ろにはマーカスと、離れた所には護衛も1人付いて来ている。

 マーカスが言うには、伯爵領は入領審査がとても厳しい領地で、余所者が目立ちやすいらしい。

 勝手に余所者が入って来て鉱山でも荒らされたら事だし、伯爵領の税金がとても少なく社会保障は充実している事から移住希望者が殺到していて、中には勝手に入って来て無理矢理住み着こうとする移民もいるんだそうだ。

 それでは確かに入領を厳しくせざるを得ないだろう。

 そんな事情もあり、まずは私達がよく出歩くであろう場所に出向き、顔繋ぎをしておく必要があるという。
 あまり見かけない人間がうろうろしていると、密入領者と間違われて兵士に捕まってしまう可能性があるからだ。
 この領地を治めている伯爵家の家令であるマーカスの知り合いなら、この上ない身分保証になる。

 ちなみに私達は、『伯爵と取引のある商会のお嬢さん(私)と見習いの娘(マリー)で、将来の勉強も兼ねて伯爵領に遊びに来ている』という設定になっている。

「ベーカーから、お勧めのケーキ屋さんも教えて貰ったんですよ! 後で行きましょうね、お……アナお嬢様!」
「ふふ、楽しみね」

 マリーと楽しくお喋りをしながら街の中を歩く。

 ……。
 それにしても街が静かだ。
 決して人が少ない訳でも、街が寂れている訳でもないのに、この違和感は何だろう?
 私はキョロキョロと辺りを見回し、一つの事に気が付く。


 ーー分かった! 客寄せの声が全然しないんだ!


『安いよ、安いよー!』
『ほら見て行ってよ! 新鮮な魚が沢山入ってるよ!』
『今ならこれだけにまけとくよ! 買った買ったー!』


 私の知っている平民街はいつも喧騒に溢れていた。
 ここの街にはそれが無いのだ。
 だから、平民街より貴族街に近い感じがしたのか…。

 うーん。でも、それが悪いって訳では無いしなぁ。

 単に私が賑やかな方が好きだから、となるとそれはもはや好みの問題だ。
 逆に静かな街の方が好きな人も沢山いるだろう。ここに住んでいる人達が幸せならそれが1番だ。

 ……とはいえ。

 出店の人達はみんなニコニコと感じがいいが、よく見ると何故か売り子がいない店もあるし、折角立派な店舗を構えているのにCLOSEの看板が出ているお店もチラホラ見える。

「ねえマーカス、何だか閉まっているお店が多くない? 今日はそういう日なのかしら?」
「いえ、そういう訳では無いんですが……」

 マーカスは何やらモゴモゴと言いにくそうにしている。
 煮え切らない態度のマーカスに首をかしげていると、こちらに気が付いたお店の人が声を掛けてきた。

「おや、マーカス様! 本日はどの様な御用ですか?」
「ああ、こちらのお嬢さん達に街を案内していたんですよ。伯爵様と取引のある商会のお嬢さんと、見習いの子でね。しばらく伯爵領に滞在するので、みんな宜しく頼むよ」

 マーカスがお店の人と話していると、周りの人達がワイワイと集まって来る。

「マーカス様、先日は私どもの為に骨を折って頂き誠にありがとうございました」
「マーカス様! この前壊れちゃった教会の時計、すぐに直ったよ! ありがとう!」
「マーカス様! これ持ってって下さい!」

 驚いた事にマーカスは領民達に物凄く慕われていた。
 皆マーカスの連れと言う事で私とマリーにも好意的に接してくれる。
 私とマリーは思わずポカンとしてしまった。



「こんな事言ったら失礼だとは思うのだけど……正直言って意外だったわ」

 馬車に戻ってから私がそう口を開くと、マーカスは笑いながら言った。

「そうでしょうね。王都の邸で奥様から質問責めにあった時、胡散臭く思われているのであろう事は自覚しておりましたよ?」

 やはりバレていたか。

「突然押しかける様に領地に来たのも、偵察に来たのだろうと思っておりました。私にも後ろめたい事が何も無い訳ではありませんからね。領民達が慕ってくれる程、鉱山に頼り切った伯爵領の財政に不安を覚える部分も多かったのです。……正直、奥様が来て下さって良かったのかもしれません」

 ここ数日で領地にある書類を色々確認させて貰った所、どうやら鉱山の採掘に振り切った今の体制になったのは、前伯爵である旦那様のお父様の方針だった事が分かった。

 ちなみに旦那様のお父様は婿養子である。

 きっとその辺も色々とゴタゴタがあったのだろうという事は容易に想像が付く。
 公爵家もそうだが、貴族家の内情というのはどこも皆中々にドロドロとしている。

 マーカスも色々思う所はあったのかもしれないな、と思った。


「さぁさぁ奥様! 次はいよいよお待ちかねのケーキ屋さんですよ!」


マリーの元気な声が、馬車の中でこだました。

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