女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106

文字の大きさ
6 / 12
第六章・女帝戴冠

仁志の“ひび割れ”

しおりを挟む
直美とのタイトルマッチが決まった、その日の夕方、
リング奥の薄暗い道場で、仁志はひとりシャドーを続けていた。

足が震えていた。
拳も震えていた。

直美の鋭い蹴りが、脳裏ではっきりと再生され、
ガードを上げた瞬間、身体が固まる。

「……くそっ」

仁志は壁を殴った。
拳がじん、と痺れる。

拳激の鬼塚了に完敗したあの日以来、
自分の身体が“戦うこと”に怯えているのがわかっていた。

そこへ足音が近づく。
沙也加だった。

「練習、止めたほうがいいですよ。
 いまの状態では、技が入っていません」

仁志は振り返らず、低く答えた。

「わかってる……わかってるけど……
 直美に負けたら、俺は終わりなんだよ……」
「終わりません。負けたってレスラーは続けられます」
「違う……
 “男として”終わりなんだよ……!」

その声は震え、今にも涙が混じりそうだった。

仁志はガウンの端を掴み、爪が食い込むほど握りしめた。

「女子に。
 女子に負けるなんて……
 俺は……俺は……!」

何度も拳を握り直すが、そのたび手の震えが増す。

沙也加は静かに言う。

「負けるのが怖いんじゃないでしょう。
 “自分が弱い”と認めるのが怖いだけです」

仁志の呼吸が乱れた。
図星だった。

――俺は弱いのか?

その問いが胸に刺さった瞬間、
仁志は思わず壁に背をつけ、そのまま座り込んでしまった。

沙也加は言葉を続けない。
ただ、道場の空気に寄り添うように立ち尽くしていた。

***

同じ頃、別のリングでは――
直美が汗を跳ね飛ばしながら、環とスパーをしていた。

その動きは、男子の一線級並みに速かった。
環が投げを仕掛けると、即座に返し、
キックの連打は空気を切る音だけが残った。

「……直美。
 あなた、もうこの団体では敵無しだよ」

直美は汗を拭きもせずに答えた。

「帝プロで勝つために練習してるんで。
 ブレバリーズ用に仕上げてないです」

志桜里が驚いて声を漏らす。

「“帝プロ用”って……そんな段階なんだ……」

環もぽつり。

「直美……将来は本当に、行っちゃいそうだね。
 寂しい……」

女子部の胸には、勢いの奥で、微かに不安が去来していた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

処理中です...