オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

文字の大きさ
21 / 96
2.龍の髭を狙って毟れ!

魔女の呪い

しおりを挟む



 ザアア、と遠くで聞こえるシャワーの音をBGMに、気持ちを落ち着けようと何度も足を組み替えては唸る。でもその度に宗介の泳いだ目が、健康的に焼けた肌に居心地悪そうに咲いた紅が脳裏に蘇って駄目だった。

「……クソがッ…………」
 どうにも苛立ちが収まらずにガツン、とローテーブルの脚を蹴る。蹴った後にハッとして耳を澄ませたが、シャワーの音は変わらずに軽快に響いていた。良かった、バレていない。ほっとしている自分に笑った。毒されているなぁ、随分と。


 私物をぞんざいに扱ったり物に当たったりすると、宗介は目を吊り上げて怒る。まだまだ使えるものだろう、物は大事に扱えなんてガミガミと口うるさく。全部俺の私物なんだからどう扱ったって自由だろうに、宗介はフィクションでしか見ない典型的な母親みたいに怒るのだ。

 ——そういう所が、いい。宗介のそう言う、駄目なことはちゃんと駄目って言って、躊躇いなく𠮟ってくれる普遍的な普通な所が、すごくいい。
 ちゃんと俺のことを見てくれてるんだなって、遠慮も崇拝も嫌悪も無く、ただただ俺を『砂盃菊之助』という人間として見てくれてるんだなって思う。普通の家族ってこんなもんなのかなって、柔らかな夢を見せてくれる。


 噛み付いた時の色気のない悲鳴を思い出す。薄暗いベッドの中で噛み付いた時に跳ね上がるような甘ったるい響きは一つもない。汗ばんだ素肌が混じり合う、くらくらしてどこか吐き気のするような熱も無かった。それなのに、不思議と心が満たされた。

『悪かったなおブスで!!!』
 痛みで少し涙目になりながらもガルルと噛み付いてくる宗介は可愛くなくて可愛くて、それでいいと思った。


 別の人間に構わないで。前野篤志はもう仕方がない。アレは恐らく後田宗介という人間を形成するときに、核の一つとして組み込まれてしまった存在だ。今更ぽっと出の俺がどうこう出来るようなことも無いだろう。
 そこを否定してその位置からあの男を追い出そうとすれば、多分宗介の輪郭はドロドロに溶けて『後田宗介』じゃなくなっちゃう。

 だから、不服ではあるが飲み込む。諦める。でも、でも、それ以外は。
 アイツ以外の一番は、俺にしても欲しいと思う。猪狩よりも鹿屋よりもリカルドよりも近い、お前にとっての一番のクラスメイトで、ルームメイトで、友人で在りたい。そういう砂盃菊之助になりたい。



「………………ええ~~、いやキッモ~。うっそ、思ったよりはまっちゃってる感じ?」

 自分があまりにも気持ち悪くて頭を抱えて笑ってしまう。ただのクラスメイトで、ただのルームメイトで、ただの友人だ。出会って一か月ちょっとしか経ってない。
 でも、眩しい。眩しいからずっとは見ていられないけど、でもふとした時に目で追ってしまう。


 一人部屋は楽だった。いつ帰ったって誰にも咎められないし、いつ誰を連れ込んだっていい。家具を適当に使ってもいいし、家事なんてしなくても親衛隊の子たちが頼んでも居ないのに甲斐甲斐しく世話してくれた。
 
 放送委員会を辞めたのは本当に何となくだ。一人部屋に飽きてしまったというのも本当。でも実際に高等部に上がって、久々に一人じゃない部屋を見て、怖くなった。
 どんな人間が来るのだろうとか、俺を見てどう思うのだろうとか。何てったって俺は校内でも有名な魔女の子だ。親衛隊の子たちは俺を神様みたいに扱ってくれるけど、所詮は井の中の蛙。奇異の目で見られることは明らかだった。
 だから、先生から同室者が外部生で、しかも一週間遅れてやってくると聞いた時は少しだけほっとした。

 
 手にした新しい部屋の鍵を仕舞いこんで、色んな子たちの部屋を渡り歩いて。ようやくやって来た新たなルームメイトは、爛々と輝く鋭い目を持つ男だった。

 誰かの為に生きられる男。眩しい、と思った。干乾びる、と思った。俺みたいな人間にとってはまともに相手したら疲れてしまうタイプの人間だった。

 その真っすぐな貫くような目が居心地が悪くて、教室ではちゃんと会話するけれど部屋には帰らず、避けるように外泊を繰り返して四日目。
 俺は不服そうな宗介に首根っこを掴まれて言われたのだ。『飯、どうすんの』。それからはもう、トントン拍子。自作の契約書を突きつけられた時は腹がよじれるかと思った。



