ブラーデマーゲスの王宮占術師 ――神より夢に託されし、秘匿された未来――

山村久幸

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(五)

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 イリスティーリア様よりどんな結果を賜るのか。

 その答えがどうあれ、やることは変わらないであろうという確信はある。

 ただ、「なるべくおそくあってくれ」と本心から願うことはいたかたのなきことであろう。


「どうかイリスティーリア様の思し召しを。来たる近き未来に起こり変事へんじ。何か心当たりはございますでしょうか?」

 メンティスが敢えて流星丶丶と明言しなかった。

 女神イリスティーリアが彼にあの夢を見せたことは、それすなわち思し召し。

 今一度ひとたび曖昧あいまいな問いを投げけることで、その思し召しを一層確実な展望とするのだ。


 その刹那せつな――


 変わる空気。より重く、深く。

 彼は吸う。その空気を。ゆっくり、深く。


 色が変わる。天球の周りの色も、内壁の上部の色も。明るさも。

 やみが徐々に深さを増してゆく。


 回る。回る。天球は自ずと回っていく。

 天球に描かれた数多の星は輝きを帯び始めた。


 回転は速さを増していく。目にも追えないほどに速く回っていく。

 数多の星が描く軌道きどうが帯のように見える。


 どれほど天球が回ったのだろうか。数えることも忘れたとき、動きを止めた。


 ――何が起きるのかな? 期待しようか。


 これから起こるであろう事象じしょうに、少し鼻から出る息に強さを帯びた。

 それを一瞬いっしゅんたりとも見逃すまい。まぶたも自ずと広がるのが彼自身にも感じ取れる。


 天球は再び動き始める。ゆっくりと。

 それは自然の中で動く数多の星の速さと変わらぬもので。


 今、メンティスの目に映っている天球の星々。その配置はまさに真冬のものであった。

 雲も少ない闇深き真冬の。輝く星々は見る者を魅了みりょうする。

 脳裏のうりに記憶を映し出しながら、視線はしっかりと天球に集中している。


 天球がゆっくりと動き始めてから、メンティスは何度ゆるりと呼吸を繰り返した頃だろうか。


 それは本当に一瞬のことであった――。


 天球に大きな変化が表れた。南南東の方角から天頂のやや東を経由して、北北西へと流れる光の軌道が一筋。

 そのあとを追うかのようにして、やや西にずれた軌道で平行線を描くようにもう一筋。


 これはまぎれもなく……、紛れもなく流星であった。今朝方けさがた見た夢と同じ――。


 ――ああ、やはり。夢で見たことが起こるのは間違いのないことなんだなぁ。問題はそれがいつかだよね。


 確定した未来の時期。それこそがメンティスの重要課題。

 奥の部屋で見た日付。天球儀の台座のとある部分に記されたものと、どれだけ離れているか。

 答えは如何に?


「ははっ。少し猶予ゆうよがあるのがうれしいね」

 かわいた笑いが思わずこみ上げてくる。

 三年も先だった。今と同じ位――いや、ほんの少しだけ今より寒さがきびしい時期の夜の出来事だった。


 ――――――――――
 T1230. 4. 04. 02. 8. 2. 48
 ――――――――――


 薄青うすあおに染められた玻璃はり――ガラス――の板に表れた数字の羅列られつ

 これを見て、そう解釈かいしゃくするのに時間はかからなかった。


「まずは結果が出たことに感謝しようかな。予測できる未来をご教示賜ったことに」

 ポツリと独りごちたメンティスの表情に安堵あんどの色が見える。


「あな麗しきイリスティーリア様。此度の貴女様の御業、お力添え。至極恐縮きょうしゅくであります。誠に有り難き仕儀に存じ奉ります。改めて、深く深く感謝いたします」

 最大限の恭しさで女神イリスティーリアに御礼の言葉を重ねた彼。

 それにこたえるかのごとく、天球が三度みたび明滅した。


 それをきっかけに変わり始める空気。

 あれだけ重かった空気。それがふわりふわりと軽くなっていくような気がする。

 それに気付いたのか。メンティスは短いながらも大きな呼吸を一回。


 部屋の中を満たしていた闇はみるみる内に光に置きわっていく。

 天球の星々の輝きもみるみる内にせていく。


 台座に着けられた玻璃。その表示は一度消えた。

 天球はゆるりと回転してゆく。一回転もせずして、動きを止めた。


 玻璃に再び文字の羅列が戻った時、部屋の明るさもまた元に戻った。天球儀を机の中央に置く前と同じ状態に。


「あな麗しきイリスティーリア様。では、またいつか。ご機嫌よう」

 女神イリスティーリアへの締めのご挨拶を済ませたメンティス。


 天球の周りの色が赤からむらさきまでの七色に変化してから、光は消えた。

 女神イリスティーリアからの返事はいつも軽妙けいみょうだった。今の返事は彼女なりの別れの挨拶なのだろう。


「はあぁぁぁ」

 メンティスのため息はあまりにも大きかった。


 § § § § §


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