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「第三章 カーストなんて破壊します」

28ー愛狼ルンルン

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「ガウッッ……」

刺さる刃。哀しみの声。月明かり照らすのは――

「ダメと言ったわよね……」
「アリーシャ様……」
「師匠……」

漆黒の愛刀"邪龍神村雨"を握るアリーシャの眩い姿だった。

エミリーとルークの愛刀二振りは天井へ深く突き刺さり落ちてくる様子もない。そして、珍しくアリーシャは怒りの表情を浮かべ二人を睨んでいた。

「な、なんて凛々しいお姿……まるで女神アルテミのようだっっ」
「パジャマ姿なのが更に良い」
「パジャマは余計よ……それより、二人ともこんな可愛い子に刃を向けるなんて酷いっっ!! 私怒ってるんだからね!」

「ああ、今私は叱られている! こんなにも美しく愛らしい女神にっっ!」
「申し訳なさと同時に少し嬉しい」

叱られている筈のエミリーとルークは、何故か嬉しそうに尊敬の眼差しをアリーシャ向ける。

そんな二人の視線にやられたのか、アリーシャは刀を下ろし肩を落とした。

「なんか全然迫力ないみたいじゃん……」
「そんな事はありません! 迫力満点でしたよ!」
「うんうん。ドラゴンも竦み上がる」

落ち込んでしまったアリーシャを慰めるエミリーとルーク。立場はいつの間にか逆転してしまったようだ。

「もう良いよ……あっ、ルンルン大丈夫!?」
「ガウッ♪」

怯えていないか心配して後ろを振り向くと、ルンルンはアリーシャの顔をペロッと一舐めしてお腹を上に寝転んだ。

まさに服従のポーズ。刃から護って貰ったと理解した賢いルンルンは、アリーシャを長と認め、生涯尽くす事を表したのだ。

「なにそれ可愛い♪ よしよし♪」
「ガウッガウッ~」

お腹を撫でられご満悦のルンルン。
その様子に一人嫉妬を覚えた馬鹿がいた。

「なにしてる?」
「私も腹を出せばアリーシャ様が撫でてくれると思ってな。いろんな所を撫で回して貰いたい」

「それは確かに見てみたい。師匠! ここにも腹を出したメス犬が居ます!」
「ん? あっ、ルンルンもメスだ! 女の子同士仲良くしようね~♪」
「ガウッ♪」

「残念だな雑魚。僕達は今空気のようだ。空気は空気らしく大人しくしていよう」
「うむ……チャンスはまだある」

なんとか治まった場だが、まだ問題は残っている。

「そろそろルンルンを戻さないと……もし見つかったら大変だよね……」

魔物研究室で厳重に管理する事を条件に魔獣達を地下に住ませる許可を取っている。

そう聞いていたアリーシャは、学園の誰かにルンルンが見つかる心配をしていた。

「まだ真夜中だし、戻すなら今の内だよね! エミリーとルークも一緒に来て!」
「当たり前です!」
「勿論一緒に行く」

従者二人を引き連れたアリーシャは、ルンルンを横に従え、そろりそろりと寮を抜け出していく。

「とりあえず寮は抜けたけど油断禁物ね」
「はい!」
「御意!」
「うるさい二人とも」
「はぃ……」
「御意……」

鬼の形相で静かに叱られたエミリーとルークは、あまりの威圧感に怯えるように小さくなっていた。

「ここまで来れば大丈夫かな?」
「こんな真夜中に誰もいないですよ!」
「皆夢の中」

学園の敷地に入ったアリーシャ達はホッと、一息ついていたが、この学園の警備態勢を舐めていた事を後悔する事に……。

ウウウウッッー! ウウウウッッー!

けたたましい警報が鳴り響く学園内。センサーが侵入者を感知した際に出す警報に間違いなかった。

「なになにっっ!?」
「きっと何かの魔術具でしょう。見つかったら不味いので、早く魔物研究室とやらに行きましょう!」
「僕達だけなら怒られるだけで済む」
「そ、そうだねっっ」

従者二人の言葉に納得したアリーシャは、早く魔物研究室へ向かおうと小走りで駆け出した。

だが、時既に遅し――

「何をしているお前達」

その声で後ろを恐る恐る振り返るアリーシャ達……。

そこには、大柄の男が腕を組みこちらを睨んでいる姿と、その後ろに並ぶ大量の警備部隊の姿が見えてしまった。

「ア、アレキサンダー先生……」
「アリーシャ=ベルゼウスか。こんな所で何をしている?」

「いや、なんと言いますか……」
「その横にいる魔物と関係しているのは間違いないようだな!!」

憤怒のアレキサンダーに竦み上がるアリーシャ達。
この後、学長室に連行されるのは間違いない。

(ど、どうしよう! もしかして、退学……?)