『おー、おはよう。飲みモンは自分で淹れろよ』
『は……、おま、これだけ? ゼリー飲料って病人が食うもんだろうが、ちゃんと飯食えよ』
『砂盃ー! ゴミーー! 出しとけって言ったよな!!』
『えっ、これ食っていいのか。……嬉しい。ありがとな』
『はい布団干すぞ~、さっさと退け~、はい文句言わなーい』
『お、ま、え、な~~~! 晩飯要らないなら連絡しろって言っただろ! 契約書にも書いてある!』
『——おう、お帰り。飯出来てんぞ』


 帰る時に連絡をするようになった。部屋に戻る前に必ずシャワーを浴びるようになった。怒られるからそれなりに家具を大切に扱うようになったし、家事もまあ、出来る事はやり始めた。締め切られていた俺の部屋の窓は定期的に開けられるようになったし、毎日夕飯を食べるようになって少し健康的になった。

 ドアを開けたら、お帰りと言われる。ただいま、を、躊躇いなく言えるようになったのは、いつ頃からだろう。



「…………巳上」
 薄らと気味悪く笑う男を思い出す。巳上巴、よく出来た人間だ。あれだけの激情を抱えながらそんな素振りを欠片も見せずに振舞っているのだから御見それする。巳上家なんて継がずに舞台俳優にでもなればいいのに。

 あれはきっと、蛇のように虎視眈々と狙っているのだ。俺を絞め殺す機会をうかがって、目を光らせ続けている。


 ——俺がアイツにしたように、俺から全部奪ってめちゃくちゃにするつもりだ。


 俺の顔と性能だけで寄ってくる蛾のような連中は良い。俺をトロフィーのように扱う人間が、アイツらに取られたって壊されたって何とも思わない。そうなったのならまた別の物を探せばいい、どうせ放っておいても向こうから群がってくるのだから。

 だけど、宗介は駄目だ。アイツはそう言うのに巻き込んでいい人間じゃない。アイツにとって俺はトロフィーじゃない。ただの友達だ。だから、だから。


 キュ、と音がしてシャワーの音が止む。その音が全て『そう』ではないというのに、慣らされ切った心はびくりと跳ね上がって口の中が急速に乾いていく。上擦る呼吸音だけが部屋に響いた。呪い。これは呪いだ。



『————菊は、私の言いたいことが分かるわよね』

 うっそりと女が笑う。こちらに伸ばされる指先。爪の先まで丁寧に彩られた豪華なそれは、きっと、子供に触れる事を想定していない。



「………………魔女め…………」
 俺は頭をかき混ぜながら、記憶の中でさえもぞっとする程美しい女に向かって吐き棄てた。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サークル合宿に飛び入り参加した犬系年下イケメン(実は高校生)になぜか執着されてる話【※更新お休み中/1月中旬再開予定】

日向汐
BL
「来ちゃった」 「いやお前誰だよ」 一途な犬系イケメン高校生(+やたらイケメンなサークルメンバー)×無愛想平凡大学生のピュアなラブストーリー♡(に、なる予定) 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 ♡やお気に入り登録、しおり挟んで追ってくださるのも、全部全部ありがとうございます…!すごく励みになります!! ( ߹ᯅ߹ )✨ おかげさまで、なんとか合宿編は終わりそうです。 次の目標は、教育実習・文化祭編までたどり着くこと…、、 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 総愛され書くのは初めてですが、全員キスまではする…予定です。 皆さんがどのキャラを気に入ってくださるか、ワクワクしながら書いてます😊 (教えてもらえたらテンション上がります) 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 ⚠︎書きながら展開を考えていくので、途中で何度も加筆修正が入ると思います。 タイトルも仮ですし、不定期更新です。 下書きみたいなお話ですみません💦 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。 自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい! そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。 瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。 圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって…… ̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶ 【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ 番外編、牛歩更新です🙇‍♀️ ※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。 少しですが百合要素があります。 ☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

先輩たちの心の声に翻弄されています!

七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。 ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。 最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。 乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。 見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。 **** 三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。 ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

処理中です...