これから一体どうなるのか。
戦々恐々のアリーシャだった。

「それで、一体何事なの」

真夜中に起こされ不機嫌なイザベラ学園長の前に立たされたアリーシャ達と一匹。

「くぅ~ん」

何かを察したルンルンが心配そうな声を上げアリーシャを見上げていた。

「それは魔物よね? 魔物は研究室から絶対出さない事になっている筈よ。一体どういう事なの!!」

イザベラ学園長の迫力こもった声に思わずビクッとなるアリーシャだったが、自身も何故こうなったのか分からない。

分からない事を説明するのは不可能。何か良い言い訳を必死に探すしかアリーシャには出来なかった。

そんな時。
学長室に二人の人物が焦ったようにやって来る。

「失礼します! ルンルン……」
「良かった! 無事だったのじゃな……」

息を切らし学長室入ってきたのは、ミケと初老の男性だった。二人はルンルンの姿を見て安心すると同時に、アリーシャ達の横を抜けイザベラ学園長の前で頭を下げ始めた。

「申し訳ありませんでした」
「私の管理不足じゃ」
「一体どういう事ですかドリトル先生」

事情を問い詰めるイザベラ学園長へ先に口を開いたのは、金色のケモミミをだらんと下げたミケだった。

「僕が悪いんです。ルンルンが自ら離れた事がなかったので油断してしまいました。気づいたら研究室からいなくなっていて……」

その後を追従するようにドリトル先生と呼ばれた人物が口を開く。

「いや、不足の事態を想定していなかった私が悪い。この不始末の責任はは私が取ります」
「どう責任を取るの」

「学園を辞任致します」
「そんな! ドリトル先生は悪くありません! 僕が退学するので先生を辞めさせないで下さい!」

「黙っとれ! 管理は私の仕事じゃ! それを怠ったのだから私が辞める他ないのだ!」
「ですが! 先生が辞めたら魔物研究室がっ……」
「そうね。ドリトル先生の辞任と魔物研究室の取り潰し。その辺りが落としどころかしら」
「そんな……」

厳しい現実に肩を落とすミケ。
そんな姿を見たアリーシャは、覚悟を決め声を発した。

「宜しいでしょうか!」
「ん? なんだ? なにか意見があるなら言ってみろ」

イザベラ学園長から発言の許可を得たアリーシャは、ずいずいと前へ躍り出る。

「その処分は妥当ではありません!」
「なんだと? 他に妥当な処分があると言うのか」

「その前に訂正して下さい! 魔獣と魔人は別物です。一緒にしないで下さい。学園長なら研究の成果や報告も受けていると存じます。魔獣と魔人がまったく別の性質を持つ生き物だと分かっていると思いますが」
「ふっ、そうだな……分かった。そちらは訂正しよう。それで、今回研究室から"魔獣"が外に出てしまった件をどうすれば良いと思っているのだ?」

「ルーク君は反省文の提出と魔物研究室への出入りを一週間禁止。ドリトル先生は三ヶ月の減給と今回の事件への恒久的な対策の実施でどうでしょうか」
「ほう。だが、今回のようにまた危険な魔獣が外へ出て生徒を襲ったらどうする?」

「あの研究室に人を襲う危険な子はいません! もし襲ったとしても、それは自分を守るためです! それは私達も同じではないですか? それに、大人しい魔獣に対処できない生徒など、この学園に必要ありますか?」
「なるほど。確かに、アリーシャの言う事も一理ある。だが、その魔獣は肉食だ。誰が死んでからでは遅い」

「失礼ですが、この子は絶対に人を食べたりしません! この子が食べるのは危険な魔人だけです! それは研究で証明されています! ね! ドリトル先生!」
「あ、ああ……」

突然話題をふられビクついたドリトル先生だが、この場をなんとか乗り切ろうと過去の研究について話始めた。

「その子の言う通り、金狼族が人間を襲わないと証明する実験が行われた。私自ら……」

長くなるので要約すると、檻に入れた腹ペコの金狼族の前に自分と魔獣の肉を置いたそうだ。

その結果、金狼は腹ペコの筈なのに一切襲ってこなかった。次に捕えたゴブリンを檻に入れると一瞬で食いつくしてしまったそうだ。

まさに身をもって金狼が人やビーティアに害をなさい事を証明したドリトル先生だった。

「ドリトル先生が証明したように、この子は安全な生き物なんです! 今回の件はネズミが一匹逃げ出したようなものだと思います! この学園は、ネズミが一匹逃げただけで大騒ぎする器量の狭い学園なのですか?」
「あー、分かった分かった。まったく頭の回る子だ……まあ、特別科の生徒ならそれぐらいでないと困るがな。ふーっ」

アリーシャの力説に根負けしたイザベラ学園長は、一呼吸置いて今回の沙汰を言い渡す。

「ミケランジェロ=ベクスター。君は一週間魔物研究室の出入りを禁じる。それと今回の反省文を提出したまえ」
「はい……」

「そして珍しくドリトル先生。貴方は三ヶ月の減給と、管理体制の見直しをして下さい。二度目はありませんよ」
「はい。寛大な後処分ありがとうございます」

「で、アリーシャ=ベルゼウス。まだ何かあるのか?」

処分を言い渡すイザベラ学園長を熱い眼差しで見つめるアリーシャ。イザベラ学園長もその視線に気付き何事かと問う。

「はい。実はお願いしたい事がありまして……」
「なんだね」

「学園長もこの子が危険ではないと理解してくれましたよね?」
「ああ、それで?」

「飼っちゃダメですか?」
「うっ、なんて視線だ! 学園の外で飼いたいと言っているのか!?」

「いえ、"私"が飼いたいのです。ちゃんとお世話しますから……」
「そんな目で見るな! ダメなものはダメだ!」

「お願い! 一生のお願いっっ!!」
「くそっ、なんという眼力っっ! わ、分かった! 分かったからそんな純粋な目で見るな! その代わり、問題を起こしたら退学だからな!! 」

「ありがとうございます! やったねルンルン♪」
「ガウッ♪」

「一応、名目として魔獣の生態を他の生徒へ教えるという事で許可するからそのつもりでな……」
「分かりました! 皆にも魔獣が可愛い生き物だと教え込みます! では、失礼します♪」

お願い光線に折れた学園長にルンルンを飼う特別許可を貰ったアリーシャは、ルンルンとルンルンで寮へ帰って行った。

その後を追いかけ寮の前で追い付いたミケがアリーシャを引き留める。

「アリーシャちゃん!」
「あ、ミケ君。どうしたの?」
「ガウッ」

「ありがとう……助けてくれて」
「あ、良いよ全然! 友達を助けるのは当然だもん♪」

「うん。"友達"だもんね……それと、ルンルンをよろしくね。この子は小さい時に保護した子で、友達みたいに大切なんだ」
「分かった! 大切にする! でも、なんかごめんね……大切な友達を奪っちゃったみたいになっちゃって……」

「良いんだ。ルンルンと僕は友達だけど、アリーシャちゃんとルンルンは主従関係みたいだし。この子が主と認めて着いていくのを止める訳にはいかないから」
「ミケ君……もし良かったら私の部屋にも遊びに来て! ルンルンも喜ぶし♪」

アリーシャの有り難い申し出にドキッとしたミケだったが、心では葛藤を繰り広げていた。

(女の子の部屋に上がり込むなんて良くない……でも、ルンルンに会いに行くだけだし……いや、アリーシャちゃんにも会いたいの嘘じゃないし……)

「どうしたのミケ君? あ、大丈夫だよ! 大抵はエミリーとルークも居るし寂しくないよ♪」
「うむ。ミケ殿なら大歓迎だぞ」
「ミケにも剣術教えてやる」
「あ、うん……」

後ろで控えていたエミリーとルークにも歓迎されたミケだったが、本当はアリーシャと二人になりたいなど言える訳がなかった。

「じゃあミケ君また明日ね♪」
「ガウッガウッ」
「また明日……」

寮に戻りそれぞれの部屋へと入っていくアリーシャ達。

(一緒に寝るのかルンルン……良いなー) 

ルンルンと共に部屋へ入るアリーシャを、ミケは羨ましそうに見送っていた。
